【 都会的ミクロの決死圏 】
◆HRyxR8eUkc




77 :No.18 都会的ミクロの決死圏 1/4 ◇HRyxR8eUkc:07/10/08 00:23:55 ID:GHgD87hW
 満知子は電車に揺られて、都会の真ん中まで乗り換えて行く途中だった。
次の瞬間目の前の大蛇に咬まれたり飲み込まれたりすることを恐れるようにして、満知子
は目を瞑っていた。すると満知子の頭に昨日やっていたRPGの戦闘の曲が流れた。伴奏付
きで一つの音の漏れもなく続き、終わったと思ったらまた始めに戻る。ゲームを付けたま
ま他の用事を済ませている時のようだった。
 満知子は消え入りそうな気持ちで、それを聞いていた。相変わらず電車はガタゴト揺れ、
規則的な音を立てて前へ進んでいた。
 目を開ければ建物の並びが見え、その無秩序な感じが満知子を責める。まるでぐったり
して、地震だ、避難しろといわれてもする気にもなれないだろうなどと思いながら、そう
やって座っている。
 満知子は文筆家で、それも所謂雑文書きというか、本人はもっと高尚な物を書きたいと
思っているのに、実際には碌な仕事も貰えず、最底辺に位置していて、その地位は自分に
見合わない不当なものだと思っていた。
 今彼女の持っている原稿は小説で、その冒頭はこんな風になっている。

 その瞬間、想像を絶するような衝撃が彼女を襲った。軽井が超能力者というのでなけれ
ば、そんな事はありえないはずであり、他に考えられる可能性はただ一つしかない。丁度
あの時にあの場所で行われていた事を、偶然にも軽井が目撃していたという可能性である。
しかしそんな偶然が存在するだろうか。
 もしそうだとするなら、軽井はあの時あの場面に出くわした事になる。
そうでなければ、何の因果かあそこに居合わせていた筈なのだ。そうでなくては辻褄が合
わない。しかしそんな事は絶対に有り得ないだろう。木津にはわけがわからなかった。
 夏休みには軽井は、九州でみやげ物を買ってくる時に電車を使うことはなかった。それ
に軽井の知り合いは、皆週末に床屋に行って髪を染め上げていたから、軽井が鬘を被って
いるというのでない限りは、軽井でないかどうかすぐにわかるはずだ。次の瞬間、彼女は
ひらめいた。
 もし、あの時間まで公園のトイレに閉じ込もっていたとしたらどうだろう。幾ら開けた
街とはいえ不審者も多いと聞くし、誰も普段は寄り付かない。あそこにいれば、決して誰
にも気付かれることなく長時間とどまることが出来るはずだ。

78 :No.18 都会的ミクロの決死圏 2/4 ◇HRyxR8eUkc:07/10/08 00:24:44 ID:GHgD87hW
 こんな調子で、ある怪事件の真相が綴られていた。満知子は乗り換えのため、やむなく
歩いて別のホームからまた電車へ乗り込んだ。
 暫くして目的地が近づいた。ビルの乱立する地価の高そうな場所へと電車が滑らかに入
っていくにつれ、満知子はいよいよ気分が悪くなった。出前持ちの持つ岡持ちに滑り込む
ドンブリ。溝をすべる仮組みの板。その上を滑る醗酵熟成を待つチーズ、あるいは型ごと
冷蔵される焼き菓子を想像した。何時になったら出してもらえるのか。その癖ひとたびそ
こに立てば、人は皆白血球が異物に対するようである。
 そこまで嫌でも、ここまで来て予定を変えるというわけにも行かないので、足は自然と
目的地へと向かった。車だらけの入り組んだ、曲がりくねった道を進むと、案外あっさり
と着くことが出来た。何もない所にあれば目印になりそうな原色の看板や意匠を凝らした
看板とゴシック体の広告の絶えることのないのが、否応なく目に飛び込んでくるからだろ
うか。時間の感覚がなくなって、サイケデリックな幻想に迷い込んだみたいだ。実はブリ
キの兵隊でも住んでいるのかもしれない。
 その中は当然ダンジョンである。ダンジョンには人はいない。階段を上がっていると、
この上がった先に人がいる事でかえって満知子は安心した。それで全体の工程の些かも楽
にはならなかったが。
 扉を開け、中へ挨拶した満知子を見て、じっとしていたり或いは忙しくしていたり、人
知れず寸時休んでいた人達は、驚いたような顔をして、或いは無視して煙たがった。満知
子には煙たがっているように見えた。そして受付の女は露骨な嫌悪を、侮蔑とわかる引き
つった仕草と笑いで示して迎えた。もし満知子がやって来なかったら、そしてその女がも
っと歳を取っていれば、数年で餓死してしまうに違いなかった。しかし満知子には、自分
の感情を理解する事が出来なかった。この先も出来ないだろう。
「あの、こちらの原稿の件について窺いたいんですが」
「ああ原稿の件ですね承知しました」
 一息に言って、女は奥へ引っ込んだ。眠ったまま喉が乾いた時のような不快を、待って
いる間満知子は感じた。その後暫くして出てきた女は、何やら聞き取れない事を言って直
ぐに奥へ引っ込んだ。付いて来いと言っているらしかった。
 奥で待っていたのは、編集部の部長だった。
「やあ、待たせて済まなかったね」
 そういって部長は腰を掛けるように薦めた。やがてゆっくりと話し始めた。

79 :No.18 都会的ミクロの決死圏 3/4 ◇HRyxR8eUkc:07/10/08 00:25:15 ID:GHgD87hW
「どうやら、原稿に不具合があるようだね」
「はい、そうなんです」
 満知子はこうなってしまった以上話す他は無いと腹を括ったが、それでも怒りはおくび
にも出さなかった。それどころかまるで謙遜しきった調子で、ようやっと自分の原稿の
印刷との違いを言って、説明する為に仕方なくといった調子で原稿を取り出し、改段落、
改行が自分の原稿と全く異なっていることや、無造作に字の詰められていることなどを訴
えた。どれほどそれが届いたかは満知子にはわからなかった。暫くして、部長は了解した
旨と、こうした事は度々あることなどを満知子に話した。満知子はそれを聞いて、全身の
血液が逆に流れる気がした。
 そのまま満知子は帰って来てしまった。決して、あそこに居ても無意味な事を悟ったと
いうわけではない。もっと原始的な何かを感じて、そのまま作業の主な部分を終了したと
いう感じだった。それ以上何も起こるはずがないし、するはずもない。満知子は帰りにコ
ンビニへ寄った。
「まさに鬼才という言葉が相応しい」
「今世紀にも、前世紀にもおそらく類を見なかった、また見ないだろう作家である。
彼女が書くと、世界は皆音を立ててミキサーの中に吸い込まれる(止木糊 作家)」
そんな恫喝とも宣伝とも大見得とも取れるような、交差した、漫画じみた文字の下に帯が
あり、そこにも
「空前絶後の絶対ありえない現象が目の前で爆笑を起こす!!」
という意味不明な表現が乗っかっていた。
これが当世流か。満知子はそう思いつつ、その雑誌に思わず手を伸ばしていた。
「全文掲載」の文字がそこに躍っていたからである。彼女はぱらぱらとそのページを捲っ
た。

80 :No.18 都会的ミクロの決死圏 4/4 ◇HRyxR8eUkc:07/10/08 00:25:45 ID:GHgD87hW
……

そういう訳で、彼は19歳にして未だにゲームをやり続けていたし、相当の自信があった
のだ。その彼がこうもあっさり負けてしまうのには理由があった。
彼はその24時間中睡眠の時間を除いた殆ど全てをそのCPUとの対戦に費やす1年間を熱中
して過ごしていたこともあったのだが、その結果身に付けた技は独自のものだった。
それは、普通のプレイでは考えられない程の物凄い超・展開(殆ど画面を見ていない)
を行い、稚拙で幼稚といわれる単純消しによる屁の突っ張りにもならない筈の攻撃を重ね、
相手を精神面、肉体面(相手はコンピュータだが)で追い詰め、撹乱して倒すという、何
とも画期的な手法だった。その連続攻撃には名前を付けていて、
2回成功すれば「ダブル爆撃」3回成功すれば「トリプル爆発」4回成功すれば「フォーム
大爆発」と呼んでいた。それを2回成功したのを確認するたびに「ダブル爆撃」
その後3回目も成功しているようなら「トリプル爆発」などと後から付け足すように言い
ながら、がんばってプレイしていた。その有り得ない独自の技を持っているのに、負ける
はずがなかった。

 満知子は話の元となっているゲームの内容を知らなかったので、全く訳がわからなかっ
た。知り合いが持っていたあのゲームのことだろうかなどと考えながら、知里子は雑誌を
閉じ元へ戻した。雑誌を開く前の世を恨むような気持ちは、何処かへ吹き飛んでいた。
 あっという間に薄暗くなり、都会の中心は又違った様子を見せた。暗澹たる落ち込んだ
気分のまま、満知子は急に勢い付いて、帰って料理でもしようと思い立った。







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