【 同色ふたつ 】
◆uOb/5ipL..




31 :No.08同色ふたつ ◇uOb/5ipL..1/4:07/10/07 20:19:54 ID:8hrmqLCj
 開幕/少しだけ暇潰しをしよっか。コーラでも飲みながらどう?
 
 冬の風が雨のように降り注ぐ午前十一時。彼女はいつも其処に独りで座っている。その姿は至高
の芸術作品のようで、見惚れるほどの美しさ。鮮やかな長い黒髪が風に流れる度、呼吸を忘れる。
その姿を見れるだけで満足だから、彼女を見れるこの時間が大好きで。
 大きな桜の木の下。其処が彼女の空間。花が咲いていない桜の木は少し冷たいけれど、彼女はそ
の木に咲く四月の花のように温かい。
 
 牧人がそんな彼女に惚れたのは三ヶ月前の事で、そのあまりの綺麗さに思わず自分の目を擦り、
おお、ついに俺も人外のモノが見えるようになったのか、と一人感慨深く頷いたりするんだからこ
の男はアホである。三ヶ月前は十二月だったが、どんなに寒い日でも彼女は独り其処に居て、儚げ
な目で濁った青空を眺めていた。あまりにも儚いので、ヤバイ薬キメてるんじゃないのか? と牧
人は本気で心配したが、それは当たり前に杞憂だった(当然だ)。
 それから毎日毎日、牧人はこの大学校舎の窓から見える大きな桜の木の下を飽きもせず眺め続け
た。勿論彼女の調査だって忘れてない。惚れた女を確実に落としたいのなら情報収集は当然だが、
あまりにも度が過ぎるとストーカーと間違われるので、良い子はバレたら巧く誤魔化そう(ここで
技量が問われる)。
 さて、牧人が調べた結果、彼女の名前は真美。同じ大学に双子の妹の久美がいるらしく、その清
楚な美貌から二人を狙っている輩は多い。落ち着いている真美に対して久美は子供のようで、牧人
より一つ年上で大学二年。先輩、というだけで彼は普通にする緊張が倍増するフライドチキンだが、
年上が苦手な童貞が自分と周りの男に勝つため奮闘する。それだけで感動モノだろう(多分)。
 大学は広いけれどその分人も多い。だから牧人は真美に何回か会っているのだが、会話らしい会
話は一回も成立しておらず、ぎこちない笑みを浮かべて頭を下げるのがやっと。真美に顔を憶えて
もらいたいのだが緊張してしまう。そんな牧人を尻目に色んな輩が真美に笑顔で挨拶したり会話し
たりするのを、敗北感という砂を噛みながら彼は眺めていた。
 巧く出来ない自分に歯噛みしながらどうしたものかと思案する。こんな時、助けてくれるのは自
分の力と他人の力だ。そして牧人は助けを請う為、コンビニで饅頭を買っていく事にする。

 幕間/ストーキングは程々に。続きをどうぞ。

32 :No.08同色ふたつ2/4 ◇uOb/5ipL..:07/10/07 20:20:49 ID:8hrmqLCj
 姿見に映った体を見て牧人はほお、と関心する。鏡に映っているのは黒いロングスカートに白い
タートルネックセーターを着た人間。エクステで伸ばした髪の毛は肩甲骨の辺りまで、化粧はナチ
ュラルメイク。彼の知り合いがこれを見ればこう言うだろう。「牧絵さん、こんにちは」と。
 姿見に映った自分をしげしげと観察し、なんとなく姿見の前で一回転、二コリと笑ってみる。
 ――やべえ、自分に惚れそう。
 母親譲りの美形だけに女装が怖いほど決まっている。こいつは癖になるかも、と新たな趣味を開
眼した自分に興奮する変態。そんな変態に適当なアドバイスをして化粧を教えた姉の牧絵は、自分
の部屋で饅頭を食べている事だろう。幸せそうな顔してるんだろうな、きっと。 
 先に断っておくと、別に牧人は「お姉様って呼ばせて下さい、真美お姉様!」なんて事がしたく
て女装をしているわけではなく、真美の妹、久美に近付いて真美の情報を得る為である。自分の素
性を隠す為に女装するなんて、どんだけチャレンジャーなの。嵌まりかけてるし。
 まあ、姉のハスキー声を真似出来るからこんな無謀に挑戦するのだろう。

 翌日。昼前に久美と連れ立って大学の食堂に入る。二人は適当に窓側の席に腰掛け、お冷やを飲
んでから牧人は話し始めた。弟が真美さんの事好きで、でもどうしたらいいか判らないから少しア
ドバイスを貰いたい、と。勿論全部出鱈目で、さり気なく私の弟はウブで可愛いんですよー、とい
うアピールも忘れない。打てる手は全て打つのがこの男だが、その所為で自滅した回数は数え切れ
ず。少し、学習しようか……。
 対する久美は笑顔でそうなんだー、と頷く。初めて久美に会った時、牧人はこの人が真美なので
は、と勘違いしたほど二人は似ていた。双子という事を知っていても驚いた。
「いいよ。好みだから、牧人君の為に私が色々とあの子の情報を教えてあげる」
 笑顔で了承する久美に軽く拍子抜けするが、この機会を逃す訳にはいかない。
 久美が教えてくれた情報は、彼のストーキングでも知りえないものばかりだった。「リストをよ
く聴くよ。流行のポップスは解らないかな」「お姉様って呼ぶと悦ぶね」「牧人ちゃんはどんな趣
味があるの? 変な趣味は危険かもよ」「桜餅が病的に好き」「フライドチキンの性別は気になら
ないよ」「コーラが大好き」「自分も大好き」「結構毒を吐く」などなど。
 五日間という時間で様々な情報を入手する事が出来た牧人は、これを基に作戦を練り上げる。
「もし牧人ちゃんが負けたら(振られたら)私に頂戴ね」という久美の言葉が牧人を駆り立てるのだ。

 幕間/負けるに桜餅を七個賭けようかな。続きをどうぞ。

33 :No.08同色ふたつ3/4 ◇uOb/5ipL..:07/10/07 20:21:27 ID:8hrmqLCj
 いよいよ明日、牧人にとってのジハードが始まる。こうして久美と食堂で話し合うのもこれが最
後になるから、牧人は少し寂しそうな顔で今まで協力してくれていた彼女に改めて礼を言うと、久
美は気にしないでいいよ、といつものように太陽の笑顔で答える。
 明日はどうなるかわからないが、ここまで来たら行くしかない。きっと牧人の屍は牧絵が馬鹿笑
いしながらドブ川に捨ててくれる事だろう。
 緊張を静める為、牧人は明日をシミュレートする。……どうやら彼の脳内では彼の完全勝利で幕
を閉じるらしく、牧人は満足気な顔を浮かべているが……ハッキリ言って気持ち悪い。
 そんな牧人を見て、久美はクスクスと笑う。子供が無邪気にはしゃぐような顔で笑われると、さ
ぞ恥ずかしい事だろう。いい気味だ。
「あ、あの子大丈夫かな、明日」
 気恥ずかしくて無理矢理に話題を差し出すと、久美は大丈夫、と頷いてその話題を受け取る。
「どうして言いきれるの? あ、双子だから解るとか?」
 双子の牧人も稀にそういう経験をする。が、久美はふるふると首を横に振り。「大丈夫だよ、牧
人君」聖母の如き微笑みで――その顔を見た牧人の心臓はその役目を忘れて止まり、呼吸をすると
いう生物の基本さえ忘れてしまう。
 呆然とする牧人に悪戯っぽい笑みを見せる久美。さて、と言いながら椅子から立ち上がると、
「明日の午前十一時、この大学にある大きな桜の木の下で。遅刻したら、お姉さん許さないぞっ」
 儚く、春に彩られた笑顔を見せ、今の時間ならあそこに真美がいると思うよ、と甘い残り香と衝
撃を残してこの空間を去って行った。 
 この場に残されたのは呆けた顔をしている牧人だけ。事態が飲み込めず、間抜け顔で呆然として
いたが、取り敢えずノロノロとこの場を出る。
 外はすっかり冷えており、段々と闇が近付いてきていた。気分を落ち着けた後、あの桜の木の下
に行くと――本当に真美が居た。濁った青空を仰ぐその姿はやはり美しく、完成された絵画のよう。
息を呑み声もなくその姿を眺めていると、真美がこちらに気付き、笑顔を見せた。
 桜の木の下に二人きりという現実に脳が痺れ平衡感覚が狂いそうな彼に、彼女は甘い声で。 
「明日、いつも通りの牧人ちゃんを見れるといいな」
 微笑み、甘い残り香と衝撃を残して去って行く真美の後ろ姿を、牧人は呆けた顔で見つめ続けた。
 現実が理解出来ないから、もう見えない真美の後ろ姿を、いつまでも見つめ続けた。

 幕間/コールドゲームでもいいじゃない、牧人ちゃんはよくやったよ。次で終幕です。

34 :No.08 同色ふたつ4/4 ◇uOb/5ipL..:07/10/07 20:22:14 ID:8hrmqLCj
 冬の風が雨のように降り注ぐ午前十一時。彼女はいつも其処に独りで座っていた。その姿は至高
の芸術作品のようで、見惚れるほどの美しさ。鮮やかな黒髪が風に流れる度、呼吸を忘れる。その
姿を見れるだけで満足だから、彼女を見れるこの時間が大好きで。
「――で。いつからですか?」
 牧人はやるせない顔で隣の女性に訊く。桜の木の下に二人で座り、二人で澄んだ青空を眺めてい
ると、その青に溶け込みそうな気がする。同色同士の二人が同じ色に染まるとどんな色だろうか?
「いつからって、何が?」不思議そうに小首を傾げる真美。「入れ替わっていた事ですよ」
 ――そう、真美と久美は入れ替わっていた。双子ならよくやる遊びかもしれないが、やられた方
は堪ったもんじゃない。しかも本気で、自分達に勝つ為の相談だったのに。そんな双子に弄ばれた
牧人に一言だけ。感動した!
「さあ? いつからだったかしら。でも牧人君だって牧絵さんを装ってたでしょ? ならおあいこ」
 悪戯っぽく笑う。牧人が真剣な相談をしていたあの五日間の間に、この双子は何回入れ替わって
いたのか。それは秘密です。
「でも似合ってたな、牧人君の女装。綺麗だったし……もとから綺麗だったけど。良ければこれか
ら毎日女装して過ごさない? 牧人君に似合う服、私が見立ててあげたいなぁ」
「女装は好き――じゃなくて、いつから入れ替わりなんて遊びしてたんですか?」
 この質問にさあねぇ、と真美はクスクス微笑む。「昔から日常のようにやってるから、そんなの
わからないわ。いつ私が真美で、久美だったかなんて」
 さて、先ずはスカート穿こうか、と笑顔の真美。牧人を女装させようとする執念に乾杯。
「お姉さんの言う事聞かない子は嫌いだなー」困る牧人に対して無邪気に笑う彼女は子供のよう。
「負けたんだから諦めて私の玩具になりなさい」超然とした顔は美しく。
 大きな桜の木の下。其処が二人の空間。花が咲いていない桜の木は少し冷たいけれど、彼女はそ
の木に咲く四月の花のように温かい。
 その温かく咲く花を、間近で見つめ続けられる彼は至上の幸福を――それが敗北の結果でも。 

 さてさて。暇潰しの最後に関係ない話を二つほど。桜の木の下に居た彼女に惚れた牧人。
 果たしてその彼女は本当に真美だったのか、それとも真美を装った久美だったのか。
 今、牧人の隣に居るのは本当に真美なのか、それとも真美を装った久美なのか――――

 閉幕/どっちも同じ顔なんだけどね。お疲れ様でした。      了



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