35 :No.10 告白の行方 1/3 ◇IPIieSiFsA :07/10/14 19:33:37 ID:be9X9miL
それは放課後の教室に残って、いつものようにくだらない話をしていた時の事だった。
「俺さあ、榎木幸子のことが好きなんだ」
榎木幸子。オレたちと同じクラスの女子。長い黒髪に分厚い眼鏡で、いつも本を読んでいる。
言ってしまえば陰気なタイプ。女子の友達は何人かいるみたいだが、男子と話している姿はまったく見たことが無い。
しかし、コイツがいきなりそんなことを言い出すとは……。
「榎木の事が好きな物好きなんて、おれだけだと思ってたんだけどな」
「お前もだったのか。けど、俺は見たんだ。あいつの眼鏡の奥に隠された素顔を!」
まさかこのバカがそれに気づくとは。
「二人とも、目の付け所が違うって事か。つまり、オレたちはライバルって事だな」
だが、オレは素顔が可愛いとかそんな事で好きになったわけじゃない。その点だけは違うと確信している。
「いいか、抜け駆けはなしだからな」
そう言って、お互いに拳をぶつけ合う。
オレたちは小学校の頃から何をするのも一緒だった。それは高校生になった今でも変わらない。
小学生の時は一緒に野球チームに入った。オレが一番先にレギュラーになった。
中学生の時は勉強でも競った。どんぐりの背比べだったけど。
高校生になってからは、仲良く茶道部に入って、見事に幽霊部員になっている。
そんなオレたちだが、今まで好きな相手が同じだったことはなかった。それぞれ別の女の子を好きになっていたのだが、今回は違うらしい。
「けど、抜け駆けはなしって言っても、どうするんだ?」
確かに。抜け駆けはなし、かと言って、同時に告白するというのもどこか違う気がしないでもない。
「同時に告白するっていうのも、悪くはないんだけどな」
「それならさ、告白のタイミングを同時にするってのはどうだ?」
それは同時に告白するっていうのとは違うのか?
「どういうことだ?」
「だから、おれたちが別々に榎木に手紙を出すんだよ。何時にどこそこに来てくださいって」
36 :No.10 告白の行方 2/3 ◇IPIieSiFsA:07/10/14 19:49:46 ID:be9X9miL
なるほど。それで来てくれた奴の勝ちって事か。
「手紙には当然、俺たちの名前を書いておくんだよな?」
「当たり前だろ。それで選んでもらうんだから」
「そりゃそうだよな」
「おまえ、名前を書き忘れたりするなよ」
「オマエこそな」
オレたちは笑い合った。
「榎木が選ぶわけだから、恨みっこなしだぜ」
「それはお互い様だ」
この時のオレたちは、多分どこかおかしかったんだろう。何故なら、振られるという結果をまったく予想してなかったんだから。
恋は急げ、なんて言葉があるのかどうか知らないが、オレたちはすぐに榎木への手紙を書いて、彼女の下駄箱の中に入れた。
待ち合わせ場所はそれぞれ別々で、時間は同じ。
明日の朝か、まだ学校に残っていれば、帰りに手紙を見るだろうということで、待ち合わせの時間は明日の放課後、四時にした。
そしてオレたちは、お互いの健闘を祈りあって家路に着いた。
翌朝、オレはすっきりとした気分で目を覚ました。
昨日の夜は緊張で眠れないかと思ったが、意外とそんな事はなく、決戦に向けて睡眠は充分だった。
良い気分のまま学校に向かった俺は、着いた先でさらに気分を良くした。下駄箱の中に手紙を見つけたのだ。
誰にも見つからないように光速でそれをポケットにねじ込み、トイレに駆け込んで中を開いた。
『お手紙ありがとうございます。申し訳ありませんが、保健室裏に待ち合わせ場所を変更していただけますでしょうか?
都合が悪ければ、また日を改めて待ち合わせをしたいと思います。榎木幸子』
同級生に対する書き方じゃないが、それもまた彼女らしい気がしてなんだか嬉しくなった。
どういう理由かはわからないが、わざわざ断るために場所を変更したりはしないだろう。
保健室裏が、二人とも待ち合わせ場所がかぶってないので、もちろんOKだ。
そしてオレは、この事実が傷つけてしまうかもしれないと考えて、自分の胸の内にしまっておいた。手紙も、内ポケットにしまった。
37 :No.10 告白の行方 3/3 ◇IPIieSiFsA:07/10/14 19:51:19 ID:be9X9miL
これが、今朝までの一連の流れ。
そして今、オレは保健室裏に来ている。
目の前には二人の姿。
多分、一様に同じ顔をしている事だろう。
そして彼女――榎木幸子がやって来た。
榎木はオレたちの前に立ち、静かに口を開く。
「お手紙ありがとうございます。けれど、これは少し酷いのではないでしょうか? いくら私が男性から好かれる事がないからといって、からかうなんて酷すぎます」
彼女の顔は、怒っている様には見えない。ただ、淡々としゃべっているだけだ。
というか、勘違いをしてないだろうか?
「最初にお手紙を貰った時はとても嬉しかったです。こんな私の事を好きになってくれるような、物好きな方がいらっしゃるのかって。
けれど、差出人が貴方がた三人で、待ち合わせが同じ時間で。いつも一緒にいる貴方がたが、何かゲームの様な事をしているのだと気づきました」
うん。やっぱり、勘違いをしている。
「はっきりと言っておきます。男性から好意を持たれたことのない私ですが、貴方がた三人とは、絶対にお付き合いしたりしません!
二度と私に構わないでください!」
最後にはハッキリと怒っているとわかる口調でまくしたてた彼女は、くるりと振り返り、歩き出した。
彼女の剣幕と、事の流れについていけず、オレたち三人はしばらく呆然としていたが、慌てて彼女を追いかける。
「待ってくれ! 俺は本当にお前のことが好きなんだ!」
「おれだって、おまえのことが好きなんだよ!」
「オレはコイツらよりも、もっとキミのことが好きだ!」
オレたち三人が、彼女の誤解を解いて改めて告白できるのは、先の話になりそうだ。