【 目玉焼き 】
◆3UdZPmYfZU




44 :No.10 目玉焼き 1/5 ◇3UdZPmYfZU:07/09/30 14:08:47 ID:JUYf/ZEI
 ある秋の日の朝。
 俺はいつものように二人分の朝食を作り、ダイニングテーブルに運ぶ。
 目玉焼きには自信がある。
 既に四人掛けのテーブルのいつもの席に父さんは座って、新聞を広げていた。
 新聞に当たらないように、目玉焼きとトーストを父さんの前に置く。
「おお! 今日もうまそうなブレイクファースト!」
 目玉焼きを見ながら、妙なテンションの父さんは新聞を隣の椅子に置く。
 俺は無言で父さんの対角線に位置する椅子に座る。
「いやあ、お前の朝食も今日で食べおさめと思うと、なんかさびしいなぁ」
 半熟の目玉焼きに箸で穴を開け、そこにしょう油を注入しながら父さんは言った。
「食べおさめ?」
 俺も父さんとまったく同じ作業をしながら聞き返す。
「ああ、そうなんだ。父さん、再婚するから。みゆきさんと」
 誰だよ、みゆきさんって。聞いてねぇぞ。
 かなり動揺した。しかし、
「ふぅん」
 自分でも、よくここまで無関心そうに答えられたなぁ、と思う。
 これも普段から冷静キャラを演じている効果だろうか。
 まあ、母さんが病気でいなくなってから、もう十二年も経つ。
 大ヒットテレビアニメが映画にリメイクされるにも十分すぎる時間だ。
 再婚相手が家に来る当日に息子に打ち明ける父親もどうかと思うが、父さんもそれなり
に悩んだ結果なのだろう。
 朝から変なテンションだったのも、この事があったからだろうし。
 おめでとう、父さん。
 なんて事を考えながら、トーストに黄身をつけて食べた。
「ふうんって、隼人お前、父さんの再婚に反対しないの、か?」
 父さんは俺が反対することを心配していたらしい。
 まあ、俺が小学校低学年くらいだったら、新しい母親なんてものを家庭侵略を目論むイ
ンベーダーか何かのように嫌ったかもしれないけどさ。
 全く、自分で言っといてうろたえるなよ。しょうがないな。

45 :No.10 目玉焼き 2/5 ◇3UdZPmYfZU:07/09/30 14:09:07 ID:JUYf/ZEI
「別に、親父が決めたんなら、いいんじゃねーの」
 冷静キャラの一言には説得力がある。家でも演じていて良かった。
 そして俺は椅子から立ち上がり、自分の分の食器をキッチンに持って行く。
 ふと振り返ると親父は俺の背中を見ながら目をうるうるさせていた。
 シンクに食器を置き、学校へ向かった。

 午後七時半過ぎ、俺は数箱のダンボールが置かれた玄関の前に立ってた。
 いつもより少し遅い帰宅時間なのは、学校帰りに例のリメイク版アニメ映画を見に行っ
ていたからで、なぜ見に行ったのかといえば、なんとなく家に帰りずらかったからだ。
 やはり、緊張する。みゆきさんに関する情報がゼロだから。
 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。
 意を決して家に入ろうと、ドアに手をかけた瞬間、
「ここの、家の人?」 
 背後から女の声がした。
 突然後ろからの声。ビビる。
 しかし、ここは冷静に、ゆっくりと振り向く。
「そうですけど……」
 俺と同じ高校の制服を着た、俺と同じくらいの歳の物静かで冷たそうな女がそこに立っ
ていた。
 が、制服のリボンのラインの数で、俺より一つ下の学年だというのが分かる。高一。
 何度か、昼休みに図書室に一人でいるのを見たことがある奴だった。
 まさか、この娘がみゆきさん? そんな馬鹿な。
 あ、でも確か十六歳なら結婚できるんだっけ。
 俺は外見的には冷静を装ったが、思考は混乱そのもの。そのせいで、
「家、入る?」
 まだみゆきさんと確定したわけでもない正体不明を、家に招待してしまった。
 さらに問題なのは、みゆきさん(仮)が無言で俺の招待を受けた、という点だった。

46 :No.10 目玉焼き 3/5 ◇3UdZPmYfZU:07/09/30 14:09:23 ID:JUYf/ZEI
 俺はスクールバックを持ったまま、ダイニングに向かう。
 その間、ずっとみゆきさん(仮)が後ろを着いてくる気配。
「あ、二人とも、おかえり」
 父さんは朝と同じ椅子に座っていた。
 おかえり、じゃねーよ。
 二人とも、ねぇ。まあ、これで父さんとみゆきさん(仮)が知り合いなのは確定。
 他に人の姿は無い。俺の背後にいる奴が、戸籍上は新しい母親なのか?
 とりあえず、俺は落ち着いて、テーブルの朝と同じ椅子に座る。
 この一年生女子は誰だ、と聞こうとした瞬間、
「あら、あなたが隼人くん? おかえりなさい」
 父さんより数歳だけ若そうな女性が、キッチンから登場。
「た、ただいま」
 反射的に答えてしまう。
「さて、みんなそろったし、そろそろ晩飯にしようか!」
 父さんはニコニコしながら宣言した。

 結論から言おう、俺は制服のまま、晩飯を食べることになった。
 じゃなくて、キッチンから登場したほうが、みゆきさん。天然ぽいが良い人のようだ。
 ……そしてさっきの高一女子はみゆきさんの娘で名前は、夕紀。
 食が細いのか、新しい環境になれないのか、夕紀ちゃんは終始無言で早々に晩飯を切り
上げ、居間のほうで文庫本を読んでいた。
 夕紀ちゃんが居間に移動してまもなく、俺もいつもより食べずに晩飯を終え自分の部屋
に戻った。というか逃げた。
 妹がついてくるなんて聞いてないぞ?
 あー。まあ、待ち望んだフィクションぽい展開ではあるけど、実際に起こると、どうし
たものか、困る。
 無口、読書家キャラの妹(義理)か。
 この妹が、俺の生活にどれほど関わってくるのかはまだ分からない。
 時間の経過で、少しずつ浸透するように慣れられればいいのだが。
 怖いのは、急速な接近だ。仮にも昨日まで赤の他人だった、知り合いではなかったにし

47 :No.10 目玉焼き 4/5 ◇3UdZPmYfZU:07/09/30 14:09:39 ID:JUYf/ZEI
ろ同じ学校の後輩である。しかも、なんか夕紀ちゃん話しずらそうな雰囲気だし。
 そんな感じで、しばらくの間、今後の展望をたてていた。
 ふと、時計を見ると、深夜一時。
 もうそんな時間か、とベッドに入ろうと思うが、やばい。腹が減って眠れそうにない。
 部屋を出て、静かにキッチンへ向かった。

 暗いはずのキッチンに、ぼうっと光っていた。光源は冷蔵庫。
「先客?」
 俺は静かに言った。
 冷蔵庫の前の影がビクッと動き、ゆっくりと振り返った。
「え?」
 夕紀ちゃんのようだ。
「こ、こんばんは」
 何を言ってるんだ、俺は。
「あ、あのー。ちょっと小腹がすいてですね……」
「お、俺も実は腹が減って、ですね」
 既に俺の冷静キャラは崩壊していた。実に、ぎこちない会話。

 深夜一時十二分。
 我が家のキッチンには、目玉焼きを焼く音が響いていた。
 今朝と同じように、トーストも焼く。
 俺は二人分の夜食(朝食のメニューだけど)を作り、ダイニングテーブルに運ぶ。
 目玉焼きには自信があるからな。
 既に四人掛けのテーブルには夕紀ちゃんが座っていて、文庫本を読んでいた。
 文庫本に当たらないように、目玉焼きとトーストを置く。
「学校で見かけたとき、すごい冷たい人かと思ってました」
 夕紀ちゃんは微笑みながら目玉焼きを見て、言った。
 俺は無言で義妹の正面に位置する椅子に座る。
「まあ、そういうキャラ演じてるとこあるし」
 なんでもない風に俺は答えた。半熟の目玉焼きにしょう油を注入しながら。

48 :No.10 目玉焼き 5/5 ◇3UdZPmYfZU:07/09/30 14:09:58 ID:JUYf/ZEI
「あ、目玉焼きにはしょう油なんですね。わたしはソース派です!」
 とても楽しそうに見える。あれ? イメージとぜんぜん違うよ、この娘。

                      <おわり>



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