【 魔法の恋薬 】
◆InwGZIAUcs




111 :No.25 魔法の恋薬 1/5 ◇InwGZIAUcs:07/10/29 00:31:20 ID:w/TBCAUI
 黒幕のカーテンを下ろした暗室に一人の少女と青年がいた。
 少女はフード付のコートを身にまとい、何やら呪文めいた言葉を呟きながら、
アルコールランプでビーカーに火をかける……。
(今度は何を始めるのやら……)
 その光景を、やや離れた場所で気だるく見守る青年は、あくびを一つかみ殺した。
 この青年、桜間健二が所属する「なんでも魔術研究部」は極めて変人が多い。
 その中でも、今目の前で奇行をしている部長、水鏡夕子はその一線をさらに越えていた。
 そもそも健二がこのサークルに参加するきっかけになったのも、
大学のオープンキャンパスの時、彼女に目をつけられたのが原因だ。


жжж

 オープンキャンパス当日、健二は大学の中で迷子になっていた。
 校舎と校舎の隙間。入り組んだ狭い道。まさに迷路。
 さらに、携帯の電波が届かないことに焦りを覚えていた。
「大学広すぎ……今どこにいるかさっぱりわからないぞ」
 あたりを見渡すが案内地図らしきものは見つからず。
 変わりに、同じような顔をしてきょろきょろしている少女をみつけた。
(教授の娘かなんかかな?)
 目がパチッとあった。運命の歯車はこのとき周りはじめたのかもしれない。
 トコトコと、細い手足を動かし健二に近づいてくる。
「あの、すみません、どうやったら広場にもどれるか分かりますか?」
 それはそれはとても愛らしい少女だった。少なくとも健二はそう思った。
(大きな黒い瞳にツヤツヤの黒髪……変な語尾でもつければ完全に漫画のキャラクターだな)
 なんて、馬鹿なことを考えていると、少女が怪訝な色を浮かべたので、健二はあわてて取り繕う。
「ああ、ごめん。俺も迷子なんだ……君も迷子?」
 少女は首を縦に振った。
(こんな女の子を一人にしておくことはできないだろう)
 そう考えた健二の脳裏に浮かんだのは、幼いころ迷子になった記憶だった。

112 :No.25 魔法の恋薬 2/5 ◇InwGZIAUcs:07/10/29 00:31:37 ID:w/TBCAUI
 子供にとって知らない場所で一人というのは、大人が考えている以上堪える状況なのだ。
健二も幾度か泣いた記憶があった。
「よし、俺と一緒に探そうか」
 嬉しそうに微笑んだ少女は、健二と一緒に歩き出した。
 その後、広場は無事に見つかり、その日はそれで終わった。

 時は数ヶ月が過ぎ、大学にも無事合格した健二は晴れて大学生になっていた。
 健二は、たくさんの新入生を勧誘するサークル陣を抜け、早足に帰ろうとしていた。
 が、そうは問屋が卸さない。
 それは肩を叩かれ振り返った瞬間のこと……。
「おまえは我が『なんでも魔術研究部』に入るのじゃ!」
 言葉とチラシが同時に顔面に届いた。
 正確には、チラシに重ねた手の張り手が健二の顔を潰したのだ。
「いってえええ!」
「やあ、久しぶりじゃの!」
 そこにいたのは、オープンキャンパスの時迷子になっていた少女……。
「あれ? なんで今日もここにいるんだ? また迷子になったのか?」
「お主、私は大学生じゃ!」
「へ? 大学生? じゃあ何で迷子になってたんだよ。あんまりからかうな」
「どちらがからかわれていた分からんのか? 私はお前みたいに迷子になって泣きはしないぞよ?」
 唖然として少女を見つめる健二。
(あれ? 俺そんなことしゃべったっけか?)
 黙った健二に得意になった少女は、満面の笑みを浮かべる。
「私の名前は水鏡夕子じゃ。夕子でいい。さて、そんなわけで早速部室に参るぞ!」
 周りに流されやすい健二に、この場を切り抜けることはできなかった。

жжж


「何をボーっとしておるのじゃ?」

113 :No.25 魔法の恋薬 3/5 ◇InwGZIAUcs:07/10/29 00:31:50 ID:w/TBCAUI
 出会いを赤裸々に思い返していた健二は、夕子の言葉で我に返った。
 覗きこむように健二を伺う夕子。
 そんな出会いからすでに何ヶ月も経過しているのだが、童顔を通り越した彼女の容姿は、
本当に年上なのかと疑念を抱かずにはいれない。健二が一度尋ねたら、「魔法で若さを保っているのじゃ」
と冗談半分で返されたのだが、これは少し笑えなかった。
「呆けていないで私の汗と血と涙の結晶を見てほしいのじゃ」
 夕子はそんな健二の疑念など露知らず、自慢の新作を披露し始める。
「それで、今度は何を作ったんですか?」
「ふふふ、ずばり魔法の恋薬じゃ!」
 バーンという効果音がどこかから聞こえてきそうなほど堂々と胸を張り、夕子はその薬ビンを掲げてみせた。
「健二君? 君の好みの女性を聞かせるのじゃ」
「好みの女性? うーん……言うなら、健気で、それでもどこかドジなところがあって、かわいい女の子かなあ?」
「……健二君はアニメかなんかのみすぎだと思うのじゃ」
 肩をすくめながらも、夕子はもう一度ビンを掲げてみせる。
「では早速この薬を……」
「俺が飲むんですか?」
「私が飲む!」
「あんたが飲むんか!」
 これまた気持ち良いほどぐびぐびと一気に飲み干す夕子。
 見た目はあまり体によろしくない色をしていたが、大丈夫だろうかと健二が多少心配をする。
「だ、大丈夫ですか……?」
「うっ」
「う?」
「美味いのじゃ!」
「美味いのか?」
 半眼でノリ突っ込みを入れる健二。もうなんでもいい気分の彼は、適当に終わらせることにした。
 が、一、つちょっとした疑問が生まれる。
「あれ? 実験体に使われないなら俺はどうして今日呼ばれたんですか?」
「ふふふ、実験の本質は、私が健二君の好みの女の子に変われたかどうかなのじゃよ……」
「な、なんで俺なんです?」

114 :No.25 魔法の恋薬 4/5 ◇InwGZIAUcs:07/10/29 00:32:05 ID:w/TBCAUI
「決まっているじゃろう……私が健二君のことを――」
 そこまで言って夕子は突然後ずさった。
 なにやら顔を赤くして、健二を見ている。
「な、なんで健二君がここにおるのじゃ!」
「夕子さん……あんたはアホですか?」
 なるほど。天才と馬鹿は紙一重と言うが、格言は皮肉などではなかった。
 健二はといえば、あきれつつも夕子と同じくらい顔を赤らめていた。
「うう、こうなっては仕方が無い……そう、私は健二君のことが好きなのじゃ」
 観念したようで、夕子はいじらしくそう言ってのけた。
 はたから見れば、憧れの先輩に告白した後輩のような、どこか微笑ましい空気をかもし出している。
 それに対し健二は、頬を通り越し耳まで顔が真っ赤になっていた。
「オープンキャンパスのあの日、私は本当に迷子になっていたのじゃ……嬉しかったのじゃ……」
 もじもじと指をいじる愛らしい姿が、健二の心を射抜いた。
 もう、限界だった。
「俺は……俺も……夕子さんのことが好き! ……です」
 部室は暗く、音も無い。
 健二は永遠とも感じられる時間を彷徨っていた。が、そんな彼の意識に、迎えの声が響き渡る。

「よし! 実験は成功じゃ!」

 目が点になるとはまさにこのことだろう。
 健二の目が可愛そうなくらい丸くなる。
「へ?」
「言ったであろう? この実験は飲んだものが、相手の好みの女の子のようになれるかどうか……というものじゃと」
「つまり……これ全部嘘ってこと?」
「うむ」
 健二は半泣きだった。
 これが薬の力だとするならば、絶対に量産させてはいけないと思った。
「じゃあ私は講義に行くとするか」
「……」

115 :No.25 魔法の恋薬 5/5 ◇InwGZIAUcs:07/10/29 00:32:22 ID:w/TBCAUI
 反応することもままならない健二。
 夕子はばつが悪そうにため息をつくと、一言こう言った。
「二つだけ……私は魔法が一つだけ使えるんじゃ。何って? 健二君の考えてることが分かるんじゃよ……だいたい
この変なしゃべり方だって……お、オホン! それはともかく、えともう一つは、この場に魔法の恋薬なんてなかったんじゃ……」
 最後の方は呟くように言葉を紡ぎ部屋をでた夕子。
 健二がその意味を理解できたかどうかはまた別のお話。


owari



BACK−トクベツ◆cWOLZ9M7TI  |  INDEXへ  |  NEXT−未来の大魔法使いとラーメン屋さん◆tGCLvTU/yA