38 :No.09 金の蝙蝠、赤い三角 1/2 ◇BLOSSdBcO:07/09/24 02:04:45 ID:SCEDXoXb
モコモコとした、天空の城でも隠れていそうな積乱雲は姿を消し。羽毛のようなすじ雲が高い空に舞っていた。
「秋、だなぁ」
特に何を思ったわけでもなく、ただ口をついて出た言葉。
質量を感じるほどに湿度の高かった空気は、心地よい澄んだ冷たさを帯びていた。
制服のポケットから煙草を取り出し口に咥えて火を点ける。フィルターの無いゴールデンバッドは、葉っぱが
口の中に入らないようにするのにコツがいる。まだそれを習得するほどには吸い慣れていない。
少し辛めの雑味の多い煙が肺を満たす。唇を窄めゆっくりと吹き出した煙は、秋風にさらわれて消えた。
「章吾、いる?」
「……要らない」
俺の返事にワザとらしい溜息をついた茜は、短いスカートで器具庫の屋根によじ登ってきた。
「アンタの教室まで行ったのに、いないんだもん。メールも気付かないし」
気付かなかったのではなく、返さなかったのだ。
煙草の吸殻を排水溝に押し込んで隠す俺に、茜は何かを放って寄越した。緑地に白い文字で店名の書かれた、
分厚い封筒。
「夏休みの間の写真。気に入ったのがあれば焼き増しするよ」
中身を確認しようとして、やめる。
「要らない」
その返事に眉根を寄せた茜は、俺の顔を覗き込むように詰め寄ってきた。
「アンタ、反抗期? 茜姉さんに逆らう気?」
「誰が姉さんだよ。ただの幼馴染だろうが」
そう、茜は『ただの』幼馴染。
そして誕生日が半年違うだけで、学年という大きな壁を隔ててしまった存在。
「そういう所が反抗期なのよ。――っと、予鈴だ。アンタもさっさと教室に戻りなさいよ!」
音の割れたチャイムの音に慌てて立ち去る茜。
校舎から死角になる器具庫の上には、午後もサボる気の俺と大きく膨らんだ封筒が残されている。
39 :No.09 金の蝙蝠、赤い三角 2/2 ◇BLOSSdBcO:07/09/24 02:05:07 ID:SCEDXoXb
「……こういう所は変わらないな」
呆れ気味に呟き、中から写真を取り出す。
半分は、俺の知らない茜と友達の写真。もう半分は、俺と一緒にいた時の写真。
「…………変わらないワケ、ないのにな」
そこには、あの写真もあった。この夏、家でのんびりと過ごす予定だった俺を無理矢理に連れ出し、一緒に
行った海の写真。
茜が、赤いビキニを着た写真。
俺が、あまりに刺激的なソレから必死に目を背けている写真。
「大人ぶりやがって」
隣を歩いていたはずの相手に、いつの間にか置いていかれた気分。
焦りのような、恐怖のような。俺の中に渦巻く言いようの無い不快感。
「――秋、だなぁ」
もう一度ポケットから煙草を取り出して火を点ける。
口の中に広がる苦い味だけが、俺を慰めてくれた。
【了】