【 狼男 】
◆wb/kX83B4




108 :No.27 狼男(お題 子供) 1/4 ◇wb/kX83B4. :07/09/24 03:13:06 ID:SCEDXoXb
 納屋から牛を連れてきて畑を耕します。最近は賦役が多くて人手が足りません。
だから、一人前と見なされていない僕のような連中も牛で耕作したり、豚の世話
をしたりしています。牛で耕作するのは楽しいことです。耕された大地を見るのが、
達成感があって楽しいだけではなく、父親から聞いていた、やってはいけないことや
手入れの意味がどんどんわかっていくことが楽しいのです。神父様から習う文字や文法、
算術の勉強にも似た楽しみがありました。言われたとおりにやっているだけではつまらない
のですが、言われたことの意味がわかり、つながりが理解できるのが楽しいのです。
確かに、体には辛い仕事ですが、肥料のことや休耕地についてなど毎日新たな発見があります。
今日しなくてはいけなかった耕作が終わったので、豚の世話や、柵の修理を手伝って、
日が暮れる直前に家に帰ります。

 家に帰ると食事をしてすぐに寝てしまいます。僕はタヌキ寝入りですが。寝たふりを
している僕は神父様から借りた詩の本の中身が暗記できているかどうかを確かめます。
暗記出来ない所だけ、次の日隙をみて暗記し直します。文法がよくわからないところはきちんと
憶えておいて、日曜日に神父様に聞きに行きます。今夜も良く憶えていないところがありました。
文法も私の記憶通りの記述だとおかしいのでどうしても確認したかったのです。だから、
秘密に開けておいた明かり取りの穴からの月明かりを使うことにしました。父親に見つかると
ひどく折檻されるので。ずいぶん忍び足がうまくなりました。父親のすぐ横、兄のすぐ近くを
通るのに誰も起きません。ひやひやしながら、穴の所に行くと月明かりで暗記が怪しいところを
照らします。本はどこに何があるかを探すのが大変なのですが私は一枚一枚に数字を
書いているので簡単にわかります。神父様もこの工夫を褒めて下さいました。そうして暗記
怪しかった所を読んでみたところ、暗記していたとおりの文でした。私の知らない文法で
書かれていました。そこで、次の日曜日に神父様に聞くことを石版に刻んで床に戻ること
にしました。

109 :No.27 狼男(お題 子供) 2/4 ◇wb/kX83B4. :07/09/24 03:13:20 ID:SCEDXoXb
 本を閉じて、石版と釘を隠しに入れると口を手で押さえられ、抱きつかれました。
数秒すくんでしまいましたが、感覚から姉であることがわかりました。姉は村の糸紡ぎの部屋に
当番でもない日に夜中出かけるのです。そこに行くために起きたら、僕が起きていたので、
うっかり騒いで兄や父を起こすのを避けるために先手を打ったのでしょう。最近よくあることです。
僕は、手を口から外すと、小声で
「また今夜もか、どうしていくんだかわからないよ、昼間だって忙しかったのに。」
と聞いてみました。すると、姉は耳打ちするようにして
「紡ぎ棒はしばらく持たないとカンが無くなるのよ。」
といつもの答えを言ってから、魔女よろしく音もなく地に足がついているのか怪しい足取りで
家を出て行きました。それを見送ってから、僕は床に戻り、暗記の確認を続けました。そのうち
眠たくなって、頭が回らなくなってきたので、姉がどうして糸紡ぎの部屋へ行くのか考えて
みました。姉は、明るい人で、時々沈んでしまう家の雰囲気を暖かくしてくれます。そんな姉が
よくわからない外出をするのはきちんと帰ってくるとはいえ少し心配です。姉は少し怠け者なところ
があるので、本当に糸紡ぎの技術向上のために言っているとは思えません。一度ついて行ってみると
わかるのかもしれませんが、夜外出するのは狼男や死人に会うのが怖くてとても出来ません。
さらに、糸紡ぎの部屋にいるのは姉の年頃より上の女性なので、気軽に聞くこともできません。
そのため、全く見当がつかないので、行ってみなければわからないでしょう。
そういうわけで、姉の外出については全くわからないのです。そんなことを考えているうちに眠ってしましました。

 次の日、牛で畑を耕して家に帰ってくると、母から死人への供え物をドアの脇に置いてくれるよう
頼まれました。この供え物は月に一度行われます。その日は森の中の狼男や死人が村の中に自由にやって
くる日だからです。一家の食事より少し豪華な食事が一人前そなえられます。最近は豊年続きだから
それほど負担ではないそうですが、おじいさんから聞いた話によると、凶作の年には供え物が無いため
動物に変貌した死人に村が襲われ、食料を奪われた事もあったそうです。なお、このような日には
日没後の外出は完全に禁止されています。死人と出会うとそちらの世界に連れて行かれてしまうからです。
特に女性と子供は危険だとされています。さらに、このような日以外にも村の中に狼男や死人が現れて
誰かを連れて行ってしまうことがあります。朝起きると、子供がいなくなったり、若い女性が
いなくなったりということがあるそうです。さて、次の日の朝には、はたして食事は無くなっていました。
実は、昔、この夜に、家の外を見たことがあるのです。その時、確かに、毛皮のある人間、狼男がその食事を
むさぼるように食べていました。それ以来、夜に外出することは考えたこともありません。

110 :No.27 狼男(お題 子供) 3/4 ◇wb/kX83B4. :07/09/24 03:13:33 ID:SCEDXoXb
 次の日曜日に、お祈りの後、神父様とお話する時間が持てました。例のわからない文法について
聞いたり、これまでに読んだ詩や論文についての議論をしていただきました。今の私の生活で最も楽しい
時間です。そう言うお話が終わると、神父様は少し寂しげにこう言われました。
「もうすぐ、私は天に召されるだろう。」
余りにも突然そんなことを言われましたので、私は絶句してしまいました。そんな私に神父様は続けます。
「私の蔵書はすべて君に譲ろう。私の力が足りず、君を学校にやれなかったのが心残りだ。まだ、君は若い
からこれから先チャンスがあるかもしれない。私がいなくとも勉強を続けていって欲しい。」
そう言われ、神父様の本の櫃の鍵を頂きました。

 それから、2年が経ちました。今日も納屋から牛を連れてきて畑を耕します。牛で耕作するのはつらいだけ
のことです。日々の労働は変わることはなく、何も学ぶことはありません。神父様は、あの衝撃的なお言葉から
三ヶ月ほどして食べ物がのどを通らなくなってお亡くなりになりました。蔵書はすべて僕がもらったのですが、
新しい教会の司祭と私は折り合いが悪く、私が神学校に行ける道筋は全くありません。また、私の父親が少し
体を悪くしたため、父の弟が我が家の権利について横やりを入れてくるようになりました。少し口べたな
兄に代わり、僕が交渉しているのですが、初めから理の無いところに横車を押してくるので、交渉ではなく
恐喝に近いものでした。さらに、姉も失踪してしまいました。彼女は、普段は外出しない例の狼男の夜に
外出したきりもう家に帰ってきません。あの日の前にはもう糸紡ぎの部屋にも行っていなかったそうです。
一人前と見なされるようになった僕の生活には、牛を使って耕作し始めた頃のような新鮮さは無くなっていました。
あれはきっと、子供の時期だけのきらめきだったのでしょう。

そういう日が続く中、僕が疲れ果てて賦役から帰ってくると、叔父の息子が因縁を付けてきました。私が牛を
使って、木を運んだときに、怪我をしたと言って。僕はもう、どうにでもなればいい、と思って、彼を思いきり
殴りつけました。足の先から腰の所までの長さくらい、彼は飛んで、頭から落ちました。少し時間が経っても
動き出さないので、周りにいた人たちが集まってきました。叔父もやってきて、死んだ従兄にすがって泣いています。

111 :No.27 狼男(お題 子供) 4/4 ◇wb/kX83B4. :07/09/24 03:13:43 ID:SCEDXoXb
 その後、僕は一日されるがままです。一人前になってから初めて、一日なにもしません。夜になると、
村人に乱暴な手つきで引き起こされます。そうされると、叔父から殴られたところが痛むのですが、声には出しません
でした。村の広場に引き出された僕は、叔父にもう一度殴られた後、広場の中心にあるかがり火の近くに跪かされます。
そうすると、村人の中で最も力の強い男が、僕になにか毛皮のようなものをかぶせました。それから、再び引き立てられ、
村の外れで森に押し出されます。後ろから、僕が死んだことが告げられ、僕が狼男、死人になったことが伝えられます。
前には副葬品として、神父様からもらった本の櫃がおいてあります。その櫃を持って、しばらく歩いていると、
たいまつが見えました。僕がそちらに走ると、たいまつを持っていた男達が警戒し始めました。すると、彼らの前に
見覚えのある子供を抱いた女性が身をさらします。僕の姉です。

 姉は、その集団がちょうど僕の村の近くにいたため、僕が狼男として追放されることを知ったそうです。
姉の取りなしで、その集団の長と話をすることになります。話によると、彼らが我々の言う、狼男、死人であり、
例の食事を持ち出すだけでなく、山賊などをして生き延びているとのことでした。山賊、と聞いて驚きましたが、
私は紛れもなく人殺しなので、文字の書ける人間が欲しい、という彼らの誘いに乗ることにします。

 それからは、憶えることが多くていろいろと大変です。まるで、牛を使って耕作し始めた頃のようです。あのような
きらめきとは違い、幾分殺伐とはしているものの、充実はしています。僕は狼の皮をかぶせられたあの日に
狼男として生まれ変わったのでしょう。人間という生き物は死ぬたびに子供として蘇るのではないでしょうか。





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