【 無題 】
◆Op1e.m5muw




94 :No.24 題名なし(お題:子供)1/4 ◇Op1e.m5muw:07/09/24 02:59:07 ID:SCEDXoXb
 「……ではもう一回確認させてもらうが。」
赤石は真剣な表情で続けた。偽りも逃げも許さない居抜くような眼は、まさに真剣のよう。
「君が、入江大輔及び入江文子――君のご両親を殺したと言うのだな?」
 しかし。
「はい、そうです」
刑事になって十数年、幾人もの強面を震え上がらせてきたその視線を受けて、目の前の少年は少したりとも動じることなく朗らかに答
えてみせた。


 発端となったのは夕刻の通報だった。
 会社の社員が出社時刻を過ぎても現れないので携帯に連絡したものの出ない。時間をおいて何度試してみても通じず、自宅の電
話も同様である。家にいって様子を見てきてくれないか。
 この手の通報は珍しいものではない。むしろありきたりと言ってもいい。そしてその大半はノイローゼで引き篭もっていただとかそう
いった類の「人騒がせ」で済む程度のものである。よって本来なら平巡査が受け持つべき仕事なのだが、市内パトロール他の仕事が
あったりで、ちょうど手が空いていた刑事の赤石が向かうこととなった。
 電話で聞いた住所に向かうこと十分、ありきたりな住宅地のなかのありきたりな一軒に着く。ありきたりな解決になることを期待して
インターフォンを押すものの、応答がない。しかしこれは赤石の予想していた通りである。電話をひたすら無視するような人間がイン
ターフォンには素直に反応する、というほうがおかしいだろう。ではどうすればいいのか、当然赤石は心得ている。
 「もしもーし、入江さーん。 いませんかー? 警察でーす」
大声で呼びかけつつドアに耳を当てる。
 警察の名前を出されてじっとしていられる者などそうはいない。慌ててドアを開けるか、居留守を決め込むにしても隠れたりあるいは
外の様子をこっそり伺ったり何かしらのアクションを起こすものだ。その音さえ聞きつけられ、「いる」ことが確認できればあとはこっちのペースである。
 しかし、一分以上待っても赤石の耳が物音を捉えることはなかった。
(珍しいな……)
いままでほとんどの「引き篭もり」をこの方法で解決してきた赤石に警戒心が生まれる。もしかしたら家には誰もいないのか、それとも
……。

95 :No.24 題名なし(お題:子供)2/4 ◇Op1e.m5muw:07/09/24 02:59:18 ID:SCEDXoXb
「入江さーん、あけてくださーい。開けてくれないと公務執行妨害罪になりますよー」
 これで出てこないのならいないのだろう、そう確信が持てる「切り札」を使う。
 それでも反応がない。
 嫌な予感がする。
 かくなる上は家の中に入ってこの目で確認するしかない。万が一の突入に備えて開錠の道具は持ってきたものの、赤石はまさか使
うことになろうとは思ってもみなかった。
 ドアを開けて呼びかけるが、当然応答はない。入り口から近い順にドアをひとつひとつ開け、中を確認していく。一階の部屋をすべて
調べ終え、二階のドアの二つ目を開けた時だった。
 「……あーぁ、こりゃひでぇ。」
 電話に出ないはずである。
 二つ並んで敷かれた布団、そこに入江夫婦とおぼしき男女は横たわっていた。お揃いで頭に穴があいている。銃痕のような綺麗な
ものではない。ツルハシか何かを思いっきり叩き込んだのだろう、陥没した穴の周りに血に混じって白いモノが飛び散っている。
 吐き気を催したのは何年ぶりだろうか。それでも新人よりベテランのほうに近い赤石は、仕事を忘れるほど動転することはなかっ
た。職務を無線で署に報告し、鑑識班を呼ぶ。残りの部屋も検めるが、入江夫婦の他には死体も犯人もいなかった。
 二十分ほどの後に鑑識班および刑事課の部下が到着した。鑑識が現場保全を行っている間することがない赤石は部下から報告を
受ける。入江家の住人は入江大輔(40)、文子(40)夫婦およびその子啓輔(16)の三人。啓輔は今日も学校に出席したとのことで、
今別の部下が学校まで迎えにいっている。一旦警察のほうで保護する必要がありそうだ。今のところ金品が荒らされた形跡はない
が、念の為入江家に関する銀行口座の払戻履歴およびカード使用履歴を調べるよう指示する。
 「あのー」
背後から声を掛けられて振り返ると、少年が立っていた。野次馬だろうか。赤石は無機質に答える。
「今捜査中でね。申し訳ないが関係者以外立ち入り禁止だ」
「僕の家なんですけど」
「入江啓輔君かい?学生証かなにか見せてもらえないか?」
「はい……これです、どうぞ」
そこには確かに入江啓輔の名が書いてあった。迎えに行った部下とは入れ違いになったようだ。
ということはまだ事情は伝わっていないのだろうが、赤石はひとまず保護する事を優先した。
「ちょっと事情があってね、署で話をしたいんだが構わないかい?」
赤石は遠回りに同行を求めた。事情も明かさず同行を求めると、大抵の人間は動揺する。かといってこの場合、状況を説明したらもっ
と錯乱するだろう。極力刺激しないように、無理に優しい声を出した。

96 :No.24 題名なし(お題:子供)3/4 ◇Op1e.m5muw:07/09/24 02:59:28 ID:SCEDXoXb
「はい、わかりました」
いくら優しく喋ったからといって、ここまで落ち着いているのはおかしい。かといって犯行がばれたという悲壮感もない。
 なにか違和感がある。
 赤石は自ら入江啓輔を警察署まで連れて行くことにした。


 端的にいえば、違和感を感じ取った赤石は刑事として優れているといえるだろう。
 しかし、その所以たる啓輔の自供をうけて、赤石の中の違和感は単なる違和感を超え、もはや理解不能の域に達していた。
 啓輔の自供はいままで見てきたどれとも違う。覚悟だとか後悔だとか罪の意識だとか、そういった気負いが何一つない。あまりに自
然に、彼は自分の両親を無惨に殺したことを認めた。
「……なぜだ?」
刑事としてではなく、反射的に赤石は疑問を口にしていた。あまりに判り難い。
 そして、啓輔の回答は更に赤石を混乱させるものだった。
「彼らは、『+』じゃなかったですから」
 赤石が目で続きを促したのを読み取り、啓輔は続けた。
「世の中には、生きてて何かの役に立つ人間とそうじゃない人間がいますよね。そして彼らは後者だった」


 僕はね。正義の味方になんです。
 ほら、人間って生きるためにいっぱい動物を殺して、いっぱい二酸化炭素出すじゃないですか?
 ってことは、人間ただ生きてるだけじゃ収支として『−』です。
 でもね?
 「イイコトしなさい」
 「ワルイコトしちゃだめだ」
 みんな、そう言いますよね。
 ってことは、ただ生きてるだけの人はワルイコトしてるんです。悪い奴なんです。
 だから、悪いやつはやっつけなきゃいけないんですよ。
 悪い奴をやっつけるのが正義の味方。いちばんイイコトじゃないですか。
 お父さんもお母さんも、優しかったけどいい人じゃなかった。ただ生きてるだけでしたから。

97 :No.24 題名なし(お題:子供)4/4 ◇Op1e.m5muw:07/09/24 02:59:39 ID:SCEDXoXb
 だから、殺さなきゃいけなかった。
 僕は正義の味方だから。
 悪いやつやっつけないと、イイコトしてないことになっちゃうから。
 だから、殺したんです。


 嘘か、でなければ狂っている。赤石はそう思った。
 しかし、真っ直ぐに見つめる啓輔の眼には、狂気も嘘の色もない。ただ誠実に、事実を語っているようにしか見えない。いつのまに
か、睨み付けていたはずの赤石のほうが目を泳がせていた。
 とにかく。しっかり公式の場面で取り調べる必要がある。
「啓輔君、場所を変えてもう一度話してもらうことになる。……取調べということになるが」
啓輔はそれでもあせりも悲嘆の色もなかった。
「そのまえに、聞きたいことがあります。」
「なんだ?」
「これから僕は、どうなりますか?」
本当のことを言うべきかどうか迷ったが、赤石は言った。
「五年以上の懲役か……最悪で死刑になる」
そうですか、といって啓輔が立ち上がりながらポケットにてを入れ、何かを握ってポケットから手を出した。
――しまった!
果物ナイフだった。
赤石は反射的に身構えるが、それより早く啓輔は腕を振り上げ。
自分の喉に突き刺した。

「ワルモノをやっつけることができなくなったら、僕も『−』になっちゃいますから」
苦しむこともない。悲しむこともない。最期まで自然なままだった。
喉から噴出す血は、鮮やかな真赤だった。

                            了



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