【 未来の大魔法使いとラーメン屋さん 】
◆tGCLvTU/yA




116 :No.26 未来の大魔法使いとラーメン屋さん 1/6 ◇tGCLvTU/yA:07/10/29 00:33:13 ID:w/TBCAUI
 作る、というのはとても大変な作業だ。とにかく神経を使う。ましてやそれが、お客様に出すものなら尚更である。
 僕はこの仕事に命をかけて臨んでいると言っても過言ではない。いや、少し過言だ。さすがに客の来ないラーメン屋のためには死ねない。
「……よし」
 雑念を振り払い、目の前の鍋を見る。最高のスープが完成した予感をひしひしと感じる。思わず頷かずにはいられない。
 静かな店内には、僕の声。そして、グツグツと鍋から聞こえる沸騰音。これでも一応開店中だ。
 頃合を見計らってその鍋から少しだけ中身をすくい上げる。食欲がそそられる濃い目の茶色。いい匂いだ。
 神妙な面持ちで再び頷く。我ながら素晴らしい出来だ、と心の中で必死に褒める。これがまずいはずがない。
「では、いただきます」
 おたまですくい上げたスープを適当な小皿に移し変え、一気に飲み干す。いつもならちびちび行くのだが、今回ばかりは自信があった。
 舌でやや転がし、喉に通す。
 甘い。いや、辛い。いや、苦い。いや、酸っぱい。ていうか、
「……不味いな。コウモリの羽が少し多すぎたかな。いや、カエルの目玉か?」
 なんのことはない、こんなことはもうとっくの昔に慣れている。明日はきっと美味いスープを作って見せるさ。
 こういう仕事は、結果が出るまで自分を信じ続けることが大切なんだ。と、自身の心の逞しさを再確認した時だ。
 入り口のドアが、思い切り蹴破られた。
「おっはようございまーす! ラーメンくださいなー!」
 ドアを蹴破れるような力を持ってるとは思えないデッキブラシを持った少女が、吹き飛んだドアがあったはずの入り口からひょっこり顔を出す。
 それにしても女の子が、ロングスカートとはいえむやみやたらに足を振り回すものではない。見るつもりはこれっぽっちもないが。
 いや、そんなことよりも。
「ハヅキくん……またドアを」
 元気なのは大変いいことだと思うし、なによりここのラーメンが食べたいと思ってくれるのはとても嬉しい。
 だけど、ドアの修理費もタダではないのだ。何が言いたいかというと、弁償して欲しい。流石に本当にさせることはないけど。
 一方彼女は、僕の言葉でようやく自分のやったことに気がついたらしく、
「え、あっ。ご、ごめんなさい! またやってしまった……もういい加減弁償します。いえ、させてください!」
 件のドアを蹴破った時以上に元気いっぱいで頭をぶんぶんと振り回すように下げまくる。何事も力いっぱい取り組むのは彼女のいいところ
なのだが、流石にそこまで振り回しては頭が取れやしないかと少し苦笑する。
「はは、大丈夫だよ。次から気をつけてくれれば……それに、弁償なんかしてもらわなくてもうちは充分儲かってるからね」
 大嘘である。本当はこんな女の子にもお願いですから壊したドア弁償してくださいと土下座でもしたいくらい儲かってない。
「……その割には、いつもお客さんいませんよね」
 なんというか、この子には裏表がない。だから、ときどきその無垢な言葉が鋭利なナイフのようにザクザク突き刺さることがある。

117 :No.26 未来の大魔法使いとラーメン屋さん 2/6 ◇tGCLvTU/yA:07/10/29 00:33:30 ID:w/TBCAUI
「だ、大丈夫ですよ。こんなに美味しいんですから。ラーメンってこの辺りじゃ知名度ないですけど、その内流行りますって」
 嬉しいフォローだけど、顔に冷や汗を浮かべてところどころ噛まずに言ってくれたらもっと嬉しかった。
「ま、まあ……好きなところに掛けてよ。今から作るから」
 ドアのことを反省しているのか、元気がなさそうに「はい」とだけ言ってハヅキくんは僕の真正面の席に腰をおろす。
 その右隣に持っていたデッキブラシを置くと、大きく息を吐いた。常に元気なイメージがあるからか、ため息ひとつでもなんだか新鮮に見える。
「おや、なんだか急に元気がないね。ドアのことならもう気にしないでいいから。もっと明るくしてた方が君らしいよ?」
 そんなに暗い顔ですすってもうちのラーメンはきっと美味しくない。まあ、明るい顔ですすっても美味しくないかもしれないのだが。
「あっ、いやっ、違うんです! えっと、ドアのこともごめんなさいとは思ってますけど……ちょっと、その、スクールのことで」
 そういえば、ハヅキくんは魔法を勉強する学校に通っていると以前言っていたのを思い出す。
「私、スクールじゃ落ちこぼれなんです。どんな魔法に挑戦しても失敗ばっかりで……唯一得意なのは、この子で空を飛ぶことくらい」
 ハヅキくんの視線がデッキブラシに移るのに合わせて、僕視線もそちらに移る。
 ずっと疑問に思ってたけどそれは大事な道具だったのか。もしかして僕の店を掃除してくれるものかと期待していたんだけど。
 ハヅキくんはまるで恋人を見るような目つきをして、デッキブラシを優しく撫でる。端から見たからかなり異常な光景かもしれないが、僕には
なんとなく気持ちが分かる。商売道具というのは常に愛情を持って接さなければならないのだ。彼女の場合、商売ではないけど。
「なるほどね……でも、空を飛べるのだってすごいことじゃないか。得意なことがひとつでもあるってのは大事なことだよ」
 僕にだってこの仕事を除けば特に何も、いや、この仕事が得意なことかはやや微妙なラインかもしれないが。
 僕の言葉に、あからさらまにハヅキくんの表情が曇る。失言をしたつもりはない。ないのだが、明らかに落ち込んでいる。
「空を飛ぶのは好きですけど、空を飛べるだけじゃ何も助けることなんてできないじゃないですか」
 いつもの彼女らしからぬ、ひどく沈んだ声だった。
「助ける?」
 オウム返しのように尋ねる。ハヅキくんとっては魔法を学ぶことが、人助けに直結するのだろうか。
 ひどく沈んだ声が続く。
「立派な魔法使いになるのが夢なんです、私。なんでもできる魔法使いになれば、困ってる人も助けることができますから」
 漠然と思ったのは、立派だなということ。僕が彼女くらいの年には自分の夢なんかよりも毎日を楽しく生きることに必死だった気がする。
 まあ、僕の話はどうでもいい。今僕がすべきことは――
「はい、出来上がり。熱いうちに食べてね」
 こうやって、彼女にラーメンを作ってあげることだろう。
「あ、いただきます」
 彼女がラーメンを啜りだすと、店内が静まり返る。さっきまでの話題が話題なせいか、どうも重苦しい。
「どうだい? 今日の味は」

118 :No.26 未来の大魔法使いとラーメン屋さん 3/6 ◇tGCLvTU/yA:07/10/29 00:33:47 ID:w/TBCAUI
「ふぁい、もふもぐ。んぐっ。ぷはっ、美味しいですっ」
 少しだけ彼女の顔に明るさが戻る。やはり彼女は笑顔がよく似合っている。そして同時に思う。彼女の味覚はどこかおかしいと。
 まあ、彼女の味覚は置いといて。
「人助けをしたいというのなら、その人はいつも幸せであるべきだと思う。誰も不幸せな人に助けられたくないだろう? いっぱい食べて元気だしなよ」
 というか、お客さんはハヅキくんかハヅキくん目当ての人しかこないのだから必然的にいっぱい食べてもらわないと困る。路頭に迷いそうになるので。
「店主さん……。うん。私、決めました! あの、その、私を……」
 ハヅキくんが何かを切り出そうとしているところ恐縮なのだが、少し気になる。窓の向こうが。
「騒がしいね、外」
「え?」
 立ち上がって、ドアが吹っ飛んだ風通しのよい入り口へと向かう。
 顔だけ出して様子を見ていると、何かあったようで、少し離れた場所に人だかりが出来ていた。
「あ、本当ですねー。なんでしょうか、お祭りですかね」
 僕の顔も真下から、ハヅキくんも顔を出す、丼を持ってラーメンを啜りながらのところを見ると、今日の味はよほど気に入ってもらえたようだ。
「なんだか気になるね、ちょっと見てこようかな。あ、ハヅキくんは食べてていいよ。お金は、今日はいいや」
 まあ、ハヅキくん目当てのお客さんもいることだし、今日は元気ないみたいからサービスだ。決して今日の味で料金を取るのが心苦しいわけではない。
「え、ちょっと店主さん――うわ、行っちゃった」
 こころなしか寂しそうに見えたハヅキくんの顔に心の中で詫びを入れつつ、人だかりの出来ている場所へと走り出す。

 人だかりができていた場所は、街で一番大きな家がある場所だった。
 それにしても、よく燃えている。どうやら、本当に一番大きな家がある場所「だった」ことになりそうだ。
「……火事か」
 どうやらすでに鎮火は始まっているようで、片手に杖を持った人たちが何か言葉を発して一斉に水を放射している。素晴らしく迅速な行動だった。
 ハヅキくんは、こういう人たちになりたいのだろうか。
「ハナーっ! 誰か、誰かハナを助けて! 誰か……誰かおねがい!」
 耳をつんざくような、悲鳴にも似た女の子の叫び声。恐らくあの家の子供だろう。
 再び家の方に向き直る。窓から子供の顔が見えないとなると、どこかの部屋に閉じこもっているのか。いや、違った。
 屋根の上にいた。ただ、それは人なんかじゃなく。
「おねがい……誰かあの猫を助けて……」
 屋根の上で火に囲まれている、猫だった。

119 :No.26 未来の大魔法使いとラーメン屋さん 4/6 ◇tGCLvTU/yA:07/10/29 00:34:04 ID:w/TBCAUI
 鎮火作業はこれ以上ないくらいスムーズに進んでいる。しかし、恐らく彼女たちが全速力で仕事を終わらせても、あの猫だけはきっと助けられない。
「だれか……ひぐっ、だれか……」
 泣くのを必死にこらえて、女の子は叫び続けている。なんとかしてやりたい、辺りを見回しても、役に立ちそうなものはなかった。
 つまるところ、僕にはあの屋根へと上る術が皆無だった。
「――おい、お前行ってやれよ。俺たちのなかじゃ空飛ぶの一番上手いじゃん」
 男の子の声がした。魔法を使えるということは、ハヅキくんと同じスクールの生徒だろうか。
 彼らもあの女の子の声を聞いていたのか、助けに行くかどうかで揉めているようだ。
「えー、やだよ。あれ見ろって。あんだけ燃えてるんだぜ? 近くにいったら死んじゃうって。大人が行かないってのは、そういうことだろ?」
 相手の男の子が言う。耳が痛い。手段のあるなしにかかわらず、僕も助けに行かないのには変わりない。
 周りが徐々に騒がしくなる。どうやら女の子の言っているハナが何かを理解したようで、そこかしこで「誰か行ってやれ」という声が聞こえた。
「ハナ……ハナーっ!」
 こらえきれず、とうとう女の子が泣き崩れる。いたたまれないのか辺りは一気に静まり返る。
 しかし、誰もあの家へと一歩を踏み出そうとはしなかった。
「やるだけ……やってみようか」
 一人呟く。というかあれだ、ラーメン屋は火と友達になる職業、もしかしたら何かの間違いで僕のことを快く迎えてくれるかもしれない。
 ダメだ。こんな心にもない冗談を言ったところで足が震えてくる。だけど、僕が行けばもしかしたらさっきの男の子たちも行ってくれるかもしれない。
 そう思って一歩を踏み出そうと、
「ど、い、て、く、だ、さーいっ!」
 して、その声に反応してしまい思いっきり右に飛んだ。飛んだ直後に、僕がさっきまでいた場所を何かが通りすぎて行った。
 ロングスカートの女の子が、誰もが踏みだせなかった一歩を軽々と踏み越えていく。街の人たちの視線を一身に浴びて、誰よりも速く駆ける。
 左手に持っていたデッキブラシでようやく気づく。
「なっ……ハヅキくん!」
 僕の声に反応することもなく、彼女はひたすら走る。レンガの道に、小さいけれど力強い音を響かせて。
「行くよ! でっきん!」
 左手から右手に持ち替え、そして両手でしっかりと、でっきんと呼ばれたデッキブラシを掴む。突っ込むところだが、今は彼女に見入ることしか出来なかった。
「とぉぉぉぉぉぉりゃああああああーっ!」
 気合を入れるかのように叫び声を上げる。レンガの道を思い切り蹴り上げ、でっきんに跨る。得意と言っていただけあって速く、高く。鳥のように飛んでいき、
ハナのいるところへと向かう。空の飛び方をよく知っているといわんばかりに無駄な動きがない。そして、燃えさかっている炎などものともせず、
「よし、まだ大丈夫だね。よく頑張った! ねこたろう!」
 でっきんに乗ったまま、猫を優しく抱き上げた。当たり前だが、周りではものすごい歓声が上がっていた。

120 :No.26 未来の大魔法使いとラーメン屋さん 5/6 ◇tGCLvTU/yA:07/10/29 00:34:19 ID:w/TBCAUI
「はい、今度はもう危ない目にあわせないであげてね」
 満面の笑顔で、ハヅキくんは抱きかかえていたハナを女の子へと手渡す。腕を見ると数箇所引っ掻き傷があった。恩知らずな猫というかなんというか。
「ありがとございました、魔法使いのおねえさん!」
 ハヅキくんに負けないくらい、こちらも満面の笑顔でハナを受け取る。舌足らずな言葉づかいで、何度も頭を下げたあと家族のいる方へと駆けていった。
 目で追うと、家族の方もこちらに頭を下げている。隣を見ると、こちらも何度も頭を下げていた。
「へへ、魔法使いですって。なんだか照れちゃいますよね」
「恥ずかしがることなんかないよ。さっきの君は、充分に魔法使いだったし、この街の中で誰よりもお礼を言われるのにふさわしかった」
 そう、誰よりも。スクールのハヅキくんより優秀な生徒たち以上に魔法使いだったし、僕たち大人よりもずっと格好よかった。
「そ、そうですか? えへへ」
 体を縮こまらせて、照れくさそうに頭をかく。もっと胸を張ればいいのにと思うけどなんとも反応が彼女らしくて、ついつい笑ってしまう。
「出来たじゃないか」
「え?」
 満面の笑顔だった表情に、少し翳りがさす。やや曇った表情をしっかりと見つめて僕は続ける。
「人助け。空を飛ぶだけでもさ」
 曇っていた表情は驚きの表情へと変わる。まるで顔の中にランプでも仕込んでいるんじゃないかというくらいコロコロと表情が変わる子だ。
 戸惑いながらではあったけど、彼女は少し照れくさそうに頷いた。
「確信したよ。君は立派な魔法使いになれる。困った人をいっぱい助けることができる。こんなラーメン屋に言われても嬉しくないだろうけどね」
「い、いえっ! そんなことないです」
 妙な沈黙が出来る。ちらちらとハヅキくんがこちらの様子を窺っているところを見ると、何か言いたいことがあるのだろうか。って、
「そういえば、さっき僕になんか言いかけてたよね」
「あ! え、いえ、その、うん……はい。今度こそ言います。私を――」
 うっすらと、彼女の顔が赤く染まっているように見えた。夕日のせいかな、と思う。
「弟子にして欲しいんですっ!」
 衝撃の展開である。なんと彼女は魔法使いとしての勉強ではなく、ラーメン屋修行をしたかったのだ。
 いや、その可能性は充分にある。彼女はうちの味を気に入っていたのだ。ラーメンの魅力に取り付かれても不思議ではない。言ってて空しくなってきた。
「って、何言ってるのかなハヅキくん」
「優れた魔法使いになるのは、やはり優れた魔法使いに弟子入りすることから始まると思うんです」
 すごく納得の行く話だ。すごく納得がいくだけに、どうして僕に弟子入りするという結論になるのかがわからない。というかそのための学校だろうに。
「あのラーメン……ずっと不思議に思ってたんです。なんであんな見た目不思議な料理なのに、あんなにも美味しいのか。今日確信しました」
 見た目はそんなに不思議なのだろうか、確かにこの街じゃ僕しかラーメンやってないけど。

121 :No.26 未来の大魔法使いとラーメン屋さん 6/6 ◇tGCLvTU/yA:07/10/29 00:34:34 ID:w/TBCAUI
「店主さん、貴方は魔法使いですね! それも高名な!」
 衝撃の展開再び。自信満々にさされたこのひとさし指をどうしようかと考えていると、それを肯定と受け取ったようで、
「やはり。こうなったら、何がなんでも弟子入りさせていただきますよ。学校だけじゃなく学外でも師匠をとる……これでクラスメイトの鼻を明かせます」
 私は間違ていなかった、と大声で叫びながら大仰に何度もうんうんと頷く。
 鼻を明かすどころか、僕などを師事にしたら恥をかいてしまいそうなのだが、という間もなくハヅキくんはものすごく盛り上がってしまっていた。
「あ、あー……僕に弟子入りしても店の掃除くらいしかやることないと思うんだけど。あとラーメン作れるようになるくらい?」
 それも、君以外にはすこぶる評判のわるいラーメン。
「それです! そのラーメンの作り方さえ覚えればこっちのもの! これでまた一歩、偉大なる魔法使いへの道が見えてきましたよ師匠!」
 勝手に話が進み、どうやら僕の弟子となったハヅキくんが、店のほうへと全速力で走る。疲れているだろうにどこにそんな元気があるのか。
 まあ、別にいいか。どうせ一ヶ月もすれば彼女も気づくことだろう。僕がしがないラーメン屋の店主でしかないことに。
 少しの間でも、将来の大魔法使いの師匠という肩書きを持っておくのも悪くないかと、全速力で駆けていく少女の背中を駆け足で追いかけた。
 明日は今日よりももう少し美味しく作らねば、と今日よりもっと美味しいスープの作り方を考えながら。



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