【 愛護の精神 】
◆sjPepK8Mso




4 :No.02 愛護の精神 1/4 ◇sjPepK8Mso:07/10/20 16:48:17 ID:cW2bYuLm
 近頃になってから、とみに増長を始めた動物愛護団体は、とうとう社会問題として、総会で取り上げる程の大きな問題になっている。
 動物を愛し、慈しむべきだと説く愛護団体の評判と思想は、大昔に流行った躍り病なんかの伝染病よりも早く皆の間に染み込んでいった。
 社会の流れなんてものなんだろう。一年もしたらこんな波はどこかに過ぎ去ってしまうだろうが、そうだからと言って無視できるものじゃあない。
 世論の波が各界の著名な方々にも降りかかり、その被害を被るものも少なくなかった。
 長年連れ添ってきたペットが死んでしまって、悲しみに暮れていたという御近所に、ペット虐待の噂が少し流れたことがある。
 そして、その噂が流れてからわずか四日でその御近所はその実質的な社会的地位を失ってしまった。
 ペットに向かって侮辱するような言葉を一言でも言ったならば、たちまちそいつの生活は崩れてしまう。
 そういう不幸にみんながみんな震え上がって、社会を揺るがす大問題にもなってしまう。
 しかし、震え上がるやつばっかりと言うわけでもなく。
 社会の中心となる有力者達の中には、この極端過ぎる世論に正面から反発する者も決して少なくはない。
         ×       ×


5 :No.02 愛護の精神 2/4 ◇sjPepK8Mso:07/10/20 16:48:51 ID:cW2bYuLm
 「であるからして、私たちと違う生き物に、私たちと同じ物の見方をさせようだなんて、知性生物とやらの傲慢でしかありません」
 そう言い切る学者の言い方こそ傲慢でしかないのだと銅螺は思う。
 しかし、その他の多くのお偉方の言う
「我々が施しと決まりごとを作ってやらねば何も出来ないペットこそ、私たちに感謝の意を表明するべきであろう」
 なんて意見も当然傲慢でしかなかった。
 とある町外れに用意された議場では、毎日のように政治屋と動物愛護団体は泥沼の口げんかをしている。
「そのような横暴な言葉はこの世の中に生きている全てのものに対しての侮辱だ! あなたの様なのが州知事など笑わせる」
 そう叫んだのは、東方の動物愛護協会、改め動物愛護「教会」の権威者だ。
 議場は真っ二つに別れて歓声とブーイングを持ち上げた。
「昔から下らない保身ばかりにはしる政治屋ばかりだから昨今の動物虐待なるものが存在するのだ! あなたは恥を知るべきである!」
 愛護派全員がお腹の底から敵に向かって喚きたてる。もう言葉の体を成していないそれは、聞いている銅螺の耳にはすこしばかり大きすぎる。
 銅螺は耳を塞いで身をかがめた。
 彼が座っているのは愛護団体側の席の一番端で、全然目立たない。
「せーしゅくに! せーしゅくに!」
 議長が声を張り上げる。
「議論から外れた意見はお控え下さい! あまり熱くなりすぎないようにお願いします」
 一応なりとも、それで罵倒の声は収まっていく。
 銅螺は眼を細めて、耳を塞ぐ手を引っ込めてため息をつく。
 そもそも、こんな議会になど出席したくなかったのだ、と思う。
 お隣さんに強引に勧められた愛護団体への誘いをただ断りきれなかった事を銅螺は深く後悔した。
 玄関先で「もうハンコを押してくれるだけでいいのよ」と言われて手で判をしただけで、愛護も、それに反対もする気にはなっていなかった。
 断ったら、向こう三軒のおじいさんのような目に遭うのだろうし、自分のようなのは流されるしかないのだとも思う。
 が、もうつまらない水の掛け合いに付き合わされて八日になる。
 来る日も来る日も同じ所に一日中座っているだけで、尻にカビでも生えてしまうのではないかと思う。
 愛護反対派の若手議員が手を上げた。
 意見を求めての事だろうし、それに対して愛護派のほとんどは鋭い眼を向けた。
 銅螺は相も変わらず小さくなっているだけだ。
「はい、それではどうぞ」
 議長に差された議員は立ち上がる。


6 :No.02 愛護の精神 3/4 ◇sjPepK8Mso:07/10/20 16:49:31 ID:cW2bYuLm
「ペットに対して私たちは守らなければならない規範を与えています。
 これは、絶対遵守されるべき決まりごとであり、それを守れぬものに敬意の念を払う必要などありません。
 彼等ペットは、我々が狩りの方法を教えてやろうとしても馬鹿にしたような眼を向けるばかりですらあります。
 ペット、とは私たちに養われているのです。ですから、私たちがしろと言った事をするのは当然ですし、それが義務であるべきなのです。
 ペットに対して義務を求める我々こそ、ペットとの平等を図れているのではないですか?」
 そして朗々とした声をあげながら、反対派に向けて軽蔑の眼差しを向けた。
 勝ち誇った眼には腹が立つが、言い返す気はほとほと無い。
 が、それは銅螺だけの様で、他の皆は今にも噛み付きそうな眼をしている。
 確かに相手のいう事にも一理あると思う。
 ペット本位で自分たちの自由を顧みないでいれば、社会はその内立ち行かなくなるに決まってるし、それは平等ではなくなっている。
 ペットに対しても一定の規範と義務を求めるべきだと言うのもそう間違った意見と思えない。
 今、ペット達は膨大な食料を貯蔵しているからこそ銅螺達に食料を謙譲できるわけで、もしそれがなくなってしまえば彼等だって狩りをしなければならなくなる。
 だから、狩りを教えてやろうと言うのに、ペット達はそれを小馬鹿にしてなにもしようとはしない。生き残る術を得る事は義務であるべきだ。
「それは横暴だ! 彼等が狩りをしないのは、その種族的な性質だろう!! その性質までも愛する事が出来ないくせに何が平等か!」
 銅螺はこっちの意見にもうんうんと頷く。
 彼等が狩りを馬鹿にするのは、どうでもいいような理由からではないのかもしれない。
 それはもしかしたら根本的な動物としての性質で、ペットは狩りが出来ないように作られているのかもしれない。
 そうだとしたら、それを考慮したうえで接するべきであると言える。かもしれない。
「性質がどうであろうと、相手に対して飼い主に対して敬意を払うのは当然の事だろう!
 生き残る方法まで教えようと言うのに、それをないがしろにする愚か者なんかに平等を与えてなるものか!」
「そんな言い訳をしてありのままのペットを見ようとしないからだめなんでしょうが! もっと眼を開いてみたらどうなんですか!」
 結局は相手への罵倒の方向に話が進んでしまう。
 せーしゅくに! せーしゅくに!
 と議長が叫んでいるのが遠くに聞こえる。
「世の中を引っ張っている我々にそんな事を押し付けて、有権者だからといって何を言っていいわけでもないだろ!」
「またそんな恩着せがましい事を言って! そういったお前等が少しでも世の中をマシにしたことがあるか!」
 誰も議長の声なんか聞いていない。昨日の議会と大して変わらない話の流れ方だった。


7 :No.02 愛護の精神 4/4 ◇sjPepK8Mso:07/10/20 16:50:04 ID:cW2bYuLm
 日が西に沈んで行く。
 そんな中、遠くからペットの鳴き声が聞こえてきた。
 ペットが一体どんな事を言っているのかわからないが、その声が何を示してるのかは銅螺にはしっかり分かる。
 叫んでいるのはきっと銅螺のペットであろう。

「ドラー、ごはんのじかんだよーっ!」
 
 その鳴き声の意味が銅螺には全く分からない。
 文明がまともな形で成熟していないペット達の文化の言葉かどうかもわからない言葉を、理解しようなんて気は起こらない。
 腹がキュルキュルとなったので、思わず手を上げた。
「議長、外せない用があるので、私はコレで」
「そうやって住民の意識をムダにする政治家にまともな政治が出来るものか!」
「われわれがどうやって全員の見の安全を保障しているのかわかって無いくせに!」
 怒声にかき消されそうな銅螺の声はかろうじて議長に届いたようで、議長はため息をついて頷いた。
「どっちにせよ何も纏まりそうに無さそうだ……」
「ドラー! ごはんー!」
 意味のわからないペットの合図の方向に銅螺は走り出す。
「ペットの事ばかりを考えて諸君は上納するねずみの数が減っておるではないか!」
「何で貴様等なんかのためにネズミをとらなきゃならないってんだ!」
 銅螺がいなくなっても、議論の様子にはちっとも変わりはないようで、一向に終わる気配が見えないでいる。



BACK−うさ☆ぴょん◆I8nCAqfu0M  |  INDEXへ  |  NEXT−ペット大作戦!◆uzrL9vnDLc