【 せめて、 】
◆DppZDahiPc




6 :No.02 せめて、1/5◇DppZDahiPc:07/09/29 16:22:38 ID:LxSv9VQh
 いつもの通学路、小鳥のさえずりの合間に
「ふあ」
 気の抜けた欠伸を背後に聞き、口元が思わず弛んでいた。
 私はくるりと振り返り眠たそうな彼を半眼で睨みつけ言った。
「なあに、まあた遅くまで起きてたの? 早く寝ないと駄目だって、いつも言ってるでしょ、洋一」
 そういうと洋一はかっこつけで伸ばしている茶髪頭を掻きながら、もう一度欠伸をして。
「うるせぇな」ぽつりと呟いた。
 不機嫌そうな声に私は思わず身を竦めていた。
 すると眠たげな目で私を見て、空を見上げると、小さく嘆息。眠たそうな声で言った。
「怒ってねえから、とっとと学校行こうぜ」
 そういうと洋一は私の頭をぽんと叩き、先を歩いていこうとする。
 私は叩かれた部分を押さえながら、彼の背中を/幼い頃から変わらないその後ろ姿を見ていると、
竦んでいた身体から力が抜けた。
 年月を重ねても、身体が成長しても、もっとも重要な部分は変わらない。
 洋一の優しさ、私と洋一の関係。
 いつもと変わらない通学路、私たちは並んで学校へと向かう。

***

 両親が仕事の都合で海外へ出張しているため、洋一は中学生の頃から一人暮らしをしている。
 まだ学生でしかなく、ものぐさな洋一が一人で暮らしていけるわけもなく。幼馴染である私が掃除
に炊事洗濯と全てしてあげている。
 学校へ行く前に洋一が暮らすマンションへ行き、昨日の洗濯と使った食器を洗い。冷蔵庫の中身を
確かめ、必要なものは学校からの帰り道で買ってくる。洋一が好きなハーゲンダッツは欠かさないよ
うにしないと洋一に怒られてしまう。
 洋一を起こさないよう、可能な限り物音を消してそれらをおこなってから、朝食とお昼のお弁当を
作る。
「よしがんばるぞ」洋一の好きな玉子焼きを作るため、私は冷蔵庫へ手を伸ばした。
 二人分の朝食と、揃いのお弁当が出来上がると洋一を起こす。
 洋一の部屋は毎日放課後片付けてあげているというのに、次の日には汚くなってしまっている。


7 :No.02 せめて、2/5◇DppZDahiPc:07/09/29 16:23:04 ID:LxSv9VQh
 私はゴミ袋を持ち、転がっているゴミを拾い集めていく。起き抜けにゴミを踏んづけては嫌な気分
になるだろうから。
 お菓子の空き袋に、カップラーメンの容器、ペットボトルに――まったく、呑んだらいけないって
口を酸っぱくしても言うことを聞いてくれないビールと煙草。まだ私たちは高校生なのだから、こん
なものに手を出したらいけないっていうのに。
 ゴミを拾い集めていると、洋一の部屋に今までなかったゴミが落ちていた。
「……なに、これ」
 上下にギザギザのついた小さな袋、その中身はもう取り出されているらしく、ギザギザから裂かれ
ていて、袋の中は空っぽだった。
 その小さな袋には見覚えがあった、一般的な避妊具の包み。学校の保健の授業で配られたから、私
もそれを一つ持っている。
 なんでこんなものがここに捨てられているのだろう。
 いや、それよりも、何故開封されているのだろう?
 その瞬間、
「……ん……んぅ…………あれ? なに、もう、朝かよ」
 洋一が短い呻き声のあと、私の気配を察してかそう言った。
 私は慌て、それを制服のポケットの中に入れていた。
「うん、そうだよ」
 なんでもないよ、そういう風な答え方。スカートのポケットの中で包みのギザギザが布越しに突き
刺さっていたが、無視した。
 洋一は枕に突っ伏したまま欠伸をし、言った。
「芙美、もう帰れ、そろそ――んあ?」
 身体を起こすと、私の顔を見て「あ」という形に口を開いた。
 気まずい空気が一瞬流れる。
 ぼりぼりと頭を掻きながら洋一は言った。
「着替えるから、出てけ」
 私は頷き、それに従った。心の内にある疑問をそのままにして。――背中越しにため息が聞こえた。
 洋一の準備が整うと、私は二人分の弁当箱を持ち洋一と共に家から出た。
 今朝は色々おかしなことがあったけれど、いつも通りの朝だ。
 いつもの通学路、私は洋一といつものように学校へ向かう。

8 :No.02 せめて、3/5◇DppZDahiPc:07/09/29 16:23:29 ID:LxSv9VQh
 疑問はまるで、服を貫くギザギザのように、私の思考を刺激した。
***
 お昼ご飯。
 私はいつものように洋一と学校の中庭にあるベンチで食べようと思い、クラスの違う洋一を待った。
 洋一は光の差す場所を眩しいからと嫌うけれど、そんな理由でひきこもりになられては困るから、
私が連れ出してあげてるのだ。
 クラスが違うと、どうしても前の授業の終了時間がずれる。だから待ち合わせ。
 私は洋一が早く来ないかと待つ、洋一はいつも遅れてくる。
 だからその間ひまな私は周囲にいる人たちを見て時間を潰すのだ。
 グループになって談笑する人たち――私は洋一がいるからいいけれど、洋一がクラスでいじめられ
ていないか心配になる。
 仲睦まじいカップル――私たちも並んで座っていたら、そんな風に見えるのだろうか? そんな馬
鹿みたいなことも考えてみたり。
「今日は遅いなぁ」
 こくこくと進む時間、洋一を待つ寂しいけれど少し楽しい一時。
 私は洋一を待ち、そして――昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
 いつの間にか周囲には誰もいなくなっていた。
 私は立ち上がり、洋一を探すことにした。きっとお昼寝をしているのだろう、授業中に食べられる
ように、せめてお弁当箱を渡そう。そう考え洋一のクラスへ行くと、直ぐに見つけることができた。
 だけれど、私が洋一へお弁当箱を渡すことはなかった。
 洋一は知らない女の子と、楽しげに談笑していた。
 二人の様子は、まるで先ほど見たカップルのようだった。
 それは、久しぶりにみた、彼の笑顔だった。
***
 朝、いつものように学校へ行く前に洋一が暮らすマンションへ行き、昨日の洗濯と使った食器を洗
い。冷蔵庫の中身を確かめ、必要なものは学校からの帰り道で買ってくる。
 洗濯籠の中に女物の下着があった。
「仕方ないなぁ、もう」
 洋一は小さなころ私の下着を盗んだことがあった、その病気が再発したのだろう。それにしても、
私はこんなパンツを持っていただろうか?

9 :No.02 せめて、4/5◇DppZDahiPc:07/09/29 16:23:50 ID:LxSv9VQh
 洋一を起こさないよう、静かにそれらをおこなってから、朝食とお昼のお弁当を作る。
「うん、大丈夫」洋一の好きな玉子焼きを作るため、私は冷蔵庫へ手を伸ばした。
 洋一は私がいなければ一人で暮らすこともままならないのだ。
 私はそうして自分の中にある疑心暗鬼を振り切った。
 二人分の朝食と、揃いのお弁当が出来上がると洋一を起こしに行く。
 洋一の部屋は毎日放課後片付けてあげているというのに、次の日には汚くなってしまっている。
 私はゴミ袋を持ち、転がっているゴミを拾い集めていく。起き抜けにゴミを踏んづけては嫌な気分
になるだろうから。
 お菓子の空き袋に、カップラーメンの容器、ペットボトルに――まったく、呑んだらいけないって
口を酸っぱくしても言うことを聞いてくれないビールと煙草。いつもより量が多いような?
 私はまだ眠っている洋一の方を揺さ振り起こした。
「……ん……今起きるから」
 そう、私へ返事をしたのは洋一の声ではなかったが、この家に洋一と私以外がいるわけがない。洋
一は鼻かぜでもひいたのかもしれない、裸で寝たりするからだ。
 洋一は、私を見て大きく目を見開き「い、その、違うんだ」とよく分からないことを言った。寝ぼ
けているのだろう。
 今朝は色々おかしなことがあったけれど、いつも通りの朝だ。
 見知らぬ女の子が洋一のと私へ視線を送り続けていた、きっと私たちの仲の良さを羨ましがってい
るのだろう。
 いつもの通学路、私は洋一といつものように学校へ向かう。
***
 朝、いつものように洋一の家へ行くと、珍しく洋一が起きていた。
 ようやく洋一も私の苦労を分かってくれたのだろう。
「待っててね、今朝ご飯作ってあげるから」
「いや、ちょっといいか」
 洋一が私の手を掴んで言った。いつの間にか洋一の手はごつごつとした男の人の手になっていた。
 具合でも悪いのか、辛そうな顔で。
「もう、その……朝ご飯とか、いいから」
「――え?」
「つうか、朝、もう来なくていいから」


10 :No.02 せめて、5/5◇DppZDahiPc:07/09/29 16:24:18 ID:LxSv9VQh
 洋一が何を言っているか分からなかった。私の耳が変になっているのかと思った。
「なんで?」そう訊くと、洋一は
「彼女ができたんだよ、同じクラスの吉田芙美。他の女家に上げてたら、悪いだろ」
 意味が分からなかった。
「お前も彼氏でも作ってさ、俺なんかに構ってないで。なっ?」
 ひきつった顔で笑う洋一。
「……なんで?」
 洋一は頭を掻いた。子供の頃から変わらない仕草で。
「女作るくらい普通だろ。いちいちお前に許可取れとでもいうのかよ」
「なんで、……なんで、私がいるのに彼女なんて作るの。私が。洋一、私いなきゃ、なにもできない
くせに……私が彼女じゃ駄目なの?」
 そういうと洋一は大きくため息をついた。
「ウザイんだよ、お前。何様のつもりかしらねえけど、母親面して、きもいんだっての」
「……だって、私たち幼馴染で……洋一は私がいなくちゃだめだから……」
「そういうのがウザイんだよっ、出てけよ、もうっ。出てってくれよ」
 洋一はそういうと私を突き飛ばした。頭が壁にぶつかって、でも、そのおかげで理解できた。
 私は洋一へ笑いかけると、家を後にした。
***
 朝、いつものように二人分の朝食と、揃いのお弁当が出来上がると洋一を起こす。
 洋一の部屋は毎日放課後片付けてあげているというのに、次の日には汚くなってしまっている。
 私はゴミ袋を持ち、転がっているゴミを拾い集めていく。起き抜けにゴミを踏んづけて
は嫌な気分になるだろうから。
 お菓子の空き袋に、カップラーメンの容器、ペットボトル。それに――
「もう、洋一ったら駄目じゃない、こんな大きなゴミ、ベッドに持ち込んで」
 私はゴミ出しを終えると、子犬みたいな目でこちらを見る洋一へ歩み寄り、そっと抱きしめた。
「洋一は私がいないと、私じゃないと駄目なんだから」
 震える洋一が、とても可愛かった。

 いつもの通学路、私たちは並んで学校へと向かう。
 了



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