54 :No.14 運のない日 1/4 ◇uu9bAAnQmw:07/09/24 02:26:29 ID:SCEDXoXb
ベンチに座る。ああ硬い。
俺は会社の昼休みを利用して公園に来ていた。
しまった、携帯を持ってくるのを忘れた。でもすぐ戻るからいいや
と思い、だらしなく背伸びをする。
そこへ五歳ぐらいだろうか。目の前を赤いスカートが特徴的な女の子
が無邪気に走り抜ける。うるさいなとは思いつつも、目は自然と追っていた。
その子は見る物全てが新鮮とばかりに、何か目に入るとすぐ立ち止まり
凝視している。
花壇の前に行った所で、茂みの中に頭から突っ込んで姿を消し、
また現した時には手に何かを持っていた。
なんだと思いよく見ると紙の様な物を握っている。
あれはお札か。しかも今時使われない二千円札だ。
不意に二千円札と自分が重なって思えたのはきっと気のせいだろう。
「つかえない、おかね」
女の子の何気無い一言が心に刺さったのも気のせいだろう。
落ち込んでいる所にスカートを弾ませながらこちらに来て、いきなり
ベンチの下に潜り暴れだした。
思わず両足を上げる。
「おいおいなんだよ、ははは」
人の苦笑をよそに、子供は暴れ続ける。
親はどこにいるのだろうか。是非会って、躾がなってないと一言言いたい。
下から女の子が顔をひょっこりと笑顔と共に出てきた。そして目が合う。
55 :No.14 運のない日 2/4 ◇uu9bAAnQmw:07/09/24 02:26:44 ID:SCEDXoXb
「ふっ、ぶっさいくぅ」
子供は残酷だ。自分の顔が引きつっているのが想像できる。
女特有の甲高い笑いをしながら走り去っていく女の子の背中を、
無言で睨みつけるのがやっとなのが悲しい。
俺から少し離れたところで、今度は地面に足で円を描き始めた。
何を書いているのだろう。考えても大人に分かるはずもないか。
女の子が円を何回もなぞっているのを見えていると、線が濃く
なっていくのが分かった。
ふと自分の足元を見ると、二千円札が落ちている。さっき子供が
落としたのだろうか。
別に悪い事をしているわけでもないのに、人の目を気にしながら手に取る。
「みーちゃった、みーちゃった。どろぼーするとこみーちゃった」
唐突に言われて飛び上がって前方を一瞥すると、赤いスカートが
仁王立ちしていた。
「いやいや違う――」
弁明の暇なくいきなり手を引っ張られる。されるがままに連行されて
行くと、あの円の中に入れられた。
「ここが、けいむしょね。ぬすんだおかねは、はいぼっしゅう」
手に握っていたのを取られてしまった。
「わるいこはじっとしてなさい」
これは参った。どうしたものか。よし所詮相手は子供だ、自分から
目を離している内に逃げよう。
俺は子供刑務所からの脱走計画を立てた。
「よし、今だ」
隙を見計らって勢いよく飛び出した矢先だった。
「こらー! でちゃいけません」
あっけなく見つかってしまう。
56 :No.14 運のない日 3/4 ◇uu9bAAnQmw:07/09/24 02:26:59 ID:SCEDXoXb
「あの、ごめん。そろそろ俺にも用事があってね、ずっと構ってられない
んだよ。本音にごめんね」
赤の他人の子供に、俺は何故ここまで謝らなくちゃいけないんだろう。
「でも、だって、わるいひとはここにいなくちゃいけないの。うえんうえん」
突然目を潤わせ、大声で泣き叫ぶ。子供の絶叫、そして女の涙の同時
攻撃に、俺の方が泣きたくなるよ。
叫び声を聞いてか、どこからか警官が近付いてきた。
こういう時に限って駆け付けるのが早い。日本もまだまだ安全だな。
皮肉を言ってる場合ではないが。
「ん、お嬢ちゃんどうしたの」
目を擦り、時々言葉を詰まらせながら喋る。
「あのひとね、わるいひとだからあそこにとじこめておいたら、
とつぜんね、にげだしてね……」
おいおい、俺を指差すなよ。勘違いされるだろ。
「ええとすいません、少しよろしいですか?」
これは間違いなく駄目な方向に向かっている。
「あの違うんです。お金を拾っただけなんです」
「えっ、いくらですか」
「二千円。二千円札でです」
「見せてもらえますか」
「あっ、あの子に取られてないです」
「お嬢ちゃん持ってる?」
女の子は当然の如く首を横に振った。
今日から俺は子供嫌いになる。
「とにかく。詳しく話を聞きたいので、署までご同行願えますか」
57 :No.14 運のない日 4/4 ◇uu9bAAnQmw:07/09/24 02:27:12 ID:SCEDXoXb
ここはどうにか食い下がらないと。
「でも会社がありますので。この辺で」
「すぐ、終わりますから」 秒殺だった。
「ぶっさいくぅな兄ちゃん、またあそんでね」
いつも間にか泣きやんだ女の子の声は、警官に任意同行される
俺の背中に悲しく響いたのだった。
一時間後、何とか誤解が解けて釈放された。
急いで会社に戻ると案の定、上司が待ち構えていた。
「君ね、今まで仕事を放り出してどこで油を売ってたの。携帯に掛けても
全く出ないし」
「あの、話せば長くなるのですが、子供警察に捕まってまして……はい」
上司は呆れて怒るのも忘れ、怪訝な顔で首を捻るばかりだった。
【完】