【 アダルト童話集 】
◆I8nCAqfu0M




16 :No,5 アダルト童話集 1/3 ◇I8nCAqfu0M:07/10/20 20:36:18 ID:zm4hpgUl
 冬の寒い日、村田は「俺は俺に見合うペットを必ず作り出して見せる!!」と意気込んでいた。
僕はそんな村田を何やら頼もしく思って、毎日彼の様子を見に行きがてら応援していた。
 しばらくして村田は「ついに……ついに完成したぞ!」と呟くと僕に木彫りの犬を突き出した。
村田の両手に抱えられたティッシュ箱大のトイプードルはまるで生きているかのような毛並みで、
目にも暖かな温もりがあった。しかし動かない。僕はこの点にだけ不満を覚えた。
 昼夜を問わずのみととんかちを振るったのであろう、村田の目は尋常でない光かたをしていて、
その目の下には青黒いくまが出来ていた。そうして自らを追い込んで作られた犬を見て、僕はただ
「うん、素晴らしい犬だ。まさに君に相応しいペットだよ」
と言うことしか出来なかった。結局その日は犬を讃えるばかりで彼の家を後にした。

 その後のある日、村田は地獄の淵でも見てきたような表情をして、幽鬼のごとく僕に呪いを吐き
かけた。
「なんで……なんでお前はあの時……動かないことを指摘しなかったんだ!!!」
僕ははっとなった。僕は村田の作り出したトイプードルを見ていたわけではなかったのだ。僕はた
だ、村田の努力を評価しただけだったのだ。そしてその行為は、芸術家たる村田に対するもっとも
卑劣な侮辱でしかなかったのだ。
 僕は改めて、村田の作品に対して真実の評価を下さねばならないと感じてこう言った。
「君のあのペット……あの見事なトイプードルは……ペットじゃなくてただの彫刻だ!!!」
村田は一瞬たじろいで、そして絶望した。しかし彼の目には未だ怪しい光がたたえられていた。
 彼は自らの過ちの深さと、それによって生み出された犬の不幸とを悟ると、静かに目を閉じた。

 どれくらいの時が経っただろうか、僕と村田は美しい犬の彫像を挟んで向かい合ったまま、ただ
沈黙の中に座っていた。しばらくすると村田が口を開いた。
「俺は確かに間違っていた。ペットショップで素直に金を払ってお気に入りのペットを連れて帰っ
てくればいい。そんなことを今考えていた。しかしその考えは確かに間違っていたんだ」
村田は目の光を甦らせて誇り高く、僕に向ってこう言った。
「俺は、このトイプードルを、必ず動かしてみせる!!!」
僕は村田の言葉に惜しみなく涙を流し拍手を送った。心なしトイプードルの瞳も輝いて見えた。

17 :No,5 アダルト童話集 2/3 ◇I8nCAqfu0M:07/10/20 20:37:07 ID:zm4hpgUl
 久保田は彼女に飼われていた。彼女が鳴けと言えば喜んで吠えた。何も言わなくてもいつも尻尾を
振っていた。そんな久保田の様子が最近おかしい。僕が彼女の家に遊びに行っても嬉しそうに尻尾を
振らないし、お花見に行った時も酒ばかりのんで中々彼女の言うことを聞かない。僕は「ははぁん、
これが反抗期ってやつか」と思って特に気にしなかったのだけれど、最近の久保田は従順さを失った
どころか、凶暴性まで身に付けたと言うのだ。
 僕は彼女に、久保田が凶暴になって何か困っていますかと聞いてみた。彼女は特に何も困ったこと
は無いのだけれど、日に日に変わっていく久保田が怖いと言った。確かに僕も近頃の久保田の蛮行に
は辟易している。買いだめておいたココアをバケツで作って一人で全部飲んでしまったり、せっかく
綺麗に包装した誕生日プレゼントを、欧米人のごとくビリビリ破いて取り出したりするからだ。
 僕は久保田がそのうち欧米人になってしまうのではないかと危惧した。きっと妙にこなれた手つき
でボディランゲージをしだすに決まっているのだ。そうなってからでは遅い。僕は久保田をなんとか
元の久保田に戻す為に、まず久保田を押さえつけるだけの力が必要だと考えた。
 それからの日々は地獄のようだった。僕は早起きをして白身だけの卵焼きを作って食べたり、妙な
味のするプロテインをどうにかこうにかおいしくするために創作ジュースを考案したりして日々を過
ごした。そうして僕はついに鋼の肉体を手に入れた。
 鋼の肉体は凄かった。ひたすらに休日出勤を拒む久保田の欧米思考も、僕の鋼の肉体によって容易
く捻じ曲げられた。果たして久保田は社会に従順な犬となった。彼女も久保田が元にもどって嬉しが
っていた。
 しかし困ったのは僕だった。財布の小銭入れのような匂いがする鋼の肉体のせいで僕は彼女に振ら
れてしまった。振られたショックで一晩中泣き明かした。そうして泣き明かした朝、僕がベッドを出
ようとすると、なんと体が動かない。
 ついに鋼の肉体は錆びついて、僕は銅像にでもなるしかないなと思った。

18 :No,5 アダルト童話集 3/3 ◇I8nCAqfu0M:07/10/20 20:37:30 ID:zm4hpgUl
 僕は銅像になることにした。しかも僕の志はこの澄んだ空よりもさらに高い。目指すは銅像界のドンだ。
銅像界で有名になるには、まず犬を連れていなければならないと思った。そうだ、忠実な犬が必要なのだ。
 かくして僕は忠犬探しの旅に出ることにした。しかし錆び付いた鋼の肉体は中々言う事をきかない。僕は
この旅が辛く長いものになるであろうことを予感して深い溜息をつきながら荷造りを進めた。
 荷造りをしながら僕は考えた。一体どんな犬が忠実なのだろうか。やはり盲導犬などにもよく使われると
聞くラブラドールレトリバーがいいだろうか。いや、だめだだめだ。ラブラドールなんて洋風な名前とそれ
に付随した金の毛はきっと僕には似合わない。そもそも銅像界のドンを目指すのなら和風な犬でなければな
らないのだ。そこでやっと、最初から忠実な犬を求めているような甘ちゃんでは、きっと銅像界には長く君
臨していられないだろうということに気がついた。そうだ、獰猛で勇ましい犬を手なずけて初めて銅像界で
の注目を得られるに違いない。
 そこで僕は、ペットショップなどには売られていない野性の犬を探すことにした。交番でおまわりさんに
聞いてみたところ、どうやら野性の犬は裏の山を三つ越えたところに暮らしているらしい。この不自由な体
でもって、山を三つ越すのはさぞ大変だろう。しかし、そうした試練を乗り越えたことはきっと、銅像界で
有名になったときには後々武勇伝として語られるに違いないのだ。

 僕は華やかな想像に背中を押されて町を出た。錆び付いてはいても鋼の肉体、背負われた大量のペディグ
リーチャムをものともせずに、僕は黙々と山中を進んだ。夜も眠らずに行進した。
 三つ目の山の頂上に辿り着いたのは町を出て四日目の昼だった。太陽の光が眩しい。眼下に広がった分厚
い雲海は、僕の心になんとも言えない感情を込み上げさせた。美しい……
 この風景のあまりの美しさとこれまでの苦労のせいか、僕の頬には自然と涙が流れていた。涙は止まらな
かった。そして錆びた。鋼の肉体はついに錆びきって動かなくなってしまった。

 夜。風も無い、満月の夜。雲の海に向って拳を突き上げた一つの銅像。その横には狼のような、するどい
牙を持った野性の犬が佇んでいた。犬は月に向って吠えた。仲間が集い、銅像を中心として犬たちは月に向
って吠え続けた。
 その勇ましい光景は、銅像に背負われたペディグリーチャムが無くなるまで続いた。



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