【 ぼくのペット 】
◆ElgkDF.wBQ




41 :NO.11 ぼくのペット 1/5 ◇ElgkDF.wBQ:07/10/21 18:32:16 ID:ZQYbBC5L
「ペット欲しいよ〜、ねぇお母さんペット飼いたいんだよー」
「ダメよ翔ちゃん。ここはペットを飼えない決まりになってるマンションなの。我慢してちょうだい」
「えーだってみんな飼ってるんだよー。ずるいよ僕だけなんてー」
「じゃー何かゲームのソフト買ってあげるから、それで我慢してくれる?」
 翔一は叫べばなんとかなるんじゃないかと思って大声で言った。
「ペットがいいんだよー!」
 テーブルの上の食器を片付けながら母親の顔が険しくなった。
「小学校五年生にもなって我侭いうならこれから何も買ってあげないわよ! 母さんもう翔ちゃんのことなんか知らないか
らね!」
 そしてすごい剣幕で言い返し、食器を下げるついでに居間から出て行ってしまった。

 ここは翔一家族が住むマンションの一室。三LDKで一部屋は翔一の子供部屋として与えられている。残りの部屋は両親
の部屋だ。居間にはテレビとダイニングテーブルが置いてあり食事はここでする。父親はいつも遅いので食事は母親とする
事が多い。今日の会話の発端は晩御飯の最中にいつも三人組で遊んでいる仲間の大介が親に子犬を飼ってもらい、その後一
週間もしないうちにもう一人の仲間の健二まで子犬を飼ってもらったことの話から始まったことだった。
 最初に大介が子犬を飼ってもらった時には、健二も俺と同じように羨ましがってふたりで学校帰りに大介の家に寄っては
触らせてもらっていた。それが一週間もしないうちに健二まで子犬を飼ってもらうなんて。

――次の日
「うちはマンションだからペット飼えないんだってさー」
 休み時間に大介と健二に翔一は報告した。
「しょうがないなぁ。まぁ俺達の家にくれば会えるんだからいつでも来いよ」
 大介と健二はそういって慰めてくれた。
 学校帰りには大介か健二の家に時々遊びにいかせてもらった。でも遊ばせてもらえるのもせいぜい一、二時間だった。
 
 ある日のこと、部屋で宿題をしていた時にペットのことをぼーっと考えながら筆箱を見ていたらおかしなことに気がつい
た。使い込んだ消しゴムがカタカタと揺れている。
 えっ? と思ってじっと見ていたら消しゴムが筆箱から飛び出してきて、翔一が分からずにいた宿題の問題の上に転がっ
てきて止まった。慌てて筆箱の中を見てみたけど何も入っていない。ということは......この消しゴムが自分の意思で筆箱か
ら出てきたってことなのか?

42 :NO.11 ぼくのペット 2/5 ◇ElgkDF.wBQ:07/10/21 18:32:53 ID:ZQYbBC5L
「おい消しゴム! お前自分で動いたのか?」
 消しゴムは返事をするかのようにクルリと方向転換した。
「お前なんで自分で動き出したんだよ」
 突然消しゴムはまた動き出し、開きっぱなしの教科書の上の一文字に消しゴムの角を使ってうまく立ち止った。消しゴム
を掴んでどけてみるとその文字は「ペ」となっていた。
「ぺってなんだよ、ぺって」と言っている間に消しゴムはまた動き出して次の文字の上に立っている。また消しゴムを掴ん
でどけてみるとそれは小さい「っ」だった。そして続けざまに「ト」の上に立って止まった。
「ぺ」と「っ」と「ト」まさかっ!
「ペットっていいたいのかお前」
 翔一がそういうと消しゴムは得意げにクルリと方向転換した。
「お前が僕のペットになってくれるってこと?」
 また消しゴムはクルリと回った。
 翔一は信じられない気持ちのまま、誰も持っていないだろうこのペットの飼い主になれたことが嬉しくてたまらなかった。
「よし! お前に名前をつけようか。少し小さくなってきているからチビタにしよう。お前の名前はチビタだぞ!」
 そしてチビタについている消しゴムケースを少しずらして下の方にボールペンを使って小さくチビタと書いた。
 その日から翔一にもペットができたのだ。ちょっと変わったペットだけれど。

 次の日の朝、両親が揃っているところで翔一は昨日の部屋で起こったことを話した。
「翔一、それは本当なのか? 本当だと言うなら父さんの前でその消しゴムが動いているのを見せてくれないか」
「翔一、母さんも見てみたいわ。ちょっと見せてみなさい」
 両親は信じているのか信じていないのか二人ともチビタのことを見たがった。
 もちろんぼくのペットになってくれたチビタを隠す必要もないのでランドセルの中から筆箱を出して開いてみた。
「チビタ。ぼくの父さんと母さんだよ。ちょっと挨拶してみてくれよ」
 翔一はそういって筆箱の中のチビタに話しかけた。
 筆箱の中でチビタがカタカタと動き出した。そして筆箱から飛び出してクルリと回転した。
「ねぇねぇ、こういうペットだったら飼ってもいいよね!」
 翔一が両親を見上げて言うと、両親は驚いたような困ったような感じで顔を見合わせていた。
「翔一。飼ってもいいけどその代わり父さんに約束してくれ。チビタを飼っていることは他の誰にも言っちゃダメだ」
「どうしてなの? お父さん」

43 :NO.11 ぼくのペット 3/5 ◇ElgkDF.wBQ:07/10/21 18:33:20 ID:ZQYbBC5L
「消しゴムなんて普通動かないものが動いているのがバレてしまったら、誰かに取り上げられる可能性が高いからだ。お前
だってチビタが誰かに連れて行かれたら嫌だろ」
「分かったよ、お父さん。約束する。内緒にしておくよ」
「じゃー翔一、チビタは学校に持っていくのは止めておいた方がいいな」
「えー大人しくするように言うから連れて行ってもいいでしょー」
「ダメだ。代わりの消しゴムを持っていきなさい。母さん、翔一に別の消しゴム用意してやってくれ」

 結局、翔一はチビタを部屋に置いて母親の用意した消しゴムを筆箱に入れて登校することになった。
 翔一の席は廊下側の一番後ろの席だった。チビタを連れて来れなかったことは残念だったけど、大介や健二だってペット
を学校に連れてきたりはしていない。チャイムがなったので一時間目の授業の為に教科書とノートを出して筆箱を開いた。
母親が準備した消しゴムとシャープペンを出してノートを取り始める。間違ったところを消しゴムを使って消そうとしたと
ころで開きっぱなしになっていた筆箱から何かが飛び出してきた。チビタだ!
「チビタ!」
 翔一が思わず叫んでしまったことでクラス中の視線が翔一に集まっている。
「渡辺翔一! 授業中に何を話しているんだ! 静かにしろ!」
 担任の権藤先生がすごい剣幕で注意した。
「はい。すみませんでした」
 翔一は小さな声で謝りながら縮こまった。机の上には確かに部屋に置いてきたチビタが転がっている。
 使ってもらいたくてついてきてしまったのかもしれないと思った翔一はチビタを使って授業を受けることにした。

 休み時間になって大介と健二が翔一の席に集まってきた。
「さっきどうしたんだよー。でっかい声出して」
「そうだよ。さっきチビタとか言ってなかったか?」
 大介と健二に聞かれたが翔一は寝ぼけていたということで押し通すことにした。

 家に帰ってからの宿題の間もチビタは翔一の手にじゃれつくように転がったり跳ねたりしていた。
 なんて可愛いんだろう。だけどこのままチビタを使い続けていたら小さくなって無くなってしまうんじゃないか。そんな
風に翔一が思っていてもチビタは使ってもらうのが運命とでも言いたげに翔一が消しゴムが必要な時にはいつもすぐそばに
転がってくるようになった。

44 :NO.11 ぼくのペット 4/5 ◇ElgkDF.wBQ:07/10/21 18:33:56 ID:ZQYbBC5L
 テストがあった時にチビタを誤って机の下に落としてしまった時も、チビタはみんなに見つからないようにいつのまにか
机の上に戻ってきてくれていた。翔一にとってチビタはなくてはならないものになりつつあった。

 今日の作文の授業の時、何度も何度もチビタを使ってしまった。途中でチビタが少し千切れてしまって、少し元気がなく
なったような感じだったけどそれでも作文を書いている間チビタは頑張って役目を果たした。チビタはその授業でもう使え
ないくらい小さくなってしまった。
 家に帰ってから千切れたところが痛かったんじゃないかと思ってセロテープでくっつけてみた。だけどチビタの動きは小
さくなってきていて見ているうちに動かなくなってしまった。
 何度チビタを呼んでもチビタは動かなかった。
 考えたくなかったけど、どんなに話しかけても反応しないチビタを見て翔一は確信した。
 チビタは死んでしまったんだ......
 
 翔一は泣きながら母親にチビタが死んでしまったことを告げた。こんなに悲しい想いをしたのははじめてだった。
 母親はお父さんから話があるはずだから今日は夜遅くまで起きて待っているようにと言った。

 父親が夜遅くに帰ってきて母親と少し話したあとに、母親が翔一を居間に来るように呼びにきた。
 居間には父親が座って待っていて、その向かい側に翔一は腰を下ろした。
「翔一、チビタの話は聞いた」
「うん。死んじゃったんだ」
「翔一、チビタは死んでない」
「だってもう動かなくなっちゃったんだよ!」
「翔一、チビタは最初から生きちゃいないんだよ」
「えっ何言ってるのお父さん。お父さんもお母さんも動いてるの見たじゃないか!」
「うん。父さんも母さんも動いてるのは見た。でも生きてないんだ」
 翔一は泣きながら父親を不思議そうに見上げた。
「翔一、もう少し大きくなってから言おうと思ってたんだ。だけど今回のことがあったからもう父さんと母さんの秘密を教
えようと思う」
 翔一は驚いた顔で父親を見たが父親はそのまま続けた。
「父さんと母さんは実はエスパーなんだ。エスパーって知ってるか? 超能力者のことだ。父さんは念力を持っていて、母
さんは透視能力を持っている。言葉でいうだけだと分からないだろうから見せてやろう」

45 :NO.11 ぼくのペット 5/5 ◇ElgkDF.wBQ:07/10/21 18:34:49 ID:ZQYbBC5L
 そういうと翔一の父はテーブルの上に置いてある大きな灰皿を指差した。
 すると灰皿はその重量を無視してふわふわと浮き上がり始めた。
「どうだ、分かったか。こうやって触らずにものを動かすことができるのが念力だ。そしてお前がテストを隠してもすぐに
ばれてしまうのは母さんの透視能力の力だ。お前は私達のうちの私の方の力を少し受け継いでいたらしい。チビタは生きて
いて動いたんじゃなくてお前の意志で動いていたんだよ」
 翔一はあまりのことに呆然としていた。
「お前は念力が使えたんだ。チビタが動かなくなったのはもう使えない消しゴムになってしまったからだ。お前も訓練すれ
ば好きなものを好きなように動かすことができるようになる。ただし、私達みたいな人間は普通の人間からは特異な目で見
られることが多い。自分が超能力を持っていることはこれから先誰にも話さないように。話は終わりだ。明日も早いからも
う寝ろ」
 翔一はよろよろと立ち上がり自分の部屋に戻った。

 部屋に戻った翔一は信じられない気持ちで眠れぬ夜を過ごした。
 あんなになついていたチビタが自分自身の意思で動いていたなんて考えたくなかった。でも、父親の言うことを当てはめ
てみるとチビタの行動は自分の意思だったということが分かるような気もする。
 ぼくのペットだと思っていたのに......

 その夜、翔一は夢をみた。
 夢の中にチビタが出てきた。夢の中のチビタはチョコチョコと僕に近づいてきて言った。
「小さくなるまで使ってくれてありがとう。さようなら」
 そういうとそのままチビタはどんどん小さくなって消えてしまった。

 朝、起きたときチビタはやっぱり生きていたんだと思った。翔一が持っている力は念力ではなくモノに意識を与える力だと思

いたかった。

 そして起き上がり準備をするためにスリッパを履いて洗面所に向かおうとした時、今度はスリッパが足元までパタパタと
近づいてきた。
 えっ? 今度はスリッパなのか。翔一は眠い目を擦りながら差し出した足に飛んできたスリッパを見た。―― 完 ――



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