【 可哀想な宇宙人 】
◆luN7z/2xAk




76 :No.17 可哀想な宇宙人 1/4 ◇luN7z/2xAk:07/09/30 22:24:12 ID:JUYf/ZEI
 私が地球に住みはじめてからもう三年が経過していることに、最近やっと気づいた。
地球の侵略にやってきてから、もう長いことこの家に居着いている。
海の見える家だ。ここには時計というものはなく、太陽だけが時の流れを教えてくれる。
日の出になれば、私はすぐに起きる。
「おはようございます。今日も早いですね」
 笑顔で話しかけてくるのはマリという名の少女だった。
マリは私にこの家を提供してくれた(実際にはその家族が、だが)人間で、私が地球に来て初めて接触した人間でもあった。
今でも、毎朝こうして家にやってきては、朝食を作ってくれていた。
「そういう君も、今日は早いな」
「もう。変わらないんだから」
彼女はむくれながら通学カバンのようなものを丸テーブルの上に置く。
台所に掛けられているエプロンを身につけると、まだ幼い彼女でも立派な女性のように見えた。
「なぁ、マリ」
私は興味本位でマリに話しかける。
「何ですか?」
彼女は視線を台所のまな板から離さないまま返事をする。
「私にも、料理を教えてくれないか」

77 :No.17 可哀想な宇宙人 2/4 ◇luN7z/2xAk:07/09/30 22:24:30 ID:JUYf/ZEI
 突然鳴り響いたのはドアが乱暴に叩かれる音だった。
全く、二人だけの時間を邪魔するとは空気の読めない男たちだ。
「隠れてろ」
マリは頷く。私は通学カバンを彼女に投げ渡すと、玄関に向かった。
 こういうことは初めてではない。
何年経っても行動を起こさない私を上司が黙って見ている訳もなく、何度となく私に刺客を送ってきた。

「だから、この作戦は膨大な時間がかかるんだよ。何度も言ったろう?」
「ボウダイ?」
「とても長い時間、ってことさ」
私はため息をつく。宇宙にいたころは、私も目の前の同僚で立っているような人間だったのだろうか。
こう言っては悪いが、我々宇宙人は地球人と比べて頭が悪い。
私は任務を遂行させるために長い時間「人間としての勉強」をしてきたが、向こうの一般人は義務教育というものが一切なかった。
これほど流暢に言葉を喋れるのは地球に住む人間と私以外、誰もいないだろう。
「……だから、たった三年ぐらいでそっちのわがままを言わないでくれよ。
 私が今立てている作戦は十年とか、そういう数字で表せる時間では無理なんだよ」
目の前の男は首を傾げる。何を言っているか分からない、という風に。
それを気にしないように、私は話を続ける。
「いいじゃないか。百年や二百年なんて、向こうで過ごしていればすぐだろう? 今私は……」

78 :No.17 可哀想な宇宙人 3/4 ◇luN7z/2xAk:07/09/30 22:24:46 ID:JUYf/ZEI
 自分より頭の弱い人間を言葉で言いくるめるのは簡単だった。
相手は私のことを頭がいいと思っているし、知らない言葉を必死で理解したふりをしようとしていた。
気づけば、そんな同僚を面白がって小一時間「地球を征服するための準備」の話をしていた。

「……というわけで、私はここで波動弾を出すエネルギーをためているんだ。
 今のスピードでためていると、最低でも百年の歳月が必要なのさ」
悪いな、と付け加えると、同僚は悩ましげな表情をしている。当然だ。あり得ない話を理解する方が難しい。
それは急に顔をあげると、私をじっと見つめる。
「な……なんだ?」
もしかしてバレたか? 少し喋りすぎたか、と思ったところで耳に飛び込んできた台詞は、俺の頬を緩ませるのに十分な威力があった。
「……何カ必要なモノはあるカ?」
ぶふっ、という音を立てて唾を豪快に噴き出してしまった。
唾まみれの男は、依然首をかしげている。
「あぁ、何もいらないよ。地球の資源は割りと豊富だ。宇宙にあるようなものは大抵ある」
「ホウフ?」
「沢山ある、ってことだよ」

分かった、と言うやいなや、男は消えてしまった。奴はもう既に宇宙に辿り着いているだろう。
私はため息を吐く。
そんなことができる文明や力があれば、こんな星なんて簡単に侵略できるだろうに。
もう一度ため息を吐くと、台所に戻った。

79 :No.17 可哀想な宇宙人 4/4 ◇luN7z/2xAk:07/09/30 22:25:02 ID:JUYf/ZEI
「もう大丈夫だ……って何してるんだ」
私が台所に戻ると、丸テーブルの下に隠れるマリの姿があった。
「だって隠れてろ、って言うから……」
地震じゃないんだから、と言うと私はすぐ側にある椅子に座る。新聞を手にとって一面に目を通す。
 
 地球侵略の全権を任されているということは、私はとても信頼されているのだろう。
それを考えると、たまに複雑な気持ちになってしまうこともあった。
それでも、それ以上にここでの生活は気持ちいいものだった。
初めての地球人との会話は、宇宙のカタコトしか使えない意思疎通より楽しいものがあったし、
何よりも「感情」というものに触れられることができた。
 私は新聞から目を離す。すぐ側には、また顔を膨らませているマリがいた。
「さっきから新聞ばっかり読んで! 楽しいですか!?」
「いや、他にやることもないし」
「料理を教えてくれって言ってたじゃないですか! もう知らない!」
そう言うと、大きな足音を立てて台所に戻る。私は自分の台詞をすっかり忘れていたことに気づいた。

その後、私はマリと一緒に朝食をとり、軽い会話をこなす。
学校はどうだとか、今日のご飯は水っぽいだとか。そういう話が、また私を地球に取り込んでいく。
 実は私が、地球に侵略されてしまったのかもしれない。
そんなことを思いながら、学校へ行くマリを玄関まで見送る。
そこまでして、私はまた椅子に座って息をついた。

私が動かなければ、宇宙人は自らが滅びるまで地球に何もしてこないだろう。
あるいは、滅びるかどうかも分からず消えてゆくかも知れない。
悪いとは思うが、私がこの地球を好きになってしまった以上、どうしようもない。怒るなら自分の先祖に怒ってくれ。
そんなことを頭の中で思っていると、またノックの音が鳴り響いた。
今日は客人の多い日だな、と頭を掻きながら私はドアを開けた。
                        fin



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