【 ペットと僕とペットと 】
◆luN7z/2xAk




23 :NO.7 ペットと僕とペットと 1/5 ◇luN7z/2xAk:07/10/21 18:17:28 ID:ZQYbBC5L
 ちょうど僕が朝食を食べ終わった時、玄関からドアの開く音が聞こえた。
それとほぼ同時に四本足の動物特有の慌ただしい足音が廊下に鳴り響く。
僕は自然とため息をついた。
「はいはい、お帰りなさいませポナパルト様」
そう言って僕はドッグフードを皿いっぱいに盛りはじめた。
アガサ家のペットは自分の朝食を今か今かと待ちわびるように尻尾を振り続けている。
ポナパルトは三年前に飼い始めた柴犬だ。
綺麗に切り揃えられた体毛に、ピンと伸びた耳。
無防備に舌から唾液を出してこちらを見ているその様には、「可愛い」という言葉がぴったり似合った。
この皿を床に置くとき、僕は愛すべきペットの方を見ないようにしている。
僕の中にある可愛い愛犬のイメージを損なわないように、ゆっくりと皿を床に置こうとした。
だが、ドッグフードに飛びつくポナパルトと、一瞬目が合ってしまう。
 僕はこの目が苦手だ。今にも
「ふん、ごくろう」
と言わんばかりの高飛車な目。細い体つきのくせに金持ちのような態度。
その目を通して僕にはこの愛犬が考えていることが分かってしまう。
人間でもこんなに嫌らしい目をすることはできないだろう。
この犬は世界が自分を中心にして回っていると本気で思いこんでいる、大物貴族犬なのだ。なめてんのか。
とにかく、僕は久々に嫌な気分を抱えて登校することになった。
 学校へ行く準備をして外に出ると、ポナパルトが出迎えてくれた。
僕はため息をついて言葉をかける。
もし、こいつが人だったらとても偉そうな返事をするのだろうなぁと僕は思う。
「行ってきます、ポナパルトさん」
「あぁ、いってこい」
「……まいったなぁ」
その日、僕は学校を休んだ。

24 :NO.7 ペットと僕とペットと 2/5 ◇luN7z/2xAk:07/10/21 18:18:29 ID:ZQYbBC5L
 今日は金曜日。明日は土曜日のはずだ。
自分の部屋の中、ベッドに仰向けになっている。どうやらショックで倒てしまったらしい。
僕はパジャマに着替え、自らが作った三連休をどうやって過ごそうかと考えているところだった。
「いやぁ、すまん。本当は話しかけるつもりなどなかったんだがな」
ポナパルトは僕がずっと感じていた通りの、僕を下に見た口調だった。少しムカつく。
「しかし、『まいったなぁ』という言葉は余裕のある奴が使う言葉ではないのか? ん?」
ベッドの中に再びもぐりこみながら、ポナパルトに話しかけてみる。
「人の言葉が話せるなら言ってくれればいいじゃないか」
「いやぁ、わざわざ違う種類の動物と話すのも楽じゃなくてなぁ。
 無駄な体力を使いたくないのさ。分かるかね?」
こいつの毛を残さず抜き取ってやろうかと思ったところで、ドアが開く。
母さんだ。
「ヒカリ、大丈夫? いきなり倒れたから心配しちゃった」
「……そういう時は救急車とか呼ぼうよ」
「でも、大丈夫だったんでしょ?」
大丈夫? と聞いておいてその答えはおかしいと思う。
ふと、我が愛犬であり欠席の要因であるポナパルト殿下を見てみる。
ポナパルトは行儀よくお座りをして母さんを見つめている。
「あら、看病してくれてたのね。いい子だね、ポナパルト」
そう言って母さんはポナパルトの頬にキスをする。何か悔しい。
「昼ごはんは食べられる? 病院は行く?」
ふと気がついて時計を見てみる。もう十一時だ。
倒れていると、お腹は空かないものなのだと僕は初めて知った。
「いや、食べられるけどいらない。病院はどうしようかなぁ」
「行っておくのだ、ヒカリ」
お前は黙ってろと心の中でつぶやく。
「行かない」
「そう? 具合が悪くなったら言ってね」

25 :NO.7 ペットと僕とペットと 3/5 ◇luN7z/2xAk:07/10/21 18:19:07 ID:ZQYbBC5L
 そう言うと母さんはドアを閉め、階段を降りて居間に戻る。
「体は大事にしなくてはいけないぞ、ヒカリ」
「うるさい黙れ」
どうやらこいつは僕以外と話すつもりはないらしい。
なぜだか僕はポナパルトの犬以外での話し相手第一号に選ばれてしまったようだ。
「たまには他の生物と話してやるのも悪くない気がしてな」
「話さなくて結構」
「光栄に思ってくれ」
「嫌だ」
「ならこれならどうだ!」
「うわぁぁぁ!!」
 そんな感じで、僕が平日の真昼間に愛犬ポナパルトの散歩に出かけなきゃならなくなった。
もうちょっと具体的に言うと、ルパンダイブをしてきたポナパルトを避けた拍子にベッドから転がり落ち、
その様子をいつの間にやら見ていた母さんが僕を送り出したということだ。
「仲が良くて結構なことね」
と言っていた母さんを一生忘れられない。

「あぁ……これなら学校に行ってた方がマシだったよ」
「学校というのはこの私と一緒にいるよりも楽しいところなのか?」
「若干楽しいよ、どっちもつまらないけど」
大体、何で犬と話をしながら道路を歩かなきゃいけないんだ。
僕は朝よりもずっと深いため息をついて、静かに町中を歩いた。
 そういえば、ついでに買い物も頼まれてたっけ。
そう思って、僕は商店街に足を向けた。
「ここで待ってろよ、ポナパルト」
一応注意しておく。電信柱にくくりつけていてもこいつなら抜け出しかねないと思ったからだ。
だから、卵と牛乳が入ったスーパーのビニール袋を持った僕が見た光景は、正に衝撃だった。

26 :NO.7 ペットと僕とペットと 4/5 ◇luN7z/2xAk:07/10/21 18:19:46 ID:ZQYbBC5L
 ポナパルトは、電信柱にくくりつけられたままの状態でぐったりとしている。
白と茶が入り混じった毛の色は、赤く染まっている。
目の前には分かりやすい格好をした不良らしき集団がこちらを睨みつけている。
町の住人はこちらを避けるようにして流れを作っている。
年齢は同年代だろう。だが、その癖にとても人をひきつけ難い雰囲気をかもしだしている。
「おい、これの飼い主はてめぇか」
その中のリーダー格らしき――背の高い奴が僕にガンを飛ばしている。
「てめぇの犬のせいでなぁ、血出ちゃったんだよなぁ、血」
「しゅじゅつりょー、払ってくれるんだよなぁ」
なんて分かりやすい因縁のつけ方だ。いまどきこんな人間もいるもんだ。
……じゃなくて。
「ポナパルトは……あんたらがこんなにしたんだ」
「せーとーぼーえーだからいいだろ? 先に噛み付いてきたのはそっちの犬なんだぜ」
キャハハと、気持ちの悪い笑い声が町並を汚している。
ポナパルトが何か言ってるように見える。僕は頑張ってそれを聞き取ってみる。
事実だけを羅列するように、ポナパルトは淡々と喋っていた。
「君と君のお母さん達と、過ごしたこの三年間はとても楽しかった
 少しでも話すことができてよかった ありがとう」
僕はビニール袋をぎゅっと握り締め、リーダーらしき男にそれを叩きつけた。
牛乳と卵にまみれたその顔面に更に蹴りをお見舞いしてやる。
「お、おい、やめろよ!」
周りの一人が僕を取り押さえる。その間に不良の集団はリーダーを連れて行って逃げてしまった。
僕は数秒の間ぼーっとしていたが、ポナパルトを抱きかかえ、家に走った。

27 :NO.7 ペットと僕とペットと 5/5 ◇luN7z/2xAk:07/10/21 18:20:27 ID:ZQYbBC5L
 最寄の駅から三駅離れたところに、小さな動物病院がある。
もっとも、それを知ったのはその時初めてだったが。
そこでポナパルトがもとのように元気な姿を見せてくれるのには、三週間もかかった。
「いや、治るものだなぁ、ヒカリ」
「……そうだな」
それでもやっぱりポナパルトは喋った。三週間前と同じ口調だ。
「だが、君が助けてくれなかったら、どうなっていたか分からない」
「……そうかもな」
本当に沢山の血が流れていたし、あと少し時間がずれていたら本当に危なかったと獣医さんも言っていた。

でも、少しだけ気がかりなことがある。
「僕がポナパルトを助けたんだよな」
「そうだ、なかなかやるじゃないか」
僕がポナパルトを助けた。
「それだ」
気がかりなのは、僕がポナパルトを助けたことだ。
ほら、よくテレビで見るじゃないか。愛犬が飼い主の危険を察知して助けてくれるってやつ。
これじゃぁ僕がペットじゃないか。
ポナパルトは不思議そうな目で僕をじっと見つめている。
流石にそう思われてたりしたら嫌なので、この質問を口にするはぐっとこらえた。

ポナパルトは、やっぱり不思議そうな目でこちらを見ていた。

                         fin



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