【 競操 】
◆2AHwzy6TiI




40 :No.10 競操 1/5 ◇2AHwzy6TiI :07/10/07 20:27:26 ID:8hrmqLCj
中間考査の成績順位が廊下に張り出される。
それを見て一喜一憂する生徒達の中で、真也だけはただ呆然と順位を眺めていた。
――また、同じだった。
自分の名前の真下に、またしてもアイツの名前が引っ付いていたのだ。
「また笹川くんと藤田くんが一位なのね」
誰かの呟きが聞こえた。

この県内有数の進学校に、真也はトップで合格した。
勉強も運動も、ルックスでさえそれなりに自信があった。
全てにおいて一番であること、それが真也にとっての至福と理想だった。
しかし、その理想はすぐに崩れはじめる。
入学してすぐに行われたテストの順位を見て、真也は唖然とした。
一位は、真也だけではなかったのだ。
「笹川真也」の下に記された、「藤田良平」という名前。
以来、彼が真也の名前の下を離れた事はない。
どんなに沢山勉強しても、努力して身体を鍛えても……。

「笹川っ!」
放課後、教室の窓から外を眺めてぼんやりしていると、突然肩を叩かれた。
振り返って真也は明るく微笑む。
「おぅ、藤田」
「また順位一緒だったな、今回は頑張ったんだけど……」
藤田良平、真也にとって好敵手であり、学年が上がってからは友人でもあった。
勿論、勉強で良平を負かす事は真也の一番の目標だ。
しかし、良平とは競い合いつつも、啀み合うことはない。
一男子として、仲良く接しているだけだった。
「オレもだよ、ホント藤田には敵わないな」
「それはこっちの台詞だっつーの」
真也と良平は笑い合う。
当然、敵わないなんて微塵も思っていない。

41 :No.10 競操 2/5 ◇2AHwzy6TiI :07/10/07 20:27:58 ID:8hrmqLCj
唯一負けている事があるとすれば、悔しい事だが、ルックスだけだろう。
真也も見た目には自信があったが、一目見て良平には敵いそうもないと思わざるを得なかった。
……ルックス「だけ」は、本当に悔しい事に。
「そうだ笹川」
窓に凭れかかりながら、良平は黒板を指差した。
「今日の日直お前だろ?」
「……あ、そうだ」
順位の事ですっかり忘れていた、放課後の教室掃除をしなくては。
慌てて教室を振り返ると、丁度バケツを持った人影が入って来たところだった。
「……あっ」
目が合って、真也は思わず言葉に詰まる。
ポカンとした表情で真也を見つめる菊池友梨子は、クラスのマドンナ的存在。
勿論真也も淡い想いを寄せていた。……そして、良平も。
「ごっ、ごめん、菊池さん……」
真也は急いで友梨子に駆け寄ってバケツを受け取る。
全然気付かなかった、なんて惜しい事をしてるんだ。
真也はこの絶好の機会に気付けなかった自身を恨んだ。
「わー、菊池さんに一人で掃除させるなんて、笹川くんサイテー」
良平がニヤニヤしながら茶化してくる。
「別に大丈夫なのに……」
友梨子が良平に優しく微笑むのを見て、真也の胸が痛んだ。
ある時良平は言っていた、「菊池さんの事が好きだ」と。
想いの強さでは負けている気はしなかった、しかし、やっぱりルックスだけは敵わない。
真也と良平、どちらかが選ばれるならそれは、少しでも優れている方に決まっている。
この点においてだけは、負けを認めるしかないのだ……。

「良ちゃーんっ」
突然、教室に誰かが飛び込んで来た。
茶髪のツインテール、顔の派手な化粧に特有の制服の着こなし。
校内でも派手で有名な榊恋奈だとすぐにわかった。

42 :No.10 競操 3/5 ◇2AHwzy6TiI :07/10/07 20:28:25 ID:8hrmqLCj
「良ちゃんお待たせっ」
恋奈は小さく手を振って可愛げに笑う。
「あぁ、恋奈」
唖然とする真也と友梨子の前で、良平は軽やかに手を振り返して駆け寄った。
真也は思わず目を疑う。
恋奈が良平の腕に手を絡めた時には、いつも穏やかな友梨子でさえ顔を赤くして俯いていた。
「じゃ、俺帰るわ」
呆然と立ち尽くす真也とモジモジしている友梨子を気にも止めず、良平は満面の笑みで手を振る。
「また明日っ」
「あぁ、うん。また……」
恋奈と肩を並べて去って行く良平の後ろ姿を、真也と友梨子は無言で見送った。
目の前の出来事が信じられない。
噂では恋奈は友梨子とは正反対の性格で、傍若無人で成績も底辺だと聞いていた。
見た目は可愛いが、内面に関しては良平とは全く不釣り合いだと思う。
何より、良平は確かに「菊池さんが好きだ」と言っていた……。
なのに、何故……?
真也は隣に佇む菊池友梨子を見つめた。
良平によって手が届かないと思っていた存在。
しかし、その良平は彼女ではなく榊恋奈を選んだ。
そうだ、これはチャンスだ。
ずっと成績では優劣がつかなかったが、この事なら、今なら良平を超えられるんじゃないか?
この淡い想いを、叶える事も……。
「……菊池さん」
「ん? なあに?」
友梨子はまだ赤い頬を手で押さえながら、真也に微笑みかけた。
真也は決意を固める。
叶わなくてもいい、今しかない、伝えるんだ……。
「オレ……、菊池さんの事……」
顔が熱くなるのを必死で押さえながら、精一杯声を絞り出す。
友梨子の目が少し見開いた。

43 :No.10 競操 4/5 ◇2AHwzy6TiI :07/10/07 20:28:56 ID:8hrmqLCj
「菊池さんの事す、……好きです!」
言い切って、真也は少し後悔する。
もっと気のきいた言葉にすればよかった、場所とは雰囲気を考えればよかった……。
しかし。
「う、うん、私も……」
一瞬耳がおかしくなったのかと思った。
弾かれたように顔を上げると、友梨子の顔は真っ赤で、しかし優しい笑顔に満ちている。
はにかんだ表情で上目遣いに見つめられ、真也の心臓は飛び跳ねた。
「……ホントに?」
ゆっくり深く友梨子が頷くと同時に、真也の心は破裂しそうなほどにいっぱいになった。
勝てないと思っていた事、それが今目の前にあった。
良平さえ手にしなかったものを、真也は手にする事が出来た。
これはずっと肩を並べてきた良平を、初めて負かしたという事。
初めて良平に勝利したこの優越感と、この天使のような女子と付き合えるという
最高に幸せな特権を手に入れた事実、真也はいっぱいに噛み締めた。

「良ちゃん、また蹴落としたんだね?」
夕日に赤く染まる帰り道、恋奈は卑しい笑顔で良平の顔を覗き込む。
「人聞きが悪いな、『譲ってもらった』だけだって」
良平は軽く恋奈の額を小突く、しかしその表情は怪しげな笑みを浮かべていた。
二人に教室での恋人同士のような甘さは消え、親しげな兄弟のような雰囲気を漂わせている。
「あの人、笹川くん、良ちゃんをいつも気にしてたもんねー」
「アイツは純粋で生真面目でプライド高くて、いい奴だよ」
「だからそこを狙ったワケだ」
良平は否定せずただ歩みを進めた。
きっと真也は友梨子に告白しただろう。
そして、友梨子はOKを出したはずだ、……これは全て計算通り。
「笹川が菊池さんの事好きなのはバレバレだったし」
「菊池さんが笹川くんの事気にしてたのも、女子の中じゃ結構有名だったよ」
そう、全ては良平と恋奈が示し合わせた事だった。

44 :No.10 競操 5/5 ◇2AHwzy6TiI :07/10/07 20:29:19 ID:8hrmqLCj
真也と友梨子が日直である今日は、放課後、二人きりにさせるチャンスがある。
「ライバルの俺が諦めたモノを手にする、きっと優越感に浸ってるな、アイツ」
「嬉しいだろうねぇ、あんな可愛い娘と付き合えるなんて……」
「優しいアイツは菊池さんにすっかり尽くすようになる、つまり」
「勉強が疎かになっちゃって、良ちゃんがホントの一位になるワケだ」
入学当初から、自分の上に引っ付く「笹川真也」という名前が目障りだった。
全てにおいて一番であるという、自分の完璧主義を傷つけられた気分だった。
完璧な自分の将来設計の実現の為にも、良平にとって真也は邪魔な存在。
一番を『譲ってもらう』必要があった。
「無理に奪い取るより穏便に譲ってもらう方が平和的でいいだろ?」
「良ちゃんが言うと説得力無いよねー」
恋奈は嫌味っぽく良平に微笑みかける。
「でも、菊池さん可愛かったよね。家もそこそこ金持ちで、成績も良いみたい。
良平、『好きなフリ』なんかじゃなくて付き合っちゃえば良かったのに」
「まぁ確かに、可愛いし家柄も良さそうなんだけど……」
良平は顎に手を当ててわざとらしく考え込むフリをした。
「俺、成績は学年五位以内が条件なんだよね。残念な事に女子は入ってないんだよ。
ルックス、性格、家柄、成績、全部完璧な娘しか眼中にないから」
「へぇー、じゃあアタシなんかは全く論外なワケか」
「当然」
即答する良平。
「それに恋奈にはもっと純粋で優しくておっとりした人がお似合いだよ」
「へぇ、わかってくれてるんだ。さすがはアタシの自慢の従兄弟だね」
二人は顔を見合わせて笑った。
真也は今ごろ、すっかり良平に勝った気で友梨子と手を繋いで帰ったりしているのだろうか。
勝利に固執し過ぎて、目標さえ見失った哀れな姿を晒して。
「きっとアイツは次の考査まで気付かないだろうな。俺達が本来何を競っていたのか。
そして、自分が手にしたのが『勝利』じゃなくて『敗北』だってことに」
「良ちゃん、ホント勝負事好きだねー」
恋奈はクスリと笑った。 終



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