【 連鎖 】
◆TtwtmrylOY




92 :No.24 連鎖 1/5 ◇TtwtmrylOY:07/10/21 23:29:56 ID:FPtq2/hz
「なあ、我が愚弟よ」
 今日も今日とて読書に耽る僕の安寧を邪魔するかのように、うず高く積み上げられた本の向うから姉の声が響いてくる。
 最近姿を見せなかったのだが、この夜更けに唐突に、何の用だというのであろうか。
「今、猫の相手をやっと終えた所なんだ。後にしてくれよ」
「嫌」
「ああもう、勝手にしろよ」
 一度意地を張った姉は絶対に折れないのである。これまでの経験が身に沁みている僕は、仕方なくも姉の返事に答える。
「そうそうそれでいいの。……ときに夕貴よ、怪談話は聞きたくないか?」
「突然どうしたのさ、何処にでも転がっているようなありふれた話なら勘弁だね」
「いいや、それが違うの。この村の話よ」
 その一言を聞いた途端、即座に僕の食指は動いた。オカルト趣味に半ば溺れる自分には願ってもない提案だったのだ。
「小耳に挟んだのよ。ほら、隣の家のお婆ちゃん居るじゃない」
「へえ、あの婆さんが」
「夕香お姉ちゃんのお話、聞きたいのかな? 聞きたいでしょ?」
「聞いてやらんこともない」
「うふふ、そんなつんけんすることもなかろうにー」
 かくして、姉の怪談話は幕を開けたのであった。
  ◇
「この村って猫が多いと思わない?」
 言われてみると、そんな気がしなくもない。外を歩けば、僕を睥睨しつつも逃げ出す猫や、好意的に近寄って来て甲斐甲
斐しく振舞う珍しい猫も居たように記憶している。ちなみに我が家の猫は僕には好意的な態度を示さない風なので、僕も心
底頭にきているのだ。
「言われてみれば、そうかも」
 ここぞとばかりに夕香は声のトーンを低めると、言い放った。
「でしょ? それでね、その猫達は<生まれ変わり>なんだって」
「どういうことだ?」
 いまいち話が要領を得ない。普段なら自らの推理で真相に漕ぎ付くはずなのだが、真夏の猛暑の悪影響だろうか。
 それが僕の頭の働きを自堕落にしているのに違いない。自分で自分にそう言い聞かせる僕。
「人の<生まれ変わり>なのよ」
 僕はぱたりと本を閉じる。普段は不快に感じる夜半の風も、今となってはどことなく快い気までしてきた。

93 :No.24 連鎖 2/5 ◇TtwtmrylOY:07/10/21 23:30:24 ID:FPtq2/hz
「黙っちゃうなんてらしくないわね。続けるわよ。
 死んだ人間が、生前お世話になった恩人のもとへと、猫になって帰ってくるらしいの。しかも、これは今までの単なる冗
談で話してるわけでもなんでもないのよ。
 この奇妙な怪談話が、事実だと断言するに値する確固たる根拠があるの」
 僕は押し黙り、無言で先を促す。姉は語気強くも、興奮を抑えるかのように訥々と続けた。
「私なりに調べたんだけどね、最近お葬式があった家を回ってみたの。
 すると、該当する家全てが猫を飼ってたわ。いつから飼っているのか聞いたら、人が亡くなった翌日らしいとのこと。ふと
 気づいたころには家の中で寝ていて、住み着いちゃったらしいわ」
「そりゃ興味深い」
「これにて怪談話おしまいっ」
 姉貴が綺麗に締めたものの、奥歯に何かが挟まっているような違和感を拭い去る事ができない。何か、ある。
 闇は深まり、夜風はますます強くなるばかり……。

『この物語は、ある村の昔のお話。誰に伝えられることも無く、忘れられた一つのお話』

 縁側に腰掛け、昨日までの出来事を胸の内で反芻する私。全てが、あまりにも唐突過ぎた。一息で受け止めるには重すぎた。
 思いをめぐらす私の隣には、いつの間にやら、映子が腰掛けていた。
「よ、千佳」
「お兄ちゃんはなんで死んじゃったの!? 狡(ずる)いよ、私だけ置いて!」
「お兄ちゃんは居なくなっちゃったけどね、戻ってくるんだよ」
 そういうと、
「冗談よして、絶対無いわっ」 
 私は小さな手で顔を覆うと、かぶりを振った。友の慰めは嬉しい。だが、この激情をどうにかするための気休め程度ににす
らならないのも事実だった。
「千佳、落ち着いて聞いて、無理な注文だって言うのは分かってるけど……」
「何よ!?」
「<転生>って知ってる?」
「知らないわ」
「おばあちゃんから聞いたんだけどね……」
 朝、目覚めると、布団に包まる私の横には一匹の猫がうずくまっていた。猫にしては大きめの身体を丸め、僅かに寝息を立

94 :No.24 連鎖 3/5 ◇TtwtmrylOY:07/10/21 23:30:59 ID:FPtq2/hz
てている。そして猫がうずくまるスペースは、兄の布団が敷いてあった場所に他ならなかった。
 昨夜、布団の中で何度も願った。全く真実味を帯びていない話を聞かせれたものの、ただひたすらに信じた。
 死んだ人間が猫に<転生>して戻ってくるなど、現実的に考えれば実に荒唐無稽だ。しかし、たった今目の前で起きている出
来事は現実的思考を凌駕しているのだ。
 一連のなんとも奇妙な出来事は、私を覚醒させるには十分だった。
 その日を境に、私は常に猫と共に過ごした。勿論、友達の映子も一緒だ。
 名前は夏樹、と言い聞かせると、僅かながら頷いたような気がしたのだが、きっと気のせいに違いない。
 あちらこちらへ飛び回って遊び、私が外へ出かければ、慕うように後ろから付いてきた。寝るのは、兄が生前寝ていた位置
に陣取って、くるりと丸まるとすやすやと寝息を立て始める。
 他愛の無い毎日が楽しかった。こんなにも幸せな日々が続けばいいのに、布団に包まった私はそう願っていた。

 ある日、もう日が落ちかかった頃だろうか、何かの弾みに夏樹を蹴飛ばしてしまった。
 夏樹は身体を翻すと、こちらに一瞥もくれることなく走り出した。走り去ったのは森の中、徐々に姿は消えていき、闇の中
に溶け込んでしまった。
 それを認めた途端、私は必死に駆けた。運動が嫌いな私が全力で走ってもたかが知れていたが、とやかく言ってる暇すら惜
しい。「暗くなってからは森に入ってはいけない」と母親の言葉が頭をよぎったが、下らぬ心配は夏樹のためなら、と考える
内に思い出した事柄も霧散してしまった。
 辺りは既に夕闇が広がり、自分でも何処を走っているのかすら分からない。それでもがむしゃらに駆けた、転んだ、立ち上
がってまた駆けた。頬を何か生暖かいものが伝った、ひざ小僧がずきずきと痛む。それでも今は我慢、我慢。
 半ば気力だけで走る私は、目の前に小さな空間を見つけた。そこだけは草一つ生えてなく、さながら小さな広場になってい
た。
 そこに、夏樹も居た。懸命に足を踏み出し、夏樹に近づく。こんなにも近いのに、体が言うことを聞かない。後もう少し、
もう――手が届く。
「あ、あれ?」
 目の前が暗転したかと思ったその刹那、私は地面に突っ伏していた。薄れゆく意識が捉えたのは獣の声、本能をむき出しに
した咆哮、漆黒の景色にらんらんと浮かび上がる眼。そして、立ちはだかる夏樹の四足。夏樹なら守ってくれるよね、夏樹――

「ねえ、まだ起きてるかしら?」
「ん……、ああ」
 姉の声に目を覚ます。どうやら寝ていたようだ。

95 :No.24 連鎖 4/5 ◇TtwtmrylOY:07/10/21 23:31:22 ID:FPtq2/hz
「私、さっきの話に心当たりがある場所があるの。行ってみない?」
「まあ行ってやらんこともない」
「じゃ、付いてきなさい」
 その一言の後、ドアが確かに開く音がした。軽く身支度を整えると、僕は追いかける。
 玄関を出るも、姉の姿はもう無い。周りを見渡す僕を見かねてなのか、姉の声がこだまする。
「こっちよ!」
 森か。示された方向へと疾駆する。久しぶりの運動なので、予想以上に体が付いてこない。姉の足跡はいたって静かで、それ
は距離がかなり離れているということなのだろうか。情けない、と自嘲気味に笑いをこぼす。
「早いよ、待ってくれ!」
「うだうだ言わず、付いてきなさい!」
 どれぐらい走っただろうか。そこには小さな空間がぽつねんとあった。そこへ駆け込むも、姉の姿は見えなかった。
「到着ね、ここよ」
 肩で息をする僕は、膝に手を突くと、呼吸を整えた。
「ああ、それで、話の続きは?」
「あのね、<生まれ変わった>猫はね、何で戻ってくると思う?」
「さあ、何でだろうな」
 僕の声を確認した姉は、一息置くと言い放った。
「<生まれ変わる>ってタダじゃできないのよ」
 そうか、そういうことなのか。一瞬で全てを理解した。夜風に吹かれ、妙に僕の頭は冴え渡る。
「ここってね、人の死体が時々見つかるの。まるで獣に食い荒らされたような、凄惨な」
「代償は何なんだ」
 この先に、何が待っているかも分かった。姉は確信を突くのだ、きっと、そうに違いない。僕の直感が本能的に拒否する。だが、
引き返すわけには行かない。
「一番大切な人の、命よ」
「そうか、そうなのか」
「私が聞いて回った人の一人は、ついこの間、ここで死んでるの」
「これで、終わりか」
「話はまだまだ続くのよ」
 これ以上何があるというのだ、理解に苦しむ僕は背後に獣の気配をたしかに感じた。

96 :No.24 連鎖 5/5 ◇TtwtmrylOY:07/10/21 23:32:02 ID:FPtq2/hz
 人ではない、違和感。振り向けば、そこには我が家のペット。
 いよいよ風は今までで最も強く吹きすさび、その中に鋭く姉の声が割って入ってくる。
 この一言だけは、一言だけは聞いてはならない。本能が悲鳴を上げる、魂の叫び。
 だが、それを拒絶する術を僕は持たなかった。
「ごめんね、夕ちゃん、大好き――」



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