【 皮肉と愛を込めて 】
◆BLOSSdBcO




39 :No.09 皮肉と愛を込めて 1/5 ◇BLOSSdBcO:07/09/30 13:30:08 ID:JUYf/ZEI
 二〇〇七年九月末日。ヨーロッパ諸国による合同軍事演習中に事件は起こった。
 展開した部隊を観察するかのように突如として未確認飛行物体が出現。一切のレーダー類は沈黙。ただ肉眼と
カメラ越しのモニターにだけ、その存在を誇示するかのように優雅に舞う姿が映った。
 フランス陸軍第三戦車部隊所属、ジャン・ピエール氏はこう語る。
「ありのまま、その時起こった事を話すぜ! ――『味方の戦闘機かと思ったらUFOだった』。
何を言っているか分からねーと思うが、俺にも分からなかった」
 氏は真っ直ぐ天に向かって逆立てられた髪の毛を撫で、
「プラズマだとか見間違いだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ……」
 と蒼白な顔で上官に告げた。
 そして数日後、各国の政府軍事機関を騒乱に陥れた事件は沈静化する。
 真実を闇の中に押し込めたまま。
 何事も無かったかのように。


 出会いは万に一つの奇跡だった。
 私が深夜に散歩に出たのは生まれて初めてで、川沿いにある緑地公園に忍び込んだのは気まぐれ。
 何の目的も意図も無い行為が、時に大きな意味と価値を持つ。それが人生だ。
「アンタ、何?」
 『誰か』ではなく『何か』と尋ね、直後、自らの愚かさに気付く。回答が期待できる相手には見えない。
 緑色のずんぐりとした物体。手足のような四つの出っ張りと、丸い頭らしきものが乗ったドラム缶。端的に
私の知識の中で最も似通ったモノに例えるのならば。
「――ガチャピン?」
 昔、母に教えてもらった話によると、愛くるしい言動とは裏腹に子供の肉が主食の、様々なスポーツをこなす
運動神経の持ち主。腕には細菌の詰まったカプセルがついており、それが割れると半径一キロ以内の生物を
根絶するほどの猛毒になる。さらに宇宙空間での活動すら可能。相方は近未来兵器を頭に装着した年寄り臭い
喋り方の赤いモップ。……らしい。
 幼き日の私を睡眠不足に追いやった怪獣。その名が口をついて出たのは、恐怖を感じていた証拠だろう。
「彼は我輩の父さんだ」
 だからソイツが流暢な日本語で答えたとき、反射的に近くにあった木の棒で殴りつけたのは、仕方の無い事
だと言える。言えるハズだ。

40 :No.09 皮肉と愛を込めて 2/5 ◇BLOSSdBcO:07/09/30 13:30:35 ID:JUYf/ZEI
「何をするだァー! 貴様、どうやって我輩の嘘を見抜いたッ」
「ああ、良かった。嘘なんだ」
 偽ガチャピンは『しまった』という顔をして、それから申し訳なさそうに言う。意外と表情の分かりやすい奴だ。
「えっと、我輩はだな。遥か彼方の星からこの地球を侵略しに来た宇宙人だ」
 もし『ちゃーす。オレ、今年で二十六のフリーター、夢はビッグになることっス』とか言われたら逆に困るので、
この自己紹介はいくらか私を安心させた。
「宇宙人だという証拠は?」
「宇宙船の中だ」
「宇宙船はどこ?」
「巧妙にカモフラージュして隠してある」
「本当に?」
「……本当だ」
「この星では嘘を付いたら下を引っこ抜く習慣があるの」
「ごめんなさい! 壊れて墜落したので証拠隠滅のために爆破しました!」
 ふむ、と私は下唇に指をあてて考える。
 手に持った棒は堅い音と衝撃を残して折れている。これは着グルミではない証拠。表情も変わるし。
 知能はやや低め。深く考えるのが苦手で、嘘のつけないタイプ。
「私は東雲千菜。アンタの名前は?」
「この星の人間には発音が不可能だ。しいて意味だけ約すのならば『食欲旺盛な十三番目の尻尾』となる」
「じゃあ『デューク』ね」
「え? 何で?」
 今のところ害はない。あとは、利があるかどうか、だ。
「デューク。宇宙船を爆破したとしても、目的を達成するための手段は残してるでしょ?」
「そりゃあ、まぁ。ただ本来の方法に比べたら手間も時間もかかるだろうが……」
 ディ・モールト。良し。
「――私が協力してあげる。アンタに拒否権は無いからね」
 デュークの見開かれた大きな目には、月の光に照らされて悪魔のように微笑む少女の姿が映っていた。

41 :No.09 皮肉と愛を込めて 3/5 ◇BLOSSdBcO:07/09/30 13:30:59 ID:JUYf/ZEI
 世界を支配するのに必要なものは何か。
 私はデュークと同じ部屋で住むようになって以来(幸いなことに水と光合成のみで自給自足できるそうだ)、
ひたすらそれを考えていた。
 ちなみに学校はずっと行っていないから、部屋に篭もっていても誰も何も言わない。
「究極は思想の統一。宗教に近いかも。デュークと私に統治される事こそが幸せだ、と思わせる事」
「大人数を洗脳する装置は宇宙船の中だ」
 つまり爆破済み、と。
「過程として学校教育を乗っ取る。三世代、六十年あれば十分」
「我輩は永久に子供のアイドルとして君臨出来るキャラクターを模倣した」
 既に一世代持たない事が立証されてる。
「前提として多数の大人に私達の存在を受け入れさせる」
「目立つのは大好きだ」
 私は大嫌いだ。
「方法としてテレビや雑誌に番組あるいは広告をつけ、国民的知名度と人気を確保」
「未だに平面の画像と音声のみの番組とは、企業努力が足りんな」
 五感の全てで体感できるテレビは羨ましい。
「道具として、お金。それも大量に」
「あんな紙切れで良いなら無尽蔵に出せるぞ。口から」
 まあ、使う分には影響ないか。
「私は新世界の神となる!」
「じゃあ、我輩は新世界のマスコット!」
 ……良いのかそれで?
 兎にも角にも、私達の世界征服は動き出した。

42 :No.09 皮肉と愛を込めて 4/5 ◇BLOSSdBcO:07/09/30 13:31:17 ID:JUYf/ZEI
 結論を急ぐのは愚かなことだけれど、あえて結論から言おう。
 私達の世界征服は失敗した。それも完膚無きまでの敗北をもって。
 デュークの口から大量に吐き出された紙幣で弁護士を雇い、世界平和を目的としたNGO団体を設立し、有名
俳優と人気アイドルの出演するコマーシャルを作り、テレビ局に莫大な金額を払って複数の番組にスポンサー
契約をし、その裏で政治家との接触を図り、諭吉の一個大隊でもって倫理観という城砦を攻略し始めたところで。
 世界が、変わった。
 あらゆる国の争いが無くなり、全ての国の人々が笑顔で手を取り合い、国という垣根が消え始める。
 国連が世界中枢政府という名に変わり、その歴史を争いで刻んでいった世界に初めて本当の平和が訪れる。
 地球温暖化、食料問題、経済格差。それらを乗り越えるための取り組みが一丸となって行われる。
「皆、おかしいって気付かないの?」
「気付かせないのだ」
「なんで私だけ平気なの?」
「我輩に接触した事で精神的な耐性が出来ていたのだろう」
「どうにかならないの?」
「どうしようもない」
 宇宙開発時代の再来。
 増えすぎた人類は宇宙へ飛び出すべきだという世界中の『常識』の元、地球上のあらゆる資源・資材が宇宙
ステーションへと打ち上げられる。惑星植民地化計画の為に、各国の優秀な人材と働き盛りの若者がどことも
知れぬ星へと大量に搬送される。
 本当の行き先は、誰も知らない。
「奴らもこの星を狙っていたのだ。人も物も、根こそぎ奪い取るために……」
 デュークは奇怪な発音の星の名前を挙げ、悔しそうに緑色の体を震わせた。
 つまり。世界征服を目論むような酔狂な存在が他にも存在し、私達が気付かぬ間に、私達より鮮やかに、
私達より速やかに、私達の獲物を掻っ攫って行ったんだ。

 私の(自称)人類史上最高の頭脳は、
「――デューク、アンタに選択肢をあげる」
 十四年の人生で最大の『喜び』に満ち溢れていた。

43 :No.09 皮肉と愛を込めて 5/5 ◇BLOSSdBcO:07/09/30 13:31:37 ID:JUYf/ZEI
 一。自分の星に侵略失敗の報告をする。負け犬。
 二。諦めてこの星で奴隷として暮らす。チキン。
 三。悪あがきをして敵に殺される。馬鹿。
「どれも我輩に相応しくないッ!」
「ならば、四。私と共に闘いなさい。この星を奪い返すのよ」
 愛国心だとか独占欲だとか、そんなモノはない。
 ただあるのは、私に初めて敗北感を味あわせた相手への感謝の気持ち。
 人生というゲームが、退屈なイージーモードから刺激的なハードモードになった喜び。
「まさしくインベーダーゲームだな」
 デュークが人事のように大きな口を歪ませて笑う。
 さて。インベーダーは、敵か、私達か。
 ――それは、勝利の女神だけが知っている。


 二〇一六年九月末日。世界中枢政府による軍事演習中に事件は起こった。
 展開した部隊を観察するかのように突如として未確認飛行物体が出現。一切のレーダー類は沈黙。ただ肉眼と
カメラ越しのモニターにだけ、その存在を誇示するかのように優雅に舞う姿が映った。
 欧州陸軍戦略戦車大隊長ジャン・ピエール氏はこう語る。
「ありのまま、その時起こった事を話すぜ! ――『宇宙人かと思ったら黒髪の美女が乗っていた』。
何を言っているか分からねーと思うが、俺にも分からなかった」
 氏は頭頂部を隠すように流した髪の毛を切なげに撫で、
「E.T.だとかエイリアンだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ……」
 と蒼白な顔で上官に告げた。
 そして数日後、世界中で女性初の中枢政府大統領就任が盛大に祝われた。
 真実を闇の中に押し込めたまま。
 何事も無かったかのように。
 誰もが妄信的に、迷える子羊がごとく、掲げられた『正義』に付き従う歴史は繰り返される。

                                                     【GAME OVER】



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