【 緑玉山脈バックス −発展王− 】
◆HRyxR8eUkc




48 :No.13 緑玉山脈バックス −発展王− 1/5 ◇HRyxR8eUkc :07/10/14 22:12:03 ID:be9X9miL
 ふっふっふ……ひっひっひ……はっはっは……

「ハアッハッハッハッハア!」

 俺は高笑いをあげた。その笑い声が辺りに木霊すると、また静かになった。



「……チッ」

 誰かが何か言ったような気がする。教室中の人間が俺のほうを見ていた。
「あ、すいません。ちょっと昨日見たテレビが面白かったんでつい我を忘れて……」
 そう言うと皆納得したらしく何も言わなかった。いやほんとすいません、うるさくて。



 俺は天才だ。

 こういう事はないだろうか。道を歩いていて100円玉を見つける。

 俺は天才だが、考えた事を記憶するのは苦手だ。人には多少なりとも欠点があるものだ。
 とにかく俺は今それを見つけた。100円を。
「何でこんな所に落ちてるんだ?」

 自販機の側だからだろう。
ほんの少しでも俺の元に救世主がやってきて王国へ到達できるなどと考えたのが間違いだった。
俺は天才なので、そんな非常識な事は考えない。
 俺は天才なので、学校でもいじめられたことがない。俺が異常者なら、とっくにいじめられて大変なことになっているだろう。
隣のクラスの安田は、音楽の時間に使ったカセットテープのB面……いや、言い方が悪かった。
 まず、カセットテープに「エーデルワイス」「何たらかんたらポルカ」「何たらを何とかかんとか」を入れていた。

49 :No.13 緑玉山脈バックス −発展王− 2/5 ◇HRyxR8eUkc:07/10/14 22:13:28 ID:be9X9miL
音楽の授業で。その時90分のテープに10分しか入ってなかったので、B面はサラの状態だった。
そこに安田の
「なんでだよ〜」
「そりゃねえよ」
「いてっ」
「とらないでよ〜」
などの肉声をマイクで録って、それをDJ風に再生したのだ。
我ながら、かなりわかりやすい説明。しかし泣き声とかも入っていたので、いじめを止める気は全然なかったがちょっと心が痛んだ。
止める気は全くなかったが。

 とりあえず止める気はなかった。あるわけない。
 しかしここで問題が発生した。DJ風といっても、カセットテープはまき戻さないと同じ所を再生できないので、
巻き戻しと再生の繰り返しでDJ風とは程遠い。それっぽくならない。そこで……

 どうでも……いや、何度も安田に同じセリフを言わせることで解決した。

 別に蹴ったり殴ったりしたわけではない。
 殴ったり蹴ったりは、昼休みの掃除の間にすることに決まっていた。
俺は参加していなかったが。何だったっけ……そうだ。
テープに録っていることは伏せて、マイクを隠してセリフを言わせるのである。
すると馬鹿にされてるとも思わないらしく、何度でも言ってくれる。
 するとここで発見があった。
「いってえなあ」
「お前らかよ」
 といった文言より、一般的な
「あ、ちょっと待って」
「トイレ行ってくる」
 といった言葉の方が繰り返した時により面白い。ということがわかったのだ。どうでもいい話だが。

 何だったっけ。しかし、良く考えたら、考えていることなんて何もなかった。

50 :No.13 緑玉山脈バックス −発展王− 3/5 ◇HRyxR8eUkc:07/10/14 22:14:46 ID:be9X9miL
 普通難しいことを言ってると、聞いている相手には複雑な事を考えていると思われる。
ところが簡単な話をすると、相手はこちらが何にも考えていないと思う。これは考えてみれば不思議な話だ。



 いや、当たり前だったか。

 とにかく俺は天才だ。もちろん天才はいちいちそんなことを口に出して言わない。
俺が学校でいじめられていない以上、俺は天才なのは間違いない。
さすがである。この洞察力も、天才であるが故だろうか。罪な天才である。
 あ、この場合は天賦の才という意味で、俺を指して天才といっているわけではない。

 ええと、血反吐を吐きそうなぐらい底意地の悪い女子はなぜか校内放送を利用しなかった。
 そこは、安田は命拾いしたと思う。女子は基本的に、いじめに興味がなかったみたいだ。
大人しい奴も、勉強しない奴も、何もしてない奴も。
 そのままでは、本人に聞かせるという最大の目的が達せられなくなる。そこで、
何だか適当になし崩しに、難しく言うと暫時適時公開していくことになっていった。
 安田は始めきょとんとした顔をしていたが、皆が爆笑しているのを見て教室を出て行った。
その後もそれがたびたび続いた。それを見て、そんな甲斐性があったのかと思った。
 さらに、そこ以外で安田が命拾いしているかというとそうでもない。
掃除の時間の半分ぐらいは、女子に蹴られるというか、文字通り足蹴にされていた。
この言葉を文字通り使う機会というのは多くない。

 あれ、何だかくだらないことを真剣に考えすぎた気がする。やめておこう。
天才は他に考えることがあるのだ。気が付くと、俺は薬局の前に立っていた。キャベジンを買いに来たのだ。

「いらっしゃいませー。当店では薬は販売しておりません」
「はあ?」
「代わりにこれをどうぞ」

51 :No.13 緑玉山脈バックス −発展王− 4/5 ◇HRyxR8eUkc:07/10/14 22:15:49 ID:be9X9miL
 そういって渡されたのは、一枚の紙切れだった。
「実はここは国税局だったんです」
「ええー」
「というのは嘘ですが、当店ではただいまアンケートを実施しておりまして、
正解に付きキャベジンの瓶を三つプレゼントいたしております。
用紙のほうに詳細がございますのでそれをご覧になってください」
「わかりました、あれ先生、こんな所で会うとは奇遇ですね」
「おや、天才君じゃないか。君こそこんな所で、何をしているんだい」
「いや、僕の名前は天才君じゃなくて……何だったかな」
「それは実に奇遇だね、私も君の名前を忘れてから、ちょうど三分経ったところだ」
「いやいや、僕も先生の名前なんて覚えていませんから、ご心配なく」
「それは良かった。君も今からこの用紙に何か書くところかね」
「そうなんです先生、一体どんな用紙なのかよくわからなくて困っていたところなんです」
「そうか、なら一緒に、この紙に何かを書こうじゃないか」

 だいたいそういった意味のことを二人で言いあった後、三組の担任の先生と一緒に用紙に書き込むことになった。

「ええと、下記のことについてアンケートをとっているので、それが酔狂であれば○、酔狂でなければ×を付けて下さい。
……『酔狂であれば○』ってのはこれ、どういう意味ですかね」
「さあ、酔狂なら丸をつけるんだろうな。私にもちょっと意味が飲み込めないが……」
 俺はため息をついて言った。
「しょうがないですね。全くなんでこんなことをやらなくちゃならないのか……面倒だなあ」
「いやいや君、落ち着きたまえ」
 用紙には、いっぱいに項目が並んでいた。
「よし、先生が読み上げるぞ。まず、『酒に酔って酒を飲む』」
「酒に酔って酒を飲む? 難しいですね……酒に酔って酒を飲む。酒に酔ってから、また酒を……」
「酒に酔ってから酒を飲むということはだ、これはつまり、酒を飲んでいてそれで酔ってしまった。そのために……」
「つまり、飲酒してるだけなんじゃないですか」
「そうだな」
 結論が出たので、次に行くことにした。

52 :No.13 緑玉山脈バックス −発展王− 5/5 ◇HRyxR8eUkc:07/10/14 22:16:44 ID:be9X9miL
「つまりこれは酔狂じゃない……と。では次、『ある日電車に乗っていると、急にトイレに行きたくなって電車を降りる』」
「これは……酔狂ですかね」
「いや、ただトイレに行きたくて電車を下りただけでしょう……会社に遅れるといけないから、
電車を降りられないというだけで酔狂じゃない。サラリーマンにとっては、ただの怠惰かな」
「なるほど」
「次だ。『水を飲んでいて、急に興奮したように跳ね回る』」
「これは、どうですかね」
「いや、よくわからない」
「跳ね回ってたら水飲めないんじゃないですか」
「そうだなあ」
「これは酔狂ですかね」
「いや、私が思うにこれは……」

「酔狂じゃないな」
「そうですかね」
「うん、酔狂ではない」
 先生は言った。
「酔狂ではなくて、ただの変人だ」
 先生は続けた。
「次行こう。……ん?なんだこれ。『こんな下らない文章を最後まで読み通すこと』だってさ」
「ちょっとよくわかりませんね。『こんな』って何のことでしょうか」
「さあ。それはともかく、はなっから意味の無い駄文でもついつい目を通してしまうというのは、これは酔狂だね」
「たしかに酔狂ですね」
「酔狂だな」
「あれ? まだありますよ。『もう限界です』と書いてあります」
「何が限界なんだろうなあ」
「わかりませんね」
「うん、一体何のことなのか、全然分からない、何のことだろう。
いや一体何のことなのか……うーん、わからない。全然わからない。いくら考えてもわからない」
「わかりませんねえ」      完



BACK−ジョシコウセイ◆0UGFWGOo2c  |  INDEXへ  |  NEXT−アリの脳◆iiApvk.OIw