12 :No.03 夢の色1/2 ◇KkKdhmOTwg:07/11/04 00:34:51 ID:LnKpv9Ab
夢を見る。これは夢なんだと、夢の中で気付く夢を、見る。
夢の中の景色には色が一つも無い。あるのは光の濃淡だけで、あえて何色かと問われたなら、無色だと俺は答えるだろう。
机。ベッド。カーテン。窓。見上げる空。全て無色だ。見覚えのある自分の部屋に居て、しかし俺はそこを自分の
居場所だとはとても思えない。
これは夢だ。夢ならば思い通りにならないものか、何度も念じてみるも何も変わらない。色の無い世界で、そこへ
紛れ込んだ異分子である自分に、吐気がする。
俺は夢の中の自分の部屋で、激しく咳き込んだ。喉が焼けるように熱くなり、口の中に嫌な味が広がり目が覚めた。
そこは夢の中と同じく、自分の部屋。だが色はきちんとついている。窓の外、空は青く澄んで、太陽はもう中天を過ぎている。
カラフルな世界に眩暈がして、俺はしばらくベッドから起き上がれなかった。
「夢の中にも、現実にも、俺の居場所は無いのかね」
目をつぶって、誰に言うでもなく悪態をつく。ここしばらく、まともに眠った記憶が無かった。
睡眠不足でふらふらする頭を起こしに、キッチンへ向かう。冷蔵庫のミネラルウォーターにそのまま口を付けた。
口中の苦味を流し込んで一息つく。
「そろそろ行かなくちゃ」
俺は壁の時計を見て、もうそんな時間かと少し慌てた。脱ぎ捨ててあったジーンズを穿いて、Tシャツの上にジャケットを
羽織った。少し寒いかもしれないが、今の俺にはそれくらいでちょうどいいかと思って、そのまま部屋を出た。
秋は空が高い。雲は動く気配もないのに、風は肌を冷たく撫でる。やはりもう一枚、何か着てくるべきだったかと
交差点で信号待ちをしながら考えた。
信号が赤から青に変わった。
その瞬間、俺は愕然とした。青に変わったはずの信号は、少し黒ずんで光っている。
「これは……夢だ」
色は全て消えていた。ただ一つの色を除いて。反対車線の信号の色は、鮮やかな赤色をしていた。
「これは……夢だ。これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ」
夢ならば早く覚めてくれ。ぎゅっと目をつぶる。恐々目を開けると、そこに広がっている街の景色には、やはり色が
無かった。
信号はゆっくりと明滅している。濃い色と淡い色が交互に、ちかちかと。
その歩道の反対側に、きれいな赤いワンピースを着た女の子が立っていた。少女は俺の方を向いて、とても可愛らしく
笑った。そして後ろを向いて走り出す。
「待ってくれ! 行かないでくれ!」
13 :No.03 夢の色2/2 ◇KkKdhmOTwg:07/11/04 00:35:06 ID:LnKpv9Ab
俺は明滅する信号を渡った。街角へ消える少女を追いかけて走る。街の通りは、やはり無色だ。
色の無い世界で、少女のワンピースが赤くひらひらを舞っている。俺はそれを追いかけて走る。
走っても走っても追いつけない。彼女の笑い声が途絶え途絶えに聞こえる。身体が重い。まるで世界が、
異分子である俺を排除しようとしているかのように、薄暗い空気が俺に纏わりつく。
「なぁ、これは夢だろ? おい、待ってくれよ、俺を置いて行かないでくれよ」
その呼びかけに応えてくれたのか、彼女は立ち止まった。
何時の間にこんな所へ来たのか、そこは壊れかけの工場跡地のようだった。屋根は崩れ空が見えている。
その空はやはり、俺には何色にも見えない。赤いワンピースの少女は、俺に背中を向けたままくすくすと笑っている。
俺はぜえぜえと息を吐きながら、その少女の肩に手を置いた。
「つかまえた」
少女がこちらを向く。その可愛らしい笑顔は――真っ黒に塗りつぶされていた。
「あははははははははは」
彼女は俺を指差しながら嗤っている。
「これは夢だ……これは夢だ、夢なんだ」
少女の赤いワンピースは、どろりとした血の色をしている。俺はその色から目が離せない。恐ろしいのに。
他の何色でもない世界を見ることの方が俺には恐ろしくて。真っ黒な笑顔で嗤っている少女を呆然と見つめることしか出来ない。
「――――――」
彼女はスカートの裾を持ち、何事かを喋りながら可愛らしくお辞儀をした。
ニッコリと微笑んだその顔は――違う。黒なんかじゃない。
その顔は――彼女の着ているワンピースよりも暗くて濃い、血の色をしていた。
「うわぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」
夢を見た。これは夢なんだと夢の中で気付く夢を、見た。
目を覚ました俺は、灰色のコンクリートと鉄格子の隙間から見える青空を見て、やはりこう呟いた。
「これは夢だ……夢なんだ」
終