【 猫 】
◆vtK4lKfZtE




16 :No.04 猫 1/3 ◇vtK4lKfZtE:07/09/24 01:19:09 ID:SCEDXoXb
 鈍く光る銀の首輪をつけた黒猫が、一匹で薄汚れた路地裏を歩いている。
 彼にあるのはその銀の首輪だけ。
 遠い日の楽しい思い出も、その身を寄せる暖かい想い人も、雨や風に吹かれないで済む家も、何も無い。
 彼は天涯孤独だった。
 物心というものがついてからずっと繰り返す単調な日々。ゴミを漁りその日を生きる。
 時には自分と同類の奴らに餌場を追われ。時には二本足の「人間」という生き物に訳もなく追われ。
 そんな日々を今日まで生き抜いてきた彼が、今となって思うこと。
「自分は生きて何をこの世界に残せる?」
 このとても空虚な疑問は、日々彼の中で大きくなっていった。

 雨の振る薄暗い日、彼が今日の餌場で腹を満たしている時に、薄汚れた小さな「仲間」を見つけた。
 彼と違うのはその体が真っ白であるということだけ。
 いつの日かの自分のようにたった一匹で雨の寒さに震えている。
「また今日も何も食べられないのか」
「今日はこいつに追い返されるのか」
 そういった寂しさともつかない表情で先客である彼を見ている。
 白い子猫がその場を去ろうと目をそらす。彼はそれを呼び止め、自分の餌場を後にした。
 振り返り子猫に一言かける。
「食えよ」
 そのときの子猫の表情は喜びよりも驚きが勝っているような複雑なものだった。
 そして、初めて誰かに良い事をした彼の表情はもっと複雑なものだった。
 彼の腹は満たされていなかったが、彼の心は初めての感覚に満たされていた。

 よく晴れた青空のまぶしい朝、彼が住宅街を気分よく闊歩していると、近くに人間の気配を感じた。
 道路を歩んでいた彼は、反射的に隣の塀の上に飛び乗って様子を見ることにした。
 しばらく様子を見ていると、あのときの白い子猫が飛ぶような速さで逃げていく。
 その後ろから、にやにやと歪んだ表情のそれぞれが手に「何か」をもった若い人間の男が3人ほど追いかけていく。
 彼は反射的に塀の上を駆け出していた。
 子猫は自分の塀のある角を曲がっていった。この家の庭先を突っ切れば子猫に追いつくことができるはず。
 ・・・・・・・いた。あの白いやつだ。

17 :No.04 猫 2/3 ◇vtK4lKfZtE:07/09/24 01:20:56 ID:SCEDXoXb
 子猫に「にゃあ」と一声かけ、二匹は道の植林の中へと逃げ込んだ。
 ほどなくして彼の鳴き声を聞いた人間達が彼らを探しにやってきた。
「いないなー」
「なー」
「ひさびさのおもちゃだったのになー」
「だよなー」
「子猫っておもしろいぜー、ビビルとすくんで逃げられなくなるんだよ」
「へー」
 歪んだ顔が三つすぐ頭上の林から木漏れ見える。
 彼は経験から考える。この手の人間に捕まったら、終わりだ。
 そしてこの子猫だけでは逃げ切れないだろう。自分がなんとかしなければ。
 意を決すると、彼は街路林から飛び出した。
 歪んだ顔が彼の目に飛び込んだ。
「みつけた!」
「でもでかいじゃん」
「このさいなんでもいいだろ?」
 そうやりとりすると三人の人間は、彼を捕まえようと網を振るった。
 彼は鼻先でそれを避け走り出す。
『まてぇぇーーーーーー!!!』
 三人の声が重なって、彼に襲い掛かる。
 街路林から人間を引き離すように逃げ出す際に、彼は後ろを振り返る。
 ずいぶん遠くになった街路林から顔だけ出して、白い子猫が見つめていた。
 彼はこれで子猫は助かるだろう、と思った。
 振り返り前を見るその眼前に、人間達の持っている網が振り下ろされた。
「つかまえた・・・・・」
 酷く下劣な欲望を湛えた言葉が、彼の耳へと流れ込んできた。

 しとしとと冷たい雨の降る午後、彼は「売り地」と看板の立てられたまっさらな地面に横たわっていた。
 痛みはもはや感じなかった。雨が心地よかった。
 どれほど横たわっていたのだろうか。ふと、自分の顔にだけ雨が当たっていないことに気がついた。

18 :No.04 猫 3/3 ◇vtK4lKfZtE:07/09/24 01:21:10 ID:SCEDXoXb
 薄く目を開けてみると、そこには白い子猫が居た。
「助かったんだなー・・・」
 ぼんやりとそんなことを考える。
 子猫がはじめて口を開いた。
「・・・・・・ありがとう。」
 子猫の目から、雨ではない温かいなにかがこぼれて落ちた。
 落ちたものが彼の顔に降りかかり、温かさが彼に伝わった。
 彼は思った。
「・・・・・・・これが、俺の、生きてきた意味だったのかもしれないな・・・」
 そのまま彼は眠りについた。
 眠った彼の顔は、どこか満たされたようだった。
 雨にぬれた首輪が綺麗に光っている。子猫はいつまでも彼の傍らで泣いていた。
 どれだけ雨に打たれながら泣いていたのだろう。
 子猫は背後に人間の気配を感じた。
 先の体験が子猫に警鐘を打ち鳴らす。が、子猫はそこを動かなかった。
「おかーーーさん!ねこちゃんとがねてるよーーー?こっちにきてーーー」
 声に反応して子猫は振り返る。
 子猫の後ろの道路から、まるで先の人間とは違う無邪気な表情の園児服の子供が、大きな声をあげていた。


 ある良く晴れた青空のまぶしい日。
 薄汚れた路地裏のゴミ捨て場で、餌場を奪い合う猫の喧嘩が始まった。
 「にゃぁー」
 鳴き声に反応して喧嘩をしていた二匹は離れる。
 暗がりからどっしりとした足取りで歩み出てくる、薄汚れた猫を見て二匹は逃げていった。
 毛並みは汚れた白い色。
 首には傷だらけの銀の首輪が鈍く光っていた。             





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