【 ミャンマー☆ニー 】
◆I8nCAqfu0M




16 :No.04 ミャンマー☆ニー 1/5 ◇I8nCAqfu0M:07/10/06 20:22:01 ID:YDScLqHq
 真夏の陽射しは兵士達の肌を焼き、漂う硝煙の匂いと炸裂音は、彼らに苛立ちと不安を絶え間なく与え続けていた。
崩れた民家の影から半身を乗り出した薄い緑の影。彼が射撃体勢を取ろうと一歩壁から踏み出した時、
足元からは乾いた砂埃がもわりと立った。その砂埃を視界に捉えたカーキの人影はトリガーに力を込める。
黄色い砂塵の中に薄っすらと、汚れた茶のブーツが浮き出ると、すぐに6つばかりの発砲音が立て続けに響いた。
蘇芳の血は、黄色な煙のなかにパッっと散ると、後に細やかな霧を残して消える。
緑の軍服の、どさりと重い響きが敵の全滅を告げた。
 
「だぁぁ〜・・・疲れた〜・・・」
島津は誰にもなく呟くと堅いベッドの上に寝転んで今日の戦闘を振り返ってみた。3人は殺しただろうか・・・
あそこで手榴弾が爆発していたら、きっと今ごろ戦場で指でも探してくっつけてもらってるんだろうか・・・
そんなことをとりとめもなく考えていると、ふと懐かしい日本の風景が浮かんできた。
 島津は田舎の生まれである。夏になれば、青々と葉の茂った森の道を駆け回り、近所の幼馴染達と一緒になって
蝉を捕まえ、トンボの羽を毟り、カエルに爆竹を詰めては爆破して過ごした。
秋はいが栗を投げあい、冬は雪のつぶてをぶつけ合い、春は魚を釣ってのんのんと暮らしていた。
そんな子供の時代が終わると、今度は日々を音楽に費やした。
 昔からなんでも器用にこなす島津は、たちまち流行りのギターを弾きこなして高校時代はモテにモテた。
そうして一時期は本気で「栄ちゃんを越えてみせるぜ」などと自慢顔で威張って歩いていたものだった。
しかし次第に勉学はおろそかになり、大学受験に失敗すると、島津は父親の勧めで自衛隊に入隊することになる。
 そこで島津は初めて秩序と力の世界を知ると、みるみるその世界に引き込まれていった。
統制された力の美しさを目の当たりにした彼は、陸上自衛官として2年間国防に務めた後、フランス外人部隊に参加した。
その後中東の内戦、ボスニアの紛争と戦地を点々とした後、今度は英国警備会社社員(準軍隊構成員)となって、今この国に居る。
 ここでは某国政府軍と、民族開放を謳った反政府軍とが血腥い日々を送っているが、島津はプロの傭兵として雇われていて、
民族解放軍側について闘っている。気が付けばもう31歳、東南アジアの夏は思っていたよりずっと暑い・・・

 ベッドの上、いつのまにか思い出は夢になり、夢は鮮やかな朝日に変わっていた。
「もう朝か・・・」
島津は外人部隊の頃に徹底的に仕込まれた睡眠・覚醒の切り替えと、規則正しい生活習慣をもってまず顔を洗いに洗面所に向う。
そして微妙に赤茶けたシャワーを浴び終わると、高カロリーな朝食を摂って、本部に出かけていった。

17 :No.04 ミャンマー☆ニー 2/5 ◇I8nCAqfu0M:07/10/06 20:23:19 ID:YDScLqHq
 傭兵たちが集う郊外の安宿は、いつの間にか本部と呼ばれるようになっていた。バーカウンターが決め手だ。
「ようニガ、いい子で寝てたか?」
「おっと猿さん、尻の穴増やされたくなきゃそのニガーってのはやめるんだな」
島津と親しげに話すのはブロンクス。アフリカンアメリカン独特の緑掛かって見える黒肌にあぐら鼻、
それから戦場では敵を易々と撲殺できる程の激しく隆起した筋肉を持っている。
「朝からうるさいのはジャップとニガーだけか?」
冷めた口調で二人の間に割って入ってきた長身の白人はスウィフト。趣味は戦争。
「やぁ伊達男さん。近々の戦況はどうなってございましょう?」
「あぁ、それなら」
スウィフトはそう言うと、前日戦闘があった場所近辺の地図を指差しながら情勢の詳細とこれからの予定を話した。
「つまり、今夜でこのバーでのパーティーも最後になるかもってことだな」
「何、残党は高々木偶40数人だ。こっちは精鋭傭兵7人と解放軍25人。局地戦にしても規模はでかくない。
 ビリーちゃんは無事に戻って来られるようにしっかり祈るんだな」
島津はブロンクスをからかいながら、内心本当に戻って来れないかもしれないとも思っていた。
 今回の作戦の名前は『オウフル・ナイス』。スウィフトお気に入りのレコードから取られたもの。
内容を簡単に言えば、前日北に追いやった政府軍残党の息の根を止めて、そこからさらに侵攻、
北部山岳地帯の中心を民族解放軍側の都市の礎にしようというものである。
 しかし皆が愁いたのはその中心であった。低い山々に囲まれた盆地には既に敵の軍事拠点が築かれており、
島津がここにやって来た2年前から、北部の砦として不落のまま今日に至る、巨大な剣壁だからである。
政府軍40万弱のうち、7000人ほどはこの要塞近辺を要衝として警備に当たっているという情報。
民族解放軍総人数4000人、その他反政府軍を合わせても1万2000人強。これはお互いだが、少年兵も多い。
どう算段しようとも、総力で攻めるほか手は無い。つまりこの作戦は、いわば口火である。
 「俺達は戦争屋。金を貰って人を殺す。殺されに行くわけじゃない。不利になればすぐ退くぞ」
スウィフトは7人の傭兵に向って気休めを言い放つと自分の宿へ帰って行った。
島津とブロンクスも暫く酒を飲んだ後、各々の宿へ戻った。島津は一人、仮眠をとらずに夜を迎えた。

18 :No.04 ミャンマー☆ニー 3/5 ◇I8nCAqfu0M:07/10/06 20:23:35 ID:YDScLqHq
 鈴のなる木がある。夜、熱った通りのあちこちに、チリリチリリと音がする。並木の一本から、特に音がする。
耳を澄ませば、なるほど、鈴がなっている。涼しげな音に祖国の初秋を想い、残暑に唸った夜が胸に迫る。
月の鋭さに目も眩み、扇いだ女の白磁の首筋を思い出していた。
島津はなんという虫が鳴いているのだったか、思い出せないままぶらぶらと、しばらくして本部に着いた。

 「誰が正義のために、名誉と誇りのために。それからお前の女のドレスの為に!」
 スウィフトがいつも通り、出陣前の檄を飛ばすと、見るもむさ苦しい男達がウォーと低く咆哮した。
島津ら7人の傭兵団は、元フランス外人部隊出身という共通点をもって集められた局地・ゲリラ戦のプロフェッショナルである。
彼らはボスニア紛争介入時、それぞれ単身で働いていた傭兵が、より効率的な戦闘を求めて英国戦争会社に集団での
雇用を求めて結成された。5年来の馴染みであり、元は11人の集団であった。
ボスニアで二人、ここで二人をなくして今の7人となったが、スウィフトは増員の必要無しとの判断を下している。
 北上を始めたこの軍団は30分ほど行進した後、25人の民族解放戦士たちと合流し、改造ピックアップトラックに揺られて
政府軍残党が駐屯しているであろう山麓の村を目指した。
「ミサイル買えないんかねぇ・・・?」
「傭兵なんてのはつまるとこ捨石尖兵だろ。それに、歩兵しかやったことないしな、俺」

 資金難の愚痴を吐いているところに唐突に、腹に響く爆薬の轟音が島津達を襲った。
『前の車両がやられた!!降りて散開しろ!!』
先頭を走っていた車両が爆炎を上げて吹き飛ぶと同時に、スウィフトの怒鳴り声が無線から響いた。
後方車両の24人はバラバラとトラックから散って道脇の草陰に伏せた。
(情報が漏れていたのか、作戦が読まれていたのか・・・夜の山道で待ち伏せとは・・・うかつだった)
スウィフトは一瞬後悔した後、今後の行動について作戦を立て、細かな指示を送る。

 島津とブロンクスを含めた5人の傭兵は林の中を山腹方面に迂回し、残りの解放軍兵士はスウィフトともう一人の傭兵を隊長に
9人1組で応戦しながら山麓へ真っ直ぐと進んでいた。
 「この闇でロケットぶっ放すなんて、イカれてやがる・・・それとも金かけた装備なのか?地雷か・・・?」
島津は小さくボヤきながら鬱蒼とした夜の林を北上していった。

19 :No.04 ミャンマー☆ニー 4/5 ◇I8nCAqfu0M:07/10/06 20:23:52 ID:YDScLqHq
 月明かりは奔放に茂った葉々に遮られ、複雑に絡んだ蔦と闇が彼らの行く手をやんわりと阻んだ。
銃声は背後に迫り、時折り混じる叫び声が仲間の負傷を連想させる。次は自分が撃たれるか。
不安と義務に追われながら30分近く歩いただろうか、島津達5人は山麓の村を見下ろせる位置に腰掛けていた。
「無線、つながらねぇな・・・村の南に辿り着いてるとしたら、無線は届く距離なんだが」
「死んでなきゃな。スウィフトの報告の通りならあの山道の待ち伏せは約30人。残り10近くはこの村で寝てるはずだ」
「しかし奴らはなんの為に隊を分割して待ち伏せ仕掛けてきたんだ?」
「足止めか、届け物でもあんのか、わかんねぇけど・・・」
 島津はそう言うと自分の装備を確認した。
「とりあえず指示通り、お得意の市街戦をはじめようぜ」
 真夜中のしじまに紛れて、島津とブロンクスはペアになって村を探索していた。残り3人も同じ様に宿を探っていく。
「待ち伏せを仕掛けたってことは、こっちがここを襲うのも計算の内ってことだ。つまり奴らはもうここにいないか、
 もしくはここでも待ち伏せを仕掛けてるはずだ」 
 島津の言葉通り、宿の入り口にはブービートラップが張ってあった。村に人の気配は無い。
そして島津とブロンクスが宿から出ようとした時、右手からかすかに銃声が聞こえてきた。
『いたぞ!今4、5人の集団から攻撃されてる。場所は座標○○○だ!!』
『分かった、すぐ行く!』

 島津たちが向った先からは、バリバリという機関銃の音が絶え間なく聞こえてくる。それに加えて迫撃砲の爆音も。
銃声も近くなった頃『仲間一人が首を撃たれて重傷』との連絡が入る。状況は2対4〜5、相手も増援を呼んでいるはずなので
こちらの応援が間に合わなければ踏み込まれて終わる。10人近くが潜伏していると仮定しているので、
そうそう急いで駆けつける事は難しい。そもそも駆けつけてもその後は10対5、正面から戦って勝ち目が無いのは明白である。
島津は負傷者を見捨てて素早く自分達と合流し、闇に紛れて応戦しながら撤退との指示を出した。
この市街戦では自分達が先に敵を見つけて叩くことが勝利の絶対条件であった。正面衝突している場合、これ以上の戦闘は
無駄な死者を招くだけであり、その時点ですでに敗北を喫している。
 合流地点で待つ島津の目に、けが人を担いで二人の仲間が走ってやってくるのが写った。
瞬間、島津の右胸に強い衝撃が走った。
「ん・・・?」
少し遅れて熱さを感じると、カーキの服には真っ赤な染みが広がりつつあった。

20 :No.04 ミャンマー☆ニー 5/5 ◇I8nCAqfu0M:07/10/06 20:24:09 ID:YDScLqHq
 2時間後、負傷者を出しながら辛くも生き延びたスウィフト達18人は、予定通り駆けつけた500人の援軍に守られながら
戦場を離脱、さらに5時間後、反政府軍側は7000人を投入しての大規模な北部山岳地帯制圧作戦に出る。
作戦は成功、政府軍は3000人(うち少年兵約700人)近くの死傷者を出して要塞から撤退。
その地域は今現在でも民族解放軍の中心として政府軍を寄せ付けずにいる。


 某国国営新聞2面、民族紛争特集記事『小さな敗北と大きな勝利』より一部抜粋。
 
「我々は長年傭兵団として戦ってきたわけですが、あの夜の戦闘だけは未だに忘れる事が出来ません。
 10年近い傭兵生活のなかで初めて、私は目の前で仲間を失いました。このことは何より私に敗北感を与えました。
 実際、作戦の失敗などの大きな事よりも、仲間が一人、死んでいく姿の方が衝撃的だったことには、私自身も驚きました。
 でもそれは、紛れも無く私が感じた事実なのです。
  偉大な勝利に犠牲はつきものです。しかし人は、気のおけない大切な友人が犠牲になった時、あるいは身内を亡くした時、
 あるいは自分自身が傷を負った時にだけ、初めて戦争という、『殺し合い』の意味を実感できるものなのです。
 (中略)
 私がこの紛争を生き延びることが出来たのは、まさに運のおかげに他なりません。
 今ではもう傭兵もやめて、ブヨブヨにならないように毎日ジョギングしていますよ(笑)。
 (後略)」


「この記事・・・本当にお前が書いたのか・・・?」
「あぁ。なんだか平和主義者みたいでいいだろ」
「らしくねぇ・・・」
「まぁいいじゃねぇか。丁度アイツの命日だったからよ、つい受けちまったんだよな、取材」

 そう言うと島津は、ブロンクスの肩を叩いて悲しげに笑った。



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