【 僕と魔法は使いよう 】
◆Br4U39.kcI




8 :No.02 僕と魔法は使いよう 1/5 ◇Br4U39.kcI :07/10/27 01:11:49 ID:5cHh5Zw8
 僕の住むアパートは昨年改築された隣接するデザイナーズ専門学校のせいで日当たりが実に悪く、体内時計を微妙に狂わしてくれる。
 改築に際し善意から大家さんが忌憚なくやってくださいよー。と云ったもんだから、相手側は本当に忌憚なくやってしまわれたのである。
 だから正確さという面で頼れるのは、万年床の枕元に置いてる安物の目覚まし時計くらいなものだ。今ばかりは座卓に据え付けてあるが。
 そして僕は明日の九時までにレポートを提出するという使命を背負っている立場上、正確に刻まれる時間というのが生死を分かつ綱となる。
 にしても、このレポートの題目というのが酷いもので、『原寸大の魔法』という突拍子もないものなのだ。魔法ってなんだ。あの手から
火とか出す奴だろうか。RPGとかで終盤になると頼り無げになったりするあれでいいんだろうか。これを期に古文書でも読み解けという
暗示だろうか……。僕らにそんな難題をふっかけてきた不惑過ぎの教授は、普段好々爺然としているくせに、此方が油断をしたと見ると奇
襲みたいにこういうことを仕掛けてくる。まあ思惑通り、案の定完膚なきまでに煮詰まってしまう僕も僕だけど。しかし二日も寝ないと眠い。
 座卓には汚れを知らない少年少女にでも届けたくなるぐらい真っ白な用紙が、蛍光灯より降り注ぐ光を反射して頻りに存在を主張する。
 その上に僕は僅かに突っ伏す。これは協力者でもいないと愈愈不味い。僕は極々自然な動作を意識しながら(なにやら矛盾しているが)
横目で一度時計を見やると、短針は十八時丁度を示していた。するとこれまた偶々丁度よく、なんの用事か知らないが同大学の友人が珍しく
僕の部屋を訪問してきたために襟を正した。今なら躊躇うこともせず猫の手でも借りるさ。早急に目配せを開始し、それは数分で実った。
「……なるほど。で、キミは困窮していると」
 哀しいことだが、藁にもすがる思いで僕の置かれた現状など胸襟を開いて打ち明けると、彼は虚ろな目を薄く開けながらそう訊いてきた。
 僕は素直に頷く。ここで強がってもこの他者の不幸を蜜のように啜りたがるメランコリー持ちの友人はすぐに揚げ足をとろうと仕掛け
てくるから、無抵抗が一番損をしない。……の分かってはいるのだが、やはり鶏冠にくることもしばしばだ。親の顔が見てみたくなる。
 この世間を鳥瞰していると云わんばかりの仮面に張り付く威圧的な切れ長の目を見ていると、どうにも守衛と反抗の両極端に廻りたく
なってしまうのである。しかも先ほどより、相変わらずしみったれた部屋だなあ。とか、日当たりが悪いしなにより狭い。とか、その
手の苦情をオブラートに包むこともせず真正面から放射状に撒き散らすそのひん曲がった根性も鼻持ちならない。だが現在進行形でこ
れといった友人のいない僕にとっては、大学における首の皮を繋ぎとめている唯一の存在だから関係を断つに断てないときている。
「キミは魔法といったら何を連想する?」
 差し向かいに腰掛けた彼は、逆にそんな質疑を僕に差し出す。
「そうだなあ、僕的に魔法といったらやっぱり中世欧羅巴かな」
「ほう」
 感心したとばかりに目を見張る。
「錬金術や占星術。そういった外連に満ちるありとあらゆる史実を拾い上げていけば自ずと答えは見える。それが僕なりの考察だね」
「素晴らしい―――」
 久方ぶりに意地の悪い友人から感嘆の言葉を頂戴すると、悪い気はしなかった。
「素晴らしい馬鹿だなキミは」
 スムーズに悪い気へと移行した。三日天下すらも許されない。

9 :No.02 僕と魔法は使いよう 2/5 ◇Br4U39.kcI:07/10/27 01:12:06 ID:5cHh5Zw8
 蠢いていた小鼻が次第に膨らんで終いには落ちていく。こんな馬鹿のされかたがあるか。
「いいかい、あの酔狂オヤジの所望している答えは私ら学生が一筋縄で理解できないような難しいものじゃない。……なあキミ、自我
は強いほうだったか」
 わけのわからない確認だ。
「さあ……自分で言うのもなんだけど、強くはないんじゃないかな。や、それでも君よりは頑強だと思ってるけどね」
 最後にしっかりと皮肉を添えておく。だがコイツは全く揺らぐ様子も見せず、ジッと机上に置かれた時計を注視していた。
「ん、まあそうだろうね。よし、じゃあ即興だが……今から私の魔法でネバーランドを作る」
「ちょ、ちょっと待て。おい馬鹿」
 刹那的に話の腰を折られた友人は、不服そうに眉根を寄せるもすぐに相好を崩す。
「……ああ、紺屋の地震だ。怒るなよ。ちょっと魔法の例え話をしようと思ってね」
 どうして僕が話を止めたのかを理解したようで、遅ればせながら前置きを付け加えた。
「例えば絶海の無人島がある。計画性もなく遊び半分で航海に繰り出した私とキミは勿論莫迦みたいに遭難し、奇しくもその絶海の無
人島に漂着したとしよう。見渡す限り視覚がバカになるような乱反射を生む海ばかり。なんともおどろおどろしいね。聞こえるのは不
定期な波の音と自然が醸し出す擦過音。面妖なことにその島には虫などの小型生物すら一匹も生息していない。無論船が通りかかる気
配なんて微塵もない。人類は絶滅したのかな。したのかもしれないね。さて、この際に時間の経過はどうやって確認する?」
「それは太陽の昇降で分かるんじゃないかな」
「そうだろう。ならば流れ着いた次の日から、私が脈絡もなく気が違ったようにキミの言葉に耳を貸すことなく、来る日も来る日も一
縷違わず同じ行動をとり続けたら、果たしてそれは時間が経過しているといえるのだろうか」
「いえるさ」
「ほう、どうして。本当に同じ時を繰り返しているかもしれないのに。生物が滅亡してしまったかもしれないんだ。その先入観を念頭
におけばループぐらい頻繁にありそうなことと解すだろう」
 不思議そうに身を乗り出してくる。
「屁理屈だ。いくらそんな滑稽なことをされても時間は経過している。季節は巡るし年をとる。生物ならいつか死ぬ」
「忘れてもらっちゃ困るのが、私らが所有する情報は其処が孤島ってことだけだ。漠然とした位置関係、見知らぬ地域。冬になっても
雪なんて降らないかもしれないし、夏を迎えても猛暑だってないかもしれない。朝も夜も恒常の気温。癒しから乱しへと叛旗を翻した
植物はいつでも繁茂しているかもよ。おっと、そんなことある筈ないと思うかもしれないが、ましてその島は私らが確認できないだけ
で、地球上に存在しているのかさえも定かでは……」
「馬鹿じゃないか?」
「馬鹿じゃなくて無力から生まれる可能性の一つさ。私たちはこの世に生きている以上、決定的に無力だ。証拠保全能力に欠いている。
所詮今にでも滅びるかもしれない世界で断片的に生きているにすぎないんだから。間隙を縫われたら過去なんて改竄し放題だ」

10 :No.02 僕と魔法は使いよう 3/5 ◇Br4U39.kcI:07/10/27 01:12:24 ID:5cHh5Zw8
「つまりなにが言いたいんだ。生憎回りくどい説明には食あたりを起こす体質でね」
「なら単刀直入に云うよ。私が同じことを毎日繰り返す不可思議行動と判然としない未知の環境が次第にキミの観念形態深くにまで浸入
して常識群を摩滅させることにより、いずれ時間経過なんて脆弱な依存対象を喪失させる。無理だと思うかい? しかし私はキミを壊す
ためならどんな手を尽くしてでも実現してみせる。そして君は何れ私が死んだとしても、植えつけられた慣性に抗うことはできなくなり、
何時からか毎日飽きることなく私の幻覚を見るんだ。こうしてキミが狂うことでリアルネバーランドという魔法は実を結ぶ。私の生涯を
賭した魔法だ。どうぞ死ぬまで楽しんでくれるがいい。どうだいこうして聴く限り魔法なんて簡単でちゃっちいものだろう。それとも穴
だらけだと思うかい? 思うだろうね。即興だし穴はいくらでも見つかる。でも重箱の隅は杓子で払えって云うしね。見逃してくれよ」
 牽強付会という名の鈍器のようなもので散々僕を殴打してきたくせに、更に嘯きの弾丸を装填して嬉々として背中をバシバシ叩いてくる。
「だから荒唐無稽すぎるというのにこの鉄面皮め。……ああもう、時間がないと云ってるのにこんな話し込んでしまったじゃないか」
「おやおや時間をとってしまったかな。私などは学生はすべからく学業に腐心すべきなどとは毛の先ほども思わないが。そうか、キミに
もキミなりの理があるということか。さすれば一応ここはシャイな私がしゃいもない謝意を込めて……」
 間断なくやんわりと断った。第一言い回し自体が巧言令色ですらない単なる慇懃無礼に過ぎない。もう少しレトリックを学んで欲しい。
「なあところでキミはとみに羊羹などを食べたくならないか。実をいうと私は食べたいな。どうも洋菓子のしつこい甘味は苦手でね。ち
なみに個人的嗜好になってしまうのだが、私は羊羹では殊に抹茶味が好きなんだよ。ははは」
 聞こえない聞こえない。素寒貧学生には催促や無心の類は聞こえない。よしんば和菓子が手元にあっても捻くれ者になど出したくはない。
そんな憤る僕を意にも介さず、友人は鼻歌混じりに懐からとりどりの薬が入ったコンパクトケースを取り出す。メランコリー持ちなため、
常に坑鬱剤と睡眠導入剤を常備していると一年ほど前に本人の口から直接聞いたことがあった。改めてこいつにも弱点はあるんだなあと
莫迦に当たり前なことを考えていると、なあ、と無防備な横面を音波で嬲られた。「キミも飲んでみるかい。かなりクるぜ」
 僕は今はそんな時間もないしなにより中毒性がありそうで怖いと断ると、友人はノリが悪い奴だなあとボヤいた。
 だが一寸も経たないうちに今度は顔の輪郭を嘗め回すようにして、顔色が優れないみたいだが何日寝てないのかと質してくる。私は煩い
なと思いつつもおよそ二日半ほどだと呼応するのだが、この男、「それはいけない。そろそろ幻覚が見え始める頃だな」と愉快そうに笑
い始め、今度は食後何時間経っていると執拗に詰め寄ってくる。僕は一時間ほどかなあ……と白紙の原稿用紙をねめつけながら返答し、先
日から洗髪した記憶のない頭を手荒に掻いて頭部に媚びへつらうフケを削ぎ落とす。いつしか渇望は競りあがり、器から零れかけていた。
「なら丁度いい、これは表向き単なる睡眠薬とされているが、実のところただ落ちるだけでなく覚醒後にほんのりハイになれる代物だ。し
かも中毒性はゼロときている。なに心配いらない合法さ。即効性を高めるため水なしでいくといい。今回は朋友割引でタダにしておくよ」
 小悪魔を装った魔王から、僕は強引に6錠もの睡眠導入剤を手渡される。こいつはいつから一端の薬売りになったんだ。
 しかしレポートがなあ、としぶってみるが、なら私が責任もって代筆しといてやるさという怪しすぎる彼の甘言が睡魔を決定的に刺激し、
その欲求に押し倒されるように掌に乗った睡眠導入剤を嚥下してしまう。
 するとよほど即効性があるためか眠気はすぐに襲ってきて、僕は舟を漕ぎ出す。張力が気持ち悪くぐねぐねと撓む。そして瞼の重さに耐
え切れなくなった瞬間、幽かに正面に座する友人の呆れ顔が見えたような気がしたが、もはや何も考える余地はなかった。

11 :No.02 僕と魔法は使いよう 4/5 ◇Br4U39.kcI:07/10/27 01:12:44 ID:5cHh5Zw8
 随分と深い眠りの中にあって、僕は乱暴に叩き起こされる。なんだよと不機嫌に目を開けると友人は気持ちよさそうに高笑いしていた。
 なにがそんなに可笑しいのか怪訝に思っている私に友人は云った。もう朝の五時だというのにレポートは全く進んでいないんだと、
それが可笑しくて可笑しくて仕様がないのだそうだ。周章に駆られた僕が座卓上の目覚まし時計をみると確かに短針は5という数字を
指し示している。人の一大事になぜ笑っていられるんだと襟元を掴んで壁際まで詰め寄ると、私は今薬をキめてハイになっている。キミ
も随分とあがっているなあと、まるで酔っ払いのように足元をふら付かせ、狂喜を止めない。僕もどうやら薬のせいなのだろう、どうにも
膝が笑ってしまう。焦点が上手く結べてないようだし足元が覚束ないみたいだなあ。と彼は微笑を携えたまま僕の掴んだ手を解く。
「お前の……薬のせい、だろ」
 毒づくと元凶はいかにも馬鹿にしたように「さもありなん」と肩を揺らし、急速に表情を引き締めた。嗚呼、嫌な切れ長の目だ。
「しかしキミ。本当に窮屈なうえに日当たりの悪い部屋だなあ。モヤシか茸でも栽培しているのかい」
 友人は踵を返して部屋の隅に歩いていく。そして緩慢に屈みこむと、何かを拾い上げて再び僕の目の前に戻ってきた。
「ほら私の魔法で栽培した自慢の毒茸だ。今キミが酩酊している原因だよ」
 そういって渡したのは、いつも彼が腕に巻いている趣味の悪いデジタル腕時計。されどそこに明示されている刻限は―――。
「十九時……四十五分?」
 もしもこの時計が正しいならば、僕が眠りについてから、まだ一時間ほどしか経過していないということになる。……まさか目覚し
時計の時間をコイツによってずらさただけで、僕の信じ込んでいた時間は容易に改竄され振り回されたとでもいうのだろうか。
「キミって魔法に対する耐性が皆無なようだね。これからはもっと良質な時計を買ったらどうだい」
 彼はしれっと言い放つと、やおら帰り支度を始める。そういえば結局のところ、こいつは一体何の目的できたんだ?
「あと膝が笑うくらい眠いのなら、あと数時間は寝るべきだ。あの気紛れなオッサンならレポートの一つや二つ一ヶ月くらい提出を
遅らせても大丈夫さ。内容が伴えばね」
「この膝はキミの薬のせい……って、いやそんなことより、今日のお前はなんだかわざわざ僕を助けにきたようで不気味だな」
「私がキミみたいな辛気臭い輩を解脱に導くために赴くと思うかい。重要な言伝があるからに決まっている。で、その言伝というのが、」
 そして仮初の友人は此方に背中を向けたまま、信じられないことを口走った。
「キミの御母堂と我が一家は最近大変懇意にさせてもらっていてね。今度ウチの無頼親父とキミの尊母様が目出度くも祝言を―――」
「オイ聞いてないぞ!」
 予想だにしなかった醜聞に、吹き溜まった睡魔が吹っ飛びそうになる。だが当の発言者は僕を孤立させるだけ孤立させ、玄関で真っ黒
に汚れた靴を履いて、すでにドアノブに手をかけていた。
「聞きたいなら電話会社に金を払って回線の復旧でも求めたらどうだい? そうすれば一々私が媒介者になることもなかったのだから」
 なんてこった。素寒貧学生。
「ああ云い忘れてたけど、ウチの無頼親父っていうのが、此の頃なぜだか魔法に興味を……ん、どうした」
「いい……展開が読めた。しかもそれすら一度として聴いてなかった。でもどういうルートで母さんに、いやもうどうでもいい……」

12 :No.02 僕と魔法は使いよう 5/5 ◇Br4U39.kcI:07/10/27 01:13:02 ID:5cHh5Zw8
「ふうん。じゃあそういうことだから私は帰らせてもらうよ兄弟。実家に帰る時分には祝いの抹茶羊羹を忘れずに。ああ、ところで」
「なんだ」
 僕はぶっきらぼうに唇を尖らる。而してこの小悪魔にはこれから先もう騙されたりしないぞとばかりに、胸前で堅く腕を組んだ。
これを誠に勝手ながら秋霜烈日の構えと呼ぶことにした。
 そんな非常に厳めしい僕をよそに、人の皮を被った艶かしい痩躯の魔鬼は小首を傾げてあっけらかんとして云う。
「ドラッグストアで購入したビタミン剤6錠で、そんなに眠くなるのものかい?」
「……へ?」
 素っ頓狂な声音が漏れるのと同時に、秋霜烈日の構えは安っぽいイミテーションダイヤの破裂の調べを残して淡くも砕け散った。
 ビタミン。それはなんと聞きなれた有機物だろうか。
「先刻飲んだビタミン剤は美味しかっただろ。ビタミンは定期的に補充したほうがいいよ本当。不摂生がたたって無駄に憔悴する
ぐらいなら、多少文が付けられる元気は欲しかろうという意味も包含された私なりの配慮だ。いくら感謝してくれてかまわない。
……けれどすぐに眠っちゃうとはねえ。ビタミンによる効能の振幅って凄かったんだねえ」
「……まさか」
「偽薬の魔法にようこそ」
 僕の口があんぐりと開いたまま塞がらない。彼が一度嘆息すると、胸郭へヤニのような物憂い気分が俄かに充満してきた。
「先入観は時に齟齬を呼び、刷り込みは状況に応じて陽動として活用できる。それを利用して脳を騙せば安易にプラシーボ効果。
斯様に人体とは便利で不確かなものなのだね。しかしさすがにビタミン剤と睡眠薬の見分けぐらいつくだろうと期待してたんだが、
まあ悪乗りした私の演技が邪魔してしまったか。すまないね。もっとも私は睡眠薬など今日び持ち歩いてすらいないけど」
「え、お前……だ、だって精神病的症状に罹って……薬は……?」
「しっかり罹患していたさ。半年前まで。その時分の現象を私の中では雌伏期からの脱却と呼ばせてもらってるけど。あれ、やはり気
づかなかったかい。まあ面白そうだからキミには隠しておいたんだけどね。私以外に友達などいないだろうから情報共有できないと踏
んだんだけど。案の定今の今まで……。ま、これも魔法か。ふむ、莫迦と鋏ならぬ莫迦と魔法は使いようか。なはは」
 ……。
 三秒後、草臥れた扉が蕭条と閉まるのと同時に、瘋癲の乱発した魔法の御蔭で僕の心の鉄扉も堅く閉ざされようとしていたのは
自明である。それから僕はこの立地も日当たりも建付けも悪いアパートから逸早く遁走することにきめた。最早この決意は鞏固で、
梃子でも動かないだろう……と思われたが、生憎窮乏の身。引越資金などなく、やっぱりまだ暫く住み着くことにした。濃淡ある
べき日常だが、少しばかり利己的な私論になってしまえどもやはり日常は仄暗くあるべきだと一過性ながら悟ったのである。暗澹
たる日常風景万歳。けれど魔法が跋扈する日常はやだよなあとか余計なことに懊悩しているうちに、地球は常時平板に滔々と自転
に勤しんでいた。そしてかの啓発の日から一ヶ月が経っても僕が懸案のレポートを仕上げることは遂になかったのであった。
〈了〉



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