【 壕の中 】
◆wb/kX83B4




88 :No.20 壕の中 1/3 ◇wb/kX83B4:07/09/30 23:10:02 ID:JUYf/ZEI
 砲兵は頭で、歩兵は気合いで戦争をやるものと言われます。これは、砲兵が
不確定な要素を確定な要素に変換しなくてはならないのに対して、歩兵は不確
定な要素を不確定なまま戦う事を示しています。さて、これまでは、大きな国
でも小さな国でも戦争をするときには歩兵のやり方で戦争をしていました。こ
れは「やってみなくちゃわからない」という事です。しかし、あの大きな戦争
、人のたくさん死んだ戦争の後、大きな国では砲兵のやり方が主流になってき
ました。それは、弾道ミサイルと核弾頭という砲兵の扱うべき究極の兵器がで
きたからでありましょう。砲兵は不確定な要素も極力計算して扱うため、犠牲
が成果に見合わないならば戦争はしません。そこで、大きな国の間では戦争が
起きなくなりました。戦えば、両者共に全滅することがわかっているからです。
 しかし、小さな国と他の国が戦うときにはそうはなりません。不確定な事を
不確定なまま戦うのです。「やってみなくちゃわからない」と考えて。いいえ、
大きな国同士では戦争が出来なくなったので、小さな国と他の小さな国、大き
な国が戦うような戦争しか起こらなくなったのです。今回語られるのは、そん
な小さな国のお話です。
 さて、この小さな国は、二つの大きな国のどちらに味方するか、と言うこと
で北と南に別れてしまいました。北の国では工業が発展していて、南の国では
川の恵みを受けた豊かな大地を生かして農業が昔から盛んでした。北の国にも
南の国にも大きな国が一つずつ協力していましたが、北の国に協力している国
はあまり強くなかったので、北の国の指導者はもともとその国で力のある人で
した。それに対して南の国では、非常に強い国が協力していたので、その国に
都合の良い成り上がり者が指導者になりました。成り上がり者は首都に地縁を
持っていなかったので、自分の身内で指導者層を固めました。そのため、指導
者の側近が汚職をしたり、実務能力が無かったりした事がありました。だから、
南の住人は北の国に希望を持つようになりました。南の国では北の住人の影響
を受けたゲリラ組織が力を持つようになってしまったのです。

89 :No.20 壕の中 2/3 ◇wb/kX83B4:07/09/30 23:10:55 ID:JUYf/ZEI
 北の国の国軍中尉のカンはゲリラの組織に派遣されました。組織の関係者と
共に、国境から南に遠く離れた村にやってきました。この村は、これまで南の
政府に近い立場にあるとされていたのですが、このたび北側の組織にコンタク
トを取ってきました。彼らの話によると、南政府によって不利な裁定を受ける
ことが多くなった上に彼らの後ろ盾である大きな国の軍隊が村に駐屯する可能
性が高くなったため、北側にコンタクトを取ったとのことです。村は、北に情
報を流すことを約束しました。そう遠くない将来大きな国はこの国から手を引
くと考えたようです。 さて、組織と村の交渉は妥結し、宴会が始まりました。ゲリラと村人は酒を
酌み交わし、共に戦おうと誓い合いました。カン中尉は村の若者と差し向かい
に座って酒を飲み、彼の妹が薬が買えないために命を失い、そして、そのよう
な薬は指導者に近い人間ならば非常に安価で手にはいるこの南の国の仕組みを
聞きました。また、彼は、大きな国の軍隊が彼らの生活に干渉してくるともこ
ぼしました。それもこれも侵略者である大きな国のせいだと二人で肩を組みな
がら叫びました。興奮した若者はカン中尉を振り落とす勢いで立ち上がると、
「我々は壕の中で自分達で考えて生きてきた、よそから来た連中には壕の中に
は文句を言わせない! 」と。この言葉を中尉は大きな国とその手先である南
の政府に対する敵愾心を表明したものと思い、彼の手を取って、ゲリラに勧誘
しました。青年はそれを受け、ゲリラの新兵となりました。それを聞いて、周
りの若者がわれもわれもとゲリラ入りを志願し、新兵になりました。
 大きな国を侵略者と断定し、それによって南の住人を反政府に向かわせる、
という戦略は成功を収め、大きな犠牲を払いながらも、大きな国の軍隊を疲れ
させ、その国の学生に厭戦気分を抱かせました。しかし、戦争は終わりません。
あの村からの志願者も、その半分は新兵の内に死に、さらにその残りの半分は
部下をもらってから死んでしまい、もう四分の一しか残っていませんでした。カン中尉は初めに勧誘した若者に聞きました。君は我々を恨んでいるか、と。
すると、若者は答えました。
「我々は自分の仲間のために戦っている。そのためには死んでもかまわない。
死んだ仲間も覚悟の上だ。」と。
 感動したカン中尉は次の攻勢の時に、先頭に立ち、前線航空司令所を壊滅させ
乱数表を得るという大戦果を得ましたが、頭に銃弾を受け三日後に死んでしまいました。

90 :No.20 壕の中 3/3 ◇wb/kX83B4:07/09/30 23:11:44 ID:JUYf/ZEI
 さて、数年後、大きな国がこの国から完全に撤退し、北の国によって統一され
ました。しかし、「大きな国を侵略者と断定し、それによって南の住人を反政府
に向かわせる」という戦略は成功を収めたのには理由がありました。
「我々は壕の中で自分達で考えて生きてきた、よそから来た連中には壕の中に
は文句を言わせない! 」
北の国民は壕の中に暮らしているほとんどの南の国民にとって仲間ではなかった
のです。彼らが一つの国になるのはずっと後のことになってしまいました。



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