【 日常の連鎖 】
◆luN7z/2xAk




67 :No.18 日常の連鎖 1/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/24 02:34:41 ID:SCEDXoXb
 ――あぁ、今度は俺か。
五時間目の授業中、ぼんやりとそんなことを考え始めていた。
心なしか感覚が広い前の席。いつもなら話しかけてくるはずのクラスメイト。
昼食と昼休みが終わっていつもなら眠気が眠気が襲ってくる授業中、眠る訳じ
ゃなく、友達だと思ってた相手の背中から目を背けるために机に顔をつけた。
 よくある話だな、と思った。最近ドラマでもやっていたし、それを理由に自
殺をする、なんて話もよく聞く。よくよく考えれば、このクラスでも夏休み前
まで横行していたじゃないか。
イジメなんてよくある話だ。この場合はシカトとか言うのかな。あぁ、なんか
力が抜けてきた。

 事の発端は……よく分からない。昨日も塾までそいつらと遊んでたし、今ま
で俺を避けるような素振りは殆ど見られなかった。そういうことがあったとし
てもそれは遊びみたいなもんで、その後に「嘘だよ」という台詞つきだった。
俺は学校に来るのが遅い。いつもチャイムが鳴ると同時に入ってくるので担任
から「遅刻魔予備軍」なんてありがたい二つ名を頂戴したほどだ。
遅刻直前に入ってくれば当たり前のように野次やらなんやら飛んでくるわけで、
それを華麗にスルーしながら席に座るのが俺の日課だった。
なのに、今日はそれが全くなく、珍しく担任の声がよく通っていた。
 最初だけならまだ「あぁ、こういう流れなんだ」と笑い飛ばせるんだけど、
昼食を静かに食って、いつも一緒にやる『校舎内鬼ごっこ』にも誘われないと
なるとさすがにまいった。俺は本当に嫌われたんだ。
チャイムが鳴って下校時間になると、俺は真っ先に教室を出た。できるだけ誰
とも顔を合わせないように、そそくさと下駄箱から抜け出す。

68 :No.18 日常の連鎖 2/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/24 02:35:42 ID:SCEDXoXb
 そんな身が入らない日が何日か続いた。俺は普段静かにしている後ろの席の
大谷と話をするようになった。学校は正直行きたくなくなったが、それでも何
とかなるもんだ。
「ねぇ、何かあったの? 最近勇太たちと全然話してないじゃない」
と、隣の席の女子に聞かれたこともあった。勇太というのは俺のクラスのリー
ダーのような存在で、俺を無視している中の一人でもあった。
正直俺に言われても困る、と思ったが、何故かその時俺は強がって
「たまには静かにしたい時もあるだろ?」
なんて答えてしまった。あぁ、そんなこと言わずに素直に相談すればいいのに。
俺を無視し続けているクラスメイト――勇太たちのグループの奴らは、たまに
横目でチラリと俺を睨みつけてくるようになった。俺がそちらを向くと、すぐ
に目を逸らしてくるから、逆にムカついてくる。これからあいつらとはずっと
話さなくなるかも知れないなぁ……。
大谷と話すだけで十分学校生活はやっていけるし、何かされるということもな
かったから、テストの成績が少し落ちたということ以外は何も支障がなかった。

 家に帰って二日ぶりにパソコンを開いてみると、自分の考えが少し甘すぎる
ことに気づかされた。

俺の名前の後に『死ね』という言葉が強調させて添えられている掲示板名には
安直な悪口から陰湿な長文まで、ずらずらと俺へのメッセージが連ねられてい
る。三件に一件ぐらいにはでっちあげの情報が本当のことのように書かれてい
て、それに対してまた「キモイ」や「死ねばいいのに」が続いていく。
しかも全員が匿名なものだから、どの発言を誰が言っているのかが分からない
ときた。ナメてんじゃねーよ、殺されてぇのか……
「ふざけんなよ、あのメール……あ、意図的か」
 俺は独り言さえ全く気にしなくなっていた。
勇太からきたアドレスだけが書かれたメール。その後に時間差で送られてきた
『ごめん、間違えて送っちゃったからサイト見ずに消して』という内容。
どう見ても俺にこのサイトを見させる作戦にしか思えなかった。

69 :No.18 日常の連鎖 3/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/24 02:35:55 ID:SCEDXoXb
 どうしたの、と言う声に驚いて急いでディスプレイをメールソフトの画面に
する。家族全員で同じパソコンを使っているので、それは和室に配置されてい
る。このサイトだけは、家族には絶対に見せられない。
「何かあったら黙ってないで言いなさい」
と母さんが言う。俺が悪い訳じゃないはずなのに、その言葉を聞くたびに申し
訳なくなってしまう。
背後に誰もいないことを確認すると、もう一度サイトを開く。
無機質な文字の中に、一際俺を気にさせるものを見つけた。
『何でいきなりあいつをシカトし始めたの? 別にいいんだけど』
というものへの返事だった。
きっと返信をしているのは勇太だろう。いつものメールの書き方や絵文字の使
い方からそうだと思った。俺は一文字一文字をしっかりと睨みつける。
『この前あいつと遊んでやってたら(笑)皆で花火しようぜなんて流れになって
 んのにアイツだけ「塾だから帰る」なんて言いやがるから、皆でハブこうぜ
 って話になった(笑)いつもいつもそうだけど、今回で怒りは頂点に達したね』
俺はもう一度読み直す。間違いがないように読み直す。そしてその度勇太への
怒りが溜まっていく。
確かにそういうことは多かった。でも、それは仕方のないことだろうが。もし
塾をサボって遊びに呆ける同級生がいたら、俺はそいつのほうがおかしいと思
う。勇太はおかしいと思う。
 こんなバカな文章を得意げに書くのだから、きっと首謀者は勇太だ。俺はも
う一度最新の書き込みに目を向けると、そのまま風呂に入り眠りについた。
夕飯は食べるような気分じゃなかった。

70 :No.18 日常の連鎖 4/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/24 02:36:07 ID:SCEDXoXb
 次の日、昼休みに話しかけてきたのは他でもない勇太だった。
勇太は「久しぶりに話すね」だとか「最近どう?」だとか言う話ばかりをして
くる。昨日最後にみた書き込みどおりだった。
俺は「あぁ」とか「別に何もないよ」などと返しながら、どう話を変えようか
ということを考える。そして
「なんか暑いな」
という勇太の発言で、俺は動き出した。
「そうだな。悪いけど便所いかね?」
勇太はあぁ、と言って席を立つ俺についてくる。今この瞬間からこいつは罠に
ハマった……!
俺は後ろに勇太とつるんでいる仲間がいることを確認しながら、一年昇降口に
ある男子トイレに向かった。
 
 トイレに入った後はひたすら殴り続けるだけだった。勇太は俺と同じぐらい
の体格だったが、不意打ちをすれば絶対に負ける相手じゃなかった。
顔面に力をいっぱいに込めて拳をぶつければ、体格が不利でもない限り相手は
よろける。そこにもう一発パンチと蹴りを加えれば、敵を倒れさせることも簡
単にできる。
相手が倒れこんで苦しそうに床をのたうち回るところに、さらに蹴りを加える。
最初は「この野郎!」と虚勢を張っていた勇太だが、今は謝罪の言葉ばかりを
並べている。その姿はやけに滑稽だった。
もう一度、倒れている勇太の顔面を殴りつける。すると、鼻血か吐血か分から
ない、とにかく少なくない量の血が俺の素手についた。
俺はそれを見ると、無様な顔をしたクラスメイトに唾を吐きつけて男子トイレ
を出た。

71 :No.18 日常の連鎖 5/5 ◇luN7z/2xAk:07/09/24 02:36:19 ID:SCEDXoXb
 勇太の愉快な仲間達は自分の身を隠すことも忘れて驚いていた。
俺の体からは少なからず汗が流れていたし、拳には血がついていた。何かがな
かった訳がない。
俺はさも何事もなかったかのように
「どうしたんだ?」と聞く。
「いや、別に……」一人――山部が言う。台詞まで俺のシミュレート通りにな
るとは。俺は心の中で爆笑していた。
「ならいいんだけど。 それよりさ」
六人ぐらいで作られていたクラスメイトの輪に無理矢理入り込み、俺はひそひ
そ話をするように全員と顔を近づけた。

 五時間目の途中、勇太は戻ってきた。鼻にティッシュを詰め、唇がやけに痛
々しく膨らんでいたのを覚えている。だが、それに反応するのは隣の席の女子
だけだった。
その瞬間俺は少しだけ悲しい気持ちになる。でも、あいつには俺と同じ目に遭
わせてやるんだともう一度気を引き締める。
だが、何故俺とあいつを重ね合わせてしまうんだろう。いや、それ以上に可哀
想に感じてしまうのは何故なんだろう。
そんなことを考えていると、やっぱり俺は子供なんだということを考えてしま
い、嫌な気分になった。
俺はできるだけ勇太を見ないようにした。どうせ今更俺が許してやろうなんて
言っても、今度はまた俺が同じ目に遭うのだ。せめて自分が言ったことには責
任を持って、最後までやり遂げなきゃならない。
 あ。
もしかして、今日話しかけてきた勇太にも、ほんの少しだけそんなことを思っていたのかも知れない。
俺は大きな咳払いをする。自分に向けて考えるのはやめだ、のサインをする。
チラリと勇太を見て、俺はこれ以上深く考えないように空を見た。
つまらないぐらいに何もない青空だった。
                            fin



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