【 離婚 】
◆CwVY/8O3DQ




18 :No.05 離婚 1/5 ◇CwVY/8O3DQ:07/10/13 17:29:32 ID:FHWXMZxT
「離婚、立ち会おうか? 桜井」
 思わず、ちょっとした好奇心で言ってしまった。
「本当に? 村田、俺の話聞いてた?」
 ええ、聞いてましたよ。ダブル不倫でしょ。まず、初めに奥さんが、良く昼間から出
掛けていると知って、携帯見たんだろ?そしたら、案の定だよ。で、ここからが修羅場。
奥さんの携帯を握り締め「これは何だ?」と、出たー、決まり文句。でも、やっぱり、
女は恐いよ。あっさりと不倫を認めたが、ここで、反撃に出る。「でも、お相子様よね」
そして、近くにあった棚に手を伸ばし、引っ張り出して、ひっくり返して、ジャラジャ
ラー。出るわ、出るわ。証拠の山。ラブホテルのカードや写真や何か分からないが、束
ねられた紙。「私、探偵に頼んでたの」――。
「もう、やめてくれ……」
 桜井が、死んでいる。
「昼ドラ並みに面白いじゃん」
「それは、他人事だからだって」
「そうかな、で、もう、離婚届を書いて、出すだけなんだよな」
「あぁ……。今朝、離婚届を役所からもらってきたんだ」
 本当に、離婚するのか……。何か、ウキウキしてちゃ駄目だよな。人の不幸を喜ぶな
んて。と、上に緑の線が入っているペラペラの紙を見て、思った。
「保証人って二人いるのか」
 桜井が、呟いた。
「え? 本当だ。俺と……俺の家内でいいか」
「いいと思う。なるべく、早く書きたいんだけど」
「えーっと、俺んちは、明日の午後なら大丈夫かな」
「じゃ、二時に家で……もう、家じゃないんだな」
 桜井は、あの悶着があった後、簡単に荷物をまとめて、出て行ったらしい。これが、
最後の優しさかな。と、桜井は言っていた。
「村田の奥さんによろしくと言っておいてくれ」
「じゃ、明日な」
 明日、桜井は離婚する。

19 :No.05 離婚 2/5 ◇CwVY/8O3DQ:07/10/13 17:29:54 ID:FHWXMZxT
 六時五十分。
 久しぶりに、休日なのに、こんな早く起きた。今、横で寝ている嫁の美紀と遊園地に
行った以来かな。飲んだ次の日は、大抵遅くまで寝てるから、昨日は午後からと決めた
のに、無駄だった。
 ――いや、無駄では、無かった。昨日、正確に言うと日付が変わっていた様な気がす
るので今日は、家に帰ったら、ベッドに直行で、美紀に「保証人の話」をしていなかっ
たし、美紀は、まだ、いびきをかいて寝ているし、俺は、少し二日酔いで頭が痛い起き
るまで、ほっておこうと、僕は朝の身支度をし始めた。
 トーストをかじっていると、寝室のドアが開いた。
「おはよー」
 俺と美紀はほとんど同時に挨拶をした。
「本当にお早うだね。いつもは、遅ようなのに」
「朝ご飯だよー。とりあえず、牛乳とトーストでいい?」
 美紀に、話を聞かせるために、やんわりと強制的に、机に座る様に誘導した。
 トーストが出来上がり、美紀の前のお皿にのっけて、あの話を持ち出した。
「今日、同僚の桜井が離婚するんだ。 で、保証人になってほしいんだ」
「えー、あの桜井君が? 離婚? 何で?」
 あぁ、ダブル不倫で――と、あの話を要約し、話した。
「大変だねー。 で、何だっけ?」
「美紀に保証人になってほしい。 今日、二時から、桜井の家で離婚に立ち会ってほしい」
「勿論、二回返事でOKよ。桜井君ファンクラブ001だもの」
「じゃ、俺と離婚して、アイツと再婚するか」
「冗談だよーん。私には、あなたしかいないわ」
 青臭いセリフだけど、酒臭い俺は、にやけてしまった。

20 :No.05 離婚 3/5 ◇CwVY/8O3DQ:07/10/13 17:30:16 ID:FHWXMZxT
 一時五十五分。
 車で、五分前、ぴったりに桜井宅についた。そしたら、家の前に、桜井がいた。
 窓を開けると、桜井がこっちに気づいたらしく、彼は言った。
「あ、こんにちはー。 車はこっちに止めてください」
「ここねー、分かったよ」
 僕は、少し小さな駐車スペースだから、先に美紀を下ろし、慎重に車を入れた。
 そして、三人が出揃うと、桜井は仕事をしていても見せない、真剣な顔で桜井と書か
れた表札の下のインターホンを押した。自分の家のインターホンってなかなか押さない
なと、ふと、思ったが、今、考えるべきことじゃなかった。
「桜井ですけど」
 桜井の奥さんらしき女性が、か細い声で出た。
「俺だ、あと、会社の村田と村田の奥さんも来ている」
 と言った桜井が、俺に視線を送っている。顔に米粒でもついているのだろうか。
「こんにちは」
 と、隣で、こちらも真剣な顔をした、美紀が言った。あぁ、そういうことか。
「こんにちは」
 美紀に続いて、俺も挨拶した。
「はい、今、開けます」

21 :No.05 離婚 4/5 ◇CwVY/8O3DQ:07/10/13 17:31:01 ID:FHWXMZxT
 桜井の奥さんが、俺たちが来るのか知っていたのか、知らなかったのか、分からなかっ
たけど、ドアは開いて、俺たちは桜井の家のリビングのテーブルに座った。
 四人が座ると、沈黙が訪れた。
 一、二、三、四……。実際は、十秒足らずだったかも知れないが、長い沈黙だった。
 その沈黙を破ったのは、桜井だった。
「これから、離婚届けを書きます。」
 すごく、重い言葉だった。
「はい」
 桜井の奥さんは、哀しそうな顔をしていた。そして、桜井は書き始めた。俺と美紀は
それを黙って見ていた。
 再びの沈黙。
 今回は、本当に長かった。時計を見ると、二時四十五分だった。桜井は、ほとんど項
目を書き、自分の署名の下に判子も押した。残すは、桜井の奥さんの署名と判子と保証
人の欄だけだった。
ここで、俺が口を開いた。
「次は、俺が書くよ」
 離婚届けとペンを桜井から、受け取ると丁寧に自分の名前を書いた。そして、横にい
る美紀に渡そうとして、顔を上げた時、美紀の目から涙が落ちている。
「泣くなよ。文字が滲んじゃうだろ」
 俺は、ポケットに入っていたハンカチを渡して、言った。
 ハンカチを受け取り、涙をしっかり拭いて、美紀も名前を書いた。
 最後に、桜井の奥さんが、名前を書いて、判子を押した。
 彼女も泣いていた。桜井も泣いていた。俺の目にも、涙がたまっていた。
 みんな、泣いた。泣きながら、桜井が言った。

22 :No.05 離婚 5/5 ◇CwVY/8O3DQ:07/10/13 17:31:25 ID:FHWXMZxT
「役所に、届けに行こう」
 役所は、すぐ近くにあると言うので、四人で歩いて行くことになった。
 俺は涙を拭いて、外に出たが、美紀は泣きっぱなしだった。意外なことに、桜
井も桜井の奥さんも、泣いていなかった。
 歩いていると、自然に桜井夫妻が前方を歩き、俺と美紀がその後ろを歩いていた。
 桜井が、車道側を歩いてた。本当の最後の優しさだと俺は思った。好奇心のおかげで、
最後だけど最高の優しさが見ることが出来たとも、俺は思った。



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