【 魂の安らぎ 】
◆KJhdB/chEI




16 :No.04 魂の安らぎ 1/4 ◇KJhdB/chEI :07/09/30 00:54:26 ID:JUYf/ZEI
 彼女は夢を見る。
 何処のものとも知れぬ、異形共に殺される夢だ。
 ある時は、白い体毛に覆われた、人ほどにもなるイタチに。腕と一体化した刃により、
八つ裂きにされる。
 またある時は、いわゆる鬼と呼ばれる怪物に。隆々とした体躯を力任せに扱い、こちら
に掴み掛かってくる。そして、そのまま体を引き裂かれる。
 子鬼らしきもの達も見た。緑や赤に、鈍く光り、鉄製と思しき胸当てを着込んでいる。
子供ほどの体を機敏に動かし、手にした棍棒で、骨ごと体を砕かれる。
 羽の生えたもの、蛇のように首の長いもの、鱗に覆われたもの、石の体をしたもの、粘
性のもの、人魂、動く壁、道化師。あらゆる化け物に、様々に殺される夢。

 何故、こんな夢を見るのかは分からない。
 いつからこんな夢を見出したのかも、覚えていない。ただ、子供の頃に、怖い夢を見た、
と母に話した時、軽い抱擁と同時に頭をなでられ、心を安らかにしたことは覚えている。
 同時期に、周囲に夢のことを話すと、ある大人には想像力がたくましいと評されたり、
恐がりだと一笑に付されたりもした。同年代の者に話しても、怖いと言われたり、泣き出
されることもあり、結局、自己の抱える物に何らかの説明や解決がなされることはなかっ
たので、いつしかその夢を他者に話すことはなくなった。

 そのまま彼女は成長した。依然おかしな夢に悩まされながら。
 その夢も年々成長しているように、彼女には感じられた、三月に一度だった物が二月に
一度に、一月に一度だった物が二十日に一度に、昔はそんなことはなかったのに、突然、
白昼夢として襲ってくることもあった。
 彼女の死の体験は、ほんの一瞬のことのようで、生活に重大な支障を来すことはなかっ
たが、段々と頻度を増す夢に、得も言えぬ不安を感じずには居られなかった。

 そして彼女が大学生になった頃、その夜も彼女は夢を見ていた。
 鋭利な爪で腸を貫き、頭にかぶりつく、異形の怪物を。
 その日はいつもと何か違った、いつもなら彼女が死んだと思った瞬間に、夢から覚めて
いたのに、その日は目覚めが遅かった。

17 :No.04 魂の安らぎ 2/4 ◇KJhdB/chEI:07/09/30 00:54:45 ID:JUYf/ZEI
 そして彼女は見る、自分と同じ顔をしている怪物の姿を。
 全身が総毛立つ感触と共に、彼女は目覚めた。
 酷い、酷い夢を見た、まさか自分が殺す側になるなんて思いもしなかった。

 次の日も、また同じような夢を見た。その日は自覚があったせいか、目覚めた後にも生
々しい感触が残っている。柔らかい肉を切り裂く感触、頭蓋を噛み砕く感触、脳漿をすす
る感触。彼女は気が狂いそうだった、ほんの一瞬の臨死体験などよりも、よっぽど恐ろし
かった。

 どうにかして、この夢から解放されたい。その一念で、彼女は久方ぶりに他人に相談し
た。
 そして、大学の人づてから、ある場所を紹介される。何でも、お祓いをやってくれるら
しい。彼女はお守りを持っても、悪夢が解消されたことはなかったが。藁にもすがる思い
で、その場所に行くことにした。

 そこは小屋といってもいいような小さな一軒家だった。
 まるで隠れるように、少し林に入った所にあり、そこからはその建物以外の建造物も、
田畑すら見えない。
 人目に付かない場所であるのは、彼女にとって好都合であるといえるが、そんなことを
気にする余裕はすでになかった。夢の中で立場が代わってから、すでに一週間が過ぎてい
る。目覚めと共に来る戦慄と、夢の中での嬉しそうな自分を見るにつけ、寝ることもまま
ならなくなっていた。

 その建物のみすぼらしい外見に不安を抱きながら、彼女は吸い寄せられるように戸を開
く。すると、白衣を着た一人の男が奥からやってきた。この大きさで、この静かさなら、
呼び鈴など不要なのだろう。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ、ご予約のXXさんですね」
 男の調子は随分軽く感じる。少なくとも、今自分の置かれている状況には似つかわしく
ないと思う。
 彼女は不安を膨らませながらも、促されるままに奥へと進んだ。

18 :No.04 魂の安らぎ 3/4 ◇KJhdB/chEI:07/09/30 00:57:22 ID:JUYf/ZEI
 奥へ進むと、そこは病院の診察室のようになっていた。
 六畳ほどの広さに、ベッドがあり、棚があり、机があり、その前に回転椅子が二脚、用
意されている。白布を張った衝立まで置いてある。
 時刻はまだ夕暮れ時であるため、窓から光が差し込んでいる。

 そこで彼女は、それまでの体験、経緯を説明する。
 そして、とにかくこの夢をもう見たくない、何とかして欲しい。そう締めくくった。
 男は興味深げに、フンフンと頷きながら話を聞いた。顔は少し笑っているように見えた
のが、彼女には不快だった。
「なるほど、よく分かりました。では早速処置を取りましょう。ちょうど今夜は満月です
しね」
 彼女は驚いた、こんなに早く対応策が現れるとは思わなかったからだ。満月だと何か違
うのだろうかと訝しんだが、そのまま従うことにした。
「ではそのベッドに寝てください、麻酔を使いますがよろしいですか? あ、そうだ私、
一応医師免許も持ってるんですよ」
 寝ることには少し抵抗を覚えたが、白衣を着ているのは冗談ではなかったかと少し安心
した。
 そのまま彼女が横たわると、男は一本の注射を取り出し、彼女に注す。
 男が何かしら準備を始めてしばらくして、薬が効き出したかと思ったとき、
「しかしあなたは運が良い」
 男が語りかけてきた。
「下手をすれば宿主がどうなっていたか分かりませんよ」
 ──何を、言ってるんだろう、この人は?
「私なら何とかして差しあげられると思いますが」
 ──誰に、話しているんだろう?
「さ、では始めますか」
 まどろむ意識の中、彼女はとんでもない間違いを犯したのではないかと思った。

 そして、その夜、彼女は目覚めた。

19 :No.04 魂の安らぎ 4/4 ◇KJhdB/chEI:07/09/30 00:57:37 ID:JUYf/ZEI
「ねえ、どうだった」
 話しかけてきた娘は、あの場所を紹介してくれた人物である。
「ええ、私、夢を見なくても良くなったのよ」
 ──そう夢見る必要はもう無い。
「……へえ、うまくいったのね」
 印象が変わっていることを、若干気にしているようだ。
「あいつはあまりうまくなかったけどね」
「……? そう?」
 言葉の意味するところが分からず、生返事をする。
「ねえあなた、今夜つきあってくれない、お礼がしたいのよ。おいしい物でもおごるわ」
「え、ホント? いいよ、喜んで」
 彼女は解放された喜びに満ちあふれていた。もうなんの気兼ねをすることもないのだ。
 今一度、この身を裂かれる、その日まで。

<終>



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