【 背徳者死すべし 】
◆I8nCAqfu0M




65 :No.14 背徳者死すべし 1/4 ◇I8nCAqfu0M:07/10/28 20:45:29 ID:94r1qYP2
 私には魔法を使える友人がいます。彼は私と同じ町の普通の一軒家に暮らしているのですが、その道を目指す
人達の間では大分有名なようで、私が彼の家に遊びに行くと、時々怪しい衣装の人が彼の家から出てくるのを見
ることがあります。私は非常な小心者ですから、彼らの禍々しい装束に先制されると、持ち前の好奇心もぐった
りとしてしまって、結局今日まで彼らに質問らしい質問を出来ずにいました。まあ今更催眠術なんてちんけな物
を取り立てて解剖するつもりもありませんが。
 ともかく今日、私はその友人の家を訪ねました。理由は単なる暇潰しです。そう、最初はただの暇潰しだった
のです。しかしどうしたわけか、その時の彼は普段よりずっと軽やかで、私が彼の家に入るなり
「やあ、よく来たね。お茶は切らしてるから今コーヒーを淹れるよ。ちょっとそこに座って待っていて」
などとにこにこしながらいかめしい装飾に彩られた自室に案内し、革張りの赤いソファを指差して言うのです。
私は、彼が自ら進んで客をもてなすような人間ではないことをすっかり分かっていますから、その奇妙なもてな
しを受けて、きっと今彼は気分が良いのだろうぐらいに考えていました。
 彼はコーヒーを淹れ終ると、変な模様の青いコップを二つ、小さな丸テーブルに置いてこう言いました。
「居るに容づくらずってね。君と僕の仲ならもうあらたまって客人扱いする必要もないだろ?」
なるほど、どうやら私は彼と付き合いを始めて半年経った今日、ようやく親しい友人として認められたようでし
た。
 そんなわけで、彼も私の向かいのソファに腰掛けて、熱いブラックのコーヒーを飲みながら色々なことを話し
合いました。彼はとても聡明な人間ですから、話は大いに盛り上がりました。そして熱い議論が近所の自治体の
無能に差し掛かった頃、彼は唐突に私に言いました。
「ところで、僕が魔法を使えることはもう知っているよね?」
私は不意を突かれて少しびっくりしました。今まで機知に富んだ皮肉で世間をいたぶっていた彼が、突然魔法な
んて突飛な物を持ち出したのですから。しかし私は、前々から彼が真顔でそういう冗談を言う男だと知っていま
したから
「知っているさ。実を言えば僕だって今日は箒に乗ってきたんだ」
といつものようにおどけ返しました。すると彼はまた真剣な目をして私にこう言ったのです。
「君はもう、君が良ければだけれど……僕の親友なんだから、秘密は良くないと思ってね。だから今日は特別に
君にだけ、僕の魔法を見せてあげるよ」

66 :No.14 背徳者死すべし 2/4 ◇I8nCAqfu0M:07/10/28 20:45:46 ID:94r1qYP2
 私はその時まだ、彼が悪乗りを引きずっているのだと思って、また何か上手い切り替えしはないものかと考え
ていました。すると彼はテーブルに置かれたジッポライターを指でつまんで私に見せながら
「これをよく見ててごらん。ほら、ワン、ツー……」
そう言ってジッポを空中に放る仕草をしました。私が一瞬何も無い空間に気をとられると、次の瞬間、彼の手に
は高級そうな臙脂の万年筆が握られていました。私は、彼は手先も器用なのかと感心しながら
「すごいね。君は確かに魔法を使えるみたいだ」
と手短に褒めてこの冗談を打ち切ろうとすると、彼はさらに真剣な表情をして私に万年筆をつきつけました。
「本番はこれからだよ。いいかい、この万年筆はきっと蛇になるんだから」
そう言って彼は万年筆をテーブルに置くと、何やら怪しげな手つきで蛇の手まねをし始めました。
 彼の手は白いテーブルの上をくねくねと這います。しまいには全身でくねくねとやりだしました。私は段々馬
鹿らしくなってきて、この長い冗談をどうにか終わらせようと思案していると、なんとテーブルに置かれた万年
筆は本物の蛇のようにうねり始めたのです。私が唖然として万年筆の動きをみつめると、それは彼の手の動きに
あわせてさらに激しくぐにゃぐにゃとしていきます。
「どうだい、見えてきたかい?」
はっとして彼の顔を見ると、彼はさも当然であるという風に微笑んでいます。
「見えているね。もちろん僕の魔法というのはこんなちんけな物だけじゃないんだよ」
彼はそう言うと、先ほどのジッポライターをポケットから取り出して火をつけました。
「よく見ているといい。猿が火を扱った時から大分進化した僕は、こいつも自由に操ることが出来るんだから」
 彼の言葉は本当でした。彼が火のついたままのジッポをテーブルに置き
「この火は僕の思った通りに形を変えていくんだよ。そうだな……まずは犬かな」
と言って小さな炎に手をかざすと、炎は段々と大きくなると、普通ではありえない歪み方をしていき、やがて私
の近所に住むおばさんの飼っている犬の顔に姿を変えたのです。それからは、彼が次は猫、次は鳥と言って手を
少し振る度に、炎の形状はまるで生きた飴細工のように次々と変化していきました。
 私があんまり驚いて炎を凝視していると、彼は
「ほら、でまかせじゃないだろ? なにせ僕は実際こうして魔法が使えるんだから」
と言ってゆっくりコーヒーをすすりました。私もどうにか正気の世界への蜘蛛の糸を掴もうとコーヒーを一口飲
みました。すると彼の手に持たれたカップの模様までもがぐるぐると回りだし、それに呼応するかのように私の
カップもまたぐるぐる回転しだしました。

67 :No.14 背徳者死すべし 3/4 ◇I8nCAqfu0M:07/10/28 20:46:02 ID:94r1qYP2
 私は気が遠くなるのを感じて目を固く閉じると、今度は甲高く鋭い鳥の鳴き声がします。慌てて目を見開くと
先ほど彼が生み出した火の鳥がぼうぼうと燃え盛りながら物凄い速度でこちらを目掛けて飛んできているのです。
私が「うわああっ!」と叫んでとっさに腕で顔を守ると、彼は「大丈夫」と言いながら身を乗り出して私の前を
手で勢い良く払いました。火の鳥は砕け、花火のようにちかちかしながら消えていきました。
 私は、彼はこんな凶暴な物まで自在に作り出せるのかと思うとそら恐ろしくなりました。そして熱った背筋に
冷たい汗が流れるのを感じた時、彼はこちらを向いてにやりと笑いました。その顔はまるで子供の頃絵本で見た
悪魔のように、大きく赤い口が裂け牙が覗き、目は虎のようにぎらぎらと黄色く光っています。今度こそ本当に
私の意識は遠のいてゆき、彼の部屋の様々な色の刺々しい装飾が、私の上に束になってのしかかってくるように
思われました。革張りのソファはぐにゃりと沈み、私は意識を失いました。
 目が覚めると私は緑の長椅子に寝かされていました。部屋を見渡すと、先ほどまでの異常な光景は影もなく、
ただいつもの通りの彼の部屋があるばかりでした。ソファに腰掛けて本を読んでいた彼は、私が目覚めたことに
気が付くと
「やあ、起きられたみたいだね。本当はこんなに驚かすつもりじゃなかったんだけれど。ごめんよ」
と言いながらこちらへやって来ます。私は彼の目の前で気絶してしまったことが恥ずかしくて、なんとも言えな
い気分で黙っていました。そんな私に向って彼は言います。
「何も恥じる必要はないよ。それに、もうひとつ君に謝らなきゃいけないことがあるんだ。実を言えば魔法を人
に見せたのは君が初めてってわけでもないんだよ。そして僕の魔法を見た人の大半は君のように驚きのあまり気
絶してしまうんだからね」
彼は私の隣に座って続けます。
「君もうちに来る途中何度か見かけた事があると思うんだが、僕の家にはアフリカの民族衣装風のいでたちの人
たちが出入りしてることがあるだろう?」
私はまだ少しぼんやりとした頭で頷きます。
「彼らはね、僕の真似をしようと、魔法を習いに来ているんだよ。でもね……」
とかれは憐れむような悲しげな表情を見せると、少し声を落として私にこう言いました。
「残念ながら彼らには『才能』が無いんだよ。どんな人間の内側にも、見たものを模倣しようとする漠然とした
欲望が働いている。しかしそうした欲望があるからといって、僕らの企てる物を達成する能力が常に僕らに備わ
っているという証拠にはならないだろう。彼らはフェルメールに憧れて絵を習い始める少年と同じなんだ。誰も
が彼のような絵を描けるようになるわけじゃないのにも関わらずね」


68 :No.14 背徳者死すべし 4/4 ◇I8nCAqfu0M:07/10/28 20:46:18 ID:94r1qYP2
 先の夢のような出来事が抜けていない私の中を、彼の言葉が冷たい水のように流れます。
(彼らは? なら、僕は……?)
そう考えた時、彼はまたしても不敵な笑みを浮かべると
「僕は彼らが来る度に、彼らに警告しているんだ。『君達では無理だ』とね。でもあんまりしつこく訪ねて来る
もんだからなんだか不憫に思って、それで仕方なく初歩の初歩、一般人でも訓練を積めば使えるようになる“催
眠術”を教えて追い払っているんだ。でも君は違う。僕は前々から感じていたけれど君には『素質』があるんだ。
僕が君に魔法を見せた時、僕の魔法が君に向っていっただろう? あれは君の潜在的な力に僕の魔法が吸い寄せ
られたという証なんだ。今日それを見て、僕の中の期待は確信に変わったんだよ」
そう言って私の肩に手を置き、子供のように瞳を輝かせていました。心なし彼の手は熱を帯びているように感じ
られました。
 それから彼は
「この服は身に付けているだけで力が目覚めてゆくものだから、何も無い時はこれを着て過ごすといいよ」
と言って私に神秘的な柄のやけに重たい服を手渡しました。私は才能無しと言われた彼らもこんな感じの服を着
ていたなと思って彼の方を見ると、彼は冗談めかした様子で
「彼らに上げたのはただの外国土産さ。それにこの服は大分高価だからほいほい他人様に上げられるような物で
もないしね」
と言って笑っていました。なるほど、確かにそれは彼らの着ていた物とは似ても似つかない煌びやかな装飾で、
重厚な作りの物でした。
 私が彼に礼を言うと、大したことじゃないよ、本当の仲間が増えるのならね、と言った後、来週のこの時間帯
なら僕は空いてるから、暇ならまた来ると良いと教えてくれました。
 私は子供の頃以来の、飛び上がるくらいのわくわくした気持ちで家路につきました。
 私の友人は魔法が使えるのです。そしてこれから私もその魔法が使えるようになりそうなのです。
 私は彼と出会えた奇跡に感謝しつつこれからの素晴らしい人生を想像して、ニヤつきながら眠りに落ちました。



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