【 運命の出逢い 】
◆M0e2269Ahs




38 :No.11 運命の出逢い 1/5 ◇M0e2269Ahs:07/10/14 19:52:57 ID:be9X9miL
 格好よくもなければ、お金も無い俺にお呼びがかかった時点で、薄々察しはついていたが、やはりそのとおりだった。
「ってか、あんたさぁ。そんな顔で生きてて恥ずかしくないのぉ?」
 金髪の、髪と同時に脳味噌まで傷んでそうな女――確か山田と言ったか――が、臭そうな口を開いて言った。失礼にも程があるぞ。
「いや〜、俺なら絶対自殺してるわ。生きてても苦痛なだけじゃん。ってか、お前は何を楽しみにして生きてんだよ」
 俺の頭を鷲づかみにしながら言ったのは、藤井だ。高校からの付き合いで、今回の合コンに俺を誘ってくれた張本人でもある。
「どうせ、アニメとかゲームとかに決まってんじゃん。こいつ、見るからにオタクだし」
 俺に聞いたはずの質問に答えたのは、今日初めて顔を合わした男――確か沢木とか沢井みたいな名前だった気がする――だった。
オタクという言葉に反応してか「きもーい」という声が女性陣からあがった。結果、俺以外の全員が腹を抱えて笑った。
 屈辱だ。合コン、という言葉に引かれて、ホイホイとやって来てしまった俺が悪かったのだ。無論、俺の容姿からして、
皆に弄られるのだろうな、とは思っていたが、こうまで激しいとは思わなかった。と言うのも、合コンが始まって三十分が経ったと言うのに、
こいつらは依然として俺を虐めることに夢中になっている。まあ、確かに、その気持ちはわからないでもない。
 人間という生き物は、弱者をいたぶることに快感を覚える生き物なのだ。今いたぶられている俺でさえも、家で某掲示板のアホな書き込みを
見ては、馬鹿にしているのだから、人のことをとやかく言える立場ではない。
 だが、そろそろいい加減にしてくれないと困る。俺の固く握り締められた拳がプルプルと震えだしている。いい加減にやめてくれないと、
やばいことになるかもしれない。物には限度というものがある。その限界に達したとき、この場が一体どうなってしまうのか。考えてみれば、
怖いような、楽しみのような複雑な心境である。しかし、俺はもう大人だ。こんな大衆の面前で醜態を晒すわけにはいかない。そうとも、
俺は大人なのだから、後先を考えずに行動するわけにはいかないのだ。堪えろ。堪えるんだ、俺。
「よーし、じゃあ一通り笑ったところで、そろそろ席替えタイムと行きますか〜」
 助け舟はすぐに出された。限界が近かっただけに、俺は思わずため息をついた。それぞれが席を立ち、思い思いの相手とペアを組み始めた。
あれ。そういえば、俺はどうすればいいのだろう。藤井が俺を呼んだ理由は、おそらくストレス発散の道具にするため、だっただろうから、
このまま俺がここにいてもいいのだろうか、と戸惑ってしまった。藤井の方を見ると、すでに山田とペアを組んでいた。沢木だか沢井だか言う
男の方も、これまた名前を忘れた女とペアを組んで談笑を始めている。どちらも、俺のことなど眼中に入っていないようだった。
「佐々木くん」
 背後からの声に、心臓が凍りつくかと思った。慌てて後ろを振り返ると、女性陣のひとりだった、確か、サキと呼ばれていた子が立っていた。
「話そうか」
 思考が止まりかけた。まさか、俺のような男と話してくれるとは思わなかった。これは、一応俺も品定めの内のひとりに入っていると思っても
いいのだろうか。いや、それよりもサキさんから話しかけてくれたということは、俺はここにいてもいいということになるのではないか。
「はぁりよょ喜んで」
 嬉しさのあまり何を言っていいかわからず、口が回らなかった。我ながらきもいと思ったが、サキさんは優しく笑ってくれていた。
女神かもしれない。サキさんの笑顔を見て、俺は勝手にそう思った。

39 :No.11 運命の出逢い 2/5 ◇M0e2269Ahs:07/10/14 19:54:06 ID:be9X9miL
「さっきは、ゴメンね」
 俺の隣に座ったサキさんが、開口一番に言った。ここでもまた、驚いた。まさか謝られるとは思わなかったからだ。思わずサキさんを見た。
さっきのような優しい笑顔をしてるかと思えば、真剣な顔つきをして、ジッと俺を見つめていた。長くは見ていられず、目を逸らした。
「い、いや。そんな気にしてませんから。ってか、謝られても逆に困るっていうか……」
 しどろもどろに言っている間も、サキさんは俺を見つめているようだった。こんなにも女の子からの視線を感じたのは、生まれて初めてだ。
「ううん。わたしはあなたを馬鹿にして笑った。それが謝らなければならない理由なの。あなたがどう思おうとも関係ないの」
 恐ろしいまでの棒読みで言ったサキさんは、深々と頭を下げた。何故か俺も頭を下げていた。この女、なんか変じゃないか? そう思った。
「佐々木くん」
 声を掛けられて顔を上げると、サキさんと目が合った。大きくて綺麗な瞳が俺を見つめていた。これだけで恋しそうだ。照れくさくなって
目を逸らそうとした、そのとき。サキさんは俺の頬に両手を添えると、下がりかけた俺の顔を修正し再び視線を合わさせた。本当にまずいって。
ドキドキが止まらない。そう思う気持ちと、この女、マジで頭おかしいんじゃないだろうか、と思う気持ちが、俺の頭の中を駆け回った。
 長い沈黙が続いた。この間、俺はサキさんの瞳に支配されていた。キスもしたこともなければ、手も繋いだこともない俺にとって、この状況は
色んな意味でまずかった。
「ふたりで、どこか行こうか」
 自分の耳を疑った。
「今、なんて――」
「だから、ふたりでここ出ようよ」
 どうしてこんなことになった? 喜ぶよりも先に、俺はそう思っていた。なんで、この女はここまで俺を気に入っているんだ?
この場に来てから醜態しか晒していないし、たとえ晒していなかったとしても、相手にされるような人間ではないはずだ。それなのに、何故。
実は、このサキという女。とてつもなく変わった趣向の持ち主であって、ブサイクな男を専門に取り扱っている、とか。そんな馬鹿な。
 俺の返事も聞かずに席を立ったサキさんは、早々と店を出て行ってしまった。これでは断るに断り切れない。別段、断る理由もないのだが。
サキさんの後を追いかけようとして、他の面子の存在を思い出した。そして、気づいた。やはり、何かおかしい。
 二組のペアは、お互いの相手を入れ替えて、なおも談笑を続けていた。どうして、こいつらは、俺とサキさんに何も言ってこないのだろうか。
考えてみれば、あれだけ俺を弄っておいて、ペアに分かれた途端にまったく興味を示さないなんて、どことなく不自然に思える。ましてや、
俺は今いわゆる『お持ち帰り』の状態にあるわけだ。さほど離れてもいないテーブル。サキさんが席を立ったことに気づかなかったはずがない。
いやいや、それよりも前に、サキさんがあいつらに一声も掛けずに店を出て行ったというのも、おかしな話ではないか。
 もしかすると、サキさんは本当にやばい人なのかもしれない。そして、俺がこの合コンに呼ばれた本当の理由は、サキさんを俺に押し付ける
ためだったのではないだろうか。実は、この合コン自体がセッティングされたものだった、という憶測も、できなくはない。
 逃げるか? いったいどこへ。店の外ではサキさんが待っている。逃げる必要があってもなくても、逃げ場なんてない。
言いようのない感情を抑えながら、まだ一口も飲んでいなかったソルティードッグを飲み干した。もう、どうにでもなれ。覚悟を決めた。

40 :No.11 運命の出逢い 3/5 ◇M0e2269Ahs:07/10/14 19:55:01 ID:be9X9miL
 居酒屋を出てみると、石像のように立ち尽くしているサキさんが目に入った。やはりと言うか、サキさんは俺が出てくるなり、大きな目で
俺をロックオンした。俺は笑った。照れ笑いなのか、とりあえず笑っておいた方がいいと思う本能がそうさせたのかは、わからない。
「どこ、行こうか」
 その言葉に、少し安心した。俺にも選択権があったからだ。サキさんがおかしな人だったとしても、場所を間違えない限り、おかしなことには
ならないだろう。居酒屋はもう行ったから、カラオケだろうか。いや、カラオケは危ない。人が多いとはいえ個室だからな。だとすれば……。
「わたしの家でいいかな」
 俺よりも早く、サキさんが言った。家、という単語を耳にし、他の一切を考えることができなくなった。
「ここから近いんだ。嫌かな」
「え、嫌ってわけじゃ――」
「決定ね。ついて来て」
 俺には選択権も拒否権もなかった。もう本当に、なるようにしかならないような気がしてきた。体がぶるぶるっと震えた。
 サキさんの背中について行って、十分ほどが経っただろうか。この間、逃げようと思えば逃げられた。しかし俺は逃げなかった。サキさんを
不気味に思うのは確かだったが、結局、俺もオスだったということだ。女から家に誘われて、期待しない男なんているはずがないだろう。
「ここ」
 そう言ったサキさんが見上げたのは、十階はありそうなマンションだった。およそ大学生が一人暮らしをするようなマンションには見えない。
再び歩き出したサキさんは、マンションのエントランスに入っていった。一人暮らしという可能性もないわけではないが、親と暮らしている
可能性の方が高いと思われる。期待で膨れ上がっていた気持ちが萎んでいくのを感じた。しかし、親がいるならば、サキさんが危険な人間
だったとしても、誰もいないよりかは安全なのかもしれない。同時に、俺が期待していたようなことも親がいればできないだろうけど、それは
別に構わない。こうして、女の子の家に遊びに行けるだけでも、俺の経験的には大きな一歩でもあるのだから。
 オートロックを開けて、エレベーターに乗り込んだサキさんに続いて、俺もエレベーターに乗った。サキさんは、最上階の十三階のボタンを
押した。先ほどから会話があったわけではなかったが、狭い密室では、なおさら沈黙が引き立てられているように感じられた。
「緊張、してる?」
 ぼそりと呟いたのはサキさんだった。
「う、うん。してるよ。お、女の子の家にお邪魔するのなんて初めて――」
「わたしも。わたしも男の子を家に呼ぶのは初めてなの」
 そう言って、サキさんは笑った。どことなく自嘲気味に見えた。もしかすると、彼女には彼女なりのコンプレックスがあるのかもしれない。
「そ、それなら、なおさら俺みたいな奴を家にあげてもいいの? 俺みたいなきもい――」
「あなたじゃなきゃ駄目なの。今日、あなたと出会って、そう感じたの」
 だから、どうして俺なんだ。本当なら、このまま十三階どころか天国まで逝ってしまいそうなほどに嬉しい言葉なのに、どうにも信じがたい。
自分の醜さについては、鏡も見たくないほどに自覚しているつもりなのに。それなのに、何故。エレベーターが十三階に着いた。

41 :No.11 運命の出逢い 4/5 ◇M0e2269Ahs:07/10/14 19:55:59 ID:be9X9miL
 エレベーターを降りると、何故かサキさんは部屋には向かわずに、その脇にあった非常口の扉を開けた。わけがわからず、俺は立ち止まった。
俺がついて来ないことに気がついたのか、サキさんは重たそうな扉を体で押さえつつ、こちらを振り返った。その顔には、笑みが浮かんでいた。
「どうしたの?」
 そのセリフは俺が言いたいところなのだが、と思い、気づいた。たぶん部屋にはサキさんの両親がいる。と、なると、やらしいことは
できそうにない。じゃあ、諦めるか。いや、諦めきれない。ならば、人が来ない階段で……。ということではないだろうか。
「いや、なんでもない」
 サキさんは笑みを浮かべたまま、非常口の中に入っていった。俺もすぐに後を追った。しかし、非常階段の踊り場にサキさんはいなかった。
「こっち」
 声がした方を見ると、サキさんはさらに階段を上っていた。十三階の上、つまり、屋上に行こうということなのか。サキさんが屋上の扉を
開けた。ちょうど夜空に浮かぶ月が見えた。サキさんは、こちらを振り返ると、やはり笑みを浮かべて俺を手招きした。生唾を飲み込んで
階段を上った。サキさんに促されて、屋上に出た。さすがに風が強くて、寒い。何の変哲もない――と言ってもマンションの屋上に上がるのは
初めてのことだけど――屋上だった。真ん中あたりにあるのは、おそらく貯水タンクだろう。それ以外に目立った物は何もない。
「わたしの秘密見せてあげる」
 サキさんは、風になびく髪を押さえながらそう言うと、貯水タンクの方に歩き出した。サキさんの秘密。それは、つまり――。胸が高鳴った。
「わたしの秘密を打ち明けるのは、あなたが初めてなの」
「そ、そうなんだ。お、俺も初めてだよ」
 何が初めてなのかはわからないが、とりあえず相槌を打った。
「そう? あなたもなの? なら、辛かったでしょうね」
 辛かった? 何のことを言っているのだろう。貯水タンクの裏に回った。そこには、少しくたびれたダンボールが置いてあった。
サキさんは、そのダンボールの前にしゃがみこんだ。なんだか、嫌な予感がする。べりっと、ガムテープを剥がす音が聞こえた。ごそごそと、
中身を漁っている。覗き込もうと思えば、覗ける位置にはいる。しかし、寒さからか不気味さからか足が動かなかった。
「これが、わたしの秘密」
 振り返ったサキさんは、満面の笑みを浮かべながらそう言った。俺は、思わず後ずさりをしていた。と言うのも、わずかに見えたダンボールの
中に、どす黒い色をした物が見えたからだった。サキさんは、ダンボールの中身を手にとって、立ち上がった。右手には包丁、左手には透明な袋
を持っていた。臭いこそしないものの、袋の中のそれは、吐き気をもよおすには充分な代物だった。
「怖い? 怖いかな? でもね、わたし、やめられないの」
 サキさんは、恍惚といった表情を浮かべていた。衝撃的な物を見せられたというのに、俺はその顔を見て、綺麗だな、と思った。
「我慢、できないの。あなたと同じようにね。もう、我慢、できないの」
 そう言うが早く、サキさんは袋を俺に投げつけた。その拍子に袋の中身が飛び散り、俺の服を汚した。臭い。そう思ったときには、サキさんの
顔が目の前にあった。こんな状況に似つかわしくない楽しそうな顔に、またも俺は見惚れていた。そして、わき腹に激痛を感じた。

42 :No.11 運命の出逢い 5/5 ◇M0e2269Ahs:07/10/14 19:56:50 ID:be9X9miL
「大丈夫だよ? 皮を切っただけだから」
 わき腹を押さえた手を見ると血だらけになっていた。俺の血なのか袋に入っていた血なのかはわからない。サキさんは、うずくまる俺の頭を
撫でまわした。早く逃げろ、殺されるぞ。頭の中で、もうひとりの俺が、そう叫んだように感じた。だが俺はそこから動けなかった。サキさんは
俺の前に立ち、俺の体を押した。中腰になっていたから、簡単に転がってしまう。わき腹が痛んだ。仰向けに倒れた俺の上に、サキさんが跨る。
俺の服をめくって、切れたわき腹の辺りに顔を埋めた。次の瞬間、体中に電気が走ったような痺れを感じた。傷口を舐められたのだ。
「いい顔。たまらない。もっと見せて」
 俺の顔を見て、美味しそうに舌なめずりをしたサキさんは、包丁を使い、俺の服をびりびりと切り裂いた。俺は何も抵抗できなかった。いや、
しなかった。サキさんは、包丁の切っ先を俺の体で滑らせた。包丁の冷たい感触が、俺の体をぞくぞくと震わせた。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
 まるで注射をする看護婦のようだ、と、どこか冷静に思う俺がいた。しかし、それもすぐに痛みにかき消された。見ると、俺の二の腕が血で
まみれていた。わき腹よりも深く切られたようで、血の量が多い。サキさんは、俺の傷口を指でなぞった。痛みを感じて、思わず声が出た。
傷口を抉られたのだから当然だ。腕がジンジンと脈打つのを感じる。サキさんが俺の体に抱きついてきた。そして、胸に耳を当てた。
「あはは、生きてる生きてる。安心してね? すぐには殺さないから」
 サキさんが俺の顔を覗き込んだ。サキさんの荒い息が、俺の顔にかかる。暖かい。サキさんの顔が段々と近づいてきて、俺は目を閉じた。唇に
やわらかい感触を受けた。サキさんの唇だ。目を開けてみると、サキさんの大きな目と目が合った。吸い込まれてしまいそうに思えた。
 唇を離しても、俺はまだサキさんの目を見つめていた。サキさんは、そんな俺を見て、優しく笑った。
「ふふふ、エッチしたくなっちゃった? でも、だ〜め。まだまだ、足りないの」
 サキさんは、俺のズボンを脱がしにかかった。俺は腰を浮かせて、それを助けた。俺のトランクスは、すでにテントを張っていた。
「いつから?」
 サキさんが、意地悪そうに口角を吊り上げて笑った。恥ずかしい。
「押し倒されたとき――」
「嘘だよ」
 サキさんは、俺が言い切る前に言葉を被せてくる。このちゃんと会話をさせてくれないタイミングが、心地いい。
「合コンで、みんなに虐められていたときから、出したくて出したくて、たまらなかったんでしょ?」 
 全部ばれていた。そう思うと、一気に羞恥心がこみ上げてくる。
「そ、そうなんです」
「気持ち悪い変態さんね」
 サキさんは、俺の太ももを強く叩いた。乾いた音が響く。
「でも、嫌いじゃないよ」
 サキさんは包丁を手にとって、幸せそうに笑った。殺されるかもしれないというのに、俺には彼女が女神に見えた。    おわり



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