【 侵略する者される者 】
◆4OMOOSXhCo




20 :No.05 侵略する者される者 1/4 ◇4OMOOSXhCo:07/09/30 01:34:15 ID:JUYf/ZEI
 俺の弁当箱に占める黒豆の割合が日々少しずつ増えている。そんな事実に気付いたのはそう遠い昔の事ではない。
 そう、あれは友達同士の七人グループで机をくっつけて弁当を食べている最中。俺の向かいの山内が口をもぐもぐと動かしながら、その漆黒の箸の先で何の脈略もなしに俺の弁当を指し示したのだ。
「なあ、隆」
「あん?」
「お前の弁当、何気に黒豆多くね?」
 おいおい何を言い出すんだ山内幸平、お前流石KYと呼ばれるだけのことはあるな、なんて俺は溜息混じりにその言葉を受け流そうとしたが、改めて見てみるとなるほど多い。
「まあ……少なくはないかもな」
 もう一度溜息を吐くと、オフクロが近所のスーパーで安さに驚いて買ってきた二段重ねの弁当箱をもう一度見つめる。片方にはご飯、もう片方にはおかずという構成なのだが……しかし、言われてみればその中でも黒豆の比率は常識を外れているような気もした。
「お前さあ、おかずの半分は黒豆じゃん」
「……まあ否定はしねえよ」
 おかず全体における黒豆の割合は大体60%弱。冷静に考えて、多いと言わざるを得ない。
「そういやお前、昨日も黒豆入ってたよな。今日ほどじゃあねーけど。先週も入ってたような気がする」
 と、隣に座っていた田原も割り込んできた。こいつは俺達七人組のリーダー的存在だ。勉強も出来る、高身長のバスケットマン。ただ最近何か悩んでいるようで、心なしかテンションが低い。
「俺様は空気読める子だから敢えて突っ込まなかったけどさあ、何でそんな多いんだ?」
「……さあ。何でだろ」
「帰ったらオフクロさんに聞いてみろよ。お中元に黒豆貰いまくったんかも、だな」
 その線はないような気がしたが、しかしそれでもそうする事に決め、俺は弁当箱の蓋を閉じた。

 しかし、オフクロは全てを否定したのだった。
「――だから黒豆なんて入れとらんって。あんたお母さんをからかうとどうなるかわかっとるね?」
「いや、実際入ってたんだって。真面目に、黒豆が」
「入れてないものが入っとったら怖いでしょ。適当言っとったらいかんて」
「だって……」
「だってじゃないの」
 ……と、これがオフクロとの会話の一部始終。オフクロは、黒豆なんて今日どころかそもそもここ暫くの間は入れてないと言い張るのだった。
 しかしまあそれが嘘なのだろうことは安易に推測できた。オフクロ以外に弁当に黒豆を詰められる人間は存在しないのだ。消去法により、犯人はオフクロ。動機は判らないけど。実に簡単な絵解きだった。

21 :No.05 侵略する者される者 2/4 ◇4OMOOSXhCo:07/09/30 01:34:41 ID:JUYf/ZEI
「――なあ、美穂。お前もそう思うだろ?」
「うん。隆の言う通りだと思うよ。きっと隆のお母さんが冗談言ってるんだよ」
 オフクロとの会話を終えた俺は、自室に篭って美穂に電話を掛けていた。
 美穂というのは俺の彼女。付き合い始めて一週間ほどだが、正直俺には釣り合わないくらい可愛い。勉強も出来て性格も良く、バスケ部のマネージャーをやっている。
 元彼と喧嘩して落ち込んでいますよ的なアピールに対して優しい言葉を掛けたら奇跡にも引っ掛かってくれたのだ。
「お母さんも、ちょっと息子との会話が欲しかったんじゃない? ほら、隆、最近親子の間で会話がないとか言ってたじゃん」
 ああ、と俺は頷く。そういえばそんな事を漏らした覚えもある。
「そういえば学校近くのスーパーで、黒豆凄く安くなってたし。処分品のワゴンに入ってたもん」
 へえ、と俺は適当に頷いた。
 しかしそうか、美穂の推測、あながち間違っていないかもしれない。オフクロも俺に構ってほしかった、だから黒豆で反応を待っていた……有り得る話だ。
「……そうだよな、ありがと。じゃあ、また明日学校でな」
 俺と美穂はクラスは違うが、それでも二時限目が終わった後の休み時間なんかはいつも決まって二つ隣の教室まで美穂に会いに行っている。
「うん、ばいばーい。……隆、好きだよ」
「ありがと、ばいばい」
 ああ、美穂がいれば幸せだ。黒豆なんかどうでもいい。


 だがしかし次の日もその次の日も、弁当に黒豆は入っていた。そしてやはりオフクロは入れていないの一点張り。
 そして恐るべきことに、黒豆の比率は日に日に増えていったのだった。
 木曜日には、おかずの段には唐揚げが一つ入っているだけで、後は全て黒豆に埋め尽くされていた。
 そして金曜日には、ご飯の段も黒豆に埋め尽くされていた。黒豆100%弁当。くだらねえ。
「……なあ、隆」
「どうした山内」
 山内の言わんとせん事はそれとなく判っていたが、俺は続きを促した。
「お前、本当は黒豆好きなのか?」
 んな訳ねえだろ、と突っ込む気力もなく、俺は朝予めコンビニで買っておいたサンドイッチの包みを剥がした。

22 :No.05 侵略する者される者 3/4 ◇4OMOOSXhCo:07/09/30 01:34:58 ID:JUYf/ZEI
 そして二日の休みを挟んだ後の月曜日、事態は新展開を見せた。
「隆、大変だ」
 パンを買いに購買へ行っていた俺が教室に戻ると、顔面蒼白な山内をはじめとするいつもの六人が俺に駆け寄ってきた。
「どうした?」
「俺様の弁当が黒豆に覆いつくされてんだよ」
 は? と俺は間の抜けた声を思わず上げる。
「いや、真面目に。……ほら」
 言って、山内は俺に自分の弁当箱を示す。
 確かに中身は、黒豆だった。
「マジじゃん……何でだ? 流行ってんのか?」
「わかんねえ。だけど、俺はオフクロに黒豆とか一言も言ってねえから……」
「そういや隆、お前今日弁当持ってきてないんだよな?」
 ん、と俺は頷く。
「もうどうせ黒豆だろうって諦めたから」
「明日、持って来いよ。そうすりゃ少しは何か判るかもしんねえ」
 ああわかったよと頷き、そして俺は溜息を吐いた。


 次の日、弁当の時間。
 鞄の中に入っている筈の弁当がなく少し焦ったが、どういう訳か教室の隅、ロッカーの上に乗っていた。
「黒豆の秘密、今日こそ判るかもな」という山内の言葉に煽られ、僕はそのままロッカーの上で弁当の包みを開き、蓋を開けて。
 そして僕は絶句する。

 入っていたのは、消しゴムのカスだった。

 瞬間、俺の心の中で、脳内で、色々な事が繋がる。消去法、間違っていた。
 俺の弁当箱の中身を入れ替えられる人間、余裕で居たじゃないか。
 驚くことに、六人も。そして、中身を入れ替えるタイミングも余裕であったじゃないか。

23 :No.05 侵略する者される者 4/4 ◇4OMOOSXhCo:07/09/30 01:35:17 ID:JUYf/ZEI
「どーだよ、斉藤」
 後ろから聞こえたのは、田原の声だった。
 斉藤。……苗字で呼ばれるのは逆に新鮮な感じがあった。こいつ――いや、こいつらにはいつも下の名前で呼ばれていたから。
「まだ気付かねーのか? お前の弁当に黒豆入ってた理由」
「いや」
 俺は振り向いて、静かに首を振る。
「判った。もう判った」
 そうか、と田原は厭らしく笑んだ。
「折角俺らが悪戯してたのに、お前ちっとも気付かねーんだもん。マジKYだわ」
「だな。マジあいつ黒豆好きなんじゃないの、っていつも話してたんだわ」
 いつも笑顔の杉本も、見下すように俺を見ている。
「だけど……どうして、俺を……」
 はん、と田原は笑った。下らない質問だ、とでも言うように。 
「お前さあ、俺の彼女取っただろ?」
「え……?」
 彼女……美穂?
 あ、と俺は気付く。美穂の元彼って、それが、要するに。
「だけど、俺、知らなか――っつ」
 言い終わらない内に、腹に膝蹴りが飛んだ。
「調子乗んなよ、斉藤。お前、どうなるか覚えとけや。六対一で勝てねーだろ、お前」
 知らず知らずの内に、俺は侵略者になっていて。
 そしてだからこそ、俺の心も侵略されてしまうのだろう。
 俺に対する侵略は、まだ始まってすらなかった訳だ。
「そうだ、斉藤。今からちょっと、屋上行かね?」
「……………………」
「ちょっと金貸してほしいんだよ、頼むわ」
「黒豆買うのに掛かった金も、返してくれよなー?」
 六人の侵略者達は、いつまでも楽しそうに笑んでいだ。

 《Fin》



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