【 追う者 】
◆PNmjHl6IaQ




86 :No.22 追う者 1/4 ◇PNmjHl6IaQ:07/09/24 02:56:13 ID:SCEDXoXb
誰もいない公園。
冷たいベンチに腰を下ろすと、孤独感は一層募る。
――もう隣には、誰もいない。
弘樹は死んだ。
私に別れの言葉も告げず、突然逝ってしまった。
……どうして?
半年という短い時間しか、一緒にいる事が出来なかった。
初めて愛し合ったあの夜、弘樹は私に言ってくれたのに。
ずっと一緒でいよう、と。
お互いまだ高校生で、怖くて頼りなくて、でも二人なら何でも出来るような気がした。
当然のように二人の未来があるんだと思ってた。
……だけど、道は途切れてしまって、私は動けなくなった。
独りがこんなに怖いなんて、弘樹がいない事がこんなにも……。
分かったんだ、もう私は弘樹の傍でしか生きていけないんだと。
弘樹の傍へ行けるなら、一瞬の痛みなど苦にならないんだと。
私は今から、あなたの元へ行こう。
……待っててね。


電車の騒音と振動に錆びたブランコが軋んだ。
――次の、電車に乗ろう。
もう覚悟は出来ている。
ここには何も私を遮るモノは無い。
こんな寂しい気持ちで、弘樹も死んでいったのかもしれない。

また、ブランコが軋んだ。
……電車は来ていない。
目をやると、いつの間にか子供がいた。
ブランコには乗らず、鎖を手で揺らしているだけだ。
何をしているんだろう。

87 :No.22 追う者 2/4 ◇PNmjHl6IaQ:07/09/24 02:56:25 ID:SCEDXoXb
すると突然、子供がこっちを振り返った。
目が合ってしまう。
「…………」
大きな瞳が可愛らしい、小学生くらいの男の子だった。
何を思ったか、こちらに小走りで寄ってくる。
……どうしよう。
「お姉ちゃん何してるの?」
陽気な声は私の心に痛かった。
なんとか笑顔を作るけど、きっと不自然に違いない。
「ただ、公園見てるだけ」
「へぇー、楽しい?」
言いながら子供は私の隣に腰掛ける。
そこは弘樹の場所、だけど子供を押し退ける訳にもいかなかった。
それに、不思議と安心感があった。
「……楽しいよ」
嘘ではない。
もうすぐ弘樹に会えるのだと、内心は高揚していた。
まだ電車は来ないのだろうか。
「楽しいの?」
突然子供は目を輝かせた。
表情が先程以上に明るくなる。
「じゃあ明日も来てくれる?」
……予想外の言葉。
心が突然グラグラと揺れ出した。
駄目だ、来れないよ。
私は今日で終わらせるんだから。
「あのね、私……」
「ねぇ、明日も来てよ!」
子供は私の手を掴んだ。
少し悲しげな顔で私を見上げてくる。

88 :No.22 追う者 3/4 ◇PNmjHl6IaQ:07/09/24 02:56:35 ID:SCEDXoXb
……やめて、出来ないんだよ。
この手を振りほどかなければ。
しかし、何故か体がそれを拒否する。
「また会おうよ! お願い!」
ブランコが微かに軋み始める。
急がなければ、あの電車に、じゃないと……!
「無理だよ……!」
「いやだぁ……」
終いに子供は泣き出した。
どうして私を止めるの……?
弘樹が……、待ってるのに……!!
「会いたい……!」
大きな瞳が、私を見た。
「また会いたい……!!」

耳元を騒音が駆けて行く。
私は、電車に乗り損ねた。
それだけじゃない、弘樹に会えなくなった。
あんなに覚悟を決めたのに、見知らぬ子供が全部壊していった。
怖い、死ぬのが怖い。
私って最低だ……。
弘樹、ごめんね、ごめん……。
突然の目眩に、視界が歪む。
……気持ち悪い、吐きそうだ。
「……えっ……」
唐突に感じた違和感。
そっとお腹に触れてみる。
……まさか。

公園には、誰もいない。

89 :No.22 追う者 4/4 ◇PNmjHl6IaQ:07/09/24 02:56:47 ID:SCEDXoXb
何故あんなに必死だったのか。
これは夢みたいな事だけど、真実なんだ。
あの子が私に伝えに来てくれた。
「生きたい」と……、心からの叫びを。
私と、弘樹の、子供……。
大きな瞳が、あの時私を覚ましてくれた。
私の子供が、私に「また会いたい」と言ってくれた……。
弘樹、私にはまだ道があったよ。
あなたが創ってくれた細い道。
沢山の苦しみがあるかもしれない、逆境があるかもしれない。
でも、今度はちゃんと出来るよ。
大事な子供、必ずまた会おうね。
だからどうかその時まで。

……待っててね。



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