【 隣人 】
◆8vvmZ1F6dQ




66 :お題:ねこ タイトル:隣人 ◆8vvmZ1F6dQ :2006/05/14(日) 23:14:49.31 ID:9hXLG2iI0
最近、我がアパート、それも僕の部屋の隣に、新しい住人が出来た。
名前は猫田さん。見たことはないけど、猫田さんは女の人で、何をしている人かは分からないらしい。
容姿も職業も、性別以外は全て不明で、それだけでもミステリアスだったのに彼女の部屋には怪があった。
深夜、僕が眠りに就こうとしているころ、聞こえてくるのだ。小さな、猫の鳴き声が。
それが消えたと思うと、カリ、カリカリ、と壁を引っかくような音が僕の耳を刺激する。
それはしばらく続き、豆電球で照らされた赤い部屋に、不気味な雰囲気をもたらした。
その音すらも止むと、次にひたひたと足音がし、ようやく沈黙が訪れる。そして僕は眠りかけの脳で考えるのだ。
猫田さんは、きっと本物の猫に違いない。人間に化けた妖怪だ、苗字からして怪しい、と。

ある日曜日、僕は洗濯物を干すためにベランダにいた。干し終わった洗濯物の隙間から空を眺めるのは、気分がよかった。
すう、と風が吹く。僕の白いシャツがはためいた。と、同時に、壁一枚隔てた隣のベランダから、白いシーツが顔を出した。猫田さんの物だ。
ふと僕は思った。洗濯物を干しているのだから、猫田さんはいるのではないだろうか?僕の好奇心が、壁の向こうを覗け、と警告していた。
思い切ってベランダから身を乗り出し、隣の方へ上半身を向ける。近くに人通りがないからよかったものの、見つかったら通報モノの奇行だ。
溢れる期待とは裏腹に、目にまず入ってきたのは、風にはためく洗濯物たち。その中におそらく彼女のものであろう下着もあって、
思わず僕は照れて、ベランダから落ちるところだった。まあそれは置いといて、洗濯物の向こう側の硝子戸は、カーテンで遮られ中が見えなかった。
彼女のパンツだけを報酬にして戻ろうとしたとき、僕はあるモノと目が合ってしまった。カーテンのわずかな隙間から見える、猫。その目と。
僕はそれは猫田さんの正体だと確信した。



67 :お題:ねこ タイトル:隣人 ◆8vvmZ1F6dQ :2006/05/14(日) 23:15:05.33 ID:9hXLG2iI0

ある時、僕がアパートに帰ってきて部屋の前まで来た時、一番奥の部屋の前、つまり僕の隣の部屋の前なんだけど、そこに
ロングヘアーのカツラが置いてあった。いや、後でそれは本物だったと分かったのだけれど、僕はあんまり目がよくなかった。
僕がカツラに話しかけると、それは宙に浮き、その下から体が現れた。その時やっと僕はそれがロングヘアーの女の人だと分かった。
女の人が振り向くと、そこにあったのは神秘的な猫目と、柔らかな雰囲気を持った輪郭。自然と猫を連想させた。
「あのー、もしかして猫田さん……?」
証拠は全てあがっていた。猫田さんの部屋の前にいたし、何より、この顔は猫から変身したような顔だったから。
僕の突きつけた名前に、女の人は困ったような笑みを浮かべた。
「あ、はい。……どちらさまでしょうか?」
こちらがいくら意識していても、向こうは全然知らないのはよくあること。内心では苦々しく思いながらも、僕は自分の名前を告げた。
「あ、お隣さんなんですね。ご挨拶してませんでしたが、最近越してきた猫田です。よろしく」
猫田さんは捲くし立てるように言いたいことを言った、という感じで、僕の挨拶返しも待たずに頭を下げると部屋に入っていった。
なんとなく取り残された感じで、僕はぽかんとしてしまったが、猫田さんが今まで挨拶してこなかったのも、他人と関係を持つのが苦手だったんだろうと思った。
ここに突っ立っていてもしかたがなく、部屋に戻ろうとしたが、その前に、彼女がしゃがんでいた場所に目が移った。
空の猫缶が、二つ。ああ、そうか、彼女は食事をしていたんだな。
その時、猫田さんの部屋のドアが勢いよく開いた。猫田さんが飛び出してきて、猫缶を隠すように僕のほうを向いて立つ。
表情が焦っているように見えた。
「あ、あの。見ちゃいましたか」
そうか、僕にはバレバレでも、隠さなきゃいけないんだな。妖怪だということを。
一瞬で猫田さんの事情を理解した僕は、はい、とだけにこやかに答えた。



68 :お題:ねこ タイトル:隣人 ◆8vvmZ1F6dQ :2006/05/14(日) 23:15:23.63 ID:9hXLG2iI0

猫田さんは妖怪なんかじゃなかった。普通の美しい女性だということを僕はよく理解した。
彼女は一人暮らしだと思い込んでいたが、実はアメリカンショートヘアと一緒に住んでいたらしい。
僕は知らなかったが、アパートはペット禁止だったらしい。猫田さんがほかのアパートの住民と関係を持とうとしなかったのも、
猫を守るためらしかった。僕はそのことを知って以来、猫田さんとその秘密を共有している。
彼女もそれ以来、隣人が味方になり、気が楽になったのか、夕方には猫と戯れる声が聞こえてくるようになった。
ベランダ越しに挨拶をすると、猫を抱いた猫田さんが、出てくる。
「テリー君元気ですか?」
猫の名前は、テリーだ。僕の声に反応して、テリーは喉を鳴らした。
「ええ」
猫田さんが笑う。やはり、どことなく、猫だ。
妖怪ではないが、きっと猫の生まれ変わりなんだろう、と僕は思った。

おわり



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