【 ペット大作戦! 】
◆uzrL9vnDLc




8 :No.3 ペット大作戦! 1/5 ◇uzrL9vnDLc:07/10/20 18:33:51 ID:I9QeluTW
 動物のお医者さんになるのが、小さい頃からの私の夢だった。だから、獣医学部に受かったときは、本当に嬉
れしかった。夢に向かって前進しているという充足感と共に、私の輝ける新生活が始まった。講義にレポートに
追い立てられ、日々はめまぐるしく過ぎていった。
 そんな中で、私は早起きして散歩をするのが日課になった。マンションから出て、近くの公園を一周して戻っ
てくるだけの短いコースだが、朝の澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込むと、さあ今日もがんばるぞ、という
気力が湧いてくるのだった。

 夏の暑さも過ぎ去り、あちらこちらの庭先から金木犀の香りが漂う季節になった。私がいつものように朝の散
歩を楽しんでいると、公園のベンチに、一人の男性が座っているのに気づいた。年は私と同じくらいだろうか。
茶系のチノ・パンツに、淡いクリーム色のカーディガンを羽織っている。ココア色のミニチュア・ダックスを連
れていて、足元にじゃれ付いてくるその犬を、楽しそうにじゃらしていた。
 彼の優しそうな瞳を見たときに、信じられないことだが、私の身体を電流が駆け巡った。ああ、これが噂に聞
いていた「ビビッとくる」というものなのだろうか。それまで一目惚れなんて私は信じなかったし、正直、小馬
鹿にしていた。それが、こうもあっさりと、みずから体験することになろうとは。
 放心状態でその場に立っていた私に、彼が気付いた。にっこりと微笑んで、こちらに手を振っている。私は、
はっとして現実に立ち返り、引きつった笑顔を返して、早足でその場を去った。家に帰ると、そのままベッドに
なだれ込み、枕で自分の頭をボフボフと叩いた。さあ、えらいことになった。女子高出身で恋愛経験もまったく
無かった私には、これはまさに一大事だった。彼のことがもっと知りたい。彼と一緒に話がしたい……でも話し
かける勇気なんて、とてもじゃないが今の私にはない。

 一日中悶々としていた私だが、夜になって、ふっとある名案が浮かんだ。
 そうだ、犬を飼おう。
 彼はきっと、あの犬を散歩させるために公園を訪れていたに違いない。また犬と一緒に出会う可能性は十分に
ある。自分も犬を連れて行けば、愛犬の話が糸口となって、会話も弾むだろう。もともと動物が好きな私は、ペ
ットOKの部屋を借りていた。将来獣医の道へ進むなら、勉強にもなるし、一石二鳥だ。こうして私の作戦はス
タートしたのだった。

9 :No.3 ペット大作戦! 2/5 ◇uzrL9vnDLc:07/10/20 18:34:30 ID:I9QeluTW
 その週の週末、私は早速ペットショップにやってきた。散々悩んだあげく、芝のミックスの子犬を買うことに
した。初めて飼うならミックスのほうが、一般に丈夫で世話もしやすいと、ペットショップの人に教わったから
だ。それから本屋に行き、犬の世話関係の本を大量に買い込んだ。獣医を志すものとして、なんとしてもこの子
は幸せにしてあげなくてはならない。名前は、この子が健やかに育つように、そして彼と私の架け橋となってく
れるようにと願いを込めて、「ノゾミ」とつけた。
 しばらくは、大学の講義もそっちのけでノゾミの世話をした。ノゾミはとても頭のいい子で、しつけたことを
すぐに覚えてしまうので驚いた。ワクチンの接種も済んでいたので、ノゾミと一緒に朝の散歩をするのは、私の
新たな日課となった。私は、共に過ごす相棒のいる生活に、これまでにない幸せを感じていた。

 風もすっかり冷たくなり、あちこちから初雪の便りが届く季節となった。いつものようにノゾミと散歩中、私
は再び彼に出会った。どきん、と自分の心臓の音が聞こえた。話しかけるなら今しかない。私は彼のほうに歩み
寄った。彼はまだこちらに気付いていない。いまだ。私は話しかけようとして、口を開いた状態で固まった。
 彼の手にしたリードの先にいたものは……
 猫だった。
 私は混乱した。そのまま回れ右をして、駆け足でその場から離れた。彼が見えないところまで来ると、ノゾミ
が、いったいどうしたんだ、とでも言いたげに、わんと鳴いた。
 いったいどうしてしまったのか、こっちが聞きたい。僅か数ヶ月の間に、彼のペットが犬から猫に変身してし
まったのだろうか。いやいや、そんなはずは無い。きっと彼は、犬と一緒に猫も飼っていたのだろう。家猫が多
い最近では、猫にリードをつけて散歩させるのも、そう珍しいことじゃない。
 しかし、次に彼に会ったときも、そのまた次に会ったときも、彼のリードの先にいたのは、犬ではなく、猫だ
った。私の作戦は水泡に帰してしまった。犬と猫では話がかみ合わない。下手をしたら、うちのノゾミと彼の猫
が、喧嘩を始めてしまうかもしれない。
 彼の猫がこちらをちらりと見て、興味ないね、とばかりにツンと目をそらした。私は決意した。よし、犬には
犬、猫には猫だ。

10 :No.3 ペット大作戦! 3/5 ◇uzrL9vnDLc:07/10/20 18:35:07 ID:I9QeluTW
 私は猫関係の本をどっさりと買い込み、猫を飼うための研究を開始した。犬と猫を一緒に飼うのは無謀なよう
だが、実際に飼っている家庭はたくさんある。それにうちのノゾミはいい子だし、猫をいじめたりはしないはず
だ。私がいないときに遊び相手になって、かえっていいかもしれない。
 それから間もなく、我が家に新しい仲間がやってきた。真っ黒な黒猫で、名前は「ヒカリ」とつけた。私と彼
の間を取り持つ、一筋の光明となってくれるように願いを込めて。しかし、このヒカリがなかなかのやんちゃも
ので、最初は手を焼いた。ノゾミがヒカリをいじめることはなかったが、ヒカリがノゾミの餌を横取りしたり、
眠っているノゾミの横っ面にネコパンチをかましたりすることがたびたびあった。しかし、私の懸命なしつけの
甲斐もあってか、今ではすっかり仲良しになった。これならいける。私はヒカリをリードにつなぎ、意気揚々と
朝の公園へ出発した。

 彼がいた。私の目の前二十メートルくらいを歩いている。よし、と自分を奮い立たせ、私は彼に近づいていっ
た。
 そこで、私は目を疑った。彼のリードに繋げられ、尻尾をピクピクさせている物体は、なんと……
 豚だった。
 次の日も豚だった。その次の日も豚だった。私は愕然としてしまった。確かに、ペット用のミニブタが流行っ
ているという話は聞いたことがある。しかし、なんで豚なんだ。最初が犬で、次が猫で、とどめが豚? 彼は本
当は私と話したくないんじゃないだろうか。
 そのとき、豚がこちらを振り返り、ブィッ、と嘲るように鳴いた。私の中で、何かが音を立てて、ぷちっ、と
切れた。ようし、そっちがその気なら、こっちだって……!

 翌日、我が家に豚がやってきた。ノゾミもヒカリも、珍しそうに豚を見た後、私の顔を見上げた。言いたいこ
とはわかってるよ、でももう後には引けないのさ。私は豚に「コダマ」と名前をつけた。どうせなら統一感のあ
るほうがいいと思ったからだ。
 それから、犬、猫、豚に囲まれた生活が始まった。以外にもコダマは頭がよく、トイレのしつけなどはすぐに
済んだ。しかし、さすがにペットが三匹もいると、誰かが拗ねたり怒ったりはしゃぎ回ったりして大変だった。
三匹の世話をしているうちに、日々はあっという間に過ぎていった。

11 :No.3 ペット大作戦! 4/5 ◇uzrL9vnDLc:07/10/20 18:35:38 ID:I9QeluTW
 長かった冬が終わり、春の訪れを知らせる水仙の花が顔を出す季節になった。私の手には三本のリードが握ら
れている。ノゾミ、ヒカリ、コダマの三匹は、早く外に出たくて仕方がない様子で、玄関をちょこちょこ駆け回
っている。私はブーツの紐をきゅっと締めた。これなら、もうなにがきても恐れることはない。いざ、決戦の地
へ。私は春の陽光の中へ飛び出した。

 その日、彼が散歩させていたのは、イグアナだった。
 私はがっくりとその場に崩れ落ちた。もうおしまいだ。彼はきっと私が嫌いなんだ。今の三匹でももう手一杯
なのに、この上イグアナなんか飼えるはずが無い……涙がこみ上げてきた。私は今まで何をやっていたんだろう
……
「あのう、大丈夫ですか?」
 ふっと見上げると、そこに心配そうな彼の顔があった。

 公園のベンチに座り、彼と話をした。心臓が飛び出るかと思ったが、彼は私の緊張をほぐそうと、にこやか話
しかけてくれた。私は思い切って、彼がなんでころころペットを変えるのか聞いてみた。彼は笑いながら説明し
てくれた。
 彼の実家はペットショップをやっているのだが、たまに馴染みのお客さんが、旅行などでしばらく家を留守に
するので、しばらくペットを預かってほしいと頼みに来るのだそうだ。両親はお店の方で忙しいので、そのたび
に彼が世話を引き受け、餌を与えたり、散歩させたりしていたのだそうだ。幸い、大抵の動物にはなつかれる性
質なんでね、と彼は笑った。
 なんだ、そんなことだったのか。そうしたら、私の今までの苦労は何だったのだろう。私はまた暗くなって、
うつむいてしまった。三匹が、心配そうに私の顔を見上げている。
「あのう……」
 彼が、思いつめたような顔をして言った。
「君一人で、三匹も世話をするのは大変だろう? よかったら、僕にも手伝わせてくれないかな」

12 :No.3 ペット大作戦! 5/5 ◇uzrL9vnDLc:07/10/20 18:36:09 ID:I9QeluTW
 こうして、彼と私の同棲生活が始まった。後になって聞いたことだが、彼のほうも私のことがずっと気になっ
ていたのだそうだ。彼と一緒に、獣医兼ペットショップのお店を持つことが、新たな私の目標となった。
 最初に犬、次に猫、さらには豚、そして素敵な男性が、次々にこの家にやってきた。この次はゾウでもやって
くるかもしれない。そうしたら、引越しをしなくちゃいけないなあ……
 彼と一緒に、じゃれ合う三匹を見つめながら、私はそんな馬鹿なことを考えるのだった。

終わり



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