【 敗北の意味と価値と褐、残念なオ、の字 】
◆cwf2GoCJdk
58 :No.14 敗北の意味と価値と褐、残念なオ、の字 1/4 ◇cwf2GoCJdk:07/10/08 00:05:09 ID:GHgD87hW
ミノルの性質について語るならば、彼の敗北志向を避けてはならないでしょう。敗北志向というのはあまり適
切な表現ではないかもしれません。彼が少年の時代に口にしたことによれば、敗北自体は過程ということですか
ら。
ミノルはちょうどその年頃の男の子によくあるように、ヒーローが悪人を倒すといった勧善懲悪的な、お望み
ならば単純な二元論としてもいいのですが、つまり複雑なストーリー性を重要としていない漫画やアニメ、特撮
を好んでいました。その脚本とは対をなして複雑にみえる心象はそこで形成されたのでしょうか。それとも彼自
身が生まれたときから、もしくは彼の趣向など入り込む余地のない環境、頭が悪くなったロマン主義者のような
言葉を使うとすれば、両親の愛情の発露と言える育児過程が、知らず識らずの内に彼をそのように成形させたの
でしょうか。フロイトに聞いてみるか、決定論者に従ってみればその答えは出せるのでしょうが、私の耳には入
れないようにしてください。
ミノルはヒーローの敗北に、性的興奮のそれに近いものを感じていました。彼の言葉に従えば、より強くなる
ための前提となるのですが、彼は明らかに、強い主人公達が弱い者に虐げられているところにこそ強く興奮して
いました。より強い敵が現れ、中心的なキャラクターが倒す、といった図式は確かに好きだったようです。彼の
言葉もほとんど真実でしょう。しかし違った部分で微かに違った感情が揺り動かされていたことも、否定はでき
ないところです。
そして、大多数の虚構の物語にあこがれる子供がそうであるように、ミノルも自らの好しとするような架空の
人物に自身を投影するようになりました。そしてそれは、ごっこ遊びの延長上にほかなりません。
自身の趣向こそが自分自身だと勘違いしたのです。喩えるなら、女性に不自由している男が豊胸手術をするよ
うなものと言えるでしょう。ただしその勘違いは子供だけではなく、大人でさえもしていることです。誰のよう
に振る舞う、自分はこういう人間だ、と自身のイメージに重なるように行動していない人間など、どれだけいま
すか。
ミノルが敗北する主人公と自分を重ね合わせたのは、ある意味では当然のことのようにも思えるでしょう。
彼は同級生から日常的に暴行を受けていました。いじめと言っても差し支えないかもしれません。さらに悲運
なことに、あるいはその悲運のためにかもしれませんが、力こぶもつくれない彼の力では、プロレスラーはおろ
か、目の前の平均的な同学年の児童も倒せなかったのです。世界平和を守りながらも悪人に敗北することのある
ヒーローとの違いはそこにあったのですが、彼のマゾヒズムに似た、主人公が負けるのは強くなるための必要条
件、という考えによって不敵な笑みを絶やさなかったのです。彼がお気に入りの漫画を学校に持って行ったこと
も、後から思えば殴られたいと告白している風にすら感じます。
59 :No.14 敗北の意味と価値と褐、残念なオ、の字 2/4 ◇cwf2GoCJdk:07/10/08 00:06:31 ID:GHgD87hW
ミノルの顔の形を少々変形させたことに満足した同級生たちが帰り、ミノルが不気味な笑みを浮かべてそれに
続こうとしたとき、袖が誰かに引っ張られました。
少年ミノルは振り返って、言いました。
「話の中から出てくることができるなんて、知らなかった」
目の前には、彼の憧れたヒーローがいたのです。
それから、彼のヒーローは様々なところで出てくるようになりましたが、そのヒーローはミノルを助けるわけ
でもなく、ただそこにいるだけでした。ミノルは「なぜ僕を助けてくれないのか」という当然に思える疑問を口
にはしませんでした。ヒーローがなぜミノルを助けなかったのか? その理由は単純に、ヒーローが助けるのは
弱い人間だけだからと言えます。その意味でミノルは明らかに弱者なのですが、彼の内面は、自身をヒーローの
卵、つまり後にヒーローになる、強くなる人間だと思いこむことで成り立っています。
「敗北は強者になるためのステップ」で、強者になるためには敗北を経験した上で悪を、この場合はつまりいじ
めっ子を自分で倒さなければならないのです。それは彼が作り出したヒーローももちろん承知しているので、手
を出したくても出せないのです。さらに身も蓋もない言い方をすれば、ミノルが作り出したヒーローならば、ミ
ノル以外に見えるはずもなく、質量も持たないと考えるのが普通でしょう。
ミノルは自身がヒーローを具現化したことによって、「ヒーローを現実世界に呼び込んだのではなく、自身が
架空世界に入り込んだ」ような錯覚を起こしたのです。強くなるために必要なことは敗北ではなく修行だ、と彼
が考えていればこんな馬鹿げたことにはならなかったのでしょう。ヒーローにしてみれば、そこにいるだけで何
もさせてもらえないのですから、ある意味最上級の屈辱です。
しかし某日、いつものようにいつもの場所でボロ雑巾のようにミノルを扱おうとしていたいじめっ子が、ミノ
ルの作り出したヒーローが立っている辺りに目をやって、
「大人を連れてくるなんて卑怯だぞ!」
と、五人がかりで腕力のない者をいたぶるのはまるで人道的な事のように吐き捨てました。
60 :No.14 敗北の意味と価値と褐、残念なオ、の字 3/4 ◇cwf2GoCJdk:07/10/08 00:07:20 ID:GHgD87hW
その言葉にはミノルも彼のヒーローも双方驚愕しました。
「見えてるよ」
「そのようだね」
その後様々な検証をした結果、実際にヒーローは物にも触れるし、人の目にも映るという驚きの事実がわかり
ました。とは言っても、ヒーローは四六時中出てくるわけでもないので、家人に見つかって何があった、などの
面白くなさそうなエピソードはありません。ご安心ください。
さらにここで三流の小説家ならば、ヒーローの世界でヒーローが不在になり物語が変化してくる、現実と虚構
の折り合いがさあ大変、といった最低につまらない物語をこしらえるのでしょうが、そんなことは一切ありませ
ん。現実的に考えましょう。
ただ困ったことが一つあります。確かにヒーローが物語から出てきた、というのは不思議なことですが、先に
語ったように、そのことによってミノルは大した影響を受けないのです。コメディタッチのドタバタな出来事も
皆無で、さらにヒーローは悪意を持っている者からミノルを助けることも出来ないのですから。
つまりミノルにとって彼のヒーローは言葉数の少ない話し相手、程度でしかなかったのです。
私が言う困った事というのはここにあります。私はさっきまで必死に、面白い話をして楽しませようとしてい
たのですが、よく考えてみると、確かに一般常識に外れたことも少々あるけれど、そう楽しいことがあるわけで
もなく、かといってそれ以外の事はごく平凡なことなのですから、楽しませようがないのです。私が話し手とし
ての才能に溢れた人間だったなら、ミノルの少々変わった性癖と彼の素行について奇妙に、面白おかしく、一種
文学的に物語ることもできたのかもしれませんが、今になってみると、まるで骨格のない話を語ろうとして、時
間を無駄にしてしまっただけの様にも思えてきました。
ミノルは確かに少々奇妙なジレンマを抱えているように思えます。例えば彼が自分の性分を打ち明けた友人な
どはその勘違いをしていたようです。その友人はこう言いました。
「負けたいと願った結果負けてるんだから、結局勝ったことになるんじゃないか?」
その顔は妙に勝ち誇った小憎たらしいもので、すぐにも蹂躙したい欲望をかき立てられずにはいられないもの
でした。
61 :No.14 敗北の意味と価値と褐、残念なオ、の字 4/4 ◇cwf2GoCJdk:07/10/08 00:07:56 ID:GHgD87hW
しかしミノルの複雑ともとれる心象は、つまるところ単純なのです。ミノルは本質的には敗北を望んでいるの
ではなく、その先の個人的な成長を求めているのです。彼が敗北を求めるのは、誰か強い者が弱い者に嬲られる
といったときのみです。だからと言って、ミノルはサディストではありません。彼は非常に感受性が強く、だか
らこそ敗北時のヒーローに共感したのです。遠回りな言い方になってしまったので端的に言うと、ミノルは嬲ら
れている方に感情移入して興奮している、喩えるなら汚い男に陵辱されている自分がかわいい、といった思いを
秘めているお嬢様のような、強度のマゾヒストでナルシストということです。これはフロイトに聞いたようなこ
とではなく、本人が認識していることです。真実は違うかもしれません。ただし、彼がそう認識しているという
ことは、彼の友人が仕掛けたパラドクス的な言葉は全く通用しないということです。
これらの話をしたところでなんになるのでしょうか。ところどころで堂々巡りめいた、精細の書いた言葉でま
だもう少し彼を物語ったとして、それで誰を楽しませることができますか。私は全くその自信がないので、次の
言葉で話を終わらせます。
??この世界に来てから色々なことがありましたが、目を閉じると今でも、憧れの目で私を見つめているミノ
ルがすぐそばにいるような気がするのです。
ここに様々な思惑を乗せようと思っていたのですが、今となっては、こんな締め方も無理矢理になってしまい
ました。
合唱。
(歌い出す)
終