【 地球侵略も楽じゃない 】
◆InwGZIAUcs




49 :No.11 地球侵略も楽じゃない 1/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/30 14:25:18 ID:JUYf/ZEI
 地球から何光年も離れた宇宙空間で、一隻の宇宙船が漂っていた。


 のんびりと時間が流れる秋の夜、天気予報では晴れ空のおかげで月が綺麗だとか。
「ああ! 勝手にチャンネル変えないでよー。ここからいいとこなの! 恋愛ドラマ最終回なの!」 
 それだというのに、私の部屋はここの所ずっと騒がしい。季節の風情など、どこ吹く風だ。
「下らないよこんな茶番劇。僕には何が面白いのかさっぱりだ。知っているかい? 宇宙には星の数ほど愛がある。それこそ
地球上のそれが霞むほどの数だね。その無限にも近い愛を前に、この劇は一体何を語れるというのか? まさに茶番だね」
 私は十九歳の現役女子大生、三崎夕子。トレードマークは腰まで伸びた、この綺麗な黒髪だと自分で言い張ってみる。
 説教を垂れるのは少年の姿をした五十センチ程の小人。だけど、この場合小人では語弊があるかもしれない。
「相変わらず意味のわからない事を……ようは自分がアニメでも見たいだけでしょ? オタク宇宙人め」
 そう、彼はまるで童話に出てくるような小人の格好をした、宇宙人だと言うのだ。
「地球人も宇宙人だろ? なんて地球人のように浅はかなことは言わないよ。
ただ、やはり頭の容量は少ないんだね。僕の言ったことを微塵も理解していない」
 額に青筋が入るのが分かる。やだわー……こんな怒り顔ちっとも可愛くないのに。
「じゃあ聞いてあげる? 無数の愛がどうのとか言うけれど、大地がその全部を把握しているわけでもないんでしょ?」
「その名前で呼ばれるのはどうも慣れないな。まあいい、確かにその通りだ。僕が宇宙全てを知っているわけでもない。
だけどね、論点が違うんだよ。その内容を知っているかなどは今どうでもいい。問題はその事実を前にしても尚、まだ君は
その茶番劇が見たいのか? ということだよ。君も恋人の一人作ればいい。ドラマなんかには到底及ばない感動が
あるんじゃないかな? 寂しい一人暮らしにも花が咲くよ? 僕がいなくても良いほどに」
 ぶち……と、小気味よい音が聞こえた。
 血管の一本か二本切れた音かな? じゃなけりゃ堪忍袋の尾が切れた音に違いない。
 戸棚に立てかけてある蝿叩きを何気なく手に収める。
「……大きなお世話だよ? 大体そんなアニメこそ茶番なんじゃないかな?」
 言葉を噛み締めるごとに、手にしたゴム地の蝿叩きが歪に曲がる。
「君は何か大きな勘違いをしているよ。アニメや漫画こそ人類が誇るべき文明だと思うね。科学技術は未熟なれど、
これほど様々な世界観を生み出す発想力は、ここから半径約一千万光年の宇宙では見たことが無い。わかったら君も一緒に
この素晴らしい文明に浸るべきだと思うよ?」
 テレビに映ったのは宇宙人という設定の少女だった。よく分からないが、今日どこにでもありそうな設定は、
この宇宙人にとって目新しいものらしい。

50 :No.11 地球侵略も楽じゃない 2/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/30 14:25:41 ID:JUYf/ZEI
「大地……」
 一つ。この宇宙人は人間よりもずっと頑丈で、ちょっとやそっとじゃ怪我をすることはない。
「何だい?」
 だから助かる。手加減しなくても済むのだから。
「宇宙規模のオタクに言われたくなああああああああい!」
 私の愛鞭、蝿叩きが風を斬って唸りを上げた。


 一隻の宇宙船は無重力空間で舵を切っていた。ぐんぐんと地球に近づいている。


 大地というのは私が勝手につけた名前だ。彼の名前が日本語で、「大いなる者」なんて大げさな意味を持ってるらしく、
なんとなくしっくりくるなと思って「大地」と名前をつけてやった。
 「じゃあこれからあんたのこと大地って呼ぶ」なんて言ったのが始まりなのだけど、「安直だね。それにこの小さな星
の大地のことかい?」と、憎まれ口を叩かれた私がお返しに蝿叩きで叩いてやった……なんてエピソードもある。
 だけど、本当に立派なのは名前だけで、事あるごとに宇宙の視点を引っ張り出してくる生意気なチビ助以外の何でもない。
 ちゃぽんと、湯船に浸かりながら考えることはただ一つ。
「結局、大地は何をしにきたのかな?」
「……確かにこの家に来て結構たつね。そろそろ僕の目的でも話しておこうか?」
「そうだね。大地は一体何がしたいのさ?」
「まあ待ってくれ。僕もそっちの湯船に浸かるから――」
 その張り手、流星の如く! 渾身の力がジャストミートしたようで、大変小気味良い音が浴室に響き渡る。
 あまりにも自然に居るから突っ込みが遅れたわ。
「湯船まで侵入してくるとは……とうとう私襲われちゃうのかしら?」
 指の骨をコキコキ鳴らし尋ねるけど……あれ? 反応が無い。
「……大地? あのー、大丈夫?」
 脱衣所に転がる大地の意識は、それこそ宇宙の果てまで飛んでいったようだった。


 一隻の宇宙船が地球の衛星に混じりこんだ。まるで地球の様子を伺うように。

51 :No.11 地球侵略も楽じゃない 3/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/30 14:26:07 ID:JUYf/ZEI


「ほとほと呆れる限りだよ。僕が地球人に興奮するとでも思ったの? おこがましい。君の体なんか犬が服を
着ているか着ていないか程度の差でしかないんだ。その足りない脳みそに不釣合いな腕力を笠にして楽しいかい?」
 確かに私もやりすぎたよ……でも――
 私はカッなった。いつもとは少し違う怒りがこみ上げてくる。
「あ、あんたねえ……居候だったらもっと下手にでなさいよ!」
「僕はありのままのことを言っただけだ。ふん、もういいよ。僕は君のサンドバックじゃないんでね」
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ?」
 背を向けた大地は踵を返すこともなく言い放つ。
「いい機会だし出て行くよ。あと、もうすぐ僕の仲間が地球に総攻撃をしかける。これが僕の、僕らの目的。
逃げれないとは思うけど、僕からの忠告。ここでお世話になった宿代だよ。それじゃあお邪魔しました」
 ガラっと開けた窓から、大地は重力を無視して飛び立っていった。窓の外は、予報はずれの曇り空だった。

 私は悪くない……よね?
 小さな宇宙船ごと、安アパートの窓を突き破って突然現れた大地。「ここで少し休ませてくれないかな?」なんて言われて、
「いいよ」と返す私がそもそもおかしかったのかもしれない。そうだ、もっと早い時点で警察に相談したりしていれば
良かったのよ。そうすればあんな言い合いになる事もなかったし、蝿叩きをぶんぶん振り回す琴もなかった。
 でも、でも……慣れない大学での一人生活も、あいつが居たおかげで少しは寂しさが紛れたのは……事実、かな?
 悔しいけど何故か、いや、すぐ感情的になってしまう悪い癖のせいで、あいつの言う通り彼氏もできいない。
 生意気なやつだけど、なんだかんだ言って私の寂しさを紛らわしてくれてたのかな。
 外に出た大地が捕まったらどうなっちゃうんだろう? 監禁? 人体実験? そんなのは……嫌だ。 


 一隻の宇宙船は電波を受信した。人間を絶滅させる為のデータが込められた電波を。


 雨が全身にまとわりついて体力と体温を同時に奪っていく。部屋を飛び出してすぐ雨が降り始めたのだ。
「もう、どこにいったのよ!」
 行きそうな場所の当てなど無い。私は辺りを必死に探した。目が、二つしかないのがもどかしい。

52 :No.11 地球侵略も楽じゃない 4/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/30 14:26:29 ID:JUYf/ZEI
「きゃっ!」
 足がもつれて転倒。水溜りに顔から突っ込んでしまう。情けない格好してるんだろうなあ。
 でも、絶え間なく降る雨のおかげで、水浸しになろうが関係ない。……そして、何もかもどうでもよくなってくる。
「大地ぃーーーー!」
 夜中の住宅街で私は叫んだ。自分でも初めて気づく気持ちが溢れてくる。
 そうよ、一緒にいたいの! 男の子とあんなに長くいたの初めてなんだから! 蝿叩きだって照れ隠しなの!
大地には責任をとってもらわないといけないの! 裸も見たし! 犬と変わらないって言われて悲しかったから怒れたの!
 だから、気づいてよ!
「やれやれ、近所迷惑じゃないの?」
「え?」
 そこには、肩をすくめて浮いてる大地がいた。
「全く、こんな所で何をやっているんだい? 僕達の目的でも阻止しにきたの?」
 目的? そういえばそんな事も言っていた気がする。でも今は――
「そんなこと蝿叩きにも勝てないあんたに出来るわけないじゃない! それより! わ、私はあんたを心配して……」
「……泣いてるの?」
「泣いてなんかない! 雨だもん! 私は、大地は外の世界の怖さを知らないだろうから……連れ戻しに……きたの」
 この年齢になるまで素直になれない自分は、一生素直になることはないのだろう。
「ふーん。僕はこれからやることがあるから……風邪を引く前にさっさと帰った方がいいよ」
 あくまで冷たく大地は言った。その言葉が私の胸に突き刺さる。
 見送る間もなく、大地は水煙の彼方へと消えてしまった。

 冷え切った体を温めた私は、走り回りだるくなった体をベッドに委ねた。
 睡魔がすぐに私を夢へと誘ってくれた。おかげで大地に見放されたことを悩む間もなく眠れる。
 次の日の朝、やはり大地の小さなベッドの上にその姿は見当たらない。大地が来る前の変わらない朝だった。


 一隻の宇宙船はもう一度電波を受信した。たった四文字が込められた電波を。


 上の空で朝食を作っていた時だった。

53 :No.11 地球侵略も楽じゃない 5/5 ◇InwGZIAUcs:07/09/30 14:27:08 ID:JUYf/ZEI
「腹が減ったよ。何か食べるものあるかい?」
 唐突に声をかけられ振り返る。
「大地……?」
「ああ、君のおかげで一仕事増えたんだ。報酬はあってしかるべきだろ?」
「帰ってきた……の?」
 あれ? 私ちょっと怖い。一度拒否されてるからだろうか?
「そうだよ。君があんまりにも滑稽だったから憐れになってね。この広い宇宙でも類を見ないほど同情を誘う光景だったよ」
 ここまでだった。珍しく乙女チックだった私の心は、すっかりいつものトゲトゲハート。
「そう? 人体実験のほうが好みだったかな?」
「ふん、生き延びたのがどっちかも知らず、生意気な……ま、アニメの続きも気になるしね」
 こいつは……やっぱ私の恋心は一時の気の迷いだったのだろうか?
「……一応、君が心配になったのさ。何より、僕の為にあんなことされちゃ目覚めもよくないしね」
「え?」
 頬をぽりぽり掻いて、珍しく照れている大地の仕草に胸を射抜かれた。
 私も気づけていない彼の気持ちがあるのかもしれない。
「ふーん。珍しく殊勝なことを」
 ニヤニヤしているのが自分でわかる。
「五月蝿いよ! さっさとご飯!」
 ……今日だけは蝿叩き封印しといてあげる。


 地球から遠ざかる宇宙船の中、新人の乗組員が船長に尋ねた。
「理由もなく突然の『撤退命令』……これだけで引き下がる事になるなんて。地球の先遣者はそんなに偉い人なのです?」
「『大いなる者』の命令だぞ? この名を持つ方を知らないわけではないだろう?」
「私たちの星の王じゃないですか!」
 新人乗組員の彼は度肝を抜かれたようで、悲鳴に近い声を上げた。
「建前は植民地を増やすためだ。まあ、母星の女に飽きたって説が一番有力だがな……」
「……はあ」
 新人乗組員の重い溜息も無理は無い。
 今回一番労を取ったのは他でもない、侵略する予定だった彼らなのだから。  【了】



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