【 中の人の憂鬱 】
◆IPIieSiFsA




69 :No.15 中の人の憂鬱 1/6 ◇IPIieSiFsA:07/10/28 21:14:24 ID:xbD7FhZ/
『正義の炎が悪を討つ! マジカル・ズガーン!!』
 頭身で表したら、四くらいになる大きさの頭をした魔法少女が、魔法のステッキを振り下ろす。
 ヘドロ怪人の周囲から爆発音と煙が昇り、煙がその姿を隠した瞬間、ヘドロ怪人は舞台から姿を消す。
 ようするに、魔法の攻撃によって、怪人が倒されたということだ。
『やったー! 悪のヘドロ怪人をやっつけたよ! これで水質汚染も少しは改善されるね!!』
 マイク片手に、司会のお姉さんが力説する。
『それじゃあみんな、マジカル・ズガーンにありがとうを言ってね!! せーのっ!!!』
『ありがとーーーっ!!!』
 子供たちの大きな声が重なり合って、屋上に響いた。
『ご来場の皆様。本日はご観覧ありがとうございました。これにて、【『魔法少女マジカル・ズガガーン』ショー】は終了とさせていただきます。またのお越しを、お待ち申し上げております』
 アナウンスが終了を告げて、【『魔法少女マジカル・ズガガーン』ショー】はつつがなく終了した。

 私は、控え室に戻ってドアを閉めると、一も二もなく、着ぐるみを脱ぎ捨てた。
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
 外気を完全にシャットダウンした気ぐるみから解放されて、盛大なため息がもれた。
 全身びしょびしょにかいた汗の所為で、タンクトップが張り付いて気持ち悪い。
 ショートパンツはおろか、中のショーツまでぐっしょりと濡れて、お尻にピッタリとひっついている。
「………………暑い」
 声に出したら、なんだかさらに暑くなった気がする。
 机の上に置かれているペットボトルを手に取る。ショーが始まる前に飲んでいたもので、完全に常温になってしまっていた。
 とはいえ、一刻も早く喉の渇きを潤したい身としては、背に腹は変えられない。
 半分くらい残っていたお茶を、一気に飲み干す。
 パリパリに乾いていた喉に流れるお茶が気持ちいい。
「……っはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ! 生き返るぅ!」
「なんだか、おっさん臭いですよ」
 心地よい一服に感嘆の声を上げていた私に、ムカつく一声がかけられた。
 見ると控え室の入り口に、着ぐるみの頭部を小脇に抱えた高橋くんが立っていた。
「なんか文句でもあるの?」
 ジロリと睨んでやる。

70 :No.15 中の人の憂鬱 2/6 ◇IPIieSiFsA:07/10/28 21:14:44 ID:xbD7FhZ/
「別に文句はありませんよ」
 言いながら、彼も着ぐるみを脱ぐ。彼も私と同じように、ランニングも短パンもびしゃびしゃにしている。
「ていうかソレ、俺が飲んでたヤツじゃないですか」
 彼が指差すのは、私が手にしているペットボトル。すでに空。
「美味しゅうございました。温かったけどね」
 頭を下げてやって、心ばかりの感謝を示す。いや、感謝なんてまったくしてないけれど。
「別にいいですけどね」
 本当に気にしていないというような顔の高橋くん。ランニングを脱いで、タオルで身体を拭き始めた。
 むう。やっぱり男の子は有利だな。
 いや、別に私の気持ち一つだから、おっぱい放り出して汗を拭いてもいいんだけど、さすがに女を捨てる気はない。
「なんだよー。私との間接チューが不満かー?」
「……どちらかと言えば、間接キスをしたのは葉子さんの方じゃないですか?」
「いやーん。恥ずかしい。とでも言えばいいの?」
 頬に両手を当てて、恥らう姿を見せてみる。
「ついに暑さでやられましたか……」
 などと言って手を合わせやがる。ホントに失礼なガキだな。
 くそう。濡れた服が段々冷たくなってきた。高橋くんがいなきゃ着替えられるのになー。
「時に高橋くん」
「なんです?」
 恥ずかしげもなく短パンを脱ぎ捨てて、こちらもぐっしょりと濡れたパンツ一枚のバカガキがこっちを向く。
 身体まで向けるなよ。ピタッと張り付いてるんだよ、ピタッと!
「私のこの格好を見て、何とも思わないかね?」
 改めて言っておこう。ぼとぼとに汗をかいて、ぴったりと身体に張り付いているタンクトップ。よく見るとアレがアレしてるかもしれない。
そして、同様に濡れていて、少し冷たくなってきた所為で膀胱を刺激しつつあるショートパンツ。あたしが身につけているのはコレだけ。
いや、さっきも言ったように、下着はつけてるよ?
「そうですね……。タンクトップは黒の方がいいんじゃないですか? 中のスポーツブラが透けて見えてますし」
 そんな事を言いながら、何食わぬ顔でパンツを下ろした。
 死ね。変態。
「はうっ!!」
 私が投げつけたペットボトルは、寸分違わず急所にヒットした。

71 :No.15 中の人の憂鬱 3/6 ◇IPIieSiFsA:07/10/28 21:15:03 ID:xbD7FhZ/
「汚いもの見せんな、この露出狂が!」
「誰が露出狂ですか、葉子さんが呼ぶから振り向いただけでしょ」
 替えのパンツをカバンから取り出してはいている。
 あー、私も替えのパンツ持って来るべきだったかな。まだ必要ないと思ったんだけどなー。今日はこんなに暑くなるとは思ってなかったからなー。
「それで何ですか? セクシーですね、とでも言えばいいんですか?」
「あーもう、それでいいわ。はいはい、セクシーでしょー」
 投げやりに胸を強調して見せてやる。というか、さっさと出て行けよこの短小野郎が。
「馬鹿やってないで、早く着替えた方がいいですよ。風邪引いても知らないですよ?」
 私は、机の上にあったクッキーか何かの缶ケースを投げつけた。
「いたっ! 何するんですか!?」
 缶ケースの角が額に命中して、うずくまりながらも文句をたれてくる。
「うっさい! さっさと出てけ!!」
 結局、実力行使に出た私は、うずくまっている高橋くんを転がすように控え室から追い出し、中から鍵をかけた。
 あっ、パンツ一丁だった……。まあ、いいか。変態なんだし。
 ガンガンとドアを叩く音を華麗に無視しながら、やっと濡れた服を全部脱ぎ捨てた。

 隅々まで念入りにタオルで拭いて、替えの服に着替えてから、鍵を開けてあげる。
 と、高橋くんは驚きの速さで室内に飛び込んできた。
「何するんですか! ホントに!!」
「いやーゴメンね。あまりにも濡れた服が気持ち悪くてさー。一刻も早く着替えたかったもんだから、ね?」
 小首を傾げて、同意を求めてみる。
「だからって、パンツ一枚で外に放り出すことないでしょ! 何人の人に見られたと思ってるんですか!」
 けどそれが気持ちよかったくせに。
「そんなことより、早く服着たら? 風邪引くよ?」
「言われなくても着ますよ!!」
 ぷりぷりと怒りながら、シャツを着てジーンズをはく高橋くん。
 パイプ椅子に座って、彼が着替え終わるのを待ってから、私は話しかけた。
「ねえ、高橋くん」
「何ですか?」
 まだ少し、怒りが残ってるみたいだ。ちょっと口調が強い。

72 :No.15 中の人の憂鬱 4/6 ◇IPIieSiFsA:07/10/28 21:15:22 ID:xbD7FhZ/
「高橋くんは、学校卒業したらどうするの?」
「……どうしたんですか、突然」
 私と差し向かいにパイプ椅子を置いて座った高橋くんは、不審者を見るような目でこちらを見る。そんなにおかしいこと言ったか、私?
「別に。ただ、高橋くんって三回生でしょ? だったらそろそろ就職とか考える時期じゃないかなー、と思ってさ」
「……そうですね。特に決めてはないですけど、何かしら身体を動かせるような仕事がいいですね」
「外回りとか?」
「そんなところですかね。事務系はちょっと苦手なんで。葉子さんは、どうするんですか? このバイトだって、ずっと続けるわけじゃないでしょ?」
 私かー。私はどうするかなー……。
「……私はさー。子供の頃、魔法少女に憧れてたんだ」
「魔法少女ですか。俺もガキの頃は、アニメの主人公になりたいと思ってましたよ」
「ふたつの胸の〜ふくらみは〜♪ なんで〜もでき〜る証拠なの〜♪」
「やっぱり暑さでやられたんですか?」
 そう言って私の額に手を当ててくる。
「誰が暑さにやられてるのよ」
「葉子さんですよ。いきなり魔女っ子メグの歌を歌いだすなんて、普通じゃないでしょ」
 というか、知ってるのかコイツ。昔々の、私も再々再と再が何個つくかわからないくらいの再放送で見た女の子アニメなのに。いやまあ、ある意味男の子向けだけれども。
「違うわよ。これが、私が魔法少女に憧れた原点なの」
「葉子さんて子供の頃からちょっと変わってたんですね。それに、魔法少女じゃなくて魔女っ子じゃないですか」
 真顔で言いやがる。ホントに失礼な奴だ。
「時代の流れってヤツじゃない? 昔は魔女っ子、今は魔法少女ってね。それに、魔法少女の方が可愛くない? どうでもいいわね。
 けどね、小学生の時、魔法少女なんていないって知ったのよ。だからまあ、幼い頃の夢として、胸の奥にしまいながら生きてきたわけよ。フラフラとフリーターしながら」
 高橋くんは黙って聞いている。こういう風に大人しくしてれば可愛い顔をしてるのに。
「そんな時にさ、高校の時の先輩から持ちかけられたのよ。このバイトをね。
 はじめはさ、着ぐるみ着てアクションなんてあり得ないと思ってたんだけどね。まあ、金になるから渋々やってたんだ。
 で、この時に強く感じたの。ガチャ○ンの中の人は神だなって」
「そんなことですか」
 それまで真剣だった高橋くんの顔が急にぐにゃりとなる。
「あのねえ高橋くん。そんなことって言うけどね。アレって物凄いことなのよ? あんた、あんな着ぐるみ着て海に潜ったり空から落ちたりできる?」

73 :No.15 中の人の憂鬱 5/6 ◇IPIieSiFsA:07/10/28 21:15:43 ID:xbD7FhZ/
「いや、そりゃできないですけど」
「それに、まん○ちゃんだって凄いんだから」
「そこを伏せるのは止めておきましょうよ」
 細かいことを気にするな。そう思うのは若さゆえだよ。
「でまあ、あんまり気が入らないままこの仕事を続けてたんだけど、ちょうど一年前ね。別の仕事で知り合った人から紹介されたのよ」
「コレですか?」
 そういって高橋くんは、精巧に作られたハリボテの魔法少女の頭を叩く。
「そう。タイトルを聞いた瞬間に、昔の想いが甦ってきたわ。『これで魔法少女になれる!』ってね。
 まあ、実際にはそうはならないんだけどね」
「世の中ってのは厳しいですからね」
 なんだそのテキトーな慰め方は。慰める気あるのか?
「でもね、最近気づいたのよ。そもそもが間違ってるってことに」
「どういうことですか?」
「私はね、魔法少女に憧れていたんであって、魔法少女の中の人になりたかったわけじゃないのよ」
 高橋くんから、魔法少女のハリボテを受け取る。
「それなら魔法少女の格好をして、コミケでも行けばいいじゃないですか。葉子さんならチヤホヤされること間違い無しですよ」
 ていうかコイツ、所々に一般人に無い発想を出してくるな。
「それはただのコスプレでしょ。私がなりたいのはそういうんじゃないのよ……」
 まあ、わかってもらおうとは思ってないんだけどね。ちょっと愚痴りたくなっただけなのよ。現状と、この先とに。
「……でもね、葉子さん。俺は思うんですよ」
 真剣な眼差しでこちらを見つめる高橋くん。どうした、何かのスイッチが入ったのか?
「魔法少女の中の人だって、立派な魔法少女だって」
「中の人も?」
「ええ。葉子さん、ステージにいる時に、ショーを見ている子供たちの顔を見た事ありますか?」
 子供たちの顔? 正直、目につくのは大きいお友達なんだけど……。
「ううん。ショーに集中していて、そこまで見てないわ」
「だったら今度、ちゃんと見てみてください。みんな、キラキラと瞳を輝かせて、こっちの一挙手一投足をつぶさに見てますよ。
 そして、主役がやられそうになったらハラハラして、悪者を倒したら大きな歓声を上げて、一生懸命ですよ」
 いつになく高橋くんが饒舌に語っている。本当に真面目な顔で。
「そんな風に子供たちを夢中にさせるなんて、それだけで魔法だと思いませんか?」

74 :No.15 中の人の憂鬱 6/6 ◇IPIieSiFsA:07/10/28 21:16:03 ID:xbD7FhZ/
 高橋くん……。
「だからね、葉子さんは魔法少女なんですよ、きっと」
 自分の言った言葉が照れ臭いのか、少しだけ頬を赤くして笑顔の高橋くん。カッコつけちゃってさ。
「臭い。臭すぎるわ」
「うわ! 人がせっかくイイ話してんのに、何、一言でバッサリと切り捨ててるんですか!」
 そうそう。高橋くんは、私におちょくられて怒ってるのが似合ってるんだよ。
「……でもね、ありがとう。ちょっとだけ、ううん、結構やる気でたよ」
「……葉子さん」
 高橋くんが何ともいえない、少しだけ恥ずかしそうな笑顔になる。多分、私も同じ顔をしているだろう。でも――。
「魔法少女役のアンタが言うことじゃない!!」
 高橋くんが被って、そのニオイの染み付いた、魔法少女のハリボテヘッドを投げつけた。
 彼は、魔法少女とキスしながら、床に倒れこむ。
 さて、明日もヘドロ怪人――ヘッディーくんを頑張って演じるか。
                               ―完―



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