【 だて食う虫も好き好き 】
◆J53o4JrlD




63 :No.18 & ◆JGYNpqmcHk :07/10/14 23:13:00 ID:be9X9miL
 ある日私は、魔法使いのおばあちゃんに会った。
 長く曲がった鷲鼻、落ち窪んだ目、顔に深く刻まれた皺、曲がった腰。
 魔法使いのおばあさんは、震える手で私を指差しこう告げた。
「貴女の願いを叶えて上げるよ……」
「私の願い?」
 おばあさんは、皺が走った顔をくしゃくしゃにして「イヒヒヒ」と笑った。
「明日の朝になれば分かるさね……」
 そう言うとおばあさんは私に、小さな手鏡を渡してきた。
「明日の朝、手鏡を覗いてごらん、貴女の願いが写る筈だよ……」
 おばあさんはきっき同じ様に「イヒヒヒ」と笑って。雑踏の中に消えていった。
「……変なの?」

 私は手鏡を持って家路に着き。手鏡をベッドの枕元において眠りに付こうとしていた。
「私の願いか……一体なんだろうか?」
 取り留めないことを呟きながら私はゆっくりと暗闇に落ちていった。

 次の日の朝、私は寝ぼけ眼を擦って布団から這い出した。
 ……何かおかしい。寝起きだというのも差し引いても、今日の朝は何処かおかしかった。
 体は重く、節々を動かすごとに痛みを伴う、景色は薄ぼんやりとしていて不鮮明。
 顔に触れて見る。顔の真ん中には大きな瘤のような物が隆起している。
 顔中でこぼこしていて、皮膚は弛んでいた。
 自分の手を見る。それはしわくちゃのお婆さんの手。
 私は驚いて枕元に置いて手鏡を手に取り覗き込んだ。
 鏡に映った私の姿は、昨日見た魔法使いのお婆さんだった。

 周りを見渡すと、ハーブの匂い漂う薄暗い部屋に、良く分からない器具と大きな鍋が置いてある。
童話から抜き出たような魔女の部屋。

「う、そ……、私……こんな事望んでなんかいない……」
 私は暗い部屋に更に暗闇が塗りこまれた様な錯覚を覚えた。

64 :No.18 だて食う虫も好き好き 2/5 ◇J53o4JrlD2:07/10/14 23:17:13 ID:be9X9miL
 ◇

 最近、彼女の様子がおかしい。

 僕と彼女は図書室で知り合った。僕は図書委員で、昼休みも良く図書室を利用している。
 彼女は昼休みなど何時も図書室の片隅で、本を読んでいるそんな子。
 何度か図書室で顔を合わせる内にるうちに、顔見知りになり、自然と話ができる知人になり。
今では学校でもっとも親しく話ができる間柄に成っていた。

 その彼女がここ二週間図書室に姿をまったく見せない。
 心配に成り様子を見に彼女の教室へ行くと、其処にはまったく姿の変わってしまった彼女の姿が在った。
 彼女は黒髪を金髪に近い茶色に染め。顔には派手な化粧施し。
 多くの友人に囲まれ楽しげに談笑していた。
 僕は(人違いかな?)と思いながらも、クラスメイトに彼女を名前を告げて呼んで貰った。
 目の前に立っている彼女は最早別人だった。雰囲気から何から少し前の面影などまったくなかった。
「あの衣与さん、だよね……?」
 彼女は活発そうな目をパチクリさせて、僕の顔を見てこう言った。
「はい、そうですか。どちら様ですか?」
 僕は目の前が真っ暗になるような衝撃を受けた。

 その後は何を言ったか良く覚えていない。フラフラと教室に帰ると上の空で授業を受け。
 ノタノタと帰り支度をして。ボウとしながら、家路に着いた。
 こんな時でも習慣とは恐ろしい物で、何時もの通り本屋に立ち寄ると。
あさっての方向を見ていた僕は出入り口で人とぶつかった。
「キャッ!?」
 相手は僕にぶつかって転んで荷物を散らかしてしまった。
「あっ!? すいません大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
 相手はフードを目深に被った小柄な人だった。
「アイタタタ……」
 僕は散らばった荷物を拾い上げる。と言っても抱えていた本が三冊ばかり散らばっただけだ。

65 :No.18 だて食う虫も好き好き 3/5 ◇J53o4JrlD2:07/10/14 23:18:15 ID:be9X9miL
 そのうち一冊に目を奪われる。
「これは確か、ヨネちゃんが読んでいた本……」
 そう呟くと小柄な人は驚いたように声を上げる。
「遠藤、君……?」
 そう言った後、小柄な人はハッして荷物を僕から取り上げ、
急に立ち上がって足早にその場から去っていった。
 僕は一瞬の事に驚きながらも、我に帰って小柄な人の後を追い掛けた。
「ヨネちゃん」と言うの衣与のあだ名だ。
 昔、彼女が「早く年を取っておばあちゃんになってゆっくりしたいなー」
と冗談めかして言った時「じゃあ衣与だから、もじっておばあちゃんぽくヨネなんてどうかな?」
と僕が提案した。その時から衣与の事を時々「ヨネちゃん」と呼んでいる。
 この呼び名は彼女と僕しか知らない筈だ、しかも僕を知っている。彼女だ間違いない。
 通りに出てフードの人を探す。その人は三百メートルも離れていない直ぐ近くにいた。
 良く見ると、腰も曲がり本人は急いでいるつもりだろうけど、よたよたとあぶなかっしく、
通りを歩いている。
 僕はあっさりと追いつき、彼女に呼び止めた。
「ヨネちゃん! ヨネちゃんなんだろう、どうして逃げるんだ?」
 彼女は振り返らず「人違いですっ!」と否定して足早にその場を去ろうとする。
「ヨネちゃん、どうしたんだ、何があったんだ? 二週間も姿を見せないから心配したんだぞ」
 彼女は肩を震わせて「人違いです。違います……」と搾り出すように言った。
 語尾は擦れて聞き取れなかった。やがて彼女は歩みを止めると
「違います、違います、違います……」と嗚咽混じりに泣き出して道路に座り込んだ。
「ヨネちゃん、何があったんだ、僕に話してくれ」
 と言って泣きじゃくり道路に座り込む、彼女の手を取った。
 彼女の手はしわくちゃでまるでばお婆さんの様な手だった。
 僕は彼女のローブをそっとずらして彼女の顔を覗き込む。
 其処には、白く縮れた髪、長く曲がった鷲鼻、顔に深く刻まれた皺。
まるで魔法使いのお婆さんの様に変わり果てた彼女の顔があった。


66 :No.18 だて食う虫も好き好き 4/5 ◇J53o4JrlD2:07/10/14 23:19:10 ID:be9X9miL
 ◇

 彼女からすべての事情を聞いた、二週間前老婆と出会って体を取り替えられた事。
それが私の願いらしい事。現状の生活に満足している事。そして体を取り戻す気が無い事。
「本当に、これが私の願いだったのかも知れない……
前に話したことあったよね、私は早く年を取りたい、早くおばあちゃんになってしまいたいって……」
「うん、覚えている。あだ名の由来だしね」
「あれ、冗談じゃなくて本当なんだ。私、五月蝿い世の中が嫌になったんだ。
もう競争なんて嫌だ、早くリタイヤして老人のように心静かに暮らしたいって」
僕は黙って彼女の話を聞いていた。
「こっちの生活も慣れれば結構面白いよ? 此処お呪い屋さんなんだ。
色々なおまじないの道具売ってるでしょ、近所の女子高生とかも買いに来てて。
あ、生活費も心配いらないよ、おばあさんが家のお金全部くれるって」
 すべての話を聞いた後僕はゆっくりと口を開いた。
「ヨネちゃんはそれで本当に良いのかい?」
 彼女は返事をせずに顔の皺をいっそう深く刻み込ませて、愛らしい笑い顔を作った。
 僕はそれを見た後、又遊びに来ると約束をして彼女の家を後にした。

 ◇

 それから僕は、足繁く彼女の家に通った。足腰が弱くなってしまった彼女の変わりに買い物をして。
 以前と同じ様に、面白かった本の話や、色々な議論、取り留めない雑談などを交わした。
 僕が大学に進学した後もそれは変わる事は無く。そしてその関係は僕が卒業するまで続いた。
 そうして僕が卒業を控えたある日、僕は彼女を公園に連れて行った。

 クリスマスを控えた騒がしく浮かれた雰囲気の町の中。
 僕は彼女に給料の三か月分を手渡し、プロポーズをした。
「ヨネちゃん、僕と一緒になってくれないか?」
 彼女はきょとんとした顔をして「何言ってるの?」と言わんばかりに小首をかしげた。

67 :No.18 だて食う虫も好き好き 5/5 ◇J53o4JrlD2:07/10/14 23:19:59 ID:be9X9miL
 そんな彼女を僕は黙って見詰めた。
「え、遠藤君、冗談は止めてよね……
私、お婆ちゃんなんだよ? 君よりずっとずっと早く死んじゃうんだからッ!」
 彼女は白内障で濁った瞳を潤ませて。僕を真っ直ぐに見詰める。
 顔中に亀裂のように走る皺が、彼女の苦悩を表すようにいっそう深く刻まれる。

 僕は興奮のあまり彼女の口から飛び出した入れ歯を腰を屈めて拾い上げる。
 土で汚れたそれを口に含んで、汚れを舌で舐め取った。

「えひぇあひゃくひぃんッ! きたなふぃよほぉ!」
 僕は何も答えず、入れ歯を口の中で転がした。
 そして僕は彼女の唇を強引に奪い取り。
 彼女の口の中に入れ歯を滑り込ませた。
 カサカサに乾いた彼女の唇の感触。彼女の入れ歯を口移しで渡した後。
 僕はそっと唇を離した、入れ歯は別れを惜しむかの様に、僕の唇を離さず涎の架け橋を作る。
 
「ヨネちゃんの物だから……汚くなんて。
……僕は貴女を"今"愛している。それだけでは……いけませんか?」

 僕は、咄嗟に気の利いた言葉など思い浮かばなかった。
 ただ彼女を見詰め素直な心情を吐露した。
 彼女は顔を真っ赤にしてはにかみながら、入れ歯を嵌め直し、涎でテラテラ光る唇をゆっくり開いた。

「え、遠藤君……こんな、お婆ちゃんでも愛してくれますか……?」

「ハイ、喜んで」
 僕は、今僕のできる精一杯の笑顔で返事をした。

 終了



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