【 名探偵 】
◆K0pP32gnP6




40 :No.10 名探偵 1/5 ◇K0pP32gnP6:07/09/24 02:10:20 ID:SCEDXoXb
 絶海の孤島に移築されたばかりの洋館。
 その一室で館の主人、五所川原万太郎が、自室のベッドの上で仰向けで眠っていた。
 胸にはナイフが一本。
 
 午前八時。外は台風かと思うほどの風と雨。
 万太郎に招待されて館にやってきた客達は、食堂に集まっていた。
「あとは、兄さんだけですか」
 宿泊客の一人で万太郎の実の弟、五所川原洋一郎が言った。
「父さん、昨日夜遅くまで起きてたみたいだし。しばらくまだ起きてこないかもね」
 万太郎の中学二年生の息子、光太郎が窓の外をボーっと眺めながら独り言のように呟く。
「まあ、僕はまだ腹も減ってないからいいですが」
 笑いながら言ったのは小泉和樹。五所川原の秘書。
「わたしはお腹すいたなぁー」
 空気を読まず淀川リサは言った。三十四歳とは思えない、無邪気な言い方だった。
「ごめんなさい、主人は朝に弱くて」
 申し訳なさそうに言ったのは、万太郎の妻、清音。
「先に食べちゃいませんか? 朝ごはん」
 清音をまっすぐ見ながら、リサは言う。
「そう、ですね。今、持ってきます」
 リサの無邪気な瞳に押され、清音はそう言ってしまった。 

 午後十二時三十分。天候はさらに酷くなっていた。
「きゃあぁぁぁ!」
 館に悲鳴が響き渡った。

41 :No.10 名探偵 2/5 ◇K0pP32gnP6:07/09/24 02:10:40 ID:SCEDXoXb
 午後一時。窓に風が当たる音、雨が地面を打つ音。
 食堂には和樹以外の四人が集まっていた。
「ダメです。迎えの船どころか、警察もしばらく来れないそうです」
 電話をかけに行っていた和樹が戻ってきた。
「……まさか主人が……恨まれるような人じゃ」
 先ほどの悲鳴は、万太郎を起こしに言った清音のものだった。
「義姉さん、まだ殺されたと決まったわけじゃ……」
 清音の肩を抱きながら、洋一郎は言った。
「それはないでしょ、叔父さん。あの状況だよ?」
 やはり窓の外を眺めながら光太郎が呟く。
「それにしても、洋一郎さんと清音さん、仲がいいんですねー」
 再び空気を読まず、リサが言う。
 食堂は重い空気で満たされていた。

 長い沈黙を小泉和樹が破った。
「しかし、万太郎さんが殺されたって事は、この中に……」
「そんな!」
 和樹が言い切る前に清音さんが椅子からずり落ちそうになるのを、洋一郎が止める。
「小泉さん」
 洋一郎が小泉をにらみ付ける。
「でも、そう言う事になるよ」
 光太郎はずっと窓の外を眺めている。
 そんな緊迫した状況を無視するかのように、リサは一人で難しい顔をしている。

42 :No.10 名探偵 3/5 ◇K0pP32gnP6:07/09/24 02:10:52 ID:SCEDXoXb
「それなら、怪しいのはあなただ。淀川リサとか言ったか」
 洋一郎は眉をひそめてリサを見る。
「確かに。何者なんですか?」
 窓の外を眺めたまま、光太郎が聞く。
「えー! わたしですか?」 
「淀川さんは、主人のご友人です」
 清音が答えた。
「主人が言ってました。『孤島の洋館! それに欠かせないのは……』」
 清音がそこまで言ったところで、リサは急に椅子から立ち上がり、走り出す。
「淀川さん?!」
 名前を呼んだのは清音。
「トイレでーす」
 瞬く間に、リサはどこかへ言ってしまった。

「ふー、すっきりした」
 と言いながらリサは戻ってきた。
「そういえば、光太郎さん。朝、万太郎さんが遅くまで起きてた、って言ってましたけど、
最後に見たのは何時ですか?」
 椅子に座らず、背もたれに両手を乗せてリサは言った。
「え? そうだな。午前二時くらい」
 やはり窓から目を離そうとしない。
「ありがとうございます。そして、分かりましたよ! 犯人!」
 リサ以外の四人は、呆気にとられた。

43 :No.10 名探偵 4/5 ◇K0pP32gnP6:07/09/24 02:11:06 ID:SCEDXoXb
 空気を読まず、リサは話を始めた。
「犯人は、洋一郎さんなんじゃないかな? と最初に思いました」
 ギョッとする洋一郎。
「清音さんをめぐる争い! とか考えたんですよ。ほら、二人仲良しだし」
 ニコニコしながら清音さんを見る。
「でも、違いました。万太郎さんの死亡推定時刻。確実に午二時より前」
 リサは真摯な眼を光太郎の背中に向けた。
「僕が犯人だと言いたいわけ? ていうか、なんで死亡推定時刻なんて分かるんだよ」
 窓の外から目を逸らさずに光太郎が言う。
「淀川さんは、探偵なのよ」
 また、清音さんが答えた。
「『孤島の洋館! それに欠かせないのは探偵だ!』ってあの人が言ってました」
 清音さんはさらに続けた。
「でも、光太郎には動機がありませんよ?」
 息子をかばっただけの発言ではない、
「そうだ。光太郎君には兄さんを殺す動機がない」
 しかし、不思議そうな顔をして、リサは言った。
「でもでも、万太郎さんと光太郎くん、昨日ケンカしてまいたよ?」
 清音、洋一郎、和樹の三人は、再び呆気にとられた。
 昨日の夜の親子喧嘩は、殺人の動機になるようなほどのものではなかった。
「ぼくが、やりました。まさか動機まで分かるなんて」
 静かに言ったのは、光太郎だった。
 さらに呆気にとられる三人。開いた口が塞がらない。
「ほら! やっぱり!」
 キレやすい子供、と言うのは怖いものである。 
 光太郎はまだ窓の外を眺めたまま。
「しかし、なんであんなしょうもない喧嘩が動機だとわかったんですか?」
 和樹がこっそり聞いた。
「えー? しょうもなかったですか? あれ」

44 :No.10 名探偵 5/5 ◇K0pP32gnP6:07/09/24 02:11:18 ID:SCEDXoXb
 探偵、淀川リサは巷ではこう呼ばれていた。
 体は大人、頭脳は子供、と。



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