【 背伸び比べ 】
◆ZchCtDOZtU




90 :No.23 背伸び比べ 1/4 Aパート1/2 ◇ZchCtDOZtU:07/09/24 02:57:35 ID:SCEDXoXb
 予鈴のチャイムが響き渡る。校舎の廊下を駆け抜け、一年三組の教室へ一目散。教室のドアを開けたときには
担任が出欠確認の点呼を取っていた。
「相原耕太、今日は遅刻かぁ?」
「いや、セーフです!」
 ギリギリセーフ! 荒い息を吐きながら自分の机と向かう。担任は何か小言を言っていたが、全て右から左。全
く頭に入ってこない。
「オセーヨ! アイハラ。ギリギリじゃん」
 席に就くなり、後ろの席のタチバナが俺の肩をつっつく。
「なんだよ」
 本日の起床時間は八時十分。八時三十分のホームルームに間に合ったのは全力で自転車をかっ飛ばしてきた
末の奇跡と言えよう。タチバナの声すら頭に入ってこない。
「なんだよじゃねーよ、持ってきたぞ」そう言ってタチバナは、右手に持ったビニール袋を勿体深げに掲げて見せた。
 タチバナが持ってきたコンビニのビニール袋の中身は、本来なら俺たち未成年が手にしてはいけない類のDVD
が収められていた。
「あー、……俺、パス」
「えぇ? お前一ヶ月くらい前から騒いでたジャン。貸せって。兄貴から借りんの大変だったんだぜ」

 ホームルームが終わると、一時間目の数学まで時間があった。クラスの中にいくつかのグループができ、男子、
女子それぞれ三、四のグループに分かれる。話の内容はグループによって様々、昨日のドラマの話とか、今日の
世界史の宿題の話とか、まぁ色々だ。俺とタチバナの席の周りにも数人の男子が集まって何事か相談していた。
なんの事は無い。タチバナが今日持ってきたイヤラシイDVDの配布の相談だ。
 そんな頭の中身がピンク色の連中を尻目に俺は、窓際の席に集まる、女子のグループを、いや、正確にはその
グループの中の野村由美を見ていた。一体何の話をしているのだろう。昨日の電話の話しでは今女子の中では人
気のジャニーズタレントの主演するドラマの話で盛り上がっているらしい。ユミが他の女子と屈託無く笑って居るの
を見ながら「あぁ今日も生きてて良かった」などと訳の判らない事が頭に浮かぶ。  
 「じゃ、DVD、他の奴に貸すからなー」というタチバナの声に俺は「……あいよ」と答えて、机に突っ伏した。

91 :No.23 背伸び比べ 2/4 Aパート2/2 ◇ZchCtDOZtU:07/09/24 02:58:02 ID:SCEDXoXb
 野村由美と付き合いだしたのは一ヶ月前の火曜日からだ。
 ユミはクラスの中でも飛び切りの美人じゃないし、スタイルが良い訳でもない。性格も大人しい方だ。他の奴から
見たら目立たないごく普通のクラスメートだと思う。
 でも、俺の中で野村由美は特別だった。
 入学してきてすぐの席替えで隣り合ったのは、今にして思えば運命だったのかもしれない。
 ある日の古典の授業で、教科書を忘れたユミに机をくっつけて教科書を見せたときの、彼女の照れようったら最高
に可愛かった。
「……ごめんね」と言って俯きながら俺の教科書を覗き込む彼女に俺は一目惚れしてしまった、という訳だ。
 そして、意を決して告白したのが一ヶ月前の火曜日。今では、毎日一緒に下校しているし、電話もしている。先々週
は映画を見に行ったし、先週は街に遊びに行った、今週は何処に行こうかな。でも、ユミは子供っぽいところがあっ
て、一緒に下校しているだけで顔を赤くしているような気配があった。俺としてはデートの時ぐらい手を繋ぎたい気も
するが、まだ手を握った事すらない。まぁユミが慣れるまでの辛抱だ。我慢も大人になるには必要なプロセスなのだ。

 十分経っても周りに集まっている奴らはDVDの女優がどーとか、素人物がどーとか下らない話を真剣な顔で続けて
いる。その真剣な表情を見ながら俺は人知れず優越感に浸る。子供だなぁ、コイツラ。この中で女子と付き合っている
奴がいるわけがない。あんなDVDに群がるくらいだ。女子にもさっぱりモテナイのだろう。
 タチバナは同じクラスのイツキと仲が良いらしいが、どーなんだろう。付き合ったりしているのかな。でも、毎朝自転車
レースで勝ったの負けたの言ってる位だから仲が良い友達止まりだろう。
 クラスの友達にもまだ俺がユミと付き合っていることは言ってない。そのうちバレるだろうが、今は黙っておこう。
 やがて、一時間目の授業が始まると、俺とタチバナの席に群がっていた連中は一先ず解散となった。DVDの配分は
次回の休み時間に持ち越しのようだ。

 授業中、俺は家から全力で自転車を走らせてきたのが堪えたのだろうか、強烈な睡魔が襲ってくる。
 数学のイノキは意味不明な数式を黒板に書いている。
 もう限界だ、今週のデートでは絶対に由美と手を繋ぐぞと考えながら、俺は眠りに落ちた。
 眠りの中で俺は、ユミと仲良く手を繋いで下校する夢を見た。

<Bパートに続く>

92 :No.23 背伸び比べ 3/4 Bパート1/2 ◇ZchCtDOZtU:07/09/24 02:58:19 ID:SCEDXoXb
「ねぇ、ユミ。アイハラとは上手くいってんの?」
 イツキが制服のスカートをヒラヒラさせながら言ってきた。七月に入ってからは真夏のような暑い日が続いていた。
ホームルームの後、私達、仲の良い女子は窓際のイツキの席の近くに集まっていた。
「上手くも何も、付き合ってそんなに経ってないよ」
「だって、ユミ。あんた付き合って一ヶ月でしょ? そんで手も握ってこないんでしょ? 昨日もなの?」
 最近は毎日のようにイツキから何度同じ問いかけがある。ちょっと困りながらも正直に答える。
「……まぁ、その通りです」
「はぁ。ダメねぇ……」
 自分の事の様にガックリ肩を落としているイツキを見ると、思わず笑いそうになる。だけども、たしかにダメだ、ダメ
なのだ。アイハラ君とは毎日一緒に下校しているのに、彼は手も握ってこない。放課後の教室で告白されてからもう
一ヶ月。彼はいつもニコニコ笑顔で笑っていて、時折見せる真剣な表情がかっこよくて告白されたときは素直に嬉し
かった。でも、彼がここまで奥手だったとは予想外だ。

「デートでも、手はおろかキスも無かったんでしょ?」
イツキの追求は続く。あまり答えたくはなかったがコクンと首を下げて答える。
「……はぁ。アイハラはクラスの連中に黙っておくみたいだけど、アンタ達の事気付いてないの男子だけよ? 女子
はみーんなとっくに判ってるんだから」
ウンウンと周りの女子も縦に首を振る。そんな事言われなくても判ってる。
「……うん。でも、大丈夫だよ」
「ユミは子供っぽいトコロがあるし、大人しいんだから、アイハラが調子に乗るだけよ。たまにはガツンと言ってやんな
きゃ。じゃなきゃ、判んないわよ、アイハラは。男子っていつまでたっても子供だし」
「うーん……」
私が唸と同時にイツキが握りこぶしをガツンと胸の前に突き出した。すると教室のドアが開き、一時間目のチャイムと
同時に数学のイノキが教室に入ってきた。

93 :No.23 背伸び比べ 4/4 Bパート2/2 ◇ZchCtDOZtU:07/09/24 02:58:36 ID:SCEDXoXb
 教壇では数学のイノキ先生が因数分解の応用問題を板書していた。本当は山寺先生と言うのが正しいのだが、イツ
キが「イノキに似てる」と言うのでクラス中で流行ってしまった。イツキに詳しく聞くと、どうやらタチバナ君が命名したらしい。
 イツキとタチバナ君は同じマンションに住んでいて仲もよく、二人を見てるとまるで夫婦漫才のようだった。二人は付き
合ったりしてるのかな?
 イツキは私の事を「大人しい」と言ったが、本当の私は「大人しく」も無ければ「子供」でもない。
 私は今まで、中学校のときに二人の男の子と付き合ってきた。一人目は同じ部活の同級生、二人目は三つ年上の高
校生だった。
 この二人とは、半年位ずつ付き合って、恋人どうしがするような事は一通り体験済みだった。誕生日に、クリスマス、
バレンタイン、キスもしたし、彼の家に泊まりに行ったりもした。でもこの事は、まだ誰にも言ったことは無い。イツキにも、
アイハラ君にも。この事を知ったら、みんなどんな顔をするだろう。
 ふと、アイハラ君の席に顔を向けると、彼は幸せそうな顔をして眠っていた。幸せな夢を見れるといいね、と思った。

 放課後、私たちはいつものように二人並んで下校していた。アイハラ君は私と自分のカバンを自転車のカゴに入れ、右
手で自転車を引いていた。
 真っ赤な夕日が私達を照らし、誰もいない通学路に私達の影を二つ作っていた。
「ねぇ、今日、数学の時間寝てたでしょ?」
「えっ、あ、あぁ。寝てた。……だってさ、イノキの授業訳わっかんないだもん」 
 と言いながら鼻先をポリポリ掻くしぐさが不自然で可愛かった。
「幸せそうな顔して寝てた。……どんな夢、見てたの?」
「えぇ、まぁ、その。色々かな?」
「ふーん」
 アイハラ君はまだ鼻先を、掻いている。と思ったら、突然私に向き合ってきた。
「……なぁ、あのさ。……手ぇ、……繋いでもいいかな?」
顔を真っ赤にしながら明後日の方向を見ながら私に問いかける。それが妙に可笑しくて、可愛くて、私は意地悪をしたくなる。
「ねぇ、私もお願いあるんだけど。……キスしても良い?」
 一瞬、問いかけの意味を理解できなかった様子でポカンする彼。問いかけの意味を理解すると彼の顔は、さらに真っ赤に
なり、耳まで真っ赤だ。
 まだまだ子供だな、と思いながら私は背伸びをして一歩、アイハラ君に近づいた。

<背伸び比べ 終>



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