【 魔法使いの弟子 】
◆4OMOOSXhCo




36 :No.08 魔法使いの弟子 1/3 ◇4OMOOSXhCo:07/10/28 14:00:29 ID:xbD7FhZ/
 思えば僕は捻くれた子供だった。奇術を見れば種を探し、魔術を見れば仕掛けを探る。そうしてそれらを全て暴いて、世の中の全ては子供騙しなんだと思い込んでいた。社会を完全に舐めていた。そんな厭らしい餓鬼だった僕を変えてくれたのが、西園のおばさんだったのだ。
 西園のおばさんは母の妹、まあつまりは血の繋がった僕の叔母である。あれは確か僕が十一歳の頃、急遽入院した母の代わりに彼女は我が家へやってきた。
「初めまして、菅ちゃん。あんたの母さんは一年半の入院が必要だーかーら、あたしが代わりにあんたの面倒を見てあげなきゃなのよっ」
 僕の母が実にまともな人であるのに反比例するように、西島のおばさんは実にまともでない人だった。
 彼女は何というか……そう、本当に不思議で奇妙で普通じゃない、あるまじき存在なのだ。
 彼女が普通じゃないと、そう僕が判断した理由は三つ。
 一つ目に、彼女はいつも黒い服を着ていた。まるで魔女や魔法使いのように、普段着も余所行きも寝巻きも、全て黒を基調にコーディネイトされていた。
 その格好はどこか可笑しくて、それでも西園のおばさんによく似合っていた。
「魔女みたいですよ?」
「そうだよ、魔女なの」
「はあ……そうですか」
 そんな会話を交わしたのが確か彼女が家に来た最初の日だったと記憶している。
 そして二つ目に、彼女はいつも帽子を被っていた。それもまた基本的に黒いもので、夏なら野球帽だったり、冬ならニット帽だったり。ハロウィンの頃などには、魔女が被るような背の高いとんがり帽子を被っていたりもした。
 それは室内でも外出先でも、本当にいつでもなのだ。帽子から溢れる艶のある長い黒髪を見る度、僕はどうしてこんな綺麗な髪を隠して帽子を被っているのか疑問に思ったものだ。
 しかし、その理由は彼女が我が家で暮らし始めてから一ヶ月ほどしたある日に判明した。

「菅ちゃん菅ちゃん」
「何ですか、西園のおばさん」
「菅ちゃんの好きな文房具は?」
 え、と僕は問い返した。
「だから、好きな文房具を教えろって言ってんのさ」
「……鉛筆、ですかね」
「成る程ね、了解だよ」
 言うと、彼女は黒いニット帽を外して、そしてそれをまるで袋でも持つかのように逆さまにして、何度か揺らした。
 そしてそのままその中に手を入れて――中から鉛筆を取り出した。
「……え?」
「凄いっしょ?」
「あ、はい」
「見直したっしょ?」
「あ、はい」

37 :No.08 魔法使いの弟子 2/3 ◇4OMOOSXhCo:07/10/28 14:00:51 ID:xbD7FhZ/
 そう、これこそが三つ目。何でも、彼女は手品師であるらしかった。あちこちの幼稚園や老人ホームを巡って、手品をする事で収入を得ているんだとか。
 僕も彼女の手品を週に一度くらいの頻度で見せてもらった。魔術や奇術と銘打った手品を見ても何となく種が暴けてしまう、僕はそんな厭な子供だったが、しかし西園のおばさんの手品はいつも種が暴けなかった。
 それは例えば幾つにも刻んだ紙幣を握り締めるだけで一瞬で元通りにしてしまう手品であったり、ピンポン球が浮く手品だったり。
 選んだカードを一発で当ててみたり、人形を手も触れずに動かしてみたり。
 本来なら有り得ないと断言できるような現象が目の前で起こっているというのに、僕はその種を暴くことが出来なかったのだ。
「だしょだしょ? だってあたしはプロだから。魔法使いだからねーっ」
 ……僕が種を暴けず首を傾げる度、いつも決まって彼女は少しだけ得意そうにそう言うのだった。

 西園のおばさんが我が家にいた一年半の内に、僕は二度だけ彼女が外で仕事をするのを見に行ったことがある。
 一度目は、近所の幼稚園の夏祭りだった。小さなステージの上で、帽子からヨーヨーやら焼きそばやらを取り出す西園のおばさんに、園児達が心底楽しそうな眼差しを向けていたのが印象的だった。
 そして二度目が、県内にある遊園地内でのイベントだった。あれは母さんが何とか元気に退院して二日経った日。母さんと二人でおばさんの手品を見に行ったのだ。
 少し大きめのステージ内で、西園のおばさんは最後には大掛かりな消失マジックと共に舞台から姿を消して、そして。

 そしてそれ以来、僕はおばさんの姿を見ていない。

38 :No.08 魔法使いの弟子 3/3 ◇4OMOOSXhCo:07/10/28 14:01:55 ID:xbD7FhZ/


 彼女に出会って本当に変わったなあ、と僕は真剣にそう感じる。
 あの頃、子供騙しが大嫌いだった子供の頃の僕。
 そんな僕が今では――手品師になっているのだから。
 独学で始めた手品だったが、なかなかに楽しい職業であると判った。今となってもおばさんの手品の種は判らないが、それでもいつかは判るかもしれない。
 今日の巡業先は、県内にある遊園地。それはそう、十四年前に西島のおばさんが消えた場所。
 少し大きめのステージの上、小道具などを準備していると。

「おう、久々じゃんね」

 後ろからの声に僕は振り向き――そして、硬直する。
 黒くて背の高い帽子を被ったその女性には、完全に見覚えがあった。
 彼女の年齢は判っている。二十五歳。
「変わったねー、菅ちゃん」
「変わりませんね、おばさん」
「おばさん、ねえ……菅ちゃん。今あんた何歳よ?」
「そうですね、先月で二十六になりました」
「あらま、んじゃもうあたしを追い越しちゃった訳だね。びっくりだよ。ならあたし、あんたにおばさんなんて言われる義理はないんじゃないかなっ?」
 まあ、手品の腕はまだまだあたしを越せてないんだろうけど、と彼女は笑う。
「おば……失礼、あなたのは反則じゃないですか……」
 僕は苦笑交じりに、言ってみせる。全く、種が暴けないのも納得ですよ、と。
「だしょだしょ? だってあたしはプロだから。魔法使いだからねーっ」
 だから歳も取らないのよ、と魅惑的に彼女は笑む。
「ならば差し詰め僕はあなたの弟子ってとこですかね」
 そう溜息混じりに呟いた魔法使いの弟子は、そのままくすりと小さく笑った。

 《Fin》



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