【 我が家の珍入者 】
◆ZRkX.i5zow




2 :No.1 我が家の珍入者1/4 ◇ZRkX.i5zow :07/09/29 10:08:26 ID:O4Nq5u0o
 あー酔っぱらっちゃったよーいアスカちゃーんと、棚にあるフィギュアに手を振りながら、おれはまるでプログラミングされているようにPCの電源を入れた。
右手にある窓を勢い良く開け放ち、夜風にあたりながらイスにどっかと座る。そうしてグラグラする頭を背もたれに乗せて、口をポカンと開けていると良い感じに
眠気が襲ってくる。
 イヤ、いかんいかん。寝ている場合ではない。明日中に仕上げないといけない書類があるのだ。むやみに旧友なんて会うモンではないなと、おれは調子に乗って
飲んでしまった原因である偶然の出会いを恨んだ。いやいや、おれになんの非があるのだ。元はと言えばこんな事を押し付けたクソ上司が悪いんじゃないのか。
隣のなにかとうるさいクソババアもついでにボカンとぶん殴らせてくれりゃあ、考えないこともねえのになあ。ストレスも解消出来て仕事にも精が出るってえ
もんじゃねえのか。イヤ待てよ、どうせなら昔の恋人とでも再会して、そこから生まれるラブロマンス。『昨日は恋人とイチャイチャしてたもんで書類は
グチャグチャ、ついでに私の心はは古傷掘り返されてハチャメチャ、課長の面子は滅茶苦茶でスンマセン!』なんのこっちゃ。
 そんな事を思ううちにPCは立ち上がり、エクセルを開いて書類の製作にかからなきゃいけなくなった。暗い部屋で一人、おれは着替えもしないままに
文字を打ち込んでいく。頭がボヤボヤする。今打ち込んでいる内容がまったく頭に入らない。あー耳鳴りまでしてきたぞ。
 キイイイインと頭から鳴る音をBGMに、手元の書類と青白く光るディスプレイを交互に見ていると、どうした事か、どこかから声まで聞こえてきた。
さてはまた悪ガキが近所で騒いでいるのか、と開けたばかりの窓を閉めた。しかしまだ聞こえる。でけえ声だなあ、と少し煩わしく思うと、今度は
ぼんやりとしてた声がはっきりと聞こえた。「オマエハ誰ダ」ど息を漏らしたような声。ええい、貴様こそ誰だ。
「バカヤロー、今そんな暇なんでねえんだよ!」
 俺は気晴らしも兼ねて叫んでみた。すると声は止み、やはり幻聴か何かだろうとフラフラとした頭を自分で一、二度どつくと、なんとまた聞こえ出した。
「……ワタシノ声ヲ聞イテモ何モ思ワナイノカ?」
 ついにおれは度重なるストレスでラリってしまったのか? それにしちゃあ声ははっきりと聞こえる。
「だあから、お前が誰って言ってんだろ」
「ワタシハオマエに呼ビ出サレテキタノダ」
 おれはキーボードを打つ手を休めて首をかしげた。ふーむ、知らないうちにピザでも注文したかな。
「あー、ほら、そこのテーブルにサイフあんだろサイフ。そこから取ってっていいぞ。どうせそれには五千円しか入ってねえし」
「ン?」
「ピザ屋だろピザ屋。深夜までご苦労なこったねー」
「イヤ、ワタシハピザ屋デハナク霊ナノダガ……」
「レイ?」
「サッキ、オマエハ何カヲ恨ンダダロウ。ソレニ呼ビ出サレテ、ワタシは来タノダ」
 何ィ、ピザ屋ではないのか! って事はピザは食えないのか。食いたかったなあピザ……じゃなくて、いやいや何だって? 恨んだ?
俺は何を恨んだっけ。頭を抱えても出てこない。


3 :No.1 我が家の珍入者2/4 ◇ZRkX.i5zow:07/09/29 10:08:56 ID:O4Nq5u0o
「サァ、何ヲ恨ンダ」
「ち、ちょっと待て、忘れ……いやいきなりそんな事を言われてもだな……。というか、お前はそれを聞いて何するんだ」
「モチロン、ワタシハ霊ナノダカラ、ソノ対象ヲ呪ウノダ」
「何だと?」
 呪うだって? おれは振り返って声の方を見た。何も見えないが、とりあえず声と向かい合って話しかける。
「呪うって、誰でも、何でも、出来るのか?」
「アア、誰カヲ殺ス事ダッテ出来ル」
「病気にも?」
「アア」
「金を失わせる事も」
「アア、ソノ金ハオマエニハ渡ラナイケド」
「どっかの会社を倒産させたりもか」
「ソンナコトハ容易イコトダ」
「……」
 思わず唾を飲み込む。そうか、そんな事まで……。なんて悪霊だ。まさに何でも出来るではないか。
「サァ、オマエガ恨ンデイルモノハなんだ」
「……お前、もしかして外国(ヨソ)ん所のヤツか」
「エ?」
「馬鹿な事言っちゃいけねえ、立場ってモンをお前は知らないのか。そんなモン今のご時勢やってみてもなーんも意味はねえ」
「ナ、ナニヲ……」
「お前、ちょっとそこに座れ。そんな事しても俺にはなんの利益も無いし、恨みを晴らしたとしても俺はお前に怯えなきゃならんだろ。
人を呪わば穴二つってやつだ」
「ハ、ハア」
「そしていいか、今はやれ殺人だ、やれ不祥事だと毎日が毎日起こっている世の中だ。そんな世の中でそんな事しても誰も騒がない。
愉快犯にもなりゃしねえ。日本には八百万も神がいるってのに、誰かの不幸なんざ救っちゃくれねえ」
「タ、大変ナ世ノ中ナンデスネ……」
「大変ってな、お前は何も分かっちゃいねえ。だいたい八百万も神がいちゃそりゃあ『誰かがやってくれるだろう』ってなるだろ。
今の世の中神社なんてファックな時代だぜ? それに不幸を呼ぶ神もいるしな。そういうのに限ってやたらと行動しやがる。貧乏神とか言うだろう」
「オ詳シインデスネ」

4 :No.1 我が家の珍入者3/4 ◇ZRkX.i5zow:07/09/29 10:09:31 ID:O4Nq5u0o
「俺も高校時代、オカルトクラブに入ってたもんよ」
 幽霊部員だったがな。
「そこでだ! 神も仏も無い今、何に頼んでいると思う?」
「エ? エエット……」
「そう霊だ! サイコテラピストだとか、スピチュアルなんちゃらだとか言って背後霊を敬う時代だ。最近はそのカウンセラーが歌まで
出してるんだからボロイしょうば、いや凄い効果だ。 いいか霊だ! 霊を怖がる時代はもう終わった! これからは霊が荒らんだ人々
のココロを癒していくのだ!」
「……」
 そこでおれは一息置いた。そして弾ませた語調をやさしく諭すようにして語りかけた。
「お前、おれの言葉を素直に聞いてるなんて、いろいろ苦労していたんだろう?」
「ハ、ハイ」霊はいつの間にかすすり泣いていた。「恨ミツラミガ聞コエテ、飛ンデミレバ、『オレノ頭ガオカシクナッタ』『オマエノ
ヨウナ悪霊ニ誰ガ頼ムカ」ナンテ事ヲ、怯エタ顔ヲシテ言ワレ、イザ本当ニ呪エバ『何テ事ヲシテクレタンダ』ト、オ札ヲ掲ゲラレ……。
デモ、ワタシハ、霊トシテコウイウ事ヲシナケレバ……ト」
「自分が霊というジレンマにうなされてた訳か。ああ、ああ、おれは初めから分かってたさ。お前はそんなのには向いてない霊だとな……。
でもそれは今日で終わりだ。明日からは新しい自分に生まれ変わるんだ」
「ハ、ハイ……。本当ニアリガトウゴザイマス。他ノ霊ニモ、モウ自分ガ霊デアルコトヲ、
悩マナクテモ良インダト、告ゲテイキマス」
「うんうん、よく言った。おれは感動した。で、だ」
 おれは作業が殆ど進んでいないPCを指して言った。
「あれ、やってくんない?」

5 :No.1 我が家の珍入者4/4 ◇ZRkX.i5zow:07/09/29 10:10:01 ID:O4Nq5u0o
▼▼▼
「いやー先輩、最近前より増してスピリチュアルとか流行ってますねー」
 会社での休憩時間、後輩が雑誌を読みながら言ってきた。
「ああ、そうだな、何か良い事ばかり起こってるしなあ」
「うさんくさいですよねーこういうの。先輩は信じてます? これ」
「ん、まあな」
「ええ、何か意外ですね。そういうの興味無いとばかり。ぼくはにわかには信じられないんですけど。どうせヤラセですよ、ヤラセ」
「ハハ、そういう夢の無い事言ったらバチが当たるぞ」
「まさか。先輩、何か飲みますか?」
 後輩が自販機を指した。
「いや、いいよ」
 そこへ一人の女子社員がやってきた。キョロキョロして、おれを見つけるなり小走りに来て、「課長が呼んでましたよ」とだけ言ってすぐ去っていった。
「じゃ、ちょっと行ってくる。ん、どうかしたか」
「いや、二百円入れたのにお釣りが出てこないんですよ。くそ、このボロめ」
 やっぱり言ったとおりじゃないか。今もどこかで頑張ってる霊にバチ当たりな事言うもんじゃないな。内心で笑いながら、課長のデスクに向かう。
すると、なんと課長は仁王立ちしておれを待っているではないか。
「おい、お前この前頼んだ書類、あれはなんだバカが! あれ程誤字脱字が酷いとは何事だ!」
「え、あ、アハハ、えーといや、あ、前日に昔の恋人と出会ってイチャイチャのグチャグチャに……」
「ふざけるな!」
 ……どうやら、幽霊には書類を作らせない方が良いらしい。
(終)



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