【 にゃ! 】
◆FhAgRoqHQY




50 :No.11 にゃ! 1/6 ◇FhAgRoqHQY:07/10/28 20:25:27 ID:94r1qYP2

「松串ゆかりです。これから前期の間、クラス委員長をさせて貰う事になりました」
 教卓に立った私は、先生の指示通りクラスの皆に自己紹介を始めて貰う。
 男女交互に席を立つ。一人ひとり顔を覚えようと見ていると、お化けのように髪の長い子が立ち上がった。
「さえき、まや! 趣味はとくにないけど――」
 腰まで届くストレート、高い身長に子供みたいな仁王立ちで、その子は笑って言った。
「魔法使いとかやってますにゃん♪」

 自己紹介の後の休み時間。職員室でプリントを受け取った私を、先生が引きとめた。
「それとなぁ、松串」
 椅子に座ったまま、先生は眉尻を下げて私を見上げていた。
「佐伯のことな。できたらそっとしといてやって欲しいんだ。色々あってなぁ」
 色々。中学生で魔法使いだとか、本当に色々あるんだろうと思う。でも。
「特別扱いって事ですか?」
 あの髪は校則違反もいいとこだし。そんな風に目立つのは、誰の為にもならない。
 私の表情を見た先生が、手に持ったペンで自分のこめかみをつつく。
「家庭の方がな、ちょっと複雑でなぁ」
「……わかりました」
 出口で礼をして職員室を出ながら、私は納得なんてしていなかった。
 魔法なんて笑い話だけど、でも先生の――大人の特別扱いは、はっきりと駄目だと言える。一年生の時もクラス委員長なんてやっていた私は、そのことをよく知っている。

 教室に戻る渡り廊下に、あの子がいた。佐伯真夜。
 自己紹介で自分は魔法使いだなんて言ってた子は、二階の窓から腕を出して、熱心に外を見ていた。
「佐伯さん」
 私が声を掛けると、彼女は不思議そうな顔で私を見た。腰まである長い髪。でも近くで見ると裾がばらばらで、まるで伸ばし放題に見えた。
「いいんちょう……?」
 少し見下ろし気味に私を見つめる。低めの私は、長身の彼女の胸までしかない。
「ゆかり、まつぐしゆかり」
「ゆかりちゃん……ゆかにゃんだ♪」
 にゃんって。眉をしかめながら、私は一番近い疑問をぶつけた。

51 :No.11 にゃ! 2/6 ◇FhAgRoqHQY:07/10/28 20:25:42 ID:94r1qYP2
「窓あけて、なにしてたの?」
「んーとねぇ、魔法でスズメ焼いたら食べられるかなぁって思って。お腹すいちゃって」
 にゃははって恥ずかしそうに笑う。佐伯さんはなんの抵抗もなく魔法と口にした。
 窓の外を見つめながら、私は我慢できずに尋ねていた。
「魔法って……ほんとにあるの?」
「あるよー」
 即答だった。佐伯さんを見ると、彼女も私を見つめていた。
「みせてあげよっか?」
 今度こそ私は目を見開いた。ゆっくり頷く私に、佐伯さんはくるりと身体ごと向き直った。
「じゃあ……ゆかにゃんはちっちゃくて可愛いから、にゃんこのお耳つけてあげるねぇ」
 私の頭に右手をかざしてくる。思わず首をすくめた私の頭上で、佐伯さんがハイッと一言言って手を引いた。
「……?」
 物問いたげに見つめる私に、佐伯さんは笑って言った。
「おしまいにゃん」
 慌てて窓ガラスを見る。ガラスに映った私の頭は、いつもと変わらないボブカットでその上には――勿論なんにもなかった。両手で触ってみても、髪の毛があるだけ。
 私は目に力を入れて佐伯さんを見つめる。でも佐伯さんは笑ったままで、悪びれた感じすらなかった。
「なんともなってないじゃない?」
「にゃあん。それは、コッチが魔法が成功しなかった世界だからだよぉ」
 コッチと言いながら佐伯さんは胸の前で、床を指差してぐるぐる回した。
「魔法を使うと、その瞬間に世界が枝分かれするにゃよ。アッチの世界では、ちゃんとゆかにゃんの頭ににゃんこ耳が付いてるにゃよー」
 アッチで頭上にぐるぐる。
「パラレルワールドにゃよ。世界は常に枝分かれし続けてるけど、おっきいお船と一緒で、乗ってると気づかないにゃん」
 佐伯さんの言おうとしてる事は、理解できたと思う。でもそれってズルいんじゃないの?
 口に出そうとして私はやめた。佐伯さんが信じきってるなら、口でどうこう言っても解決できないそれは理屈だから。
「……とりあえず、髪の毛は、切るか纏めるかした方がいいわよ」
 それだけ言って教室に向かう。
「ゆかにゃん」
 振り向くと、佐伯さんは窓を背にこっちを見ていた。腰の高さでばらばらになった髪を、太陽の光が縁取って、白くにじませていた。
「おなかの中に魔法があれば、誰でも魔法使いなんだよ」
 胸に手のひらを当てて、佐伯さんは目を細めて笑った。

52 :No.11 にゃ! 3/6 ◇FhAgRoqHQY:07/10/28 20:25:57 ID:94r1qYP2
新学期一日目が終わった。私は一年の頃のクラスメイトと下校していた。
「あー。佐伯さん、ね」
 話が自己紹介の事になった時、彼女は困ったような顔で立ち止まった。職員室で先生がしてた顔とそっくりだった。
「今もヘンだけどさ、でも前はもっと……、ヤバかった」
「ヤバい?」
「うん。うち同じアパートだからさ、よく聞こえてたンだ」
 校門の手前で立ち止まった私たちの脇を、何人かが通り過ぎていく。
「あの子のオヤジ、春休みにさ、児童相談所かなんかに連れてかれたんだ。……虐待だって」
 
 駅を出た時はまだ早足だった。でも佐伯さんの家が近づいてくると、抑え切れず最後は鞄を胸に抱えて走っていた。
 走りながら、友達から聞いた言葉が頭から離れない。
「――すごかったよ。警察まできててさ、多分アパートの誰かがツーホーしたんだと思う。オヤジ怒鳴ってたもん、誰だ、ぶっ殺してやる、って」
「小学校の頃に引っ越してきてから、ずっとだった。いっつもなんか壊れてたし、泣いてる声してた」
「アタシだって気にはなってたよ。でもさ、ゆかりは知ンないだろうけど、あの子たぶん一年の時イジメくらってたよ。クラス違ってたから詳しくは知ンないけど、服はいつもヨレてたし、お昼はたべないで座りっぱなしだったし。助けたりできっこないじゃん」
 扉の前で、手すりにしがみついて息を整える。アパートの三階、扉には佐伯の表札。
 息を無理やり飲み込む。チャイムに手を伸ばす私の耳に、友達が最後に言った言葉が蘇った。
 ――アタシは今の佐伯は、アレでいいと思う。だってあの現実、キツすぎンもん。
「はいはーい?」
 チャイムの返事の声は、佐伯さんだった。
「佐伯さん? 私。松串ゆかり」
 答えながら私はドアをにらみつけた。
 アレでいいなんて、そんなはず、ない。
 佐伯さんの家の中は、ひどくがらんとしてた。物が無いわけじゃないのに。
 絨毯の上に座って、部屋を見回して、私はやっとその理由に気がついた。使われてる場所が少ないんだ。三部屋あるのに、生活感はこの部屋だけで、他の部屋はうっすら埃が積もってる。
 壁にはセーラー服が掛かって、その下に鞄が教科書と一緒に置かれていた。
「あんまり見られると恥ずかしいにゃよー」
 足の低いテーブルを挟んで、佐伯さんが照れくさそうに笑う。陰なんて感じられない、逆に羨ましくさえ思える明るさだった。
 友達と先生の言葉が浮かぶ。そっとしておいてやって欲しいんだ。現実キツすぎンもん。
 ……私がしようとしてたのは、図々しい事なのかな……。

53 :No.11 にゃ! 4/6 ◇FhAgRoqHQY:07/10/28 20:26:12 ID:94r1qYP2
「ゆかにゃん? あたしに惚れちゃったにゃんー?」
 気がつくと、顔の前で佐伯さんが指をくるくる回していた。大人っぽい顔なのに、子供みたいに唇を端まで広げた笑顔。私は心の中で小さく息をついて、もう帰ろうと決めた。
「私、そんな趣味ないわよ。そろそろ帰るけど、明日までに髪ちゃんとして来なさいよ」
「これ駄目? やっぱり自分で切ったら変かぁ……」
 立ち上がりかけてた私は、思わず動きを止めた。佐伯さんは不揃いな髪の端を摘んで顔の前に持ってきていた。
「自分でって……店に行かないの?」
「んー。だってお金あんまりないし、やっぱり節約しないと」
「……家の人、お母さんは?」
 自分がとても不吉な事を尋ねている気がした。
 電灯の光の下で埃が浮き上がった部屋の中で、一人分の生活だけがぽっかりと開いた部屋で、私は今日できた級友を祈るように見つめた。
 佐伯さんは照れくさそうにえへへと笑った。
「出てっちゃった。通帳とかぜーんぶ持って」
 何か言おうとして開けた口から、息だけが小さく漏れた。
「たぶんお父さんのトコいったのかにゃあ。お熱くていいけど、おかげで今日もお昼抜きだったにゃー」
「そんな……」
 私の喉から、ギリギリ声になった少しの息と、声にならなかった沢山の空気が出てく。
 佐伯さんの言葉が続く。私の足が痺れたように感覚が遠くなって、そして……。
「ゆかにゃ……ん?」
 絨毯に座った佐伯さんが、私を見上げている。私は自分が立っている事に、やっと気づいた。なんで自分が急に立ち上がったのか、そこまで考えてやっと私はその理由が、耳から入ってきたと分かった。
「今……なんて言ったの」
 すごく落ち着いた気分だった。おなかの底に、重しが入ってるようだった。
「ふにゃ、だから、あたしには魔法があるからだいじょーぶって言ったにゃんよ♪」
 テーブルを避けるまでは理性が持ったけど、そこまでだった。
 電灯がチチッて点滅する下で、私は仰向けに倒した佐伯さんの上に馬乗りになって、真上からまっすぐに目を見つめていた。
「ねぇ。今なんて言ったのよ。飛んでるスズメ食べようとするくらいお腹減らして、なにが大丈夫なのよ……」
「ゆか……にゃ…」
 佐伯さんの髪が、絨毯の上に広がってる。目を丸く開いた顔に髪の毛が一筋かかって、すごい大人っぽい。きちんと手入れしたら、きっと綺麗な……羨ましいくらいの黒髪になると思う。背だって高いし、ちんちくの私なんかより断然美人なのに。
「ちゃんと、ちゃんとコッチ見なさいよ! 魔法なんてない。超能力も、幽霊もいない! どんなにひどい死に方しても恨みなんてはらせない。泣いたって、願ったって、現実は一ミリも動いてくれないんだからね!」
 佐伯さんの姿がぼやけてくる。そうだ。おじいちゃんが入院した時も、お願いしてもなんにも叶わなかった。
 今、辛い目に会ったクラスメイトがそばにいても、何一つ救いなんてない。

54 :No.11 にゃ! 5/6 ◇FhAgRoqHQY:07/10/28 20:26:25 ID:94r1qYP2
「魔法なんて……ない!」
 瞬きすると涙が零れ落ちそうで、私は強く目を閉じた。
「――大丈夫だよ」
 柔らかい物が頬に触れる。目を開けると、佐伯さんは私の頬に手を当てながら、優しそうに笑っていた。
 佐伯さんの肩を絨毯に押さえつけてた私の手から力が抜ける。
 佐伯さんは微笑んだまま、私の首に腕を回して、ぎゅっと胸元に引き寄せた。抱きしめられて、セーターの布地に頬が埋まる。
「ゆかりちゃんの中にも、ちゃんとあるよ。魔法なんて無いって言ったときに、寂しくなったなら、その人の中にはまだ魔法はあるんだから」
 柔らかい声が、佐伯さんの腕や身体を通して聞こえてくる。
「……だから、あなたはまだ捨てちゃ駄目だよ」
 佐伯……さん?
 半分夢の中で聞いたようだった。確かめるように顔を上げた私に、佐伯さんは子供のような笑顔で、子供にするみたいに私の頭を撫でた。
「言ったでしょ? おなかに魔法があれば、誰でも魔法使いなんだって。にゃ♪」

「おはよう、佐伯さん」
 次の日の朝、私は学校近くの駅の前で佐伯さんを待った。
「あにゃ。おはよーゆかにゃん♪」
「髪、切ってきたんだ?」
 並んで学校まで歩き始める。
 佐伯さんの髪は背中の真ん中あたりで、綺麗に揃えられていた。
「ゆかにゃんが言ってくれたし。それにちゃんとしてないと、バイトも見つからないにゃ」
 リアルな佐伯さんの言葉に後押しされるように、私は朝からずっと考えてたことを口にした。
「ねえ佐伯さん。……やっぱり先生とかさ、大人に相談しよ?」
 佐伯さんが立ち止まる。そしてまるで止まったことを誤魔化すみたいに、慌てて私に笑った。
「へーきへーき。だってあたしには魔法があるにゃんよ」
 佐伯さんが顔の前で上向かせた人差し指をくるくる回す。私はその手を握って、頭一つ高い位置にある顔をまっすぐに見つめた。

55 :No.11 にゃ! 6/6 ◇FhAgRoqHQY:07/10/28 20:26:38 ID:94r1qYP2
「大丈夫。きっと聞いてくれるよ。私も一緒に行くから、だから――諦めないでいこ?」
 佐伯さんは私の顔を見つめて何回か瞬きした後で、くしゃりって顔を歪めて。
「ゆかにゃん大好きにゃあーっ」
 逃げる間も無く私は抱きしめられていた。佐伯さんとは身長差がありすぎて、子供みたいに腕の中にしまい込まれてしまう。
 胸や頬に当たる佐伯さんの体温が、なんだかとても暖かくて、くすぐったかった。
 こうして抱きしめられていると、昨日の佐伯さんの言葉が浮かんでくる。
 ……きっとこれからも、昨日のように泣くときが来ると思う。でもその度に、掛けあっていこう。誰もがそうやっているように、小さい、ほんとに小さい魔法を。
 どうにもならないと諦めた時に、おなかの奥で少しだけ動くそれの名前は――。
「あっ。大変にゃ、先生が校門閉めようとしてるにゃ!」
 我に返った私は、佐伯さんの胸に手をついて身体を離すと、近くから顔を見上げて笑った。
「いこっ」
 佐伯さんと手を繋いだまま、私は走り出した。
「ふぇ。……た、たいへん、ゆかにゃん大変だよ」
 くっついて走りながら佐伯さんが慌てた声を出す。
「わかってるわよ。だからちゃんと走りなさい」
「ほ……ほんとに、わかってるにゃあ?」
 どういう意味だろう。考えながら、半分本気で走って校門に駆け込んだ。
 校門の内側に入って息を整えてた私達に、先生が声をかけてくる。
「お前、学校にそういうの着けて来ちゃ駄目だぞ?」
 先生は私の頭を見て言ってるみたいだった。私はなんだろうと思って、何気なく自分の頭に手を乗せて――。

               了



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