【 僕はペットで籠の鳥 】
◆cwf2GoCJdk




62 :No.17 僕はペットで籠の鳥 1/4 ◇cwf2GoCJdk:07/10/21 22:59:26 ID:FPtq2/hz
「そんなにいじけないでくださいよ」
 狭い部屋に一人、和服の女。
「もういい年なんですから」
 その先にいるのは人間ではなく、九官鳥だ。黒い固まりが応える。
「お前、そうお前だよ。いい年って、俺が何歳だと思ってるんだ。十二歳だよ十二歳。この世に生まれて十とち
ょっと。ダブルスコアでお前が上回ってるの」
「でも人間の年齢に換算したら、四十くらいなんじゃないですか。たぶん」
「そうやって人間中心に考えるのが嫌いだよ、お前らの、人間がピラミッドの頂点に立ってるような考え方がさ。
誰が人間が世界を支配してるなんて言った? 人間以外に言わない、ってやかましいわ。どこの理系だよ。わかっ
たよ。もういいよ。俺も水に流したいよ。小学生のメスが言ったことだよ。そんなことでトラウマ作りたくないよ。
でもさ、こう、誰だって触れられたくないところって、あるじゃん?」
 女は知りません、と応えた。
「そっけない。そっけないよ。でもちょっと待って。僕の立場で考えてみて。ちょっと、ほんのちょっと、可愛い
な、と思って眼鏡ロリっこを目で追っただけなんだよ。でさ、喜ぶかなと思ってロリっこの言葉を反芻したんだよ。
愛じょ――親切心さ。違う、親が見守るような??強いて言うなら真心? ただそれだけ。そしたらなんて言った
と思う?」
 面倒くさい鳥だな、と女は思ったが、言葉には出さずに親戚の眼鏡ロリっこの口調で応じた。
「『九官鳥って何で人間の言葉を真似するか知ってる? 雌だと思って口説いてるんだって』ここで爆笑ですね。
それから、『馬鹿だよねー』と『気持ちわるーい』ってのが入りましたか。辛辣な言ですよね」
 その黒く、表情に乏しい顔の造形で、精一杯嫌悪を伝えようと九官鳥は努力して、
「うわあ??」
 と言ったが、女の目には真顔で言っているようにしか見えなかったので、鳥の意図していた以上に腹が立つ結果
となり、小さく「チッ」と舌打ちした。
「いや、嘘、嘘だよ嘘。ウッソー。嘘でしたー。キュートだったよー。ユリ子ちゃん機嫌直してー」
 ややあって、
「そう言うこと言われたら傷つくと思うんだ。ぼく」
「犬が動詞しか理解できないって聞いたことありませんか。取ってこい、待て、とかは理解できるけど、名前なん
かの概念は無いという話。犬にちゃんを付けて呼んでいると、ちゃんを付けないと来なくなるとか言う話です」
「なるほど。つまりここぞと言うときにだけ声を荒げて本気で怒ったりするのはよくない、とも言えるのか。うん、
それがどうした」

63 :No.17 僕はペットで籠の鳥 2/4 ◇cwf2GoCJdk:07/10/21 23:00:12 ID:FPtq2/hz
「ええ、更にですね。犬には時間なんて概念はないんですって。三分エサの前で待つのも三時間待つのも同じなん
ですね」
「なんか話が怪しいな。あれを思い出したよ。ナメクジはマイナス二百度くらいでも生きられるけど、その気温に
なるとナメクジのエサがないってやつ」
「何で私も知らないことを知ってるんですか。動物は必要以上に狩りをしないけど、人間は必要以上に食べますよ
ね。ほら、昔の貴族は食べては吐いてを繰り返して、一度に大量のご馳走を味わっていたと言いますし。つまりそ
の辺が人間と動物の違いなんですよ」
 九官鳥は首を傾けて、
「お前、いま俺の存在を猛烈に否定してないか?」
 ユリ子は数秒固まった後、
「でも口説いてたのは口説いてたんですよね。このロリコン」
「話をすり替えるな。ロリコンじゃないよ。子供が好きなの。あと老婆心ながら忠告するけど、あんまり面と向かっ
てそう言うこと言わない方がいいぞ」
 なぜですか、と不思議そうにユリ子が聞くと、
「そう言われて喜ぶ奴も、存外多いから」
「この真性マゾ」
「もっと言って――いまのは変態どもの代弁だからな。ところでポゼッションプレイって知ってる?」
「なんでそんなマニアックなSM用語を私が知ってるんですか」
 呆れたようにそう言った。
 鳥は言及するべきか逡巡して、
「??だってほら、いつもあの色っぽい姐さんに」
「帰りますよ」
「それは困る。ごめんよ。話し相手がユリちゃんしかいないんだよ。それしか楽しみがないんだよ。また本を読ん
で聞かせておくれよ。でもプルーストは止めてよ。だって全然わからないのよ」
 ユリ子はため息をつくと、手首を少々露出して、すっかりさび付いている籠の留め金を外した。
「??なんだ? いまの引っかかる動作は。あれか? 鬱陶しいからどっかいけってことか?」
「おお、大正解??いや、狭いかなと思いまして。やましい気持ちなど全くない親切心、いや、真心ですよ」
 九官鳥は信じられない、とでも言いたそうに幾度か首を振って、
「なあ、俺が嫌いか?」
「はい」と、ユリ子は間髪入れずに、相手が言い終わるか否かのタイミングでそう言った。


64 :No.17 僕はペットで籠の鳥 3/4 ◇cwf2GoCJdk:07/10/21 23:00:42 ID:FPtq2/hz
「本当のところ、鬱陶しいです。え、泣いてるんですか?」
 九官鳥は力なく後半部分を否定した後、数分に渡って、いかに自分がユリ子を好いているかを語った。ただその
長々として演説めいた語り口が、余計に好感度を下げることになったのだが。
「もう時間なので行きますね」
「ちょ、待って。ウェイトゥ、ウェイトゥ」
 無意味に綺麗な発音を無視して、ユリ子は出て行った。
 ときどきカラスに間違われるほどに黒い鳥は、遠ざかっていく足音を聞いて、ため息をついた。人間の様に出来
ていたかは定かでないが。

「フレンチ・キスをソフトなキスだと勘違いしてる人が日本には多いそうよ」
 そう言うと碧はユリ子と唇を重ね、すぐにその口を開いて舌を伸ばした。
「だわ」とか「だそうよ」。ユリ子はそんな言葉遣いをする人間が実在するのだと、碧と話したときに初めて知っ
た。
「それじゃあまたね。好きよユリ子」
 ユリ子はその言葉を聞くと、ふと九官鳥の言葉を思い出した。
『お前俺を愛玩動物だと思ってるだろ。でもな、考え方を変えると、籠に入ってる人間を眺めてる気分になれるぞ。
まあ、人間ってお前なんだけど』
 なるほど、と思った。
(そのときは馬鹿にしてたけども、確かに私も籠の中で飼われてるようなものか。前に「あなたはペット」ってはっ
きり言われたこともあったっけ。あれ、でも意味が違う?)
 その後しばらくは、口内に不快感が残った。飼い主にキスされる犬はこんな気分だろうか、とユリ子は考える。
いや、親戚と幼児の方が近いか。さらに、碧の好きという言葉は、やはり好きな玩具に使うような「好き」なので
はないか、とユリ子はそんなことを考えながら、同居人のいる部屋へ戻った。鳥だが。
 いつもの通り、九官鳥が話しかけてきた。
「さっき僕、犬に食われそうになった」
「私はさっき、犬に顔を舐められましたよ。愛情表現でしたっけ?」
「そんな犬、くたばればいいのに。ちょっと耳寄りな情報いらない? 長いこと話してなかった仰天のニュースな
んだけど」
 ユリ子は着替えながら、「聞いてるからどうぞ」と言った。

65 :No.17 僕はペットで籠の鳥 4/4 ◇cwf2GoCJdk:07/10/21 23:01:14 ID:FPtq2/hz
「鳥ってさ、よく自由の身じゃないとか、籠の中になんか居たくないとか、そんなイメージじゃない? 漫画とか
でも空へ飛び立ちたがってる感じじゃない? でもさ、実はあれ嘘だよ嘘。空飛ぶのってすんごい大変なんだから。
もう、本当に。餌を取るために仕方なく飛んでるんだよ。マジで。だから籠の中で餌をもらえるのって、鳥にとっ
ては素晴らしい環境なわけ。びっくりした? びっくりしたでしょ? 惚れた?」
 ユリ子はがっくりとうなだれて、
「そうですか??何か通じ合えそうだったのですが、私の勘違いだったようですね??」
「え? ちょ、何が? うわ、なんか地雷踏んだ。違うよ、全然違うよ。ユリ子ちゃん大好きだよ。ああ、なんて
哀しきかな、愛が伝わらない」
 人語を話し、光沢のある黒き鳥は急に喋りを止めた。
 ユリ子は何がどうなったのかわからず、しばらく鳥を見つめていた。
 数分間沈黙が流れ、我慢できなくなったユリ子が口を開いた。
「あの、どうしたんですか?」
「ドウシタンデスカ」
「え、いや、なにを」
「イヤ、ナニヲ」
「怒りますよ」
「オコリマスヨ??いや、ちょっと我々の口説き方が通用するかなって」
 ユリ子は一瞬硬直して、大いに笑った。
「ほら、ユリ子ちゃんイコール籠の鳥だし」
 だがこの言葉で、笑顔が悪い方向へ変化した。





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