【 魔法の図書館 】
◆uu9bAAnQmw




122 :時間外No.01 魔法の図書館 1/4 ◇uu9bAAnQmw:07/10/29 00:42:27 ID:w/TBCAUI
 綺麗に舗装された県道から、砂利道に変わる。
 少し先は道が細く、車一台がなんとか通れるくらいだ。
 また気味が悪い場所に迷ってしまったもんだ。カーナビの一台ぐらいケチらず買って
おくんだった。
 ――この先日本国憲法が通じません。
 さらに追い討ちを掛ける様な異彩を放つ看板を横目に、森の中へと入った。
 急に視界が開け、トタン屋根の家が目に入ってくる。
 車を降り近くまで行くと、『魔法図書館』と家の壁に赤のペンキで窓硝子やしきりなど
の配置を無視して、一枚の紙の上に書いた様に大きく記してある。
 異様な光景に圧倒されながらも、好奇心には勝てず玄関に手を掛ける。玄関は引き戸式
になっており、そのまま動かすと、立て付けが悪いのか耳障りな音を立てながら開いた。
 図書館と狂った字で書いていたが、中は本棚などない。それどころか本当に何もなく、
引っ越す直前のような様相だ。
 ここは一体何なのか。それよりも、こんな山奥にわざわざ図書館らしき建物がある意味
が分からない。
「よっしゃー!」
 突然、部屋の奥から声が聞こえ凝視していると、目前に全身真っ黒な服の女の子と目が
合い驚愕する。
「久しぶりのお客様だよー」
 語尾を妙に延ばしすのが、なんだか癪にさわる喋り方だな。
「あ、あの……本はどこに」
「心の美しい人にしか見えませんよー」
 部屋中を見回ったが一向に分からない。
「何時間でも待ちますよー、好きなだけ探して下さい」
「それはどうも」
 半ば意地になり、三十分近く必死に探すも結局見付からなかった。
「全部嘘でしたー」
 女にこれほどまでに殺意を覚えたのは初めてかもしれない。

123 :時間外No.01 魔法の図書館 2/4 ◇uu9bAAnQmw:07/10/29 00:42:41 ID:w/TBCAUI
「今あなた、僕に対してイラッときたでしょ。これが魔法。ほうきに跨って飛ぶばかりが
魔法じゃありません。まあ、催眠術みたいなもんかな。そして、僕自身が魔法の図書館、
動く辞典とは僕のことさー」
 何の脈略もなしに、意味不明な事を一気に巻くし立てられ困惑する。これだから女は何を
考えているか分からない。
「あっ、ごめんねー。意味が分からなかったかなー。」
 俺は沈黙を返答とした。
「ここに本がなくて当然。僕の頭の中に全部入っているからさー。そしてここ魔法の図書館は、
主に人の思考を操る魔法関係が得意だよー」
 頷いて聞いているフリをする。彼女の言葉は右から左へ素通りするばかりだ。
「今日はせっかくの久しぶりのお客様だから、特別に僕の知識の泉から、厳選した凄い魔法
をかけてあげちゃう」
 女はクネクネしながら言ってきた。
「何か悩みごととかないですかー」
 答えない気でいたが、口が勝手に開き言葉が出る。
「最近人間関係に困っていて……」
 赤の他人になぜこんな事を言ってしまったのだろう。恥ずかしいさがこみあげる。
「うんうん、重いねー。よし」
 俺を指差して何かを唱えている。
「はい終わりー。効果は効いてからのおたのしみー。でも、効き目は自分にだけしか分からない
から気を付けてねー」
 知らないうちに足は玄関へと向かっていた。
「それじゃね、バイバーイ」
 引き戸を閉めると、家は跡形もなく忽然と消えた。
 正直、そっちの魔法をかけて欲しかった。
 車に乗り、県道から国道に入る。奇跡的に元の道に戻ってこれたようだ。これで家に帰れる。

124 :時間外No.01 魔法の図書館 3/4 ◇uu9bAAnQmw:07/10/29 00:42:56 ID:w/TBCAUI
 ふと信号待ちの時、横の車を覗くと誰もいないことに気が付いた。信号が青になると、
誰もいないはずの車が動く。
 他の人達が驚いていない所をみると、この現象を認知出来ているのは俺だけなのだろう。
あの女、やっかいな魔法をかけてくれたもんだ。
 だんだんと街から人が消えていく。確かに人は存在し、声だけは聞こえる。だが俺から
は見えない。そして声も聞こえなくなり、ついには一人だけとなった。
 なんだかこの世界は、自分の存在が消えていくようだ。もう一度あの女の所に行き、
どうにかして魔法を解いてもらうしかない。
 ――この先日本国憲法が通用しません。
 例の看板が見えてきた。
 生い茂った森を抜けると、消えたはずの家があった。
 音のうるさい引き戸を開ける。なぜだかその音が、人の断末魔に聞こえた気がした。
「おい、誰かいるか」
「よっしゃー!」
 気付くと女が眼前にもういた。
「久しぶりのお客様ー、あっ、これはこれは先日の。また来てくれたんですかー」
「早く俺にかかった魔法を解いくてくれ」
「お気に召しませんでしたかー」
「俺は一言も頼んでねぇのに、勝手にかけやがって」
「だって、人間関係が煩わしいって言うからねー、してあげたのになー」
 このアマ、最初あった時から嫌いだったんだ。ここは憲法が通用しないんだ。こいつを
殺しても罪にはならない。
 徐に女の首もとに手を掛ける。首が手で圧迫されている為、女の声色が変わった。
「うう、最初に出会った時も言ったでしょー、催眠術みたいなものだって。もしかしたら、
今首を絞めているのも幻影、幻想かもしれないですよー。あなたの今までの数十年に及ぶ
人生でさえ幻たったのかもしれないよー」
 また訳の分からない事を言い出しやがる。こいつは頭が病気だな。
「それはお前が死んでから、ゆっくりと考えるよ」

125 :時間外No.01 魔法の図書館 4/4 ◇uu9bAAnQmw:07/10/29 00:43:13 ID:w/TBCAUI
 今俺の目の前には確かに死体が寝ている。しかし、あいつの言っていた通り妄想かも
しれない。ああ、よく分からなくなってきた。誰か、誰でもいい。俺にかかった魔法を解いてくれ!
 頭の中がぐちゃぐちゃになり、慌てて外に出る。
「よっしゃー!」
 中からあの声が聞こえてきた。
「だから魔法って言ったじゃないですかー」
 俺は唖然としているしかない。
「あなたは僕に会ってから今までずっと魔法にかかり、僕の意思にしたがって行動していました。
どうですか、初めて人を絞め殺した感触は。どうですか本当に一人ぼっちになった心持ちは。
いい体験だったでしょー」
 口から言葉が出ない。
「これが魔法の図書館名物、思考を操る魔法ですよーヘヘへ」
「ハハハハ」
 俺もつられて笑うしかない。
「最後に僕からまた魔法をかけましょう。今度はきっと気に入ると思いますよー。それと、
僕のわがままに付き合ってくれてありがとー」
 目が覚めるとそこは車の中だった。
 今までの出来事は全て夢だったのだろうか。それにしても、リアルな夢だった。
「よっしゃー!」
 まだあの声と独特な口調が頭から離れず、未だに間近で喋っているように聞こえる。
 ふと嫌な予感がして、まさかと思いバックミラーを見ると、黒い服を着た女と目が合った。
「えへへ、僕といっしょに居なければならない魔法をかけました。たまには操る側から
操られる側になりたいかなと思ってねー。あとねー、僕はあなたにしか見えないのでご心配なくー」
 もう一度絞め殺してやろうかな。今度は本当に死んじゃうかも知れないが。
 そのまま車は砂利道から綺麗に舗装された県道へと入った。


【完】



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