【 オーラ 】
◆K/2/1OIt4c




7 :No.02 オーラ1/5 ◇K/2/1OIt4c:07/11/04 00:33:11 ID:LnKpv9Ab
 その男は自殺を考え、睡眠薬を一瓶買った。いろいろ考えたが、一番楽そうな死に方を選んだのである。
 男は三流の大学を出て、小さな会社に就職した。気合を入れて仕事に励んだが、まったく成果はなく、同期は
昇進し、後輩も昇進した。しかし、彼はまったくその様子がなかった。いつ首になるかわからない立場でもあっ
た。
 そんな自分に嫌気をさし、死を選んだのである。
 酒の勢いに任せて、自室で睡眠薬を一瓶飲んだ。すぐに眠くなり、男はベッドに倒れこんだ。

 きれいな花が咲き乱れる中に、男は立っていた。すぐ近くには浅い川が流れていて、その対岸にはもっときれ
いな花が咲いている。
 男は本能的にそちら側に行かなければならないと感じ、すぐに歩みだした。その歩は軽い。
 今まさに、川を渡ろうとしたその瞬間、誰かが男を呼んだ。男は歩を止め、後ろを振り返った。
 少し離れたところで、子供が男を見ていた。
「そっちに行っちゃダメ」
 子供は泣き出してしまった。男はついつい駆け寄る。
「どうして泣くんだい」
「そっちに行っちゃダメなんです」
 子供はそう言うと、うずくまって泣いてしまった。男はどうしようか迷う。このまま放っておいていいのだろ
うか。とにかく理由を聞くことにした。
「なんでダメなのかな」
「死んじゃうからです」
 子供は小さな声で答える。死にたいのだからいいじゃないか、と男は思った。
「これあげるから行かないでください」
 子供はポケットから小さな錠剤を出した。男はそれを受け取る。
「これを飲むといいことがあります」
「でも、変な薬じゃない?」
「これ飲めば他人があなたに対してどう思ってるかわかります。他人のオーラが見えるんです。赤いと敵意、青
いと好意です。白かったら普通です」
 男は意味がわからなかった。オーラとは何か、言葉では知っているが、実際に見たことなどない。
「いいから飲んでください」

8 :No.02 オーラ2/5 ◇K/2/1OIt4c:07/11/04 00:33:34 ID:LnKpv9Ab
 まぁどうあがいたってもう死んでいるんだ。男はそう考え、これを飲めば子供も泣き止むのならと飲んだ。

 男はベッドの上で目を覚ました。いつも寝起きしている、自分のベッドだった。
 シーツは吐しゃ物でまみれている。睡眠薬は消化されることなく、吐き出されてしまったようだ。先に飲んだ
酒のせいかもしれない。
 男は口をゆすぎ、シャワーを浴びた。体調は悪くない。絶好調だった。これなら仕事にも行けそうだと思い、
いつも通り出勤した。
 そして驚いた。そこらを歩く人の背後に、なにやら白いもやのようなものがかかっている。これは何なのか、
男は一瞬理解できなかった。
 夢を思い出す。子供の言ったオーラのことも思い出せた。まさかこれがそのオーラなのだろうか。
 とにかく電車に乗り、会社へ向かった。満員電車では車内が真っ白になり、濃い霧に包まれたようになってし
まった。
 タイムカードを打刻し、自分の机に向かう。すでに到着している社員のオーラは、少し赤みがかっていた。

 あの子供の言ったことを思い出してみる。悪意が赤で、好意が青だ。これは仕事に利用できるのでは、と男は
思いついた。
 早速営業に回る。相手のオーラの色を見る。青なら少し警戒しながら、ガンガンいく。赤だったら相手の機嫌
をとりつつ、自社の商品を薦めた。
 その効果はすぐに現れ、男はたちまち部内の成績がトップになった。しかし、それだけでは満足いかない。日
々努力を怠らなかった。相手の趣味が何かわからない場合を考え、様々な分野の本を寝る間を惜しんで読み、ま
た会話をスムーズに進められるようにと、滑舌を良くするトレーニングを積んだ。

 少し経つと、男は昇進することができた。先に昇進した同期を越え、さらに上の立場になる。そうすると、社
内に変な噂が流れるようになった。
「あいつはおかしい。急に売り上げを伸ばして……。なにか良くないことをしているのでは」
 信頼を得て、徐々に青みを帯びてきた社員のオーラも、一変して真っ赤に染まった。男の立場は当然危うくな
る。
 ある日上司に呼び出され、男は事の真相を聞かれた。上司のオーラも赤かった。
 しかし、ここはオーラの見えるこの男である。うまく上司の機嫌をとりつつ、自身の噂も嘘なのだと弁明した。

9 :No.02 オーラ3/5 ◇K/2/1OIt4c:07/11/04 00:33:53 ID:LnKpv9Ab
 結局、何の証拠もないし、何よりこの男が好きだ、という上司の理由で、無罪放免になった。もちろん、最初
から無罪なのだからこうなって当然だが。
 危うかった男の立場も良くなり、さらに噂を流した彼の同期たちは辞めさせられた。
 男は長い年月をかけ、五十歳を目前にして社長にまで登りつめた。これもオーラのおかげである。
 社長になった男には数人の女性秘書がついた。彼女たちは皆青いオーラで彼に近付く。そして体を許した。
 男は仕事に熱心になりすぎたせいで、この年まで結婚など考えてなかった。でも、この年になって結婚、とい
うことも考えなかった。ただ、自分を求める秘書たちと寝るだけで十分だった。プレゼントをあげれば喜び、お
いしい食事を振舞えば笑顔になった。彼女たちもそれで満足しているのか、青いオーラだった。
 ある日、秘書の一人とレストランに行った。そのとき男はたまたま財布を車に忘れ、彼女に一時的に支払って
もらうように頼んだ。もちろん、後で返すつもりだった。
 すると、彼女のオーラは突然、青から赤に変わった。彼女は支払いを済ませ、車に戻って代金を受け取ると、
そのまま帰ってしまった。
 男は気づいた。彼女たちは、ただ単にお金が目当てだったのだ。そう思うとすぐに、ついていた女性秘書を全
員解雇させ、新しい秘書を雇った。
 どうせ青いオーラだろうけど、こちらが憮然とした態度をとっていれば惑わされることもない。そう考えてい
た男だったが、予想外に新しい女性秘書のオーラは白だった。
 仕事もきちんとこなすし、何より美しく、すばらしい秘書を見つけたな、と男は感激した。
 ある大きな仕事を終わらせた日、男は彼女を食事に誘った。彼女は白いオーラのまま喜んでついてきた。
 食事が一段落したとき、男は彼女に告白をした。結婚しよう、そう言った。
 彼女は、うれしい、と一言いい、その途端にオーラが青く染まった。なんて素直な人なんだ、と男は思った。
 二人は婚約した。彼女は他の社員に悪いから、と秘書を辞め、小さいころからの夢だった洋服のブランドを作
った。男もそれを手伝う。売り込みは、オーラの見える彼の得意分野だったため、そのブランドも大きくなって
いった。

 結婚を目前としたある日、たまたま男の機嫌が悪かった。会社で嫌なことがあり、さらに結婚式の準備のため
に式場に来ていた彼だが、いくら待っても彼女が現れなかった。その二つが重なって、イライラも頂点に達して
いた。
 遅れること二時間、彼女がようやくやってきた。男は怒りを彼女にぶつける。

10 :No.02 オーラ4/5 ◇K/2/1OIt4c:07/11/04 00:34:06 ID:LnKpv9Ab
「なんでこんな重要な日に遅れる! 結婚などしたくないのではないのか?」
「そんなことないわ。ただ、仕事がちょっと終わらなくて」
「言い訳などいい!」
 男はそう言うと、帰ってしまった。彼女のオーラがたちまち赤くなっていくのが確認できた。
 その日以来婚約は解消。男は彼女と二度と会うこともなく、月日が過ぎていった。
 数ヵ月後、男の元婚約者は若手の実業家と結婚した。その噂を聞いた男は、もう結婚などしないと決めた。

 男は六十歳になり退職。周りのオーラの色がいちいち見えるのが鬱陶しくなり、田舎に引っ越した。
 田舎では最初、近所に住む老人のオーラが赤かった。男は居づらくなるのを恐れ、お金を村に寄付したり、相
手のオーラを見ながら機嫌をとったりして、すぐに村に打ち解けることができた。家に一人で居れば誰かに釣り
やなんかに誘われて、自分の畑で取れた野菜だよ、とおすそ分けをしてもらったりした。みんながみんな男に好
意を持つ。男はそれで満足だった。

 ついにその日がやってきた。目覚めると、きれいな花畑に立っていたのだ。目の前には小さな川もある。
 これは昔に一度見たことがある。死んだのだな。そう男は察した。
 男は何の躊躇もなく、川を渡ろうとした。その瞬間、またしても前回同様、誰かに呼び止められた。男は振り
返る。
 女性が立っていた。身なりがきれいで、一見若そうに見える。肌の手入れも行き届いているようで、きめ細か
い。しかし、どこからか感じるその雰囲気は、わりと年がいっているようにも思われた。
「私は、以前あなたがそこを渡ろうとしたときに止め、薬を差し上げたものです」
 そうか、あの子供だったのか。男はお礼を言いたくなり、近寄った。
「その節はありがとうございました。おかげ様で、いい人生が送れました」
「そう言っていただけると幸いです。でも、あなたの努力なしでは、こううまくいかなかったでしょう」
「そうかもしれません。確かに辛い時期もありましたから。でも、最後にはこうして、よかったと思えるような
人生が送れたと思っています」
「そうですか」

11 :No.02 オーラ5/5 ◇K/2/1OIt4c:07/11/04 00:34:18 ID:LnKpv9Ab
 彼女は小さく微笑んで、話を続ける。
「実は私、あなたの元婚約者なのです。私はあなたの能力を利用して、大成しました。たいした努力も、困難も
なくです。私が与えた能力なので、扱い方はわかっていましたし、あなたも私のために努力してくれました。本
当に感謝しております。今では素敵な夫、それに愛する我が子と一緒に幸せな生活を送っています。あなたは幸
せとおっしゃいましたが、どうでしょう。あなたと私、どうやら私のほうが若干幸せな人生のようですね」

 終



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