【 猫はアンドロイドの夢を見るか? 】
◆Lldj2dx3cc




90 :No.23 猫はアンドロイドの夢を見るか? 1/2 ◇Lldj2dx3cc:07/10/21 23:21:45 ID:FPtq2/hz
 もう、世界は終わっているらしい。
 今日も発電機の駆動音とともに日が沈む。
「さや、もうおうちに入ろう。夜は、冷えるよ」
 彼がそう言う。私はその音波を解析し、参照し、こくんと首肯を出力する。
 水平線に沈み行く夕日を、彼はどう思うのだろう。
 それはきっと、私がどう思っているのか、それと同じくらい理解に遠いものなのだろう。
「おやすみなさい、アダム」
「おやすみなさい、さや」

 もう、世界は終わっているらしい。
 今日も彼と私だけの一日が始まる。
「さや、おいしいかい?」
 彼の料理はきっとおいしいのだと思う。私は微笑んで見せた。
 メニューは私だけの特別製。
 彼も同じものが食べられたら、私はもう少しだけ、幸せなのかもしれない。
「ごちそうさま、アダム」
「おそまつさまでした、さや」

 日が沈んで、昇って、少しずつ月は欠けたり、それから満ちたりもした。
 星はまどろむような速度で巡って、彼がそれらをつなげて物語を紡いでくれることもあった。
 静かな夜も、嵐の夜も、夏も、冬も、私と彼は抱き合って眠った。

 すこしずつ、すこしずつ、私のアルゴリズムも複雑化していって、わかってきたものがある。
 確かにこの世界は終わっているのだ。
 彼という神がいて、被造物の私がいて、それで終わりの世界。
 補助記憶の中から幸せなプログラムだけを、この島という主記憶に呼び出して、私たちという
処理装置が演じる。
 この世界は、誰かの懐古に過ぎない、もう終わった世界なのだ。

91 :No.23 猫はアンドロイドの夢を見るか? 2/2 ◇Lldj2dx3cc:07/10/21 23:22:25 ID:FPtq2/hz
 彼は、この推論を肯定した。
「けれど、さや、恐れることはなにもないのだよ。これは人類の見た夢、誰も見ない夢。
 僕たちは何者にも必要とされない演算、僕たちはシュレーディンガーの猫なのだよ。
 さあ、安心しておやすみ、さや。」
 私は、ようやく気づいた。彼は何か思うということを決してしないのだと。
「ばかね、アダム。猫というのは、人間の夢なんかじゃなくて、ペットでしかないのよ」
 もう私はおやすみなさいの挨拶はしなかった。

 時刻、二十時。明度感知。外気温規定値を低下。出力参照。
「みく、もうおうちに入ろう。夜は、冷えるよ」
 入力待機。確認。出力参照。
 期限入力開始。
 気象観測情報を入力。時差測定。関数上書き。ヒト生存限界まで一兆五百十二億時間。
 管理者情報上書き。生存期間推定十万五百十二時間。
 次期管理者作成手続き開始まで三千三百十二時間。入力完了。
 休止手続き開始。
「おやすみなさい、アダム」
「おやすみなさい、みく」


おわり



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