【 夢で刺す 】
◆K/2/1OIt4c




45 :No.11 夢で刺す1/5 ◇K/2/1OIt4c:07/09/24 02:11:54 ID:SCEDXoXb
 きれいな待合室に通された。冷房が効いていて涼しい。受付のきれいな女性に案内されてから、十分ほどが経過している。おそらく、
そろそろだろう。
 このビルに辿り着くまでに、数十万円を消費した。情報を得るための資金だ。さらに、このビルでも百万円使った。それは目的を遂
げるための値段だ。
 このビルには、政界や財界の大物しか知らない、ある装置が存在する。
 自分の望む過去を夢で見ることができる装置。それがここにある。なぜ大物がそんなものを求めるのか知らないが、僕にはそれが必
要だった。彼らにも、きっとつまらない理由があるのだろう。
 僕は昔からだめだった。そして、今もだめだ。苦労して勉強して、たいした大学にも入れなくて、弱小企業に何とか就職できて、一
切出世せず、後輩にも追い抜かれている。小さなころから付き合いのある嫁がいるけど、不細工だ。でもそれには満足している。

 中学で、僕はいじめられていた。
 小学では平穏な生活を送れていた。友達も、少なかったけど一応いた。
 中学に入ると、他の小学から来た人と一緒になる。彼らにいじめられた。きっかけはわからない。なにか気に入らなかったのだろう。
いじめの理由なんて、ちんけなものなのだ。
 教科書に落書きをされたり、捨てられたり、悪口を言われたり、ちょっとどつかれたりした。彼らのストレスがたまっているときは、
殴られたりもした。
 僕はつらかった。いじめられることより、それで友達がいなくなったのがつらかった。いじめられっ子には友達がいないものだ。ど
んどん離れていく。でも、その気持ちは理解できた。懸命だと思ったし、僕だってそうしたと思う。そんな中、唯一話しかけてくれた
のは、僕がいじめられていると知らなかった、今の嫁だけだ。

 いつからか、僕は小さな折りたたみナイフを隠し持つようになった。父親がキャンプ好きで、そういうものをいくつか持っていた。
それをこっそり持っていったのだ。
 でも、そのナイフが使われることはなかった。僕のポケットに、ずっと入ったまま。
 何度も使おうとした。
 いつも、部屋で一人、とっさにナイフを使うときの練習をしていた。いつか使う日が来ると思って、そうした。
 いじめっ子に暴行を加えられた。そのとき、何度もポケットに手を突っ込んで、ナイフに触れた。
 でも、使わなかった。

 僕はそれを後悔している。刺してやればよかったと思っている。そしたら、僕はこんな性格で成長しなかっただろう。やるときはや
れる、そんな人になれたかもしれない。

46 :No.11 夢で刺す2/5 ◇K/2/1OIt4c:07/09/24 02:12:08 ID:SCEDXoXb
 だから僕はここに来た。ここで当時の夢が見たい。そして、あいつらを刺してやりたかった。

「お待たせいたしました」
 受付の女性がドアから出てきた。なにやら書類を持っている。
「これに署名をお願いします」
 手渡された書類には、細かい文字が詰め込まれている。僕はこういうものをちゃんと読まないと気がすまないタイプだ。一応目を通
すことにした。どうやら注意事項などが書かれているようだ。
「あの、すみませんが、時間がないのでなるべく早急に署名をしてもらいたいのですが」
 僕は、こういうものをちゃんと読まないと気がすまないタイプだが、それ以上に言われたとおりにするタイプだった。
 不本意だったが、書類の下の記名欄に渡されたボールペンで署名し、朱肉を借りて拇印を押した。受付の女性は、すばやくそれを確
認する。
「では、こちらへどうぞ」
 彼女が先ほど出てきたドアに案内された。
 中に入ると、大きなベッドが目に付いた。その脇に箱状のコンピューターが設置されていて、その上部から数本のプラグがベッドま
で延びている。
 白衣を着た男が笑顔で僕を迎えていた。
「早速始めましょう」
 ベッドに寝るよう指示される。僕は言うとおりにして寝た。
「何年前の夢が見たいんですか?」
 白衣の男がコンピューターの前に立って言った。
「十五年前の夏です」
「正確な日付はわかりますか?」
「そこまではちょっとわかりません」
「なるほど」
 白衣の男は、コンピューターに接続されているノートパソコンに、なにやら打ち込んでいる。
「まぁ、そのくらいまで限定されていれば、たぶん大丈夫でしょう。強く、見たい夢のシーンを思い浮かべてもらえれば」
「はぁ」
 署名をしたときも思ったが、はっきり言って説明が不足していると思う。きっと、ここに来る人は常連かその知り合いで、詳しい話
を知っているのだろう。僕はお金を出して場所だけ伝えられたので、大まかにしか理解していなかった。
「では、注射を打たせてもらいますね」

47 :No.11 夢で刺す3/5 ◇K/2/1OIt4c:07/09/24 02:12:25 ID:SCEDXoXb
 そう言って、白衣の男は僕の腕に注射器を刺し、中の液体を注入した。。
「ただの眠剤です」
 途端に眠くなった。こんなに即効性のあるものが存在するのか。
「すぐに眠くなります。今のうちに、その日の情景を思い浮かべてください」
 僕は、すぐに眠ってしまった。


 肩を揺すられて、僕は目を覚ました。机に伏せていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「起きなよ」
 肩を揺らしていたのは、隣の席の木下だった。木下は近所に住む同級生の女子で、いつも僕におせっかいを焼く。
「起きてるよ」
「もう帰りの会も終わってるよ。早く帰りな」
 僕が起きたとわかると、木下は帰ってしまった。

 教室には誰もいなかった。強いていうなら、僕だけはいた。僕は何も入っていない軽いバッグを持って、重い足取りで教室を出た。
 廊下にはまだ生徒が数人いて、なにやら騒がしい。僕には関係のないことだ。
 下駄箱が見える位置に差し掛かる。下駄箱の周囲には、関谷君たちがたむろしていた。ムカつくんだよ、などと大声で叫びながらゴ
ミ箱を蹴っている。
 僕はすぐに踵を返して、もと来た道を戻ろうとした。でも、僕は彼らに見つかってしまった。
「おい!」
 その声に反応して、僕は立ち止まってしまった。背後から彼らがやってくるのがわかる。
「ちょっと来い」
 肩をつかまれて引っ張られる。上履きのまま、僕は外に連れて行かれた。

 体育館の裏。僕の心臓は、心配でドキドキ鳴っている。何度か、ここに連れて来られたことがある。そのときは決まって殴られた。
「森田に説教くらってさぁ、イライラしてんだよね」
 そう言って、関谷君は僕のお腹を殴った。つらくて、僕はお腹を抱え込んで倒れた。すると、関谷君は倒れた僕の背中を何度も蹴っ
た。
 つらいけど、我慢するしかない。ここで歯向かったら、彼らは怒る。きっと、もっとひどい目にあうんだ。それは絶対に嫌だった。
「あぁ、スカッとすんなぁ。お前らもやれよ」

48 :No.11 夢で刺す4/5 ◇K/2/1OIt4c:07/09/24 02:12:39 ID:SCEDXoXb
 関谷君は、周りにいる仲間にそう言った。僕を蹴る足が増えた。
 痛いけど、ちょっと我慢すればいいんだ。こうやって縮こまってれば、すぐに終わるんだ。
 そう、思っていた。
 いつもそう思っていた。
 僕は、自分を励ますように、ポケットに隠したナイフを握った。力強く握ると、なんだか安心できた。
「刺してやれよ」
 僕の中の誰かが言った。
 いつも誰かがそう言う。でも、僕は一度もその助言に従ったことがない。
 刺してどうなる。
 なんになる。
 僕は使わないのにナイフを持っている。
 でも、それを握るだけで、少しは強くなれるんだ。
「やらないと、一生そのままだぞ」
 お父さんみたいな声が聞こえた。この声は、初めて聞いた。
 ナイフを握る手が、暖かくなる。ナイフが、本領を発揮したくてうずうずしている。
 体の痛みがなくなった。途端に勇気が湧いてきた。
 そうだ。僕はナイフを持ってるんだ。あいつらより、ずっと強いんだ。お前らなんかに、負けないんだ。
 僕の中の誰かが意気込んだ。
 気がつくと、僕はナイフを取り出していた。そして、慣れた手つきで刃を出すと、不慣れな手つきで目の前の足に刺した。
 僕を蹴る足が止まった。僕は夢中でその足に何度も刺した。
 刃を抜いては、また刺した。ときどき刺したままひねったりもした。
 誰かが僕の頭を殴ったり、蹴ったりしてきた。そんなの気にしない。もう、慣れてるんだ。
 あぁ、なんて爽快なんだ。なんて気持ちがいいんだ。
 彼の黒いズボンがだんだんと水分を含み、刃に、そして僕の手に、赤いものが付着した。
 きれいだと思った。


 暑苦しさで目を覚ました。
 僕は仕事で疲れきっていた。帰るとすぐに部屋の真ん中で横になり、いつの間にか眠っていた。

49 :No.11 夢で刺す5/5 ◇K/2/1OIt4c:07/09/24 02:12:51 ID:SCEDXoXb
 また、あのときの夢を見た。僕が関谷を刺したときの夢。
 いいところで夢は終わった。いいところというのは、これで最高潮という意味だ。ここがいいところのピークだった。その後、先生
が急いで駆けつけ、僕は取り押さえられた。そして、僕は少年院へ入れられた。いろんな人に怒鳴られたし、泣かれたりした。
 少年院を出て、僕はもう社会に見放される人間になってしまったのだと感じた。誰もが僕を軽蔑する目で見た。高校には行かず、働
き口を探しても見つからない。みんな、なぜか僕のことを知っているのだ。
 ようやく見つけた小さな工場で、僕は今日までずっと働いている。
 安い賃金は当初から変化しない。それでも、僕は文句なんか言えなかった。ありがたいと思う権利しかなかった。二十八歳になって、
僕はずっと重労働を強いられて、今まで生きている。
 なんであのときナイフを使ったのか。今でもわからない。
 ただ、誰かに背中を押されて、気がついたらナイフは血まみれになっていた。
 先生が駆けつけなければ、殺してしまったかもしれない。
 それくらい、気が狂っていた。
 あの日以来、幼馴染だった木下とも会っていない。彼女には悪いことをしたと、今でもずっと思っている。

 汗だくの体が嫌だったので、シャワーを浴びることにした。
 こういうとき、結婚している人はうらやましいと思う。疲れて横になる前に誰かがシャワーを浴びるよう指示してくれる、そんな状
況はもうやってこないだろう。
 立ち上がって、ふとちゃぶ台の上に目をやった。別にただなんとなく目をやった。
 一枚の紙が無造作に置かれていた。僕はそれを手に取る。
 細かい文字がびっしり詰まっている。なにやら知らない会社の住所と電話番号が書いてあるようだが、すべて読むのは面倒だった。
 ただ、紙の中ほどに、一文だけ赤字で書かれた文章があった。


 なお、過去の夢での行動によって未来が大きく変化する場合がありますが、それに関しての保証は一切致しかねますので、あらかじ
めご了承ください。


 紙の一番下には、僕の氏名と拇印があった。

 終



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