【 カブトムシ 】
◆hTEXKqYdpw




127 :時間外No.01 カブトムシ 1/3 ◇hTEXKqYdpw :07/09/24 03:30:00 ID:SCEDXoXb
「ここに来るのは何年ぶりだろう…」
 そう青年はひとりごちた。
 祖父の葬儀の為、久しぶりに青年は帰郷したのだった。中学へ進学する前に親の都合で都市部へ引っ越し、その後は今まで戻ってなかった、十年ぶりになる。
 青年の里は、とある山間部の田舎、近年では過疎化も進み、村も侘しくなってきている。葬式でもなければ戻ってこないかもしれない。
 通夜は明日という事になり、今日一日は暇ができたので、親類に挨拶を済ませた後、青年は少年時代の思い出の場所を散策していたのだった。小学校のグラウンド、今はもう潰れてしまった駄菓子屋、夏場にはよく水遊びした小川。
 そして最後に青年は最後に神社を訪れた。
 長い石段を登り、鳥居を抜けるとそこは十年前とかわらない境内が見えた。玉石が敷き詰められた庭に何本も見える桜は花見の季節だと、幻想的な光景を演出するのだが、残念ながら夏ではそれもかなわない。
 せっかくなのでお参りしようと思い、拝殿へ青年は向かう。すると、小学五年か六年くらいの少年が拝殿の入り口に腰を掛けていた。
「君はここの子かい?」
 青年はそう少年に声をかけた。
「そうだよ」
 と、坊主頭の少年は答えた。
「これからカブトムシ捕りに行くんだけど、お前も行くか?」
 そう続けた少年の口調に違和感を覚えたはずなのに青年は、
「本当に!? 僕も行く!」
 そう答えて、歩きだした少年についていった。その青年の姿は何故か少年とかわらない程に幼くなっていた。

 神社の裏の雑木林。この村の少年達の虫捕りや木の実採集にいい場所だった。また、それ以外の季節でも鬼ごっこやかくれんぼをするのにも格好の場所だった。
 ただ十年前と違い子供の数が減ったのか、他に子供は見かけない。
「ほら、これ見ろよ」
 少年は一本の木を指してそう言った。
「昨日の晩に塗っておいたんだ」
 なるほど、その木には蜂蜜か何かが塗ってあり、そこにはカナブンやらクワガタ、それにカブトムシが群がってた。
「すごいなぁ!」
 と、幼くなった青年が感嘆の声を上げた。
「驚いてないでさっさと捕ろうぜ」
 少年はそう言って肩から提げていた虫篭を地面に置いた。準備万端の体勢だ。
 そして、青年の心の準備ができたと少年が受け取るや否や、ふたりして素早く捕り始めた。

「今日は運がよかったな」

128 :時間外No.01 カブトムシ 2/3 ◇hTEXKqYdpw :07/09/24 03:30:14 ID:SCEDXoXb
 虫篭を眺めながら少年が言った。虫篭の中にはカブトムシとクワガタあわせて十匹、大漁だ。大漁すぎたので、カナブンは捕らずにおいた。
「いっぱいとれたね」
 青年も嬉しそうに答えた。昆虫採集なんて久しぶりで、彼が興奮するのも仕方ないだろう。
 しばらくの間、ふたりは戦利品を品定めしていた。今日は大きいのが取れたとか、そのなかでもどれが一番大きいとかそういう事だ。
「これは俺のスペシャルブレンドなんだぜ」
 カナブンが未だに張り付いてる木を指して少年が言った。蜜の事だろう。
「まじで? 超スゴイ!」
 そう青年は絶賛した。
 その後、蜜のブレンドや捕り方など少年は青年に語り、青年も興味深げに聞いていた。

「じゃあ、戻るか」
 レクチャーの終わった少年はそう促し、青年もうん、と応じ神社へと戻った。
 境内は先程とかわらず人気がなかった。
「キャッチボールしようぜ」
 少年は虫篭を拝殿の床下に置くと、そこからグローブとボールを引っぱり出してそう言った。
 青年も特に断ることもなく、従った。
「懐かしいなぁ」
 キャッチボールをしながら青年は言った。ここでやる事なす事が懐かしかったわけだが。
「だなぁ」
 と、少年が相槌を打った。青年は、え? という顔して、キャッチボールの手を止めた。
「十年ぶりだろ?」
 そう言った少年を見つめて青年は、十年前の遊び友達の事を思い出していた。
 確か、その頃一緒に遊んでいた友達のひとりにこんな奴がいた気がする。ひとりだけ坊主頭だった、目の前の少年のような奴が。
「君は……君は十年前も僕と一緒に遊んでいた?」
「そうさ、十年前お前がいなくなって、それからも毎年他のやつらも引越してって、もう誰も子供は来なくなっちまったなぁ。
 十年ぶりにお前を見たから、ちょっと懐かしくなっちまったよ」
「君は子供のままなのかい?」
「俺はずっと昔からこうさ、ずっとずっと昔からここの林にいるんだよ、お前らの生まれる前からな」
 そう言って少年は床の下から虫篭を取り出し、中から一匹のカブトムシを出して言った。
「お前に一番大きいのやるよ、また遊ぼうぜ」

129 :時間外No.01 カブトムシ 3/3 ◇hTEXKqYdpw :07/09/24 03:30:30 ID:SCEDXoXb
 それを受け取った青年は、いつのまにか元の大人の姿に戻っていた。

「今度は、何年後かわからないけど子供でも連れてくるよ」
 日が傾いてきたなか、青年は少年にそう言い、少年は、
「楽しみにしてるぜ」
 と、嬉しそうに答え、青年を見送った。

 青年は家路をたどりながら思った。あの少年は雑木林の精霊か何かだったのだろうかと。
 しかし、青年は少年心を思い出させてくれたのが深く心に残ったので追求はしないことにした。
 そして、手に持ったカブトムシを見つめながら、一歳になる息子が大きくなったらここに連れてこようと心に誓った。






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