【 De-Children 】
◆cwf2GoCJdk




33 :No.08 De-Children 1/5 ◇cwf2GoCJdk:07/09/24 01:58:40 ID:SCEDXoXb
 例えばそれは、望みとは裏腹に、不幸にも子を持つことが出来なかった老夫妻を対象としている。彼らはある
新聞の一隅、たまたま手に取った雑誌の広告などで知るだろう。そして運良く、あるいは行いが良くと言っても
いいが、数十の基準を満たし、人格調査の末に相応しいと認められれば、彼らは文字通り「夢にまで見た」息子
、あるいは娘を得る。
 人権を主張する人々を恐れずに言えば(もっともそんな連中はすでに関心を失っているが)、「それ」らは
「De Children」と、一人の技術者が面白がって付けた名前で呼ばれた。そのために、関わっている人間と、そ
うなろうとしている人間に、余計な説明が増えることになったのだが。
 マサキという新人が、ナカムラという先輩に訪ねる。
「『De Children』ってどういう意味なんですか?」
「『De』って言うのは最上級、って意味なんだと。古臭い洋楽が好きな奴が、ふざけて付けたんだ。おかげで五
十回は同じ説明をさせられてるよ。お前ら学校で英語教わってねえのかよ。小学生からだろ? 必修」
「教わってないんでしょうね。五十回も説明出来るわけですから」
 子供達は、最良の子供達ではありえなかったし、また最悪の子供達でもありえなかった。彼らは最良の子供に
も、最悪の子供にもなりえた。先の老夫妻の例に鑑みれば、その子供は両親の深い愛情に応えるように素晴らし
い心を持ち、その穏やかな性格と確かな知性も、二人の優秀といえる遺伝子を受け継いだかのように備わってい
た。「子供達」のそういった性質については、ナカムラという一技術者の説明が簡略化され、しばしば引用され
る。
「『De Children』(以下子供達)はプログラムされた機械です。とはいっても、殴られれば心身ともに傷つく
し、大型トラックにはね飛ばされれば高確率で死亡します。子供達は両親にかなり依存しています。というのも
、子供達の顔の造形や体格、たたずまいや言葉遣いなどは、両親のそれを参考にしているからです。もちろん食
生活やスポーツ、勉学などにも影響はありますが、それらを自発的にすることはないし(それらを自発的にする
ような子供に育っていれば別だが)、あるいは他人に勧められての事であっても、子供達の性格には蚊ほどの影
響しか及ぼしません。例えば、どんなに善良な祖父が身近にいても、両親がそうでなければ、善良な子供に育つ
ことはありえません」
 この子供達の性質は後に様々な議論を呼び起こすのだが、この場で説明する必要はないだろう。
 マサキは質問する。
「なぜ子供達はこんなに売れたのでしょう?」

34 :No.08 De-Children 2/5 ◇cwf2GoCJdk:07/09/24 01:59:33 ID:SCEDXoXb
「誤解を招きそうな言い方だな」 
 ナカムラは苦笑して応えた。
「まあ私的な意見を言えば、一種の見栄だと思うな。つまりさ、子供が品行方正、知的で優雅、もっといえば天
才にでも育ってくれれば優秀なのは自分だ、ということになるだろ? あれは両親にべったりなんだから。子ど
もが欲しいと言うよりも、自分の優秀さを知らしめたい、ってので子供を買う奴が多かったんじゃないか。まあ
本当に子どもが欲しかった可哀想な人々もいたんだろうけど、少数派だったろう。それに、こんな高価な商品を?
 って思われるだろ?」
 マサキは笑った。
「なんだ、『De Children』じゃない普通の子どもを持つ親と一緒じゃないですか」
「お前もかわいい顔して大概毒舌だな。ま、子どもはあれと違って捨てにくいからな。そう思う馬鹿が子供達を
購入したんだろうさ」
 マサキは首を傾げた。
「でもそんな馬鹿が出ないために、あの長ったらしい検査基準書があるのでは?」
「世の中金、ってこと」
 なるほど、と深く感心したマサキは、へその隣にある突起を押して、昼に食べたカツサンドをビニル袋ごと排
泄した。
「何度見ても滑稽だな」
「ええ、僕もそう思います。キチンとエネルギーに出来ないんだったら、こんな機能付けなくても良かったのに
。面倒くさいったらないです。変なリアリズムにこだわるのが、いかにもロマンチストです。……この用法は不
自然ですか?」
 その問いには答えられなかったので、
「じゃあ食べなければいい。必要ないんだから」
「避妊具を付けてセックスをする人が言っても説得力に欠けますね」 
「嫌味な奴だな。つまり欲求ってことだろ? その皮肉な性格にしろ、面倒なものを付けたな」
 子供達が犯す犯罪については散々に議論された。それらをマサキに話せばまた、「結局子供達も子どもも同じ
なんですね」とでも返ってくるだろう。ナカムラは時々、マサキが恐ろしくなる。人間の容貌で機械的な冷徹さ
を見せるからではなく、ときに機械的な部位を見せながら、人間の言葉で話すからだ。捨てられた「De Children」
の一つが、そうとは知らずにマサキと会話したことがある。それは言った。

35 :No.08 De-Children 3/5 ◇cwf2GoCJdk:07/09/24 01:59:48 ID:SCEDXoXb
「俺とお前ら人間のどこが違う?」
 それはいかにも教養のない人間のように、大げさに「本質的にだぜ」という部分を強調していった。マサキは
応えた。
「『De Children』は機械ですから、プログラムに従って動いています。つまり、与えられた式、コードに沿っ
てしか、行動も思考も出来ません」
「お前らだって同じようなものだろ。何の違いがある」
「機械はコードを疑う術を持ちませんね」
「馬鹿を言うな。メタコードをつくればいい」
「ええ、まあ延々とメタメタさせられるわけですが、人間はコードの内側で疑うのではないかと」
「それはお前の思想だ」
「意外と頭がいいんですね。えーとですね、人間は夢を疑いますが、なぜか現実が夢だとは疑いませんね。その
夢のリアルさを知ってるのに、疑っても違うと即座に断定できるんですね。それがまあ、鍵になってるのかと、
ああこれも思想ですね。すいません」
 マサキが「あなたは夢を見ないからわからないでしょうが」と付け足すと、相手はわけがわからない、といっ
た表情になった。
「まあどこかの天才の不完全性定理に鑑みれば、機械は思考できないそうですから、それを調べてみるのもいい
かもしれませんね」
 ――機械はそれを理解できないのですが、と付け加えるとマサキは大笑いした。
「俺はここにいるぞ」
 と言うと、皮肉な口調で、
「ええ。ですから、またどこかの天才が大発明をしたんでしょうよ。……なんの話でしたっけ?」
「……お前は自分が機械だったらどうするんだ?」
「おかしなことを言いますね。あなた、自分で言ったじゃないですか。どっちでも大過ない、って。機械だった
からこその僕なんでしょうよ。大過ありません」
 それは人間が言うような台詞だった。ナカムラにはそう思えた。
「何を考えてるんです?」とマサキ。
「いや、お前が馬鹿な子供をあしらったときのことを」
「ああ、あれは上手いこと話題をねじ曲げられましたね。まったく、親の顔が見てみたいですよ」
 マサキは自分の言葉が気に入ったらしく、何度も発作的に笑った。

36 :No.08 De-Children 4/5 ◇cwf2GoCJdk:07/09/24 02:00:09 ID:SCEDXoXb
 人権主張団体や、評論家諸氏、はたまた宗教家たちの問題提起を嘲笑うかのように、『De Children』の大半
は数年で廃棄された。それらは販売元が回収しリサイクルされるが、そこでもお約束のように不毛な議論が取り
交わされた。すると決まって、それらに人間を思わせないように配慮された言説で返された。
「あれに恐怖の概念はありません。死を厭うこともしません。ああこんな言い方をすればまた、機械に生を認め
ない人間と、認める人間双方から糾弾されるんでしょうが、わたしがそう言ったのは理解を助けるためであって
、他意はありません」
 成人と認められる年齢に達した子供達は一%以下という見方が大多数だったし、その数字は楽観的なほどの高
さではないか、との見方もあった。
「様々なSF的空論は、どの方向にしても現実味を失ったわけだ」
「そうですね。われわれに生殖能力はありませんし、あと半世紀もすれば希少生物にでも認定されるでしょう。
おかしな表現ですか」
一息ついて、「病気もなんにもないんですけどね」
 どちらも笑わなかった。ふと思い出したようにマサキが聞いた。
「なんで『De Children』は廃れちゃったんでしょうね。先輩の説が事実だとすると、この先も需要はありそう
なんですが。それどころか棄てられてるわけでしょ? ナカムラ説の発案者としてはどうなんです?」
 ナカムラはただの私的な意見だが、と前置きしてから言った。
「もう面倒くさくなったんじゃねえかなあ」
「めんどう?」
「つまり自分を誇示することがさ。上手くいかなかったりとか……いや、やっぱり怠惰だろうな。自己主張する
ことすら面倒なんだよ、あいつらは。それが生き甲斐の奴でも、長い間かけてそれをやるのが面倒なんだろうよ」
 ナカムラは「そんなことにも気がつかないほど馬鹿だったんだ」と付け加えた。
「つくづく凡人ですね」
 ナカムラは全くだ、と心から同意の言葉を述べた。

37 :No.08 De-Children 5/5 ◇cwf2GoCJdk:07/09/24 02:00:27 ID:SCEDXoXb
「お前今日でいくつになる?」
「僕の舌と同い年で顔面の形よりは年上ですかね。両親に届けられた日が生年月日なら、ですが」
 二十四歳だった。時刻は零時を指し示すころだ。昨年の同じ日に、マサキの母親が亡くなっている。父親はそ
の五ヶ月前に他界した。
「そろそろ時間ですか。まったく嫌な制度ですね。両親が死んだら僕も死ぬ、なんていうのは」
 子供はあくまで親のための存在でしかなかった。大人にはなり得ない、究極的な子供。確かに彼らに付けられ
た名称は、本質を射貫いていたかもしれない。
「残念だな、せっかくナカムラ先輩と友情が芽生えていたのに」
「死ぬ、なんて単語は適切じゃないし、こういう時のお前らに、残念なんて感情は出力されない」
「この土壇場であなたも大概嫌な男ですね。友情の部分を否定されなかっただけ、いいかな」
 言い終わると、目をつぶり眠ったようにマサキは死んだ。まぶたを閉じる必要はなかったが、ナカムラへの配
慮だろう。
「マサキは、って前提なら死んだ、でもいいのか。それはあいつの言葉みたいだがな。まあ概念としてなら認め
ても、大過ないかな」
 ぶつぶつと独り言を並べるナカムラは、ふいに横たわっているマサキを見て、その人間の死体のような有様に
驚いた。
 そして彼は、それが酷く気持ち悪くなった。





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